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zoom RSS 川島浩平『人種とスポーツ 黒人は本当に「速く」「強い」のか』

<<   作成日時 : 2012/06/13 00:00   >>

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 中公新書の一冊として、中央公論新社から2012年5月に刊行されました。黒人が先天(遺伝)的に運動能力に優れているという言説は、現代日本社会でもかなり浸透しているように思われます。本書は、アメリカ合衆国スポーツ史の検証を通じて、この黒人運動能力先天的優越説が、20世紀、とくに1930年代以降に顕著になっていったことと、プロ・アマを問わず黒人のスポーツでの活躍が、経済・社会資本・政治的制度・社会思潮に大きく影響されていたことを示しています。おもに分析対象となるのは、野球・アメリカンフットボール・バスケットボール・陸上競技・水泳競技で、テニス・ゴルフ・競馬(騎手)にも言及されています。

 本書は、黒人運動能力先天的優越説が歴史的に形成されてきたものであり、19世紀末〜20世紀初頭にかけては、そのような言説が主張されることはほとんど皆無であり、一方で当時は、白人、とくに北方人種運動能力先天的優越説が主張されたことを示します。しかし、本文中で著者も認めているように、だからといって黒人運動能力先天的優越説が否定されるわけではありません。ただ、著者の基本的な主張は、各種スポーツにおける黒人選手の優勢もしくは劣勢には、経済・社会資本・政治的制度・社会思潮など後天的要因の影響が大きく、先天的要因が明確に認められるわけではない、というものになっています。

 たとえば、現在では黒人選手の活躍が陸上競技とは対照的に目立たない水泳競技においても、近代スポーツとしての水泳競技の隆盛する前に、西アフリカの黒人の水泳能力が白人のそれを圧倒していた、とじっさいの体験に基づき複数のヨーロッパ人が考えていました。近代水泳競技で黒人があまり活躍していない要因の一つとして、黒人と一緒にプールに入ることを忌避するような白人側の人種差別的な意識が挙げられるのではないか、と本書では指摘されています。また本書は、ボクシングの重量級など、黒人が排除される傾向にあり白人優勢だった時代から、黒人優勢だった時代を経て、冷戦終結後に東ヨーロッパ勢が台頭してきた状況を指摘し、スポーツ競技における人種単位の先天的優越説ではなく、後天的要因の大きいことを示唆しています。

 また本書は、黒人の遺伝的多様性が白人など他の人種よりも圧倒的に多様性に富むことと、それゆえの黒人概念の曖昧さを指摘し、黒人をさらに細分化した集団単位で検証することの必要性を主張しています。その具体例として、陸上競技において存在感を示すケニアで本当に最高水準の選手を輩出しているのが、細分化された集団のうちのごく一部であることを指摘し、それもその集団の価値観・生活様式に基づく後天的な要因によるところが大きいだろう、ということを示唆しています。また、陸上競技で圧倒的な存在感を示す黒人とはいっても、短距離ではアフリカ西部系、長距離ではアフリカ東部系の活躍が目立つことも、本書は指摘しています。

 全体的に本書は、人種間の先天的な運動能力の優劣に否定的で、後天的要因を強調する傾向にあります。これは、運動能力に優れていることが野蛮性・原始性と結びつけられ、先天的な知的能力の優劣という見解とつながりかねないことや、黒人運動能力先天的優越説が、黒人の少年に自身の運動選手としての将来性を過剰に期待させ、勉学に疎かになるような傾向が認められる、といった懸念があるためのようです。これにはもっともなところもありますが、「現実」・「科学的真実」を認めよ、と主張する「現実的」で「冷静」であることを志向する(実態はさておくとして)一部の議論を否定することは、なかなか難しいでしょう。

 黒人の遺伝的多様性がひじょうに高いことからして、黒人運動能力先天的優越説は実質的には、人類運動能力先天的優越説とでもいうべき無意味な言説にしかなり得ない、と私は考えていますが、細分化した地域集団間の比較では、運動能力(これも細分化され得ますが)も含むさまざまな能力において、集団間で遺伝的違いが有意に認められることもあるだろう、とは思います。もっともその場合でも、集団間の違いよりも、集団内の個人的違いのほうが大きい場合がほとんどでしょうし、ある能力では他の集団よりも先天的に優位な集団が、別の能力では劣ることもあるだろうな、とは思いますし、そもそも能力の設定とその判断基準に恣意的なところがありますが。人種とスポーツという問題は、「政治的正しさ」も関係してきて微妙な問題であり、なかなか声高に論じるのが難しいところはありますが、学際的な研究が必要だということもあり、たいへん興味深いと思います。

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雑記帳
2012/06/20 00:00
視点・論点「黒人選手は本当に"速く""強い"のか」
 NHKの「視点・論点」で「黒人選手は本当に"速く""強い"のか」という表題の解説が放送されたところ、かなり注目を集めているようです。解説者は、以前このブログで取り上げた『人種とスポーツ 黒人は本当に「速く」「強い」のか』(中央公論新社、2012年)の著者であり、この解説は、同書の一部を要約したものとなっています。同書もそれなりに反響を呼んだようですが、この解説と比較するとはるかに小さいようで、今でもテレビの影響力は大きいのだな、と改めて思った次第です。なんといっても、世帯で平均1/3人が... ...続きを見る
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