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zoom RSS 清家章『埋葬からみた古墳時代 女性・親族・王権』

<<   作成日時 : 2018/06/03 06:11   >>

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 歴史文化ライブラリーの一冊として、吉川弘文館より2018年5月に刊行されました。本書は古墳時代の埋葬形態から社会構造を推測し、「王朝交替論」も検証しています。複数の人物が葬られている古墳は珍しくなく、本書はおもに歯冠の比較から被葬者間の関係を推測しています。その結果、首長層よりも下位(とはいっても、一定以上の階層でしょうが)においては、古墳時代前期〜後期まで親子・キョウダイを基本とする血縁者のみがともに埋葬されていました。夫婦で埋葬されている事例も一部であるものの、基本的には血縁者がともに埋葬されており、夫婦はそれぞれ出身集団の墳墓に埋葬される傾向にあったようです。古墳の複数の埋葬者のなかでも、最初に葬られた者は「家長」である可能性が高いようです。「家長」の性比は、古墳時代前期〜中期ではほぼ1対1でした。これは古墳時代の社会が双系的親族構造だったことを示します。古墳時代後期にはやや男性「家長」の比率が高くなりますが、女性家長と考えられる人物も一定の割合で存在するので、父系化は貫徹しておらず、父系化がやや進んだ双系的親族構造だと考えられます。

 首長層の古墳においても、それ以下の階層と同じく、親子・キョウダイを基本とする血縁者のみがともに埋葬されていました。ただ、首長層の父系化はそれ以下の階層よりも早く、古墳時代中期初頭に始まります。古墳時代前期には首長にも女性が多く、近畿では1/3程度、全国規模では半分程度です。『日本書紀』には、景行天皇が西方へと遠征したさい、女性の首長がいた、とあります。これが史実を反映した記事なのか不明ですが、興味深いと思います。古墳時代中期には、近畿の女性首長の比率は1/10程度にまで低下します。日本列島における父系化は全階層を通じて一気に進行したわけではなく、段階的でした。その画期は、首長層が父系化する中期初頭と、一般層にまで及んでいく中期後葉です。ただ、父系化した首長層では、安定して首長位が継承されたわけではありません。父子間で首長位が継承される場合もありましたが、兄弟の間の格差は小さいので、兄弟間で地位が継承されることもあり得ました。さらに、兄弟それぞれの子供も首長継承の候補者となり得ました。兄弟もしくはその子供たちが袂を分かち、系譜が分派する可能性もあったわけです。

 本書は次に、王族について検証します。大和盆地東南部に王墓を築いた最初期の大王(もしくは王)たちは、1集団から擁立されるのではなく、3〜4集団のなかで実力のある者が擁立されたのではないか、と本書は推測しています。大和盆地東南部の王族の一部が分派し、佐紀古墳群を形成します。佐紀古墳群と大和盆地東南部古墳群とは一時期併存します。佐紀古墳群の勢力は、当初は大王を輩出できませんでしたが、途中から大王を輩出するようになったのではないか、と本書は推測しています。その頃、古市古墳群と百舌鳥古墳群が成立します。これも、王権に揺らぎが生じ、既存の王族が分派したのではないか、と本書は推測しています。古市古墳群と百舌鳥古墳群の成立以降、大王は両集団に限定され、これは首長位が父系的に継承される現象と無関係ではないだろう、と本書は指摘しています。

 王墓群の築造地域の移動は王族の分派活動にともなうもので、本書はそこに政治変動もしくは政権交替的意味合いを見出しています。こうした分派活動は、大王墓や首長墓の埋葬原理とそこから明らかになる親族構造に基づき、構造的に起こり得ます。ともに埋葬されるキョウダイの格差はそれほど大きくなく、首長層の場合もそうだったように、兄弟とその子供たちはそれぞれ王位の継承候補者たり得ます。王族(首長層もですが)のなかには主流派から分派することもあり、その結果としての拠点・墳墓の移動ではないか、と本書は推測しています。また本書は、父系化といっても、地位継承は父から子、さらにその子へという単純な直系原理ではなく、兄弟・父子・従兄弟・叔父甥などの間で継承があり得た、と指摘します。広い父系的親族のなかで地位継承が行なわれた、というわけです。

 このように、古墳時代には双系的社会から父系的社会へと変化していきました。古墳時代前期には女性の首長・家長が一般的に存在し、男女の地位に大きな違いはなかったようです。しかし、古墳時代中期には女性首長がほとんどいなくなり、首長層は父系化します。一般層の父系化はそれよりも遅れて古墳時代中期後葉以降でしたが、上述したように双系的要素は依然として強く残っていたようです。父系化が進行した理由は、日本列島の政治勢力が朝鮮半島をめぐる軍事的緊張・戦争に巻き込まれたか、あるいは積極的に関与したためではないか、と本書は推測しています。その主体はヤマト政権でしたが、古墳時代中期後半には、高句麗の南下政策に対応するため一般層にも父系化が及んだ、というのが本書の見通しです。埋葬形態から社会構造の変容を推測する本書の見解は興味深く、他地域・他の時代にも通ずるような普遍性もあると思います。日本列島における世襲王権の成立過程については、今後も少しずつ調べていくつもりです。


参考文献:
清家章(2018)『埋葬からみた古墳時代 女性・親族・王権』(吉川弘文館)

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