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日本史上の人物の業績認知度

2008/07/04 19:03
 社会科の理解度を調べる目的で、2007年1〜2月に小学6年生と中学3年生を対象にした調査が行なわれ、その結果が公表された、と報道されました。小学6年生を対象にした調査では、小学校の学習指導要領に明記された42人の業績を示し、どの人物なのかを選ばせる問題が出され、正答率の1位は卑弥呼(99%)でした。幕末以降の政治家については、いずれも正答率が低くなっているのが大きな特徴です。

 この調査で気になるのは、卑弥呼が「邪馬台国の女王になった」とされていることです。卑弥呼が邪馬台国の女王ではなく倭国の王だということは、以前から指摘されているのですが(西嶋.,1999,第一章)、義務教育での歴史教育では、依然として卑弥呼は邪馬台国の女王だと教えられているということでしょうか。その他に気になったのは、小学校の学習指導要領に明記された42人のなかに、源義経が入っているのにたいして、天武天皇が入っていないことです。どういう基準でこの42人が選ばれたのか、どうもよく分かりません。


参考文献:
西嶋定生(1999)『倭国の出現』(東京大学出版会)
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ソ連が米国を朝鮮戦争に誘導?

2008/06/27 00:00
 ソ連が朝鮮戦争勃発直後の国連安保理を欠席した理由が、私にはどうもよく分からなかったのですが(公的には、中国政府認証問題を理由として、ソ連は1950年1月から安保理を欠席していた、と説明されています)、スターリンがチェコスロバキアのゴットワルト大統領に送った極秘電文から、ソ連の意図を説明した研究が報道されました。

 この報道によると、米国が朝鮮半島へ軍事介入したら、米国は軍事的威信と道徳的権威を喪失するのではないか、とスターリンは考えていたようです。またスターリンには、米国だけではなく中華人民共和国も朝鮮戦争に介入することになれば、欧州で社会主義を強化する時間ができ、国際勢力均衡の面でソ連に利益をもたらすだろう、との見通しもあったようです。電文の真偽も含めて、この研究の是非を検証できるだけの見識は私にはありませんが、なかなか興味深い研究です。
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衛の滅亡は始皇帝没後?

2008/06/13 00:00
 まだ日付は変わっていないのですが、6月13日分の記事を掲載しておきます。周代から戦国時代を経て秦代にかけて、いわゆる戦国の七雄には数えられていませんが、衛という国が存在していました。衛の始祖は、周の武王の弟で、商(殷)の故地に封ぜられた康叔封です。高校生の頃に渡辺信一郎「商鞅と始皇帝」を読み、その衛の滅亡が始皇帝没後とされていることを知りました。

 確かに、『史記』「衛康叔世家」によると、衛の最後の君主である君角の9年に秦王が天下を併合して始皇帝となり、始皇帝死後の君角21年に、秦の第二代皇帝(胡亥)が君角を廃して庶民とし、衛の祭祀が絶えたとあります(前209年)。このことを知ったときは、なぜ始皇帝が衛を滅ぼさなかったのか、不思議に思ったものです。

 渡辺信一郎「商鞅と始皇帝」によると、一家もろとも誅滅された商鞅家の本宗を残すことによって、始皇帝が商鞅の功績を記念したのではないか、とのことでした。しかし、これは付会にすぎるだろうか、と渡辺氏自身が述べているように、正直なところ説得力に欠けるのは否めませんでした。

 その後、この問題は忘れかけていたのですが、平勢隆郎氏が第1部を執筆した『世界の歴史2 中華文明の誕生』を読むと、この疑問にたいする答えが提示されていました。平勢氏によると、踰年称元法は戦国中期に出現したものなのに、司馬遷をはじめとした漢代の整理者たちが、踰年称元法を古代から続くものと考え、立年称元法による記録も踰年称元法によるものとみなしたので、『史記』にはかなりの年代矛盾が生じており、衛の実際の滅亡は始皇帝26年(前221年)とのことです。

 踰年称元法とは、君主の位が継承された翌年を新君主の元年とするもので、立年称元法とは、君主の位が継承されたその年を新君主の元年とするものです。そうすると、立年称元法による記録を踰年称元法によるものと解釈した場合、君主が交代するにつれて、じっさいの年代との間に開きが大きくなることになります。

 たとえば、立年称元法が採用されていた場合には、ABCDEの4人の王がいて、A王元年が前500年で、それぞれの治世が10年ずつだったとの記録があったとすると、E王10年は前455年となります。しかし、この記録を踰年称元法によるものと解釈すると、E王10年は前451年となります。このようにして、衛の滅亡はじっさいよりも後代にずれこんでしまった、というわけです。

 このように考えると、『史記』における年代矛盾も解消される、というのが平勢氏の見解です。『史記』における年代矛盾の具体例としては、衛が野王県に遷った年代が挙げられます。『史記』「秦始皇本紀」では、これは始皇帝6年(前241年、このときはまだ皇帝ではありませんが)のことで、衛の君主は君角だとされていますが、『史記』「衛康叔世家」では、君角の父である元君の時代とされています。

 「衛康叔世家」では、始皇帝没後に衛が滅亡したとの年代観に依拠していますから、前241年は元君の時代ということになりますが、衛の滅亡は前221年とする平勢氏による年代補正にしたがえば、前241年は君角元年となり(元君25年でもありますが)、年代矛盾が解消されたと解釈することも可能です。

 古代中国史にかんする平勢氏の諸見解にたいしては、かなり厳しい批判がなされているようなので、私が今回述べたことも、あるいは的外れなのかもしれません。ただ、立年称元法と踰年称元法との混同という見解は、専門家ではない私にはかなり魅力的です。


参考文献:
渡辺信一郎(1989)「商鞅と始皇帝」『週刊朝日百科世界の歴史13 紀元前の世界3●人物』(朝日新聞社)

尾形勇、平勢隆郎(1998)『世界の歴史2 中華文明の誕生』(中央公論社)
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本郷恵子『日本の歴史第6巻 京・鎌倉 ふたつの王権』(2008年5月刊行)

2008/06/11 00:00
 まだ日付は変わっていないのですが、6月11日分の記事を掲載しておきます。小学館『日本の歴史』6冊目の刊行となります。近年の研究成果を参照しつつ、中世前期の諸様相が手堅くまとめられているといった感じで、通史としてはなかなかの出来になっているのではないでしょうか。その分、一般受けする面白さに欠けたところがあるようにも思えますが、四つほど挿入されているコラムが、多少なりとも補っているように思われます。

 扱っている年代の長さからすると、他の日本史の通史ものと比較して、分量は少ないほうだと言ってよいでしょうが、薄いという印象を受けなかったのは、著者の力量でしょうか。近年は中世史の勉強がほとんど進んでいないので、ほとんど忘れかけていた中世の仕組み・用語を色々と思い出させてくれるとともに、新たに得た知識が少なからずあったという意味で、なかなか有益な一冊でした。
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間野英二「“シルクロード史観”再考」

2008/06/10 00:00
 まだ日付は変わっていないのですが、6月10日分の記事を掲載しておきます。今年3月2日分の記事にて、森安孝夫『興亡の世界史05 シルクロードと唐帝国』(講談社、2007年)を取り上げました。同書では、間野英二氏の中央アジア論が徹底的に批判されていたのですが、これにたいする間野氏の反論「「シルクロード史観」再考─森安孝夫氏の批判に関連して─」が、『史林』第91巻2号(2008年)に掲載されました。

 『シルクロードと唐帝国』を読んだとき、「シルクロード史観論争」について論じられた箇所における、間野氏への森安氏の批判が妥当なのか否か、気にはなっていたのですが、間野氏の著書・見解をわざわざ読もうというほどの関心がなかったので、とくに調べることはしませんでした。しかし、間野氏による森安氏への徹底的な反論が『史林』に掲載されたとネットで知り、『史林』が一般販売されるようになって、私のような関東在住の研究者ではない人間でも容易に入手できるようになったので、読んでみようと思った次第です。

 この問題の論点は、中央アジア史をどのように把握するのか、さらに、中央アジア史においてシルクロードの果たした役割はどれほどのものだったのか、ということです。間野氏は30年以上前の著書(『中央アジアの歴史─草原とオアシスの世界』講談社現代新書、1977年)で、中央アジア史においてシルクロードが過大評価されているが、シルクロードが重要な役割を担っていた前近代においても、中央アジアの経済は基本的に農業によって支えられており、中央アジアは単なる東西交渉の経由地ではなく、一つの完結した地域として把握すべきだろう、と指摘しました。

 間野氏らのこうした見解にたいして、森安氏は『シルクロードと唐帝国』P93にて、「あえて極端にいえぱ、これは中央アジア史からシルクロードを学問的に抹殺しようという動きである」と述べ、「私はとうていこれを容認することはできない」と批判しています。しかし、間野氏も海上交通路の発達以前におけるシルクロードの重要性を30年以上前に指摘しており、「あえて極端にいえば」ということであったとしても、森安氏の批判は曲解に基づく一方的なもの、との間野氏の批判は妥当だと言わざるを得ないように思います。

