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zoom RSS ネアンデルタール人の洞窟壁画(追記有)

<<   作成日時 : 2018/02/26 00:00   >>

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 これは2月26日分の記事として掲載しておきます。現時点では世界最古となる洞窟壁画についての研究(Hoffmann et al., 2018A)が報道されました。『サイエンス』の サイトには解説記事が掲載されています。朝日新聞でも報道されています。洞窟壁画の年代測定は、そのほとんどにおいて残留有機物が欠けており放射性炭素年代測定法が適用できないため、たいへん困難でした。しかし、21世紀になって、炭酸塩をウラン-トリウム法で測定することにより、飛躍的に発展しました。地下水が洞窟の壁に浸み込むさいに形成される、炭酸塩鉱物の方解石の薄い層から標本を取り出すことにより、ウラン-トリウム法を適用できるようになりました。ただ、洞窟壁画の年代測定にウラン-トリウム法を適用するのは困難です。絵を傷つけずに方解石が沈殿するような環境が必要となり、壁画というか顔料を傷つけることなく方解石から標本を取り出すには、慎重に作業しなければならないからです。

 本論文は、スペインの3ヶ所の洞窟壁画の年代を、ウラン-トリウム法により測定しました。その3ヶ所の洞窟とは、スペイン北部となるカンタブリア(Cantabria)州のラパシエガ(La Pasiega)洞窟、ポルトガルとの国境に近く西部となるエストレマドゥーラ(Extremadura)州のマルトラビエソ(Maltravieso)洞窟、南部となるアンダルシア(Andalucía)州のアルダレス(Ardales)洞窟です。これら3洞窟はそれぞれ大きく離れています。

 ラパシエガ洞窟では、動物集団・線・棍棒状・擬人化されたと思われるものなどが、赤色と黒色で表現されています。この中には、階段もしくは梯子状の図も見られます。マルトラビエソ洞窟は過去18万年間人類集団に使われており、赤い手形・幾何学的模様・線刻が見られます。アルダレス洞窟は中部旧石器時代〜上部旧石器時代にかけて利用されており、手形・幾何学模様・多くの点や線・馬や鹿や鳥を含む動物の形象表現が見られます。

 これらの洞窟で壁画と関連する25ヶ所の炭酸塩層から53点の標本が取り出され、年代が測定されました。ラパシエガ洞窟で最古の壁画は赤い線状のもので、その年代は新しくても64800年前頃となります。マルトラビエソ洞窟で最古の壁画は手形で、その年代は66700年前頃以前です。アルダレス洞窟では、3領域から5点の炭酸塩標本が得られました。最古の顔料の痕跡は65500年前頃以前となります。ラパシエガ洞窟の一部標本やマルトラビエソ洞窟の全標本では、壁画というか顔料に近づくにつれて、年代が古くなりました。そのため、慎重な姿勢を示す研究者もいますが、多くの研究者は、本論文が提示した年代の信頼性は高い、と考えています。複数の洞窟壁画でそろって6万年以上前という結果が得られたことからも、イベリア半島の洞窟壁画が6万年以上前までさかのぼる可能性は高い、と思います。

 これらの洞窟壁画自体は、更新世後期〜末期のものとして、表現技術的にはとくに高度というわけでもなさそうです。しかし、本論文が提示した年代は、大きな話題を呼ぶことになりました。その前提として、ネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)の認知能力、とくに象徴的思考能力が、現生人類(Homo sapiens)と比較してどの程度違うのか、という問題への関心の高さがあります。本論文の最終著者であるジリャオン(João Zilhão)氏は、以前よりネアンデルタール人「見直し論」の代表的研究者で、ネアンデルタール人と現生人類との間に決定的な認知能力の違いはない、と主張しています。

 しかし、ネアンデルタール人は絶滅し(もっとも、ネアンデルタール人のDNAは現代人にわずかながら継承されているわけで、より正確には、ネアンデルタール人の形態的・遺伝的特徴を一括して有する集団は現在では存在しない、と言うべきかもしれません)、現生人類は現在も生存していますから、ネアンデルタール人の絶滅理由を説明しやすいため、ネアンデルタール人は現生人類よりも認知能力が劣っていた、との見解は今でも有力です。たとえば、この研究に関わっていないハブリン(Jean-Jacques Hublin)氏は、ネアンデルタール人は認知的に洗練されていたと認めますが、ネアンデルタール人の文化的成果は現生人類に及ばない、と確信しています。

