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zoom RSS クレタ島の更新世の石器

<<   作成日時 : 2014/12/22 00:00   >>

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 2010年(関連記事)と2011年(関連記事)に、クレタ島で現生人類(Homo sapiens)以外の人類のものかもしれない更新世の石器が発見された、との報道を取り上げたことがあります。その後、この問題についてはほとんど追いかけていなかったのですが、ある論文を読んでいたら、偶然クレタ島の更新世の石器群に関する研究(Strasser et al., 2011)が引用されていたので、読んでみました。

 本論文は、クレタ島南西部のプラキアス(Plakias)地域で発見された更新世の石器群について報告しています。この石器群は、地質学的作用による再堆積のため、正確な年代を推定するのが難しくなっています。そのため、推定できたのは曖昧な下限年代だけであり、上限年代については不明とされています。本論文では、その推定下限年代は海洋酸素同位体ステージ(MIS)6後半の13万年前頃と報告されています。

 本論文では、プラキアス地域で発見された更新世の石器群は広義のアシューリアン(アシュール文化)に区分されており、両面加工石器・鉈状石器・石核・剥片などが確認されています。この更新世の石器群はクレタ島の他の石器群とは異なる場所で発見されており、クレタ島の中石器(Mesolithic)時代の石器群とは明確に異なる一方で、ギリシアの他の場所で発見された旧石器時代の石器群と似ている、と指摘されています。

 クレタ島は中新世のメッシニアン(Messinian)の600万〜500万年前頃よりずっと大陸とは分離されていますので、遅くとも13万年前頃には人類がクレタ島へと渡海した可能性が高いことになります。舟を作り航海するような技術およびそれを可能とする認知能力は現生人類にのみ存在していた、との見解が一般的です。地中海での航海も、地中海周辺で現生人類以外の人類が絶滅した後の更新世末期に始まる、とされてきました。

 しかし、地中海でもサルディニア島などで更新世の人類の痕跡が報告され始めており、このクレタ島の更新世の石器群の事例からは、現生人類以外の人類による航海の可能性も考えられるのではないか、と本論文は指摘しています。また、どこからクレタ島へと渡海したのかという問題について、本論文はギリシア・トルコ・中東・アフリカ北部をその候補地として挙げています。

 このクレタ島の更新世の石器群は、たいへん興味深い事例だと思います。人類による航海の起源がどこまでさかのぼるのか、さらには現生人類以外の人類にも航海が可能だったのかという問題は、真剣に議論する価値があると言えるでしょう。クレタ島と同じく大陸とは分離されていたインドネシア領フローレス島でも、100万年前頃の人類の痕跡が確認されていますから、その意味でも、現生人類以外の人類の航海という可能性は真剣に議論されるべきでしょう。

 ただ、現生人類は20万年前頃にはすでに出現していた可能性が高いので、クレタ島へと渡海した人類が現生人類である可能性も考えられます。この問題の解決には、クレタ島の更新世の石器群の上限年代を絞り込む必要があるでしょうが、何よりも期待されるのは共伴人骨の発見です。その人骨からDNAを解析できればさらによいのですが、クレタ島の更新世の人骨となると、DNAの解析はあまり期待できなさそうではあります。


参考文献:
Strasser TF. et al.(2011): Dating Palaeolithic sites in southwestern Crete, Greece. Journal of Quaternary Science, 26, 5, 553–560.
http://dx.doi.org/10.1002/jqs.1482

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