 この問題と関連して、ソグディアナの都市の豊かさを、ソグド商人の隊商活動(国際貿易)によるものとの前提で議論を進める森安氏にたいして、ソグディアナの豊かさの源泉が農業を中心とする産業だったのか、それとも隊商活動だったのか、隊商の規模や往来頻度について正確なことが不明な現時点では明確ではない、と間野氏は指摘します。さらに、壁画からも、ソグディアナ社会が商人の優越した社会との証拠は確認できない、と間野氏は指摘します。こうした間野氏の指摘は、おおむね妥当なものだと思います。

 森安氏の間野氏への批判は、中央アジアのイスラーム化にたいする評価にも及んでいます。9〜10世紀を中央アジアのテュルク・イスラーム時代の発端とする間野氏の見解にたいして、森安氏は東トルキスタン全体がイスラーム世界になるのは15世紀からにすぎないと指摘し、間野氏の見解をイスラーム中心主義と批判しています。

 しかし、東トルキスタン東部のトルファン地方のイスラーム化は15世紀だとしても、東トルキスタン西部のイスラーム化は9〜10世紀にすでに始まっており、11世紀にはイスラーム文化の成熟も見られるのであって、トルファン地方は中央アジア全体から見るとあくまでも特殊な地域として扱うのが適切だ、との間野氏の反論のほうが説得力があるように思われます。

 以上、間野氏の森安氏にたいする反論についてざっと見てきました。間野氏は、森安氏の自説にたいする批判は曲解に基づく一方的なものであり、一部を除いて受け入れることができない、と反論しています。専門家ではない私に判断できるだけの見識があるかというと疑問ですが、率直な感想を述べると、間野氏の反論のほうが妥当だろうと思います。


参考文献:
間野英二(2008)「「シルクロード史観」再考─森安孝夫氏の批判に関連して─」『史林』第91巻2号、P402-422

森安孝夫(2007)『興亡の世界史05 シルクロードと唐帝国』(講談社)、関連記事
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ニュージーランドへの人類の移住年代

2008/06/06 00:00
 ニュージーランドへの人類の移住時期をめぐって議論が展開されてきましたが、人類がニュージーランドに持ち込んだナンヨウネズミネズミ(Rattus exulans)の骨やネズミが齧った種子の年代を改めて測定したところ、後期移住説が支持される結果になった、との研究(Wilmshurst et al.,2008)が報道されました。

 ニュージーランドのナンヨウネズミは人類が持ち込みましたから、人類がニュージーランドにはじめて移住した時期を推測する重要な手がかりとなります。以前、ナンヨウネズミの骨の年代が紀元前200年頃と発表され、考古学や古生態学などの近年の研究成果(人類の痕跡は紀元後1280年頃以降)と乖離していたので、議論になりました。

 この研究では、紀元前200年頃と測定されたナンヨウネズミの骨も含む博物館で保管されている標本と、それらと同じ層からのものも含む新たなネズミの骨が、改めて放射性炭素年代測定法で検査されました。紀元前200年頃との測定結果が得られた研究では、試料汚染の可能性が指摘されましたので、この研究では汚染除去のための改良された技術が用いられました。その結果、ナンヨウネズミの骨の年代は最古のものでも586年前(非較正)であり、暦年代で紀元後1280年頃よりも古いものはありませんでした。

 ナンヨウネズミが齧った痕のある種子も、同様に年代が測定されました。以前の著者たちの研究では、ネズミに齧られた種子は780年前よりも新しいものばかりで、無傷のものの年代は3895年前までさかのぼりました。改良された技術が用いられての今回の測定では、ナンヨウネズミが齧った痕のある最古の種子は702年前までさかのぼり、鳥の砕いたものの中には、2512年前までさかのぼるものもありました。ネズミのニュージーランドへの初上陸の年代は、火山灰によりさらに絞り込まれ、暦年代で紀元後1314年以前のことになります。

 これらの新たな年代測定結果は、考古学・古生態学などの近年の研究成果とも整合的です。そのため、人類によってポリネシア東部からニュージーランドにナンヨウネズミがはじめて持ち込まれた(人類がはじめてニュージーランドに移住した)のは紀元後1280年頃で、その後ナンヨウネズミは急速に拡大したのではないか、とこの研究では推測されています。

 ただ、ナンヨウネズミが齧った痕のある種子の年代は、ナンヨウネズミの骨の年代よりも古くなっています。ニュージーランドへの人類の移住時期の研究にあたっては、後者よりも前者のほうが信頼できる方法ではないだろうか、とこの研究では示唆されています。

 またこの研究では、東ポリネシアへの人類の移住により、生態系が大きく変わったことも指摘されています。おそらくは過剰狩猟のため、広範囲で陸生動物が絶滅し、海洋大型動物が衰退していきました。また、人類による火の使用のため、低地の森林が破壊されました。この研究で取り上げられた、人類が持ち込んだ雑食性のナンヨウネズミも、こうした変化に影響を与えています。


参考文献:
Wilmshurst JM. et al.(2008): Dating the late prehistoric dispersal of Polynesians to New Zealand using the commensal Pacific rat. PNAS, 105, 22, 7676-7680.
http://dx.doi.org/10.1073/pnas.0801507105
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網野徹哉『興亡の世界史12 インカとスペイン 帝国の交錯』

2008/06/04 00:00
 講談社の『興亡の世界史』シリーズ13冊目となります(2008年5月刊行)。アンデス地域とスペインを交錯させつつ、両者が出会った16世紀前半からではなく、その前の両者の歴史から説き起こし、両者が決別した19世紀前半までを叙述した、なかなかの意欲作だと思います。

 スペイン史(イベリア半島)における排除・強制・同化と寛容・共生という二つの方向性からの、スペイン統治下のアンデス地域にたいする視点は興味深いものでした。この時代のスペイン・南米史については詳しくないので、この時代のスペインは不寛容だとの印象が強かったのですが、私が創造していた以上にこの時代のスペインは多様な社会だったようです。

 16世紀後半〜17世紀前半の、スペイン帝国内におけるポルトガル系商人の台頭と弾圧については、不勉強なためにこれまで知らなかったことなので、興味深いものがありました。スペイン衰退の要因を、こうした不寛容さに求めると分かりやすいのですが、じっさいには色々と複合的な要因があるのでしょうし、不寛容さと衰退の因果関係は私の見識では断定できません。

 やや残念だったのは、スペインの「黒い伝説」が巻末のラス=カサスの人物伝でちょっと触れられていたくらいだ、ということです。イベリア半島の大半がかつてイスラーム勢力に支配されていたということで、他のヨーロッパ諸国からのスペインへの視線に偏見があったことが指摘されていますが、この問題とスペインの「黒い伝説」の浸透との関係について、やや詳しく著者の見解を読みたかったものです。
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陳思「チベット事件についての討論ノート」

2008/05/16 00:00
 今年4月16日分の記事にて、梁文道氏のチベット論を紹介しましたが、そこでは在野の学者である陳思氏について触れられていました。その梁文道氏のチベット論を日本語に訳されたブログ主さんが、今度は陳思氏のチベット論を日本語に訳されました

 今年の3月のチベット情勢の緊迫化以降、さまざまなチベット論を読んできましたが、そのなかで梁文道氏のチベット論はとくに優れたものであり、チベット問題についての自分の勉強不足を改めて痛感するとともに、不勉強な自分がこれ以上チベット問題を論じることが空しくなってしまったので、梁文道氏のチベット論を紹介した記事を掲載した後は、チベット問題についてこのブログでは取り上げませんでした。

 チベット問題についての勉強不足は一ヶ月経過した現在も変わっていないので、この記事でチベット問題について独自の見解を強く主張するというわけではないのですが、陳思氏のチベット論も優れたものだと思いますので(ダライ=ラマ14世を理想主義者として描きすぎのようにも思いますが)、宣伝の意味で取り上げることにしました。もっとも、このような過疎ブログで宣伝しても効果はあまりなさそうですが、まあそれでも、宣伝しないよりはましでしょう。


 チベット問題のような国外の問題への関心は、日本国内では一過性のもので終わることが多く、たとえばかつて日本でも熱心に報道されたバルト三国の問題は、現在の日本ではほとんど関心を持たれていません。もちろん、ソ連邦から独立するという形でバルト三国の問題は一応解決し、今では三国とも北大西洋条約機構と欧州連合の一員なのですから、関心が低下するのは仕方のないことかもしれません。しかし、こうした問題にたいしてすぐに関心を失ってしまうと、大事なことを見逃してしまう恐れもあるのではないか、と思います。

 チベット問題は、残念ながら早期に解決する見通しが立っていないので、日本でもバルト三国の問題よりは関心が長く続くでしょうが、問題が長引くだろうからということだけではなく、中国政府がチベット問題で展開している論理は、日本にとってバルト三国の問題よりもずっと関連が深いだろうという意味でも、注目し続ける必要があるでしょう。もっとも、中国にとってチベットと日本の地位には大きな違いがある、ということは大前提としなければなりませんが。


 チベット問題に詳しい日本人は少ないでしょうから、私もそうですが、「識者」の見解にどうしても強い影響を受けてしまいます。そのさいに重要なのは、「識者」の質を判断することで、大して学識も思考力もないのに、中国嫌いの感情からやたらとチベットを持ち上げ、中国を「過激」に批判していないか、見極める必要があると思います。

