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みんなの「社会科学」ブログ


序列を維持する心

2017/07/15 00:00
 序列を維持する心に関する研究(Xie et al., 2017)が公表されました。これまでの研究では、経済ゲームにおいて人は不平等な支払いを拒否することが報告されており、平等を強く望む心は、文化の違いを越えた社会規範であると示唆されていました。しかし、そうした証拠にもかかわらず、所得の不均衡は依然として解消されておらず、他の要因の関与の可能性が疑われていました。この研究は、さまざまな文化を対象に一連の経済ゲームを実施し、序列が2人の人間への支払いを等しくしたいという人々の意欲にどれほど影響を及ぼすのか、調べました。

 その結果、実験参加者の大多数は、序列が全体として変わらないと予想される状況では、富む者から貧しい者へ金を再分配することを選択する(この場合、富む者は貧しくなるものの富んだ状態は変わらず、一方で貧しかった者は当初より富むものの貧しい状態で変わりません)が、大半の参加者は、再分配が2人の序列を逆転させる(富む者が貧しくなり、所有する金額が少なくなる一方で、貧しかった者が富み、所有する金額が多くなる)状況になりそうな場合は再分配を望まないことが明らかになりました。

 子供を対象とした同様の実験では、不平等の回避は4歳までには現れますが、「序列の逆転」の回避は6歳になるまで現れないことが明らかになりました。この知見は、階層の維持が人々にとって不平等な扱いを拒否することに等しい社会規範であることを示唆しています。このような研究は、不平等の存続を許容する個人レベルの信念と行動に関する理解を深めると考えられます。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用です。


序列を維持する心

 経済的不平等を嫌う人は多いが、そうした人であっても、富む人がより少ない金を受け取り、貧しい人がより多い金を受け取るような再分配が行われて既存の「富の序列」が覆されることを望まないことが、今週のオンライン版に掲載された論文で報告されている。この知見は、階層の維持が、人々にとって不平等な扱いを拒否することに等しい社会規範であることを示唆している。

 先行研究では、経済ゲームにおいて人は不平等な支払いを拒否することが報告されており、平等を強く望む心は、文化の違いを越えた社会規範であると示唆されていた。しかし、そうした証拠にもかかわらず、所得の不均衡は依然として解消されておらず、他の要因の関与の可能性が疑われていた。

 Xinyue Zhouたちの研究グループは、さまざまな文化を対象に一連の経済ゲームを行い、序列が2人の人間への支払いを等しくしたいという人々の意欲にどれほど影響を及ぼすのかを調べた。その結果、実験参加者の大多数は、序列が全体として変わらないと予想される状況では、富む者から貧しい者へ金を再分配することを選択する(この場合、富む者は貧しくなるものの富んだ状態は変わらず、一方で貧しかった者は当初より富むものの貧しい状態で変わらない)が、大半の参加者は、再分配が2人の序列を逆転させる(つまり富む者が貧しくなって、所有する金額が少なくなる一方で、貧しかった者が富み、所有する金額が多くなる)状況になりそうな場合は再分配を望まないことが判明した。子どもを対象とした同様の実験では、不平等の回避は4歳までには現れるが、〈序列の逆転〉の回避は6歳になるまで現れないことが判明した。この結果は、「平等を求める」という規範が、発達の途上で学習されるものであることを示唆している。

 このような研究は、不平等の存続を許容する個人レベルの信念と行動に関する理解を深めると考えられる。



参考文献:
Xie W. et al.(2017): Rank reversal aversion inhibits redistribution across societies. Nature Human Behaviour, 1, 0142.
http://dx.doi.org/10.1038/s41562-017-0142
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保守派とリベラル派の科学書の読書傾向の違い

2017/06/10 00:00
 これは6月10日分の記事として掲載しておきます。保守派とリベラル派の科学書の読書傾向の違いに関する研究(Shi et al., 2017)が公表されました。自らの政治的信念に合致する狭い範囲の情報にのみ曝される、「反響室」や「フィルターバブル」と呼ばれる現象は、両極端に位置する政党に共鳴するそれぞれの人々の相互理解を妨げる恐れがあることから、政治学において懸念が高まっています。この研究は、世界最大級の二つのオンライン書籍小売業者の購入履歴を解析することで、実験室外において同問題を調べた数少ない研究の一つについて報告しています。この研究は、「共購買ネットワーク」を構築し、どのジャンルの科学書が「保守派」寄り、または「リベラル派」寄りの政治関連本とともに購入されているかを解析しました。