 認知能力の点でネアンデルタール人は現生人類よりも(いくつかの側面で)決定的に劣る、との有力説では、両者の認知能力を分かつ決定的指標として、洞窟壁画の有無がよく挙げられます。洞窟壁画では、詳細な動物描写ではなく手形でも、場所の選択・光源の考慮・顔料の混合といった洗練された行動が必要なので、高い認知能力の指標となります。これまで、ネアンデルタール人は洞窟壁画を描かなかった、と考えられてきました。しかし、近年になって、ネアンデルタール人が洞窟壁画を描いた可能性が提示されました。スペイン南部の海岸に近いネルハ洞窟(Nerja cave)の壁画は、当初の推定年代が43500〜42300年前頃だったことから、ネアンデルタール人の所産である可能性が提示されていましたが、後に25000年前頃くらいにまでしかさかのぼらない、と明らかになり、現生人類の所産と考えられるようになりました(関連記事)。

 スペイン北部のカンタブリア州にあるエルカスティーヨ(El Castillo)洞窟の壁画のうち、一部は新しくても40800年前にさかのぼることから、ネアンデルタール人の所産である可能性が提示されています(関連記事)。しかし、ほぼ間違いなく現生人類の所産であろうインドネシアのスラウェシ島の洞窟で発見された、39900年前頃までさかのぼる壁画(手形)との類似性から、エルカスティーヨ洞窟の壁画は現生人類の所産ではないか、と指摘されています(関連記事)。エルカスティーヨ洞窟とスラウェシ島の洞窟の壁画が、これまで世界最古級の洞窟壁画と考えられてきました。

 このように、これまで、ネアンデルタール人が洞窟壁画を描いた決定的証拠は提示されていなかったのですが、エルカスティーヨ洞窟の洞窟壁画はネアンデルタール人の所産である可能性も残されていますし、近年では、ネアンデルタール人の所産と考えられる線刻もあることから(関連記事)、ネアンデルタール人が壁画を描いた可能性も一部?で想定されています。それでも、ネアンデルタール人と現生人類との間には決定的な違いがあり、ネアンデルタール人は現生人類と異なり、手形を残せても具象的な線画は描けなかっただろう、との見解も提示されています(関連記事)。

 しかし、本論文の提示したスペインの3洞窟の壁画の年代からは、少なくとも5万年以上前のものに関しては、ネアンデルタール人の所産である可能性がたいへん高い、と言えるでしょう。これは、ネアンデルタール人が洞窟壁画を描いた決定的とも言えそうな証拠となり、ネアンデルタール人と現生人類の認知能力を分かつ指標として洞窟壁画を挙げるのは、適切とは言いにくくなったように思います。もちろん、写真を見る限り、現生人類の所産だろう4万年前頃以降の洞窟壁画と比較して、表現が劣っている、との評価も可能かもしれません。しかし、それを言えば、おそらくは現生人類の所産だろうスラウェシ島の洞窟壁画にしても、最初期のものは手形であってさほど「高度な表現」ではない、との評価も可能でしょう。何よりも、5万年以上前に現生人類が洞窟壁画を描いた証拠はまだなく、6万年以上前のネアンデルタール人の洞窟壁画と、3万年前頃以降の現生人類の洞窟壁画とを比較するのは妥当ではない、と思います。

 ただ、オーストラリア大陸(更新世の寒冷期には、ニューギニア島やタスマニア島とも陸続きとなり、サフルランドを形成していました)への人類最初の移住年代は65000年以上前と推定されており、これは現生人類によるものだと考えられるので(関連記事)、現生人類が6万年以上前から潜在的には航海能力を有していたとすると、たとえば、現生人類がジブラルタル海峡を渡ってアフリカからイベリア半島へと、6万年以上前に拡散した可能性も考えられます。もっとも、イベリア半島に限らず、ヨーロッパにおいて中部旧石器時代に現生人類が存在した直接的証拠はまったくなく、アフリカとヨーロッパの石器技術の顕著な類似性といった有力な間接的証拠もありません。おそらく、中部旧石器時代のヨーロッパに現生人類は存在せず、これら6万年以上前のイベリア半島の洞窟壁画に現生人類が影響を及ぼすことはなかったのでしょうが、その可能性も少しは想定しておくべきではないか、とも思います。

 本論文は、遠く離れた洞窟で壁画が描かれており、アルダレス洞窟のように、25000年以上と長期にわたる活動も見られることから、このような芸術活動も含む象徴的行動は、ネアンデルタール人社会では古くから続いてきたのではないか、との見解を提示しています。本論文は、そのような一例として、南西フランスのブルニケル洞窟(Bruniquel Cave)で発見された、176000年前頃と推定されている、切り取られた石筍で作られた環状の建築物を挙げています(関連記事)。これは儀式の場とも考えられていますが、決定的証拠はありません。しかし、ネアンデルタール人が6万年以上前から洞窟壁画を描いていたとなると、現生人類と比較になるような一定以上の象徴的思考能力を有していた可能性は高く、ネアンデルタール人が17万年前頃より何らかの儀式を行なっていたとしても不思議ではない、と思います。