 たとえば、東田さんがブログで徹底的に批判されている勝谷誠彦氏は、チベット問題をよく取り上げていらっしゃるようですが、チベット問題についての勝谷氏の言動に問題が多いことは、東田さんのブログの最近の記事でよく分かります。
http://blog.livedoor.jp/manguhsai/archives/699009.html
http://blog.livedoor.jp/manguhsai/archives/705597.html
http://blog.livedoor.jp/manguhsai/archives/711906.html
http://blog.livedoor.jp/manguhsai/archives/714328.html

 日本人がチベット問題に関心をもつのはよいのですが、日本のテレビや雑誌などで取り上げられるチベット論のなかには、勝谷氏のそれのように低水準なものもあるでしょうから、私のようなチベット研究者ではない視聴者・読者は、できるだけ多くの「識者」から情報を得て、判断することが必要なのだと思います。
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法螺を吹く

2008/05/15 00:00
 現在では、「大言を吐く、虚言を言う」といった意味合いで用いられることがもっぱらですが、かつては違った意味で用いられていたようです。以下の青字の箇所は引用文で、引用文中の「この時代」とは戦国時代のことです。

 法螺貝に対する呪術観念にもとづき、善神を呼び集め、邪気を祓う目的でさかんに吹き鳴らされ、その威力を発揮した状態をさす「法螺を吹く」という言葉が、今日の大言を吐く意味に変化したのもこの時代であった。この変化は、法螺貝の呪術性を信ずる社会から法螺貝をたんなる大きな音をだす道具と考える社会への移行を象徴的にしめすものであった。同じく貝の持つ呪性から出発し、呪性の力を秘めたものとして、さまざまな用途にもちいられた貨幣が、たんなる交換の道具として広く使用されだすのも、この時代であった(勝俣.,1996,P3-4)。

 なお、「法螺を吹く」は仏教用語に由来するようで(釈迦の説法の喩え)、この側面からの説明も可能なようなのですが、ネットでしか確認していないので、今回は省略することにします。


参考文献:
勝俣鎭夫(1996)『戦国時代論』(岩波書店)
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サハラの砂漠化は緩やかだった

2008/05/12 00:00
 サハラの砂漠化は緩やかだった、との研究(Kröpelin et al.,2008)が報道されました。更新世末期以降の温暖化により、サハラは砂漠からから湿潤で植物の豊富な環境に変わりました。しかし、7000年前以降、サハラは再び乾燥化し、比較的短期間のうちに砂漠になったとされます。

 しかしこの研究では、花粉・胞子・水棲生物の痕跡や堆積物を用いて過去6000年の気候変動を分析した結果、サハラの砂漠化は緩やかなものだった、と推測されています。7000年前以降に乾燥化の始まったサハラでは、まず豊富な熱帯植物が次第に減っていき、4300年前頃には草原地帯へと変わりました。その後さらに乾燥化が進み、2700年前頃に現在のような砂漠になったと思われます。

 前近代と現代とでは人口も人類の活動も大きく水準が異なりますが、過去の地球環境の長期的変動が明らかになれば、気候変動も含めた現在の環境問題への理解の一助になるのではないか、と期待されます。


参考文献:
Kröpelin S. et al.(2008): Climate-Driven Ecosystem Succession in the Sahara: The Past 6000 Years. Science, 320, 5877, 765-768.
http://dx.doi.org/10.1126/science.1154913
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タイトル 日 時
堀晄『古代インド文明の謎』
 歴史文化ライブラリーの一冊として、吉川弘文館より2008年3月に刊行されました。朝日新聞の書評ではたいへん面白そうでしたし、この6〜7年、古代文明についての勉強がまったく進んでいないので、最新の見解を知っておこうという考えもあって、読んでみました。 ...続きを見る

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2008/05/08 00:00
五味文彦『日本の歴史第5巻 躍動する中世』(2008年4月刊行)
 小学館『日本の歴史』5冊目の刊行となります。「新視点・中世史、人びとのエネルギーが殻を破る」とのことで、1970年代の小学館版『日本の歴史』の「日本史の社会集団」や、2000年代の講談社版『日本の歴史』の「**史の論点」の巻と似た役割を担うことになるのでしょう。 ...続きを見る

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2008/05/01 00:00
先史時代のアンデスにおける頭蓋穿孔
 先史時代のペルーのクスコ地域で、オカルト的民間療法としてではなく、医療目的としての頭蓋穿孔が行なわれていたことを指摘した研究(Andrushko et al.,2008)が報道されました。これは、従来の通説をさらに補強する研究となります。 ...続きを見る

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2008/04/30 00:00
中国大陸における人類の遺伝的構成の変化
 ちくま新書の『DNAから見た日本人』を(斎藤.,2005)を読み直していて思い出したのが、中国の臨淄における人類の遺伝的構成の変化を調べた研究(Wang et al.,2000)です。この研究では、2500年前・2000年前・現代という三つの異なる時代の臨淄住民(現代については漢民族が分析対象とされました)のミトコンドリアDNAが検査され、東アジア・中央アジア・欧州の現代人のそれと比較されています。 ...続きを見る

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2008/04/17 00:00
梁文道氏のチベット論と平野聡氏のチベット問題についての解説
 「香港リベラル派知識人のチベット論」と題したブログの記事で、梁文道氏のチベット論について知りました。同氏のチベット論には日本語訳もあり、私はその日本語訳を読んだのですが、たいへん興味深い内容で、色々と教えられることも考えさせられることもありました。私は漢語を解しませんので、断言はできないのですが、おそらく原文そのものもさることながら、日本語訳も素晴らしいのでしょう。 ...続きを見る

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2008/04/16 00:00
酒井信彦「男系天皇絶対論の危険性―女系容認こそ日本文明だ―」
 『諸君』2006年10月号(文藝春秋社)に掲載された論考(酒井.,2006)です。酒井氏の他の論考はこの論文集で読めます。まだほとんど読んでいませんが、私とはかなり価値観の異なる人だろうということは、容易に想像がつきます。しかしながら、この論考でもなかなか面白い指摘がなされているように、酒井氏の学識には一定以上の敬意を払うべきだろうと思います。 ...続きを見る

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2008/04/15 00:00
久米邦武「鎌倉時代の武士道」
 今年1月15日分の記事で、橋昌明『平清盛 福原の夢』を取り上げましたが、その橋氏の代表的著作である『武士の成立 武士像の創出』(東京大学出版会1999年)では、冒頭で原勝郎『日本中世史』と久米邦武「鎌倉時代の武士道」の武士論が対照的なものとして取り上げられ、本論への導入部となっています。 ...続きを見る

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2008/04/11 00:00
崎谷満『DNAでたどる日本人10万年の旅』第2刷(2)
前編の続きです。 ...続きを見る

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2008/04/10 00:00
崎谷満『DNAでたどる日本人10万年の旅』第2刷(1)
 昭和堂より2008年2月に刊行されました。初版第1刷の刊行は2008年1月です。遺伝学(おもにY染色体DNAの分析)の分野から日本人の起源・形成を論じた書籍としては、現時点では最新のものと言ってよいでしょう。また、遺伝学のみならず、考古学・言語学などの成果も取り入れられ、複数の分野を総合した学際的研究の成果が提示されています。繰り返しが多く、やや冗長なところがありますが、日本人起源論を扱った書籍としては、今後しばらくは必読と言えるでしょう。以下、まずは、本書で提示された見解について自分なりに整... ...続きを見る

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2008/04/10 00:00
イラクをめぐる争乱による被害
 イラン・イラク戦争から湾岸戦争、さらにはイラク戦争とその後のイラクの混乱状態により、イラクはたいへんな被害を受けました。人命・経済についてはもちろんのことですが、文化遺産にもたいへんな被害があったように思われます。 ...続きを見る

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2008/04/09 00:01
アステカ族の算術
 アステカ族は独自の算術を行なっていたことが判明した、との研究(Williams et al.,2008)が公表されました。1540〜1544年頃のアステカの都市テペトラオズトクで、各世帯が所有していた農地について記録された二つの手書き文書の分析によると、アステカ族は分数の代わりに心臓・手・矢といった絵文字を用いて、土地区画の測量や記録を行なうという独自の算術を使用していたそうです。 ...続きを見る

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2008/04/07 00:00
川尻秋生『日本の歴史第4巻 揺れ動く貴族社会』(2008年3月刊行)
 小学館『日本の歴史』4冊目の刊行となります。災害・地方政治の在り様・各地の戦乱・宗教の変容・貴族の生活・外交など、幅広く取り扱われています。その分、個々の事象について深く掘り下げられていないとの感想もあるとは思いますが、概説書としてはこれでよいのではないでしょうか。 ...続きを見る

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2008/04/01 00:00
最近の「チベット」情勢についての平野聡氏の見解
 本日付の朝日新聞「私の視点」に、今年3月4日分の記事で取り上げた『興亡の世界史17 大清帝国と中華の混迷』(講談社、2007年)の著者の平野聡氏の“「中華民族」国家造り 限界”と題する見解が掲載されました。主な点を列挙すると次のようになります。 ...続きを見る