 その結果、さまざまな科学の主題に対する関心に全般的に明らかな差があるだけでなく、保守派とリベラル派が同じ主題のなかでも異なる本を選ぶことが明らかになりました。たとえば、リベラル寄りの書籍の購入者は、物理学や天文学などの基礎科学系の本を好むのに対し、保守寄りの書籍の購入者は、犯罪学や地球物理学などの応用科学系の本を好むことが示されています。この研究は、「反響室/フィルターバブル」への選択的曝露を減じ、政治的議論への科学の寄与を回復させ、党派的な熱狂を鎮めるためには、さらなる研究が必要なことが明らかになった、との見解を提示しています。

 この研究について、政治学者のボルセン(Toby Bolsen)博士は、こうした行動パターンは、科学および政治の異なる情報源の党派的な選択が、自身の見解を強化する自分と似たような考えを持つ他者の見解へと自らを選択的に曝す「反響室」へ至りかねないという、より強い懸念と軌を一にする、と指摘しています。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用です。


保守派とリベラル派が読む科学書は異なる

 政治関係の書籍を購入する米国の保守派またはリベラル派の人々は、科学書に対する関心は全般的に同等なものの、同じジャンルの科学書を手に取るわけでは必ずしもないという報告が、今週のオンライン版に掲載される。オンラインでの書籍購入を数百万件にわたって解析した結果、消費者の選択には大きな差があることが判明し、リベラル寄りの書籍の購入者は、物理学や天文学などの基礎科学系の本を好むのに対し、保守寄りの書籍の購入者は、犯罪学や地球物理学などの応用科学系の本を好むことが明らかとなった。

 自らの政治的信念に合致する狭い範囲の情報にのみ曝される、「反響室」や「フィルターバブル」と呼ばれる現象は、両極端に位置する政党に共鳴するそれぞれの人々の相互理解を妨げる恐れがあることから、政治学において懸念が高まっている。

 Michael MacyとJames Evansの研究グループは、世界最大級の2つのオンライン書籍小売業者の購入履歴を解析することで、実験室外において同問題を調べた数少ない研究の一つについて報告している。研究グループは、「共購買ネットワーク」を構築して、どのジャンルの科学書が「保守派」寄り、または「リベラル派」寄りの政治関連本とともに購入されているかを解析した。その結果、さまざまな科学の主題に対する関心に全般的に明らかな差があるだけでなく、保守派とリベラル派が同じ主題のなかでも異なる本を選ぶことが判明した。

 そして、「反響室/フィルターバブル」への選択的曝露を減じ、政治的議論への科学の寄与を回復させ、党派的な熱狂を鎮めるためには、さらなる研究が必要なことが明らかになったと研究グループは結論している。

 関連するNews & Viewsの記事では、「今回の研究で見出された行動パターンは、科学および政治の異なる情報源の党派的な選択が、例えば人が、自身の見解を強化する自分と似たような考えを持つ他者の見解へと自らを選択的に曝す「反響室」へ至りかねないという、より強い懸念と軌を一にする」と政治学者のToby Bolsenが述べている。



参考文献:
Shi F. et al.(2017): Millions of online book co-purchases reveal partisan differences in the consumption of science. Nature Human Behaviour, 1, 0079.
http://dx.doi.org/10.1038/s41562-017-0079
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テロリストの道徳的判断

2017/06/08 00:00
 これは6月8日分の記事として掲載しておきます。テロリストの道徳的判断に関する研究(Baez et al., 2017)が公表されました。テロは、一般社会から容認されない行為とみなされるのが普通ですが、テロリストは自らの行為を、「目的は手段を正当化する」という論理により正当化します。しかし、テロリストがこのトレードオフをどのようにとらえて道徳的判断を下しているのか、よく分かっていません。典型的な成人の道徳的判断は、人が行為の意図および結果についての情報を表現して統合する能力に基づいています。多くの場合、道徳的判断は主に意図によって決定されますが、意図と結果が対立すると、道徳的判断は通常、両方の要素を考慮することで下されます。

 この研究は、テロ行為の罪で投獄されたコロンビア人(全員が殺人罪で起訴され、1人あたりの犠牲者数は平均33人)の右派民兵組織に属する66人と、社会人口学的にマッチさせた非犯罪者(対照群)66人と、投獄中の殺人犯13人を対象に一連の認知・心理テストを実施しました。テストでは、道徳的認知・知能指数(IQ)・実行機能・攻撃的行動・情動認識が評価されました。その結果、テロリストは非犯罪者と比較して、高いレベルの攻撃性および低いレベルの情動認識を示し、道徳的認知にみられる差は、テロリストと対照群のあいだで著しく大きいことが分かりました。

