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zoom RSS バヌアツの人類集団の形成史

<<   作成日時 : 2018/03/06 00:00   >>

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 これは3月6日分の記事として掲載しておきます。バヌアツの人類集団の形成に関する二つの研究が公表され、報道されました。『ネイチャー』のサイトには解説記事が掲載されています。これらの研究はオンライン版での先行公開となります。これら二つの研究は、バヌアツやその周辺地域の人類の古代および現代のDNAを解析し、ゲノム規模のデータを得て、バヌアツの人類集団の変遷を検証しています。両方の新研究の間で共通認識もあるものの、相違も見られます。

 バヌアツで最初の人類はオーストロネシア諸語を話していたと推測されているラピタ(Lapita)文化集団で、最初の移住の年代は3000年前頃と推定されています。これは、5500年前頃に台湾から始まったと考えられるオーストロネシア諸語集団の拡大の一部となります。現代バヌアツ人は遺伝的には、4万年以上前にニューギニア島やその周辺地域に拡散してきたパプア人集団の強い影響を受けていますが、言語はパプア諸語ではなく、オーストロネシア諸語のままです。この遺伝子構成と言語の「不一致」について、言語学や考古学や遺伝学などさまざまな分野で推測されており、今回取り上げる両方の新研究でも検証されています。

 リモートオセアニアの最初の人類集団とされるラピタ文化集団は、台湾から東南アジア諸島を経由してオセアニアへと拡散してきた、と考えられており、両方の新研究においても改めてその見解が支持されています。現代人の遺伝的構成から推測すると、ラピタ文化集団はニューギニア島を経由したさいにパプア系集団の遺伝的影響を受けた、と考えられます。しかし、バヌアツとトンガの古代DNA解析の結果、初期のバヌアツ人とトンガ人には、パプア系集団との交雑の痕跡がほとんどまったくない、と明らかになりました(関連記事)。

 両方の新研究は、新たなDNA解析やすでに刊行されているデータの高品質化により、バヌアツにおける人類集団の遺伝的構成の変遷を改めて検証しています。一方の研究(Posth et al., 2018)は、バヌアツ・トンガ・フランス領ポリネシア・ソロモン諸島から19人のゲノム規模のデータを得ることに成功し、気候条件から古代DNAの解析が困難な熱帯地域でのデータだけに、意義は大きいと言えるでしょう。

 Posth et al., 2018でも改めて、3000年前頃となる最初期のバヌアツ人集団はパプア系集団の遺伝的影響をほとんど受けていない、と明らかになりました。一方で、早くも2500年前頃には、バヌアツにおいてパプア系集団の遺伝的影響を強く受けた個体が確認されています。しかし、パプア系集団の遺伝的影響の強化は唐突というよりも漸進的でした。2500〜2000年前頃には、バヌアツ人集団においてパプア人の遺伝的影響が大きくなりますが、現代人よりは小さく、1500〜1000年前頃にはさらにパプア人の遺伝的影響が強くなり、現代では多少ながらもそれ以上にパプア人の遺伝的影響が強くなっています。これらパプア系集団は、バヌアツにより近いソロモン諸島ではなく、ビスマルク諸島からバヌアツに到来したのではないか、と推測されています。

 Posth et al., 2018では、バヌアツにおけるオーストロネシア諸語集団からパプア系集団への遺伝的置換は、1回の大規模移住でによるものはなく継続的なものであり、ニアオセアニアとリモートオセアニアにおける集団間長距離ネットワークが持続していたのではないか、と指摘されています。また、バヌアツへのパプア系集団の移住には性的偏りがあり、南太平洋の現代人のDNA解析に基づいて推測されていたように、パプア人男性がオーストロネシア諸語集団女性と交雑する傾向にあった、と指摘されています。

 もう一方の研究(Lipson et al., 2018A)は、バヌアツのエファテ(Efate)島とエピ(Epi)島の14人の古代DNAが解析され、ゲノム規模のデータが得られました。このうち、11人分のデータは新たに報告されるもので、3人分は以前に刊行されていたデータのより高品質なものとなります。年代別では、2900年前頃が4人、2300年前頃が1人、1300年前頃が2人、500年前頃が1人、150年前頃が6人となります。これら古代のゲノム規模のデータは、185人の現代バヌアツ人のゲノム規模のデータと比較されました。

 Lipson et al., 2018でも、2900年前頃となる初期には、パプア系集団の遺伝的影響がたいへん小さい(4人のうち最大でも3.9±3.5%)、と明らかになりました。しかし、2300年前頃の1人では、パプア系集団の遺伝的影響は95.8±1.1%となります。バヌアツにおいては、オーストロネシア諸語集団による最初の人類の定着の後、少なくとも一部の島では、急速にパプア系集団への遺伝的置換が生じたのではないか、というわけです。このパプア系集団の直接的な起源地は、地理的にバヌアツにより近いソロモン諸島ではなく、ビスマルク諸島だと推測されています。パプア系集団の遺伝的影響は、1300〜500年前頃の3人ではおおむね90%前後、150年前頃の6人ではそれよりやや低くなり、70〜90%程度です。これは、ポリネシアからメラネシアへ「戻って来た」集団との交雑により、パプア系集団の遺伝的影響がやや低くなったことを表しているのではないか、と推測されています。