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2008/03/27 21:02
「近代化」と「幸福」の問題
 このところ、「チベット問題」が日本でも大々的に報道されていますが、それに関連した興味深いブログの記事を見つけました。けっきょくのところ、いくら近代化して経済発展したとしても、その恩恵を受けられない人はいるものですし、恩恵を一定水準以上受けていたとしても、必ずしも「幸福」だとは限らないわけです。また、近代化・経済発展の陰で、犠牲になる人々もけっして少なくありません。 ...続きを見る

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2008/03/24 07:16
「チベット」と「中国文明」の関係(3)
 前回の記事にたいして、子欲居さんからトラックバックをいただきました。この記事はその返信ですが、このブログのこれまでの記事で主張したいことはおおむね述べてきましたので、今回は手短に私見を述べることにし、私のほうも、この問題についてはとりあえずこの記事で最後にするつもりです。 ...続きを見る

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2008/03/19 00:02
「チベット」と「中国文明」の関係(2)
 前回の記事にたいして、子欲居さんからトラックバックをいただきました。この記事は、その返信です(以下、引用箇所は青字)。 ...続きを見る

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2008/03/17 00:03
「チベット」と「中国文明」の関係
 前回の記事にたいして、子欲居さんからトラックバックをいただきました。この記事は、その返信です。そもそもの発端・「暴動」の内容・中国政府の対応・死者数など、現在のラサの情勢には不明な点が多く、現時点での断言は避けておきます(以下、引用箇所は青字)。 ...続きを見る

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2008/03/16 16:03
「チベット」と「中国」について
 昨日の記事にたいして、子欲居さんからトラックバックをいただきました。この記事は、その返信です。外国人がラサの情勢を把握するのは難しく、死者は10人ともされている一方で、最大で100人に達している、との報道もあります。じっさいのところどうなのか、現時点はもちろんのこと、後世になっても把握できないかもしれません。 ...続きを見る

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2008/03/16 00:00
最近の「チベット」情勢と歴史問題
 最初に断っておきますと、「東アジア世界論」についての私見(前編と後編)でも述べたように、私は中国を中華人民共和国の略称として用いており、通時的な地理的呼称としては中国大陸を用いています。他の方の文章・発言から引用するさいに、通時的な地理的呼称として「中国」が用いられているような場合は、原則として「」をつけることにしています。なお、「チベット」としているのは、中国大陸についてもそうであるように、地理的区分にはどうしても曖昧なところがあるとはいえ、「チベット」の範囲については、とくにそうした性格が... ...続きを見る

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2008/03/15 11:06
「東アジア世界論」とその問題点(2)
文字数制限にひっかかったので、2回に分けました。(1)の続きです。 ...続きを見る

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2008/03/12 00:03
「東アジア世界論」とその問題点(1)
 この10日間ほど、ずいぶんと前に執筆した文章を中心として、1日5本ずつ記事を掲載しましたが、今日からは以前のように原則として1日1本ずつ更新していきます。挨拶はこれくらいにして、以下、本題に入りますが、文字数制限にひっかかったので、この(1)と(2)の2回に分けます。 ...続きを見る

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2008/03/12 00:02
小田中直樹『歴史学ってなんだ?』
 PHP新書の一冊として、2004年2月にPHP研究所より刊行されました。史実とは何か、歴史学は社会の役に立つのかという、この10年ほど日本で話題になった(こうした問いかけ自体以前からあるのですが)、歴史学をめぐる難問について、著者が真摯に考え、述べた一冊です。一般向けということがかなり意識されていて、平易な叙述となっていますが、その内容には深いものがあり、考えさせられるところが多い一冊だと思います。 ...続きを見る

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2008/03/11 00:02
中野正志『万世一系のまぼろし』(追記有)
 朝日新聞社が刊行している朝日新書の一冊として、2007年1月に刊行されました。著者は元朝日新聞社の論説委員とのことで、カバーでの宣伝文句は「女系天皇容認の立場から、男系説を徹底検証」となっています。天皇制廃止論者の私は、皇室典範改正の議論にさほど熱心ではありませんでしたが、それでも一歴史ファンとしての興味はあり、新聞・雑誌・掲示板などで双方の意見を読んだこともありますし、議論が下火になってから、雑感を述べたこともあります。そうした関心から、『万世一系のまぼろし』を購入したというわけです。 ... ...続きを見る

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2008/03/11 00:02
戦後日本における欧米化と東アジア世界についての雑感
 戦後日本において欧米化、とくにアメリカ化が進行したことは現代の日本人の常識となっていますが、敵国としてはげしく戦ったアメリカ合衆国の文化・技術・諸制度などをかくも容易に受け入れたことについては、過去にこだわらず、優れたものを素直に受け入れて自分のものとする日本民族の特性だ、といったような説明がなされています。 ...続きを見る

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2008/03/11 00:01
日本における中華意識の形成
 倭国における対外交渉の変遷を、中華意識および大宰府の形成と関連させて論じた研究(川本芳昭「倭国における対外交渉の変遷について」)があります。律令国家の外交の一端も担った大宰府の淵源を、『三国志』に見える一大率に求める見解がありますが、この研究では、一大率は外交機関というよりも、むしろ卑弥呼・倭国の側からの国内的要因のもとに設置されていたのであり、倭国の中心地としてかつて対中外交を担っていたという権威のある伊都国や、それを核として再結集する可能性のある国内諸国を監視することがその本質だった、とさ... ...続きを見る

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2008/03/10 00:08
神野志隆光『複数の「古代」』
 講談社現代新書の一冊として、講談社より2007年10月に刊行されました。著者の専攻は日本古代文学で、本書においては、古代日本には『古事記』・『日本書紀』など複数の歴史があったとされ、おもに『古事記』と『日本書紀』との歴史の語りかたの違いが論じられています。 ...続きを見る

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2008/03/10 00:05
ユカタン半島の熱帯雨林は高度に管理されていた
 ユカタン半島の熱帯雨林は、一般に考えられているように人の手が加わっていないのではなく、かつてマヤ文明によって高度に管理されていた、との見解が報道されました。今年1月23日分の記事で取り上げた『1491 先コロンブス期アメリカ大陸をめぐる新発見』にて、アマゾンの密林は一般に考えられているような「手つかずの自然」ではなく、かなり人の手が加わっていることが指摘されていますが、先コロンブス期のアメリカ大陸において、そのような地域は珍しくないのでしょう。 ...続きを見る

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2008/03/09 00:02
コロンブスの偉業
 1492年にアメリカ海域に到達したコロンブス(クリストバル=コロン)は、日本でも偉人として知られていますが、コロンブスがアメリカ大陸を発見したという表現は、さすがに現在の日本ではあまり用いられなくなったように思われます。しかし、新大陸という表現は今でもよく見かけるので、アメリカ大陸発見という表現が一般的だったころより、発想はあまり変わっていないのかな、という気もします。 ...続きを見る

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2008/03/09 00:01
失敗の歴史
 対米開戦を決断した戦前の日本や、衛生管理の問題点・粉飾決算を隠蔽しようとした企業など、後世・外部からはどう見ても失敗・露見しそうなことをやってしまう集団は、無能な人間が集まっているかのように思われるかもしれませんが、企業・国家を問わず、巨大な集団となるとさまざまなしがらみがあり、後世・外部からは信じられないような失敗をしてしまうことは珍しくないのだと思います(小集団・個人でもそうした失敗は珍しくありませんが)。 ...続きを見る

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2008/03/09 00:00
鴨川達夫『武田信玄と勝頼−文書にみる戦国大名の実像』
 岩波新書の一冊として、岩波書店より2007年3月に刊行されました。信玄と勝頼の文書を分析し、信玄の人となりや信玄と勝頼の行動の意図が推測されていますが、古文書とはどのようなものなのか、いかに読み解くのかということに半分以上が割かれていて、古文書入門書的な性格も有していると思います。 ...続きを見る

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2008/03/08 00:01
ハインリッヒ=シュリーマン『シュリーマン旅行記 清国・日本』(9刷、講談社)
 石井和子訳で、講談社学術文庫の一冊として2000年11月に刊行されました。1刷の刊行は1998年4月です。1865年、43歳のシュリーマンは世界漫遊に旅立ち、清朝末期の中国と幕末の日本を訪れています。本書はたんなる旅行記ではなく、当時の日中文化比較論としても、たいへん興味深いものです。 ...続きを見る

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2008/03/08 00:01
新川登亀男『聖徳太子の歴史学』
 講談社選書メチエの一冊として、2007年2月に刊行されました。「近代に創られた“古代”の報告」を主題に、古代・中世・近世の聖徳太子像も含めて、聖徳太子像がどのように形成されてきたのか、当時の時代思潮に即して説明されています。本題もなかなか面白かったのですが、本題の根拠として挙げられた事例の中には、とくに法隆寺関係で私の知らないことが少なからずあり、自分の不勉強と無知を改めて思い知らされました。 ...続きを見る

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2008/03/08 00:00
赤坂憲雄編集『追悼記録 網野善彦』
 洋泉社新書の一冊として、2006年10月に洋泉社より刊行されました。2004年2月27日に亡くなった網野善彦氏の追悼記事・追悼文をまとめたもので、学生時代の網野氏を追憶した文章など、なかなか興味深い文章もあります。 ...続きを見る