 この研究は、テロリストは他者の行為が道徳的に許容されるか否かを判断するさい、対照群に見られるように意図と結果の両方を統合するのではなく、主に結果に注目することを明らかにしました。この知見は、テロリストの行動規範が手段よりも目的を重視することを示唆している、と指摘されています。さらにこの研究は、歪んだ道徳的判断というパターンは、テロリストのプロファイルの重要な構成要素であるものの、道徳的判断の源と時間経過に伴うその変化を理解するためには、さらに研究が必要だと結論づけています。異なる文化・思想背景のテロリストにも通ずるのか、今後の研究の進展が注目されます。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用です。


テロリストの道徳的判断

 テロリストの道徳的判断は、行為の結果への異常ともいえる過度の依存に導かれていることが、このたびオンライン版で発表される論文で示唆された。

 テロ行為は、一般社会から容認されない行為であるとみなされるのが普通だが、テロリストは自らの行為を、「目的は手段を正当化する」という論理によって正当化する。しかしながら、テロリストがこのトレードオフをどのようにとらえて道徳的判断を下しているかは十分に分かっていない。典型的な成人の道徳的判断は、人が行為の意図および結果についての情報を表現して統合する能力に基づく。多くの場合、道徳的判断は主に意図によって決定される。しかし、意図と結果が対立すると、道徳的判断は通常、両方の要素を考慮することで下される。

 今回の研究でSandra Baezたちは、テロ行為の罪で投獄されたコロンビア人(全員が殺人罪で起訴され、1人あたりの犠牲者数は平均33人)の右派民兵組織に属する66人と、社会人口学的にマッチさせた非犯罪者(対照群)66人、および投獄中の殺人犯13人を対象に一連の認知・心理テストを行った。テストでは、道徳的認知、知能指数(IQ)、実行機能、攻撃的行動、情動認識が評価された。その結果、テロリストは非犯罪者と比較して、高いレベルの攻撃性および低いレベルの情動認識を示すが、道徳的認知にみられる差は、テロリストと対照群のあいだで著しく大きかった。Baezたちは、テロリストは他者の行為が道徳的に許容されるか否かを判断する際、対照群についてみられるように意図と結果の両方を統合するのではなく、主に結果に注目するということを明らかにした。この知見は、テロリストの行動規範が、手段よりも目的を重視することを示唆していると論文では指摘されている。

 Baezたちは、歪んだ道徳的判断というこのパターンは、テロリストのプロファイルの重要な構成要素であるが、道徳的判断の源、および時間経過に伴うその変化を理解するためには、さらに研究が必要であると結論づけている。



参考文献:
Baez S. et al.(2017): Outcome-oriented moral evaluation in terrorists. Nature Human Behaviour, 1, 0118.
http://dx.doi.org/10.1038/s41562-017-0118
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究極の利他的行為の動機

2017/05/04 00:00
 これは5月4日分の記事として掲載しておきます。究極の利他的行為の動機に関する研究(Vekaria et al., 2017)が公表されました。腎臓を見知らぬ人に提供する行為は、痛みを伴い、犠牲が大きく、標準的ではなくて極めてまれであり、利他主義の典型例とみなすことができます。ヒトの利他主義傾向を高める要因は何なのか、また、その寛大さは他者への純粋な共感から生まれるのか、それとも利己的な動機に由来するのか、といった疑問に対する答えはいまだ得られていません。

 この研究は、腎臓を見知らぬ他人に提供した21人と、マッチする対照者39人の参加者たちによる実験を実施しました。マッチする対照者39人の参加者たちはまず、自身の知る100人を親密さに従って「血縁者」・「友人」・「知人」・「見知らぬ他人」のいずれかに分類しました。次に参加者は、評価後の個々の人たちのそれぞれに対してどれだけの金銭を与える(もしくは与えない)かを決める、「金銭割り当て課題」を行ないました。この課題により、参加者による他者に対する親密さの認識(社会的距離)と、参加者による他者の幸福への価値づけ(社会割引)が測られます。

 課題の結果、極端な利他主義者(自分の腎臓を見知らぬ他者へ提供した人々)は、社会的距離については対照者集団と同様に評価するものの、自分と距離のある他者へ多くの金銭を配分することが判明しました。