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zoom RSS 人類史における性別分業

<<   作成日時 : 2014/07/20 00:00   >>

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 高橋征仁「遺伝子共同体としての家族―マルクス主義フェミニズムからダーウィニアン・フェミニズムへの道」を読み(関連記事)、性別分業について改めて気になったので、自分の考えを整理するためにも、おもに更新世を対象に少し述べておきます。高橋論文を取り上げた時に述べましたが、高橋論文は、性別分業を促進した画期としてホモ=エレクトスの出現を挙げています。これにたいして私は、性別分業は上部旧石器時代の現生人類(ホモ=サピエンス)社会において始まったのではないか、との見解(関連記事)があることを指摘しましたが、高橋論文の見解にはもっともなところがあります。

 人間は有性生殖を行なう生物であり、現生近縁種との比較からも、現生近縁種の祖先と分岐した時点で、男性ではなく女性が子供を出産する生態だったことは間違いありません。その意味で、(現生近縁種との分岐以降の祖先系統の時代も含めて)人間社会には当初より性別分業が存在したのは間違いないでしょう。性別分業の始まりはかなり時代が下ってからのことだ(たとえば、上述のように上部旧石器時代の現生人類社会以降)、とする見解は、出産という生物学的に性別分業が固定化されている事象(もちろん、遠い未来にはどう変わるのか、不明ですが)を除いてのことなのだろう、と思います。

 史資料から窺える過去の社会や現代社会に見られる性別分業には、現代社会の視点からは「不合理」に見えるものも少なくなく、じっさい、生物学的な性別の差異とは直接的にはほとんど無関係で、後天的な社会規範として形成されていったものも多いだろう、と考えられます。ただ、そうした社会規範が誕生する原点として、出産の(潜在的な可能性の)有無という決定的な違いがあるのは間違いないだろう、と思います。ここに、人間が性別の違いを強く意識してしまう契機があるのでしょう。

 もっとも、生物学的に厳密に男女を区別することが難しい事例もあり、その境界は曖昧だ、との指摘もあるでしょう。しかし、区分の難しい事例が存在することは、その区分の妥当性自体を直ちに減じるものではありません。また、極論を言えば、自然科学といえども社会的合意(約束事・虚構)にすぎず、性別も含めてその区分に恣意性が含まれることは否定できません(関連記事)。

 ただ、分類・区分して程度の違いを見出す能力は現生人類の間でとりわけ発達したものであり、鉄と銅の違いや鯛と河豚の違いや石材の違いなど、分類・区分は現生人類社会の基盤の一つになっています。重要なのは、そうした区分にどれだけの整合性・妥当性があるのか、ということだと思います。その意味で、人間社会の分析にさいして性別区分を重視することに致命的な問題はないと思います。もちろんこれは、現在の性別分業や性による待遇の違いを保証するわけではありません。

 話がそれてしまったので、人類史における性別分業の問題に戻ります。エレクトスの出現により人類の出産の在り様が大きく変わったとも考えられるので、その意味では、高橋論文にはかなりの説得力がある、と言えそうです。人類の直立二足歩行は700万年前頃のサヘラントロプス=チャデンシスまでさかのぼる可能性がありますが(関連記事)、240万年前頃?〜140万年前頃のホモ=ハビリス(アウストラロピテクス属に分類する見解もあります)も、現代人並に直立二足歩行に特化していたのではなく、まだ樹上生活にも適応していた可能性が指摘されています(関連記事)。

 解剖学的に現代人にかなり近づき、初めて現代人並に直立二足歩行に特化したのはエレクトスで、おそらくは現在ハビリスと分類されている人類集団の一部から200万年前〜180万年前頃に進化したのではないか、と思います。現代人並に直立二足歩行に特化すると、産道が狭くなってしまいます。一方で、エレクトスの脳容量はアウストラロピテクス属よりも巨大になっていました。そのため、脳の二次的晩熟性(他の類人猿と比較すると、ホモ属の幼児は誕生してから急激に脳容量を拡大するようになります)により緩和されるにしても、エレクトスおよび(現代人も含めて)その子孫は出産にさいして母子の生命の危険性が高くなります。

 これが人類の社会構造に大きな変化をもたらし、その中でも性別分業に大きな影響を及ぼした可能性は高いだろう、と思います。出産後の育児に男性も関与できるとはいえ、人類は哺乳動物なので、母親たる女性の役割を減じるのはなかなか難しいでしょう(現代社会では、粉ミルクなどの普及により、そうした制約はより少なくなっているでしょうが)。また、脳の二次的晩熟性により、エレクトスおよびその子孫はより未熟な状態で生まれてくるので、その分保護者の世話が必要になります。これも、性別分業に大きな影響を及ぼしたでしょう。こうしたことから、エレクトスの出現と性別分業の促進を関連づける高橋論文には、説得力があると思います。

 本題からやや外れますが、ここで注意しなければならないのは、現時点での証拠からは、直立二足歩行の特化や脳容量の増大などといった(エレクトス以降の)ホモ属的特徴は、一括して短期間に出現したのではなく、時間的に分散して現れただろう、ということです(関連記事)。現時点での証拠からは、初期ホモ属の進化において、直立二足歩行の特化の前に脳容量の増大が始まったと考えられます。その後、60万〜50万年前頃に、人類の脳容量は現代人の65%程度から90%程度に増大する、とされています(関連記事)。ここでも、出産がより困難になり、性別分業に変化があったのかもしれません。

 性別分業の進展がエレクトスの出現に伴い促進されたという見解がある一方で、上述したように、性別分業は上部旧石器時代の現生人類社会において始まった、とする見解もあります。こちらは、ネアンデルタール人(ホモ=ネアンデルターレンシス)との比較が根拠となっています。性別・年齢別を問わずネアンデルタール人の骨には傷が多いので、危険な狩猟に性別関係なしに「成人」も「子供(とはいっても、ある程度以上の年齢でしょうが)」も参加しており、性別分業が(年齢分業も)進んでいなかったのではないか、というわけです。

 これにも一定の根拠はあるでしょうが、仮にそうだとしても、性別分業の進展していないネアンデルタール人社会の特徴は、アフリカにいただろう現生人類との共通祖先の社会とは異なっていた可能性も考えられます。古人類学においては、性別分業の進展を社会の「複雑化」・「発展」と解釈する傾向があるように思います。その意味で、性別分業の進展していないネアンデルタール人社会が性別分業の進展している現生人類に敗北し、ネアンデルタール人は絶滅した(ネアンデルタール人的特徴を一括して有する化石記録が消滅した)、という見解は受け入れられやすいのでしょう。ただ、これを考古学・形質人類学などで証明するのはかなり難しいだろう、と思います。まあそもそも、「複雑化」・「発展」とは何か、という大問題もあるのですが、私の見識ではここで的確に回答できないので、さておくとします。

 思いつきを述べただけの記事になってしまいましたが、最後に簡潔にまとめます。人類社会における性別分業の起点には出産に関する性差があり、その意味で人類には当初より性別分業がありました。この性別分業の変容に大きな影響を及ぼした画期として考えられるのが、200万年前〜180万年前頃のエレクトスの出現(直立二足歩行への特化と脳容量の増大)と、60万〜50万年前頃の脳容量の増大です。さらに、現生人類社会において性別分業が進展した可能性もありますが、これは人口増加や技術革新とも関連しているのかもしれません。

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