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2008/03/08 00:00
小島毅『足利義満 消された日本国王』
 光文社新書の一冊として、光文社より2008年2月に刊行されました。本書は一応啓蒙書に分類されるのでしょうが、『靖国史観−幕末維新という深淵』 http://sicambre.at.webry.info/200803/article_29.html でもそうだったように、著者の人柄が反映されているのか、くだけた・軽い・ふざけた文章が頻出するのは、内容自体はなかなか面白いだけに、残念でなりません。 ...続きを見る

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2008/03/07 00:03
小島毅『靖国史観−幕末維新という深淵』
 ちくま新書の一冊として、筑摩書房より2007年4月に刊行されました。靖国神社の起源が歴史的経緯の中で説明され、靖国神社が水戸学的価値観のうえに誕生し、その価値観が日本の歴史からすると新しいものであること、さらには靖国神社を誕生させた明治維新の評価や日本人・日本国家のありようについてまで論じられています。 ...続きを見る

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2008/03/07 00:01
小島毅編『義経から一豊へ 大河ドラマを海域にひらく』
 勉誠出版より2006年1月に刊行されました。2005年の大河ドラマが源義経を描いた『義経』で、2006年の大河ドラマが山内一豊夫妻を描いた『功名が辻』でしたから、大河ドラマ便乗企画であるとは言えます。しかし、本書はありがちな大河ドラマ便乗本とは異なり、中世の日本を東アジア世界のなかで位置づけようとする意欲的な論考が多数収録された一冊となっています。大河ドラマ便乗本との先入観がよい意味で裏切られる良書だと言えるでしょう。 ...続きを見る

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2008/03/07 00:01
藤田達生『秀吉神話をくつがえす』
 講談社現代新書の一冊として、講談社より2007年9月に刊行されました。朝鮮役は取り上げられていないので、秀吉の(批判的)伝記としては物足りない感がありますが、新書であることを考慮すると、仕方のないところかもしれません。続編の刊行を期待したいところです。 ...続きを見る

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2008/03/07 00:00
織田信長による国民国家的軍隊の創出(勝谷誠彦氏の見解について)
 以前から知ってはいたのですが、ネットで確認をとる手段がなかなか見つからなかったので、取り上げることを見合わせていたブログの記事があります。この一件は、『勝谷誠彦様の華麗なる脳みそ』というブログの管理人の東田氏が、『ムーブ!』というテレビ番組における、わりと有名であろうコラムニストの勝谷誠彦氏の発言内容に疑問をもたれて、勝谷氏宛にメールを送られたことが発端となりました。 ...続きを見る

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2008/03/06 00:04
遠山美都男『古代の皇位継承 天武系皇統は実在したか』
 歴史文化ライブラリーの一冊として、吉川弘文館より2007年11月に刊行されました。天智と天武の関係については、7年以上前に私見を述べたことがあります。その後、天智系と天武系という区分は当時(飛鳥時代後期〜奈良時代)存在したのだろうか、そうした区分をはじめてはっきりと意識したのは桓武だったのではなかろうか、との疑問が生じました。しかし、日本中世史や古人類学のほうに関心が移ったこともあり、この疑問は放置したままにしていました。そのため、書店で本書を見かけたとき、以前からの疑問を解決する手がかりにな... ...続きを見る

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2008/03/06 00:03
田島英一『弄ばれるナショナリズム−日中が見ている幻影』
 朝日新聞社が刊行している朝日新書の一冊として、2007年1月に刊行されました。中国におけるナショナリズムや中国・漢人という意識の形成、さらにはそれら相互の関係などを、19世紀にさかのぼって論じ、現代の中国人の意識や、日中関係にまで踏み込んだ内容となっています。 ...続きを見る

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2008/03/06 00:02
黒田勝弘・市川速水『朝日vs.産経 ソウル発』
 朝日新書の一冊として、2006年12月に朝日新聞社より刊行されました。黒田氏は産経新聞ソウル支局長で、市川氏は朝日新聞前ソウル支局長です。様々な問題についてもそうなのですが、朝鮮半島問題でも論調が対照的とされる両新聞のソウル支局長同士の対談という興味深い企画です。内容も、全体的にはたいへん興味深かったのですが、「韓流」についての両記者の評価には疑問が残ります。 ...続きを見る

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2008/03/06 00:01
歴史の共通認識の難しさ(日本と韓国について)
 一昨年(2006年)12月9日、韓国の趙己淑・前大統領府首席報道官(当時)が、土下座して謝罪したという報道がありました。この報道は、黒田勝弘・産経新聞ソウル支局長によって日本でも紹介されました。 ...続きを見る

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2008/03/06 00:00
鐘江宏之『日本の歴史第3巻 律令国家と万葉びと』(2008年2月刊行)
 小学館『日本の歴史』3冊目の刊行となります。本書は、このような通史ものとしては珍しく、政治史の記述がきわめて少ないのが特徴となっています。このような全集ものの通史でも、たとえば第2巻『日本の原像』のような主題別の巻ならば、このような構成でもよいでしょうし、巻末にてこのような構成とした理由が述べられてはいますが、通常の巻でこのような構成になっていることには、やや疑問が残ります。 ...続きを見る

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2008/03/05 00:01
歴史と国際情勢の予想
 中華人民共和国の分裂を予想する見解というか願望は、日本では主流ではないとはいえ、さほど珍しいものではありません。そのさい、過去の中国では分裂は珍しくなかったのだ、という歴史が根拠として持ち出されることがあります。 ...続きを見る

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2008/03/05 00:01
杉山正明『興亡の世界史09 モンゴル帝国と長いその後』
 講談社の『興亡の世界史』シリーズ12冊目となります(2008年2月刊行)。過激な?叙述で知られる杉山氏の執筆とあって、色々な意味で注目していたのですが、相変わらず杉山節全開といった感じで、たいへん面白く読み進めました。欧州および中華中心史観を徹底的に批判する杉山節は、あるいは行き過ぎの面もあるように思われますが、欧州中心史観だけではなく、中華中心史観も根強い日本においては、杉山氏のような歴史叙述は依然として重要だと言えるでしょう。 ...続きを見る

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2008/03/04 00:02
羽田正『興亡の世界史15 東インド会社とアジアの海』
 講談社の『興亡の世界史』シリーズ11冊目となります(2007年12月刊行)。東インド会社を軸として、近代への移行も視野にいれつつ、「アジアの海」を中心とした17〜18世紀の世界史が描かれます。膨大な研究蓄積があり、本書が扱う地理的範囲の中心となる「アジアの海」も広大なだけに、これを一冊の一般向け書籍として執筆するにあたっては、歴史家としてのかなりの力量が要求されますが、本書の試みは一定の成果をおさめたように思われます。 ...続きを見る

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2008/03/04 00:02
平野聡『興亡の世界史17 大清帝国と中華の混迷』
 講談社の『興亡の世界史』シリーズ10冊目となります(2007年10月刊行)。現代の「中国」という枠組みが築かれるうえで決定的な役割を果たした清帝国の興亡とともに、近現代の「中国」という概念がいかなる歴史的文脈のもとに形成されたか、叙述されています。 ...続きを見る

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2008/03/04 00:01
本村凌二『興亡の世界史04 地中海世界とローマ帝国』
 講談社の『興亡の世界史』シリーズ9冊目となります(2007年8月刊行)。本書は、曖昧模糊とした都市国家ローマの建国から、いわゆる東西分裂のあたりまでが主に扱われ、西ローマ帝国の滅亡の様相や、東ローマ帝国のその後についてはほとんど扱われていません。著者の本村氏の著書・論考には面白いものが多く、楽しみにしていた一冊です。本村氏は競馬ファンでもあり、『優駿』やスポーツ紙の競馬面へたびたび寄稿していましたが、最近はどうなのでしょうか。 ...続きを見る

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2008/03/04 00:01
遣隋使をめぐる『隋書』と『日本書記』の相違について
 ちょっと検索していたら、たまたま興味深い研究(川本芳昭「隋書倭国伝と日本書紀推古紀の記述をめぐって」)を見つけたので、私見を交えつつ、この研究について見ていきます。このときの検索で知ったのですが、日本の人文・社会科学においては、私が想像していたよりもずっと電子化が進んでいるようで、自宅にいながらにして部外者が容易に論文を読めるとは、まことによい時代になったものです。ただ、印刷物からスキャンした画像をそのままPDFファイルにしているようなので、本文から引用するさいにコピペができないのが難点ですが... ...続きを見る

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2008/03/04 00:00
原聖『興亡の世界史07 ケルトの水脈』
 講談社の『興亡の世界史』シリーズ8冊目となります(2007年7月刊行)。キリスト教・古典古代文明とならんで、欧州文明の源流とされるケルトが取り上げられていますが、本書でも強調されているように、ケルトの定義はじつに曖昧です。私はケルトについての専門書を読んだことがなく、予備知識が乏しいということもあってか、本書を読んでも、ケルトがいかなるものなのか、どうもはっきりと思い描くことができませんでした。もっとも、予備知識の乏しい分野でしたので、色々と教えられるところが多く、つまらなかったというわけでは... ...続きを見る

