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zoom RSS さかのぼるオーストラリアへの人類の移住

<<   作成日時 : 2017/07/21 00:00   >>

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 これは7月21日分の記事として掲載しておきます。オーストラリアへの人類最初の移住年代に関する研究(Clarkson et al., 2017)が報道されました。オーストラリア大陸(更新世の寒冷期には、ニューギニア島やタスマニア島とも陸続きとなり、サフルランドを形成していました)への人類最初の移住年代は、現生人類(Homo sapiens)の出アフリカの回数・時期・経路(関連記事)や、現生人類とネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)・種区分未定のデニソワ人(Denisovan)など他系統の人類との共存期間、後期更新世のオーストラリアにおける大型動物の絶滅要因(関連記事)などといった問題と関わってくるため、注目されてきました。

 この研究は、オーストラリア北部のマジェドベベ(Madjedbebe)岩陰遺跡で発見された多数の人工物の年代測定結果を提示しています。マジェドベベ遺跡では多数の人工物が発見されており、その年代は6万〜5万年前頃と推定されていましたが、人工物の年代に関しては異論も提示されていました。マジェドベベ遺跡で発見された注目される人工物としては、世界最古と思われる刃先が研削された手斧があります。また、剥片石器やオーカーなどの顔料が発見されていることや、砥石も発見されており、種子を挽き植物を処理したと思われる証拠が確認されたことも注目されます。なお、マジェドベベ遺跡では人類化石は発見されていないようですが、多数の人工物の製作者は、まず間違いなく現生人類でしょう。

 この研究は、マジェドベベ遺跡の再検証により、より確実な年代を提示しています。この研究は、マジェドベベ遺跡では層序学的な混乱が見られず、年代測定結果と人工物の実際の年代との間に大きな違いはないことを示し、人工物最下層の年代を、光刺激ルミネッセンス法(OSL)により65000年前頃と推定しました。これまで有力視されていたオーストラリアへの人類最古の移住年代は5万年前頃ですから、それが大きくさかのぼります。この新たな年代は、現生人類の出アフリカの早期説と整合的と言えそうです。また、現代オーストラリア先住民のゲノムにはネアンデルタール人およびデニソワ人由来の領域が認められますから、現生人類とネアンデルタール人・デニソワ人との接触の下限年代も設定する、とも指摘されています。ただ、マジェドベベ遺跡の65000年前頃の人類が現代のオーストラリア先住民と遺伝的につながっているのか、まだ確証はなく、マジェドベベ人は絶滅し、その後に現代オーストラリア先住民の祖先がオーストラリアに到達した可能性も考えられます。

 マジェドベベ遺跡の65000年前頃という年代は、現生人類とネアンデルタール人・デニソワ人との共存期間がかなり長かったことも示唆しますが、オーストラリアに近いインドネシア領フローレス島の5万年以上前のホモ属とされるフロレシエンシス(Homo floresiensis)との接触という点でも注目されます。フロレシエンシスに関しては、当初遅くとも18000年前頃まで生存していた、と考えられていましたが、その後の年代の見直しにより、人骨の下限年代は6万年前頃、フロレシエンシスの所産と考えられる石器群の下限年代は5万年前頃と推定されています(関連記事)。そのため、フロレシエンシスと現生人類との接触はなかっただろう、との見解も提示されていたのですが、マジェドベベ遺跡の新たな年代により、両者の接触の可能性、さらには現生人類がフロレシエンシス絶滅の要因となった可能性が改めて検証されることになりそうです。

 この研究は、オーストラリアにおける45000年以上前の大型動物の絶滅に関しても言及しており、人為的要因が主ではなかった、との見解を提示しています。ただ、マジェドベベ遺跡の65000年前頃の人類と5万年前頃以降のオーストラリアの人類との継続性はまだ確定的ではありませんし、65000年前頃以降にオーストラリアで人口が増加し、社会構造の変化や技術革新などもあり、人類による大型動物の狩猟が本格化した結果、大型動物が絶滅した、という可能性もじゅうぶん考えられると思います。この問題に関しても、今後の研究の進展が期待されます。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用(引用1および引用2)です。


【考古学】ヒトが初めてオーストラリアに到達したのは約65,000年前だった

 ヒトがオーストラリア北部に初めて到達したのは約65,000年前だったとする新たな考古学的証拠を示した論文が、今週掲載される。これは、過去にオーストラリア北部の同じ遺跡で実施された発掘調査によって推定された年代よりも古く、オーストラリアの大型動物相が絶滅する前だったことになる。

 ヒトが初めてオーストラリアに到達した年代については論争があり、これまでに発表された推定年代は、約47,000年前から約60,000年前まで幅がある。この論争で極めて重要な意味を持っているのが、知られる限りでオーストラリア最古のヒトの居住遺跡であるMadjedbebe岩窟住居(オーストラリア北部)だ。過去に決定されたこの遺跡の年代をもとにして、現生人類がオーストラリアに出現したのが50,000〜60,000年前と推定されたが、この遺跡で見つかった人工遺物の年代決定に懸念が表明されていた。

 今回、Chris Clarksonたちの研究グループは、Madjedbebe岩窟住居での新たな発掘作業の結果、2015年の発掘で見つかった人工遺物が高密度で分布する層の最下層から約11,000点の人工遺物(剥片石器、砥石、知られる限りで最古の刃先が研削された手斧など)が出土したことを報告している。Clarksonたちは、こうした人工遺物が発見された位置を注意深く評価し、人工遺物が発見された堆積物の年代と対応するようにした上で、高度な年代決定法と用いて堆積物の年代を推定した。Clarksonたちの解析結果では、この遺跡が層序学的に正確なことが確認され、深くなるほど古くなる一般的なパターンがあることが明らかになり、これまでより正確な年代決定が行われた。発掘現場で最も深い部分の年代は、約65,000年前と推定され、この地域にヒトが初めて居住した年代が約5,000年も昔にさかのぼった。

 この結果は、現生人類がアフリカから出て南アジアに分散した年代の推定として、これまでで最も古いものとなり、オーストラリアで大型動物相が絶滅する前に現生人類がオーストラリア大陸に到達していたことを示している。オーストラリアでの大型動物相の絶滅については、ヒトがどのような役割を果たしたのかが問題となっている。


考古学:人類は6万5000年前にはオーストラリア北部に居住していた

考古学:オーストラリアへの到達年代がさらに早まった

 人類がオーストラリアに居住し始めたのはいつだったのか。今ではラガービールと「ワルチング・マチルダ」が連想されるオーストラリア大陸だが、この地に初めて人類が到達した年代に関しては、激しい論争が続いている。オーストラリア北部のMadjedbebeと呼ばれる遺跡で得られた複数の年代からは、現生人類が約6万〜5万年前にオーストラリアに存在していたことが示されたが、以降これらの結果については強く異論が唱えられてきた。今回、この遺跡の新たな発掘調査で総合的なプログラムによる年代測定が行われた結果、人類がオーストラリアに到達したのは約6万5000年前であったことが確認された。この結果は、オーストラリアの大型動物相の絶滅や、近隣のインドネシアでのフローレス原人(Homo floresiensis)の消滅のはるか以前に、人類がオーストラリアに到達していたことを示している。



参考文献:
Clarkson C. et al.(2017): Human occupation of northern Australia by 65,000 years ago. Nature, 547, 7663, 306–310.
http://dx.doi.org/10.1038/nature22968

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