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<<   作成日時 : 2014/12/05 00:00   >>

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 エレクトス(Homo erectus)の所産と考えられる、貝に刻まれた幾何学模様の線についての研究(Joordens et al., 2015)が報道されました。AFPナショナルジオグラフィックでも取り上げられています。この研究はオンライン版での先行公開となります。本論文は、ウジェーヌ=デュボワ(Eugène Dubois)が19世紀末にジャワ島のトリニールで発掘した遺物(現在はオランダのライデンの博物館で保管されています)のなかの淡水貝(Pseudodon vondembuschianus trinilensis)を改めて分析しています。

 こうした淡水貝は断片的なものも含めて少なくとも166個体になります。本論文は、大きさなどの分析から、これらの淡水貝は消費者が選択的に運んできたものであり、その消費者とは人間であって他の動物ではないだろう、との見解を提示しています。これらの淡水貝のうちの1標本(DUB5234-dL)は、縁が磨かれて滑らかになっていることが分かりました。そのため、この貝は切ったり擦ったりする道具として用いられていたのではないか、と推測されています。

 本論文は、当時のジャワ島では貝が道具として用いられ、石材が乏しかったこともあって、更新世の前期〜中期にかけては明確な石器が見つかっていないのではないか、との見解を提示しています。東南アジアの人類は石器ではなく他の素材をおもに道具に使ったのではないか、との仮説は以前から提示されており、本論文の見解は興味深いものです。

 また、これらの淡水貝のうちの1標本(DUB1006-fL)には幾何学模様の線刻が確認されました。この線刻は化石化による風化過程の前に形成されたものであり、自然作用でも人間ではない動物によるものでもなく、人間によるものだ、と本論文は結論づけています。また実験との比較から、この幾何学模様の線は(化石化していたかもしれない)鮫の歯を用いて刻まれたのではないか、と本論文は指摘しています。鮫の歯は、デュボワがトリニールで発掘した層に含まれています。

 この線刻のうちの一部はMに似ています。これらの淡水貝の沈殿物は、アルゴン-アルゴン法およびルミネッセンス年代測定法により、最大で540000±100000年前、最小で430000±50000年前という結果が得られました。この年代は、じゅうらいのトリニール遺跡の推定年代値よりも新しくなります。本論文は、貝を道具として用い、幾何学模様の線を刻んだのはエレクトスである、と結論付けています。

 貝を道具として用いていた事例としては、イタリアやギリシアにおける11万年前頃のネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)のものが知られています。幾何学模様の線刻では、南アフリカのブロンボス洞窟の77000年前頃の事例が有名です。トリニールにおいて貝が道具として用いられたことや貝に幾何学模様の線が刻まれたことは、既知の同様の事例の最古のものよりもずっとさかのぼることになる、と本論文はその意義を指摘しています。

 幾何学模様の線刻は抽象的思考の表現であり、「現代的行動」の指標となり得る、との見解は珍しくありません(有力説と言ってもよいかもしれません)。それ故に、線刻は現生人類(Homo sapiens)のみに特有だ、との見解・前提は根強かったようですが、少なくとも線刻に関しては、ネアンデルタール人の事例(関連記事)やこのトリニールの事例からも、現生人類に特有とは言えないでしょう。ただ、エレクトスの所産と考えられるトリニールの貝の線刻にいかなる機能または意味があったのか、現時点で評価することはできない、とも本論文は率直に認めています。

 エレクトスとネアンデルタール人と現生人類のそれぞれの幾何学模様の線刻にどのような類似点と相違点があるのか、現時点では不明ですが、現生人類にとってネアンデルタール人よりもさらに系統的には遠い関係にあるエレクトスにも、現生人類と(同じではないにしても)通ずるような認知能力と手先の器用さがあった可能性は高いでしょう。そもそも抽象的思考や「現代的行動」とはどう定義されるのか、それは考古学的にはどのように証明され得るのか(たとえば、幾何学模様の線刻は象徴的思考の指標たり得るのか、といった問題提起)、その画期はいつなのか、といった諸問題についての議論が今後も続くことでしょう。

 また、本論文でも指摘されているように、トリニールにおける貝の道具としての使用と幾何学模様の線刻は現時点ではずば抜けて古い事例となっていますが、今後、長い空白期間を埋める研究が大いに期待されます。すでに発見されている遺物に関しても、その古さと現生人類ではない系統の人類の所産ということもあり、線刻があるとは想定されていなかったため、見落とされていたことも少なからずあったのではないか、と想像されます。本論文で報告されたトリニールの幾何学模様の線刻の事例からすると、今後、既知の遺物の見直しにより、さまざまな地域・年代の、現生人類以外の人類の所産と考えられる線刻が発見されることになるのかもしれません。


参考文献:
Joordens CAJ. et al.(2015): Homo erectus at Trinil on Java used shells for tool production and engraving. Nature, 518, 7538, 228–231.
http://dx.doi.org/10.1038/nature13962

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