 Lipson et al., 2018では、これらの解析結果を踏まえて、バヌアツとその周辺地域では少なくとも4回の大きな移住があったのではないか、と推測されています。第一は、この地域最初の人類であるラピタ文化集団です。第二は、2300年前頃までにこの地域に拡散してきて、先住集団を遺伝的にはほぼ置換した、ビスマルク諸島起源のパプア系集団です。第三は、ポリネシアへと拡散した、第二のパプア系集団とは異なるパプア系集団です。第四は、ポリネシアからバヌアツに「戻って来た」集団です。

 これら両研究には、共通認識も見られます。まず、バヌアツの最初の人類集団は、台湾を直接的な起源地(その前にはおそらく華南、もちろん、究極的にはアフリカにまでさかのぼるわけですが)とする、パプア系集団の遺伝的影響をほとんど受けていないオーストロネシア諸語集団で、バヌアツにラピタ文化をもたらした、ということです。次に、このオーストロネシア諸語集団は、遺伝的にはビスマルク諸島起源のパプア系集団にほとんど置換されたものの、言語的には現代バヌアツ諸語もオーストロネシア諸語集団に区分される、ということです。

 両研究の相違点は、バヌアツにおけるパプア系集団による遺伝的置換の過程です。 Posth et al., 2018では、1回の大規模な移住ではなく、持続的な交流による交雑の結果、パプア系集団の遺伝的影響がバヌアツで漸進的に増加したのではないか、と推測されています。一方、 Lipson et al., 2018では、バヌアツに最初の人類であるオーストロネシア諸語系のラピタ文化集団が3000年前頃に到来し、その後に遅くとも2300年前頃までには、少なくとも一部の島ではほぼ全面的な遺伝的置換が生じるほどに、パプア系集団の大規模な到来があった、と推測されています。

 この食い違いは、この地域の古代DNA解析数の増加により、将来解決されるかもしれません。また両研究では、最初期のバヌアツ人はパプア系集団の遺伝的影響をほとんど受けていない、と推測されていますが、そうだと推測するにはまだデータが少なすぎる、とストーンキング(Mark Stoneking)氏は指摘しています。さらにストーンキング氏は、バヌアツなど熱帯地域における古代DNA解析の成功は貴重な事例なので、過剰解釈される傾向にあるのではないか、と注意を喚起しています。

 バヌアツにおける遺伝子構成と言語との「不一致」については、議論が続いているようです。バヌアツの現代の諸言語にはパプア諸語の影響が見られる、との見解も提示されています。しかし、この見解に否定的な言語学者もいるようです。バヌアツの最初期の人類集団は、バヌアツへの拡散前の相互作用の結果、オーストロネシア諸語と非オーストロネシア諸語の双方を話していたかもしれない、との見解も提示されています。また、オーストロネシア諸語集団の後にバヌアツへと到来したパプア系集団にとって、当時はまだ未分化なところのあったオーストロネシア諸語は、交流の持続していた多様な人類集団間にあって共通語として生き残ったのではないか、との見解も提示されています。

 これら二つの研究は、遺伝学のみならず、考古学・言語学などとの学際的研究の重要性を改めて浮き彫りにした、と言えるでしょう。また、日本列島における人類集団の遺伝的構成の変遷と言語の形成過程に関する議論にも参考になりそうな研究成果という点でも、大いに注目されます。つまり、縄文時代までに日本列島に到来した集団は、遺伝的には現代日本人に大きな影響を与えていないものの(関連記事)、言語では、弥生時代以降に到来した集団よりも現代日本語に大きな影響を及ぼしたかもしれない、ということです。

 これは、弥生時代以降に朝鮮半島などユーラシア大陸東部から日本列島に到来した集団の直接的人数はさほど多くなく、先住集団の言語が大きな影響力を維持したものの、本格的な水稲耕作や戦争文化などにより弥生時代以降の到来集団の方が人口増加率は高かったため、現在では縄文時代までに到来した集団をかなり高い割合で遺伝的に置換した、という想定です。もちろん、縄文時代の日本列島の(おそらくはかなり多様な)言語と、現代日本語とでは、大きく違うのでしょうが。


参考文献:
Lipson M. et al.(2018A): Population Turnover in Remote Oceania Shortly after Initial Settlement. Current Biology, 28, 7, 1157–1165.e7.
https://doi.org/10.1016/j.cub.2018.02.051

Posth C. et al.(2018): Language continuity despite population replacement in Remote Oceania. Nature Ecology & Evolution, 2, 731–740.
http://dx.doi.org/10.1038/s41559-018-0498-2

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縄文時代と現代日本
 これは3月7日分の記事として掲載しておきます。一つ前の記事で取り上げた、バヌアツにおける人類集団の形成史に関する研究は、日本列島における人類集団の遺伝的構成の変遷と言語の形成過程に関する議論にも参考になりそうだという点でも、大いに注目されます(関連記事)。日本列島の人類史における縄文時代の位置づけについては、まだ不明なところが多分にある、と言わざるを得ないでしょう。現代日本社会の「愛国的な見解」においては、縄文時代から現代まで継続する一貫した「日本」が措定され、現代日本社会の「確たる基盤... ...続きを見る
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2018/03/06 17:55

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