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2008/03/03 00:01
林俊雄『興亡の世界史02 スキタイと匈奴 遊牧の文明』
 講談社の『興亡の世界史』シリーズ7冊目となります(2007年6月刊行)。遊牧社会が自身の文献記録を残すようになったのが、定住社会よりかなり遅れたということもあったため、じゅうらい、遊牧社会への一般的な関心は低かったように思われます。そのため、欧州・西アジア・中国といった記録の豊富な定住社会と比較すると、遊牧社会の重要性が低く評価されていたようですが、近年の日本では、杉山正明氏による積極的な啓蒙活動もあってか、じゅうらいよりも遊牧社会への評価が高くなっているように思われます。 ...続きを見る

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2008/03/02 00:10
井野瀬久美恵『興亡の世界史16 大英帝国という実験』
 講談社の『興亡の世界史』シリーズ6冊目となります(2007年4月刊行)。帝国としてのイギリスの変貌の契機を、植民地アメリカの喪失によるイギリス人のアイデンティティの変化に求めるという視点は、英国史に通じている人にとっては常識なのかもしれませんが、不勉強な私にとっては新鮮でした。奴隷貿易をめぐる問題も、こうした文脈のうえで解釈されていますが、アメリカ独立運動や奴隷貿易などを、できるだけ多面的に分析しようという叙述姿勢には好感が持てます。 ...続きを見る

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2008/03/02 00:10
土肥恒之『興亡の世界史14 ロシア・ロマノフ王朝の大地』
 講談社の『興亡の世界史』シリーズ5冊目となりますが(2007年3月刊行)、近現代の日本においてはずっと、ソ連邦も含めてロシアへの好感度も関心も低く、売り上げは苦戦するのではないかと思います。もっとも、日露戦争の前後にはロシアへの関心がひじょうに高まりましたし、社会主義者の中にはソ連邦に傾倒した人もいますが、米・英・仏・独・中といった他の大国への日本人の好感度・関心と比較した場合、日本人のロシアへの態度は冷淡だと言えるでしょう。 ...続きを見る

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2008/03/02 00:09
森安孝夫『興亡の世界史05 シルクロードと唐帝国』
 講談社の『興亡の世界史』シリーズにはいわゆる中国史ものが少なく、この05巻は数少ない中国史ものに近い一冊となっています(2007年2月刊行)。これは、数年前に講談社から『中国の歴史』シリーズが刊行されたことに配慮したからなのでしょう。もっとも、この05巻は古い型の中国史ものではなく、中華主義の克服が提唱されていますが。 ...続きを見る

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2008/03/02 00:08
森谷公俊『興亡の世界史01 アレクサンドロスの征服と神話』
 ブログ用に書き溜めておいた記事がかなりの量になったので、これから1週間くらい、読後雑感を中心に毎日5本ていど記事を掲載していくことにします。以前、多忙を理由にあまり更新しなくなったら、怠惰な性分なものですから、しだいに更新間隔が延びていき、ついには1年3ヶ月以上も更新を放置してしまいました。 ...続きを見る

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2008/03/02 00:07
ペルーで5500年前の遺跡発見
 ペルーのサチン=バジョ遺跡は5500年前までさかのぼる可能性がある、と報道されました。このサイトを見ると、かなり立派な「公共建造物」のようで、報道でも、都市と文明の歴史にかんする見直しが必要ではないか、ともされています。今年1月23日分の記事にて取り上げた『1491 先コロンブス期アメリカ大陸をめぐる新発見』でも、ペルーの海岸地方でメソポタミアと匹敵するような古さの都市が発見されていることが紹介されていましたが、近年のペルーでの考古学的成果に関心のなかった人にとっては、驚くような年代かもしれま... ...続きを見る

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2008/02/28 00:00
夫婦別姓問題をめぐる歴史認識と今後の社会
 夫婦別姓問題をめぐる議論とそこでの歴史認識について、今年2月5日分の記事と今年2月14日分の記事にて述べましたが、その後も少しずつこの問題について調べています(以下、青字が引用箇所です)。ネットで検索してみて改めて思ったのは、夫婦別姓容認論の側には、日本における夫婦同姓は明治以降の根の浅いもの(創られた伝統)との見解が根強くある、ということです。 ...続きを見る

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2008/02/27 00:01
坂田聡『苗字と名前の歴史』(吉川弘文館、2006年)
 今年2月5日分の記事(以下、前回の記事と省略)にて、夫婦別姓問題と日本における氏名の変遷について述べましたが、前の記事は坂田聡「百姓の家と村」にかなり依拠したものでした。この記事を掲載後、歴史文化ライブラリーの一冊として、坂田聡『苗字と名前の歴史』が刊行されているのを知りました。正直なところ、前回の記事については、とてつもない誤解をしているのではないか、と危惧していたのですが、本書を読んだかぎりでは、致命的な誤解はなかったようです。ただ、補足訂正の必要はあると思うので、そうした点を中心に、本書... ...続きを見る

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2008/02/14 00:00
「構造改革」についての議論と織田信長
 「信長の改革と構造改革はうり二つ」と題した森永卓郎氏のコラムがあります(引用箇所は青字)。「構造改革」にたいする森永氏の立場は、たとえば堺屋太一氏とは対極にあると言えるでしょうが、その歴史認識は、今年1月11日分の記事にて取り上げた堺屋氏のそれとほぼ同じものだと言えるでしょう。 ...続きを見る

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2008/02/13 00:00
中日新聞社説で取り上げられた聖徳太子非実在説
 「書き換わる聖徳太子像 週のはじめに考える」という題の中日新聞2月10日付社説では、聖徳太子非実在説が取り上げられています。聖徳太子非実在説の代表的論者である、大山誠一中部大学教授の見解に依拠した社説なのですが、はたして大山説に代表される聖徳太子非実在説は、本当にこの社説で述べられているように、決定的と言えるのでしょうか? ...続きを見る

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2008/02/12 00:00
平川南『日本の歴史第2巻 日本の原像』(2008年1月刊行)
 小学館『日本の歴史』2冊目の刊行となります。「新視点・古代史、稲作や特産物から探る古代社会の実像」とのことで、2000年代の講談社版『日本の歴史』の「**史の論点」の巻と似た役割を担うことになるのでしょう。本書の特徴は、各地の発掘成果が多数紹介され、そこから日本史像が構成されていることで、中央からの視点・中央の動向に偏らない叙述となっていて、なかなか興味深い一冊となっています。 ...続きを見る

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2008/02/06 00:00
夫婦別姓問題と日本における氏名の変遷について(緑色の文字は追記です)
 現在の日本では夫婦同氏原則となっていて、夫婦別姓容認論の立場から民法改正の働きかけもあり、議論となっています。夫婦別姓容認論にたいする反論の根拠の一つは、夫婦別姓は伝統破壊につながるものだ、との見解なのですが、夫婦別姓反対論者の全員が伝統破壊を根拠としているのかというと、そうでもないようです。ただ、夫婦別姓容認論の立場からすると、夫婦別姓反対論のじゅうような根拠として伝統破壊がよく持ち出される、との印象があるようです。 ...続きを見る

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2008/02/05 00:01
梅毒の起源
 今年1月23日分の記事にて、『1491 先コロンブス期アメリカ大陸をめぐる新発見』という本を取り上げましたが、同書の付記では、梅毒の起源をめぐる議論において、学術的な意味合いだけではなく、心理的要素が絡んでいることが指摘されています(P601〜606)。同書でも述べられていますが、梅毒は梅毒トレポネーマ(Treponema Pallidum)により惹き起こされます。梅毒トレポネーマにより惹き起こされる症状は4種類に区分されていますが、(1)と(4)は非性的感染となります。 ...続きを見る

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2008/01/26 00:00
ポリネシアと先コロンブス期の南米
 今年1月23日分の記事にて、『1491 先コロンブス期アメリカ大陸をめぐる新発見』という本を取り上げましたが、同書では触れられていなかった事柄として、先コロンブス期におけるポリネシア人のアメリカ大陸への渡航があります。ポリネシアではすでに先コロンブス期にサツマイモが栽培されていたので、ポリネシアを研究する考古学者・人類学者の間では、先コロンブス期におけるポリネシア人のアメリカ大陸への渡航はほぼ確実視されていたのですが、1年半前に、それを裏づけるような研究が報道されました。 ...続きを見る

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2008/01/24 00:00
『1491 先コロンブス期アメリカ大陸をめぐる新発見』(日本放送出版協会)
 チャールズ=C=マン著、布施由紀子訳で、2007年7月に刊行されました。原書の刊行は2005年です。先コロンブス期のアメリカ大陸についての研究成果がまとめられており、アメリカ合衆国などにおける一般的なアメリカ先住民像を書き換えよう、との意欲に満ちた書です。アメリカ大陸史の近年の研究成果を知るために読んだのですが、私が不勉強なこともあり、知らなかった見解も多く、私にとってはじつに読み応えのある一冊となりました。 ...続きを見る