 本論文は最後に、ヨーロッパにおける中部旧石器時代〜上部旧石器時代にかけての「移行期インダストリー」の一つであるシャテルペロニアン(Châtelperronian)に言及しています。シャテルペロニアンは、現生人類とネアンデルタール人の認知能力に関する議論で重要な意味を有しており、その担い手やどのような影響で形成されたのか、という問題が関心を集めています(関連記事)。本論文は、ネアンデルタール人の長期にわたる独自の象徴的行動の後期の現れとして、シャテルペロニアンを把握しています。しかし、シャテルペロニアンの年代からして、現生人類との接触による影響は有力説の一つとして検証されるべきだと思います。

 本論文は、ネアンデルタール人が洞窟壁画を描いた決定的とも言えるかもしれない証拠を提示したという意味で、大いに注目されます。ネアンデルタール人と現生人類との認知能力の違いが、じゅうらいの有力説で想定されていたよりも小さかった可能性は高いでしょうし、ジリャオン氏の主張するように、ネアンデルタール人と現生人類との間で、認知能力の点で決定的な違いはなかったのかもしれません。しかし、ハブリン氏が指摘するように、ネアンデルタール人と現生人類との間で、何らかの点で認知能力に決定的な違いがあり、それが両者の運命を分けた、という可能性もじゅうぶん考えられますし、今後もその可能性は検証の対象であり続けるべきでしょう。

 私も、この研究には学術的な観点から大いに注目し、興奮したわけですが、それとは別に、創作ものとの関連でも興奮しました。それは、ネアンデルタール人が作中で重要な役割を担った『イリヤッド』です。『イリヤッド』では、カナリア諸島のテネリフェ島の「冥界の王」と呼ばれるミイラに彫り込まれた文字と図形が、アトランティスの場所を示す重要な手がかりとされていました。この図形(関連記事)が、ラパシエガ洞窟の階段もしくは梯子状の図と似ており、本論文の公表が『イリヤッド』連載中であれば、その研究成果も取り入れられて、ネアンデルタール人の生存していた時代から受け継がれた秘密といった感じで、さらに面白くなっていたのではないか、と妄想してしまいました。『イリヤッド』の完結から10年以上経過しましたが、いつか時間を作って再読したいものです。


参考文献:
Hoffmann DL. et al.(2018A): U-Th dating of carbonate crusts reveals Neandertal origin of Iberian cave art. Science, 359, 6378, 912-915.
http://dx.doi.org/10.1126/science.aap7778


追記(2018年2月26日)
 ナショナルジオグラフィックでも報道されました。

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11万年以上前になるネアンデルタール人による貝殻と顔料の象徴的使用
 これは2月26日分の記事として掲載しておきます。イベリア半島の中部旧石器時代の遺跡における貝殻と顔料の年代に関する研究(Hoffmann et al., 2018B)が公表されました。本論文は、ネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)の洞窟壁画に関する論文(関連記事)と一対になって、ネアンデルタール人の認知能力が現生人類と同等だったと主張している、と言えるでしょう。本論文は、以前にも中部旧石器時代の遺跡として取り上げられた(関連記事)、スペイン南東部の「航空機洞窟... ...続きを見る
雑記帳
2018/02/24 20:58
ネアンデルタール人の洞窟壁画との見解に懐疑的な報道
 これは2月27日分の記事として掲載しておきます。6万年以上前となる、イベリア半島のネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)が描いたと考えられる洞窟壁画を報告した研究(関連記事)は、日本でも大きな話題を呼んでいるようです。この研究と同じ頃に公表された、イベリア半島における貝殻と顔料の使用(関連記事)からも、ネアンデルタール人の象徴的行動は確実になった、と主張されています。しかし、ネアンデルタール人について検索していて見つけたブログ記事では、独特なネアンデルタール人論... ...続きを見る
雑記帳
2018/02/26 15:02

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
ネアンデルタール人はサピエンスとの共通祖先から分化した時点では
アシューリアン文化を持っていてその後に中部旧石器文化に移行するのですが
これってアフリカ大陸からの人間の移動を伴っているのでしょうか?
独立して進歩したとは考えにくいですよね。
リンジー
2018/02/24 00:14
ネアンデルタール人の中部旧石器文化については、やはり、アフリカからの人類集団の移動に伴っていた、という見解が有力だと思います。

その移動により、ネアンデルタール人のmtDNA系統が、デニソワ人に近い前期型から現生人類により近い後期型に置換されたのではないか、との見解が提示されていますね。
管理人
2018/02/24 00:34

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