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2008/01/23 00:00
河川の形状についての認識
 一般的に認識されている「自然な」河川の形状は、人の手がかなり加えられた結果であることを指摘した研究が公表されました。この研究には日本語の要約もあります。大規模な河川土木事業の始まる前の河川は、一本のリボンのような水路の形状をし、景観のなかを蛇行していた、と考えられていました。 ...続きを見る

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2008/01/19 00:00
橋昌明『平清盛 福原の夢』(講談社)
 講談社選書メチエの一冊として、2007年11月に刊行されました。武士見直し論の第一人者である橋氏の近著ということで、近年ほとんど勉強の進んでいない中世史の最新の成果の一端に触れるよい機会ではないかと思い、読んでみました。 ...続きを見る

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2008/01/15 00:00
気候変動と農耕の起源
 農耕の開始についてちょっと検索していたら、農耕の起源と気候変動との関係について論じた研究を見つけました。グリーンランドの氷床コアのデータを用いて、気候の安定を農耕の開始と関連づけた研究なのですが、「結論」の項でも述べられているように、まだ不確定要素が多いことは否めません。ただ、世界各地における農耕の起源の同時性を説明するにあたって、好都合であるとは言えます。 ...続きを見る

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2008/01/14 00:00
数え方と文化の発達
 一般的には、文化が発達するとともに計数の仕組みも複雑になっていき、たとえば、短かったり物に特化したりしている数え方は、数の概念の発達における初期段階と考えられています。しかし、そうした通念に反するような例があることを指摘した研究が公表されました。この研究には日本語の要約もあります。 ...続きを見る

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2008/01/12 00:01
織田信長と小泉元首相
 小泉内閣のメールマガジン(2001年10月4日付)に、「織田信長の猛烈な行革と規制緩和」と題する堺屋太一内閣特別顧問(当時)の特別寄稿が掲載されています(青字が引用箇所)。 ...続きを見る

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2008/01/11 00:00
勝俣鎭夫「バック トゥ ザ フューチュアー」
 『日本歴史』第704号(2007年1月号)の特集は「日本史のことば」で、さまざまな史料上のことばや学術用語などが取り上げられ、考察されています。その中で興味深いものについては、今後このブログで紹介していくことにしますが、まずは冒頭の勝俣鎭夫「バック トゥ ザ フューチュアー」について述べることにします。 ...続きを見る

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2007/12/14 00:00
皇室典範改正論議とY染色体をめぐる問題
 皇室典範に関する有識者会議が設置され、皇位継承法を主眼とした皇室典範の改正が盛んに議論されたのは小泉内閣後期のことでした。この議論は秋篠宮妃の懐妊により下火になり、2006年9月6日の秋篠宮妃の男子出産により、ほとんど終息してしまった感があります。 ...続きを見る

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2007/11/23 15:54
古田博司『新しい神の国』
 ちくま新書の一冊として、筑摩書房より2007年10月に刊行されました。帯には、「日本は東アジアではなかった!覚醒する日本文明圏」とあり、題名とあわせてかなり挑発的と言えます。本書の主張は、日本は近代前より東アジア文明圏の一員ではなく独自の文明圏を形成していたのだから、アジア主義者のように東アジア諸国にたいして変な幻想をもつようなことはせず、欧米にたいしても東アジアにたいしても、永遠の他者として割り切って付き合っていくべきだ、というものです。 ...続きを見る

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2007/11/21 00:00
松木武彦『日本の歴史第1巻 列島創世記』(2007年11月刊行)
 いよいよ、小学館から『日本の歴史』全16巻の刊行が始まりました。じっさいに読んでみての感想ですが、文字が大きくて読みやすいのはよいと思います。また文章についても、この第1巻は、できるだけ分かりやすいようにという配慮がなされており、なかなか読みやすくなっています。第2巻以降も期待できそうです。 ...続きを見る

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2007/11/16 00:00
ヴァチカン法王庁がテンプル騎士団の宗教裁判の史料を公開
 1307年、フランス王フィリップ4世はテンプル騎士団襲撃を命じましたが、これに関連して1311年にヴィエンヌ公会議が開催されました。この公会議では、テンプル騎士団の処分について宗教裁判が行なわれ、テンプル騎士団の解散が決定されました。ヴァチカン法王庁が、そのときの史料である“Processus Contra Templarios”を、700年ぶりに公開することを決定した、との報道がありました。 ...続きを見る

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2007/11/14 00:00
工藤健策『信長は本当に天才だったのか』
 草思社より2007年8月に刊行されました。ネット上の書評ではあまり評判がよくなかったので、読むべきか迷ったのですが、私は自称信長見直し論者(近年はほとんど勉強が進んでいませんが・・・)なので、やはりこの題名を見るとどうしても気になってしまい、読んでしまいました。 ...続きを見る

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2007/11/08 00:00
本郷和人『武士から王へ−お上の物語』
 ちくま新書の一冊として、筑摩書房より2007年10月に刊行されました。私は関東人ですが、著者の歴史観は関東・武士偏重に思えて、正直なところ好きではありません。しかし、読みやすく教えられるところが多いので、著者の一般向け書籍は購入するようにしています。 ...続きを見る

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2007/11/06 00:00
小学館『日本の歴史』全16巻
 2007年11月より刊行が始まります。 http://www.shogakukan.co.jp/nrekishi/index.html 江戸時代に比重のおかれた構成になっているように思われますが、江戸時代がさまざまな点で近現代の日本社会の基点になったことを考えると、妥当なところでしょうか。そのぶん、通史ものでは2〜3巻が割り当てられていることが多い、旧石器時代から古墳時代までがまとめて第1巻とされています。この長い時間が1巻でどのようにまとめられているのか、注目しています。小学館からは『大... ...続きを見る

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2007/10/17 00:00
最古の水田?
 中国の浙江省杭州市近くの跨湖橋遺跡は、現在確認されている最古の水田ではないか、との研究が報道されました。この遺跡は7700年前頃のもので、当時は、低湿地帯を選んで低木を焼き払って水田を開拓し、耕作を行なっていたのだろう、とされています。低湿地のこの遺跡は沿岸にあるので、塩分を含んだ水が浸透してくるのを防ぐため、堤防が築かれたかもしれない、と指摘されています。また、人間や動物の排泄物も高頻度で検出されましたが、肥料として用いられたかどうかは定かではない、とのことです。跨湖橋遺跡の水田は、7550... ...続きを見る

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2007/09/28 00:00
ヘロデ王の墓が発見されたとの報道
 かなり前の話題ですが、イスラエルの考古学者がヘロデ王の墓を発見した、との報道がありました。 http://news.bbc.co.uk/2/hi/middle_east/6633979.stm イエス生誕のさい、多数の幼児を虐殺したという伝説でも知られていますが、その伝説の真否はともかくとして、多数の人を殺したことは確かなようです。こうした古代史の研究は、イスラエルやキリスト教の正当性にも関わりかねないだけに、なかなか難しいところがあるだろうとは思いますが、できるかぎり客観的な研究が進むこ... ...続きを見る

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2007/07/07 09:49
門脇禎二氏死去
 著名な日本古代史研究者である門脇禎二氏が12日に亡くなったとのことです。 http://www.asahi.com/obituaries/update/0612/OSK200706120066.html ...続きを見る

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2007/06/14 00:00
堀敏一氏死去
 著名な東洋史家の堀敏一氏が、5月29日に82歳で亡くなったとの報道がありました。 http://www.asahi.com/obituaries/update/0530/TKY200705300376.html ...続きを見る

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2007/06/01 00:00
アトランティスを破壊した津波
 クレタ文明滅亡の原因を、サントリーニ島の噴火とそれにともなう津波に結びつけた見解が報道されました。 http://news.bbc.co.uk/2/hi/science/nature/6568053.stm ...続きを見る

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2007/04/26 22:09
400年前の韓流?(東京新聞社説より)
 4月15日の東京新聞の社説「週のはじめに考える 四百年前の『韓流』」には考えさせられるものがありました。この社説は、明石書店より2000年に刊行された、日本語訳『国定韓国高等学校歴史教科書』などに見られる、韓国の一般的な歴史認識とも通ずるところが多分にあります。次に、同書から朝鮮通信使に関する記述を引用します(青字の箇所)。 ...続きを見る

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2007/04/17 07:56
テオティワカンの人身供儀
 テオティワカンで何世紀にもわたって犠牲に供されたのは、テオティワカンから400〜600kmも離れた遠方の人々だった、との報道がありました。 http://www.msnbc.msn.com/id/18063260/ ...続きを見る

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2007/04/13 22:10
『天からの洪水 アトランティス伝説の解読』
 エバーハート=ツァンガー著、服部研二訳で、1997年に新潮社から刊行されました。この本の存在は以前から知っていたのですが、ノンフィクションのアトランティス関連本には当たりの作品があまりないということもあり、敬遠していました。しかし最近になって、このブログに書き込んでくださった「イリヤのファン」さんから面白いと紹介されたので読んでみたのですが、たいへん興味深い内容で、これまでに私が読んだアトランティス関連本のなかではもっとも面白い本でした。 ...続きを見る

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2007/02/22 07:43
高句麗論争についての雑感(3)
 ここ数日、高句麗論争について子欲居さんとのやりとりが続いていて、子欲居さんの元記事→私の返信→子欲居さんの返信→私の再返信→子欲居さんの再返信という経緯なのですが、以下に述べる内容はほとんど現状認識論となっており、私の考えはおおむね述べることができましたし、あまり長く続けるのもどうかと思われますので、私からの返信はとりあえずこれで最後にします。  子欲居さんと私の見解の相違は、現状認識の違い、さらにはそれに起因する歴史観の違いによるものでしょう。これは、歴史の性質を考えてみれば当然のことでも... ...続きを見る

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2007/02/11 16:02
続・高句麗論争についての雑感
 昨日、高句麗論争についての雑感という記事をこのブログに掲載し、子欲居さんのホームページのブログの記事にトラックバックを送ったところ、ブログにて回答がありましたので、それを受けて私のほうでも返答しておこうと思います。以下、引用箇所は青字で示します。 ...続きを見る

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2007/02/10 12:03
高句麗論争についての雑感
 当ホームページからリンクさせていただいている子欲居さんのホームページのブログの記事を読んで、高句麗論争、さらには共通の歴史認識という問題についての雑感を述べていきますが、関心や歴史認識の違いから、子欲居さんの記事とは異なる方向での雑感となります。 ...続きを見る

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2007/02/09 19:23
カタカナ言葉と日本語
 近年、政府高官や知識人の発言において、いわゆるカタカナ言葉が多用される傾向にあります。その代表が塩崎官房長官ですが、具体例をいくつか挙げると、 ●キック・オフ・スピーカー・・・冒頭発言者 ●ウイン、ウイン・・・双方有利 ●フォーミュラ・・・計算式 ●エクスパティーズ・・・専門知識 ●カウンター・インテリジェンス・ポリシー・・・情報保全方針 となります。 ...続きを見る

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2007/02/07 19:00
歴史の真実
 現生人類の頭脳はすべてのことを把握できるわけではなく、現生人類が「歴史の真実」にたどりつくのは無理なのでしょう。だからといって、どんな歴史でも容認されるわけではなく、根拠をあげてより説得力のある歴史像を提示しなければいけないわけです。もっとも、「歴史の真実」にたどりつくのは不可能だとしても、それに近づくことは可能ということもできるでしょう。 ...続きを見る

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2007/02/03 13:00
奴隷概念について(日本中世史を中心に)
 当ホームページ http://www5a.biglobe.ne.jp/~hampton/index.htm からリンクさせていただいている子欲居さんのホームページ http://www.eonet.ne.jp/~shiyokkyo/ のブログ記事 http://86959807.at.webry.info/200701/article_6.html を読んで、奴隷についてちょっと雑感を述べようと思ったのですが、ブログを開始してから半年以上経過するのに、一度もトラックバックを送ったこ... ...続きを見る

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2007/01/12 22:41
縄文時代の推定平均寿命の妥当性をめぐる議論
 昨日、縄文時代の平均寿命についての一文を掲載しましたが、 http://sicambre.at.webry.info/200701/article_10.html この一文を執筆するきっかけは、最近ある掲示板にて、縄文時代の平均寿命は30歳だというA氏の投稿があったので、15歳以下ではないかと指摘したところ、そんなことで人類集団を維持できるわけがなく、15歳説など読むに値しないと反論されたので、それにたいして私が試みた批判を整理してまとめてみよう、と思ったからです。A氏としたのは、以下の文... ...続きを見る

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2007/01/11 19:39
縄文時代の平均寿命について
 まずは定義についてですが、平均寿命とは0歳時の平均余命のことです。たとえば、X歳時の平均余命をY年とすると、X歳時の平均死亡年齢は(X+Y)歳となり、X=0のときのY歳が平均寿命となります。 ...続きを見る

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2007/01/10 19:00
ユーゴスラビアとイラク
 『イリヤッド』でも物語の背景として度々描かれるユーゴスラビアは、悲惨な民族闘争の結果、今では分裂してしまいましたが、ユーゴ内戦の当時の新聞記事に、こんなことなら冷戦構造が崩壊しないほうがよかった、との米国の高官の発言が記載されたのを思い出します。 ...続きを見る

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2007/01/05 18:29
生井英考『興亡の世界史19 空の帝国 アメリカの20世紀』
 航空技術を軸に、アメリカ合衆国の19世紀末〜21世紀初頭の様相を描いた一冊。空軍の変遷を中心に、そこからアメリカ合衆国の政策・人々の意識のありようが描かれ、最終章では、アメリカ合衆国の繁栄・覇権の象徴の一つでもあった航空技術により、2001年の同時多発テロでアメリカ社会が大きな打撃を受けたことが描かれていますが、全体としては表象文化論的な叙述だなあ、との印象を受けました。 ...続きを見る

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2007/01/03 13:46
小杉泰『興亡の世界史06 イスラーム帝国のジハード』
 いよいよ、講談社から『興亡の世界史』シリーズの刊行が始まりました。この06巻の『イスラーム帝国のジハード』と、19巻『空の帝国 アメリカの20世紀』の同時刊行でシリーズの幕が開くことになります。テロとの戦争が大きな問題となっている現在を生きる人々にとって、関心の高いだろう分野の二冊を最初に刊行したということでしょうか。 ...続きを見る

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2006/12/30 10:23
『誰にも書けなかった戦争の現実』
 ポール=ファッセル著、宮崎尊訳で、草思社より1997年に刊行されました。第二次世界大戦の戦場の現実が描かれているのですが、たいへん面白い内容でした。何年か前に古書店で購入し、読まずにずっと放置していたのですが、これは掘り出し物だったと思います。  おもに連合軍(といっても、米英中心ですが)の前線での失敗・虐め・理不尽さなどが詳細に描かれ、やはり戦争はやりたくないものだ、との思いを強くさせられます(とはいっても、現実には軍備なしではすまされず、なんとも不愉快ではあります)。 ...続きを見る

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2006/12/19 19:41
元木泰雄『保元・平治の乱を読みなおす』
 NHKブックスの一冊として、日本放送出版協会より、2004年に刊行されました。武士見直し論の代表的な研究者の一人でもある元木氏の著書で、今でも一般では根強いだろうと思われる、保元・平治の乱を源平の覇権争いとし、信頼を無能とする見解が批判されています。保元・平治の乱を、後世の結果から読み解くのではなく、当時の状況にそくして解釈しようとした、意欲的な好著だと思います。 ...続きを見る

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2006/11/21 19:03
西洋史家の訃報相次ぐ
 古代ローマ史研究の弓削達氏が14日に肺炎のため、西洋中世史研究の木村尚三郎氏が17日に肝細胞癌のため、亡くなりました。ともに著名な研究者で、一般向けの書物も結構な数になり、私も合計すると10冊くらいもっています。ご冥福をお祈りいたします。 ...続きを見る

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2006/10/18 19:01
富の源泉としてのアトランティスと邪馬台国
 『イリヤッド』では欧州文明の源流と言われているアトランティスですが、今回は、『イリヤッド』を離れて、アトランティスについて少し雑感を述べようと思います。  欧米社会におけるアトランティスへの関心は今でも強いようで、さまざまな本が刊行されたり、新説が提示されたりしています。アマチュアだけではなく、アカデミズムの側からの発言もあります。今でも、古そうな遺跡(に見えるもの)が発見されると、アトランティスとの関連が取りざたされます。欧米社会において、アトランティスは、まさに金のなる木なのです。今年も... ...続きを見る

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2006/10/17 19:06
豊臣秀吉の人気
 5年以上前になりますが、豊臣秀吉について雑文を書いたことがあります。 http://www5a.biglobe.ne.jp/~hampton/history013.htm このときは、日本では秀吉がもっとも人気のある歴史的人物だ、と書いたのですが、今になってみると、どうもこの認識は間違っていたように思えてなりません。近年の各種のアンケート調査などから、秀吉の人気は、織田信長に遠く及ばないとみるのが妥当なようです。  明治から敗戦までは、秀吉は日本史上の立身出世の代表格とされ、太閤さんとよ... ...続きを見る

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2006/10/16 19:57
織田信長と中国文化
 趣味は歴史といっておきながら、ブログでは『イリヤッド』以外の歴史の話題をほとんど述べていないので、たまには述べてみようかと思います。  一般にはあまり言われないことですが、信長には中華思想・中国文化への憧憬があり、岐阜改名や、安土城天守閣書院に描かれた、遠寺晩鐘(中国の有名な瀟湘八景の一つ)・殷代の聖人である傅説・漢代に出現したとされる伝説の仙女である西王母の絵などがそうです。また、信長の天下思想の背景に儒学の影響を強く認める見解もあります(藤田達生『本能寺の変の群像』)。  信長について... ...続きを見る

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2006/10/10 19:49
合理的信仰の発達
 たまには歴史の話を、ということで、信仰における合理主義の発達についてちょっと述べてみようと思います。  ここでまず問題となるのが、合理的とはどういうことなのかということですが、現代人の多数からみて、筋道だって説明可能になっていること、という意味合いと定義しておきます。  合理的信仰の発達とはいっても、世界各地で様相が異なるでしょうが、今回は日本について述べていくことにします。 ...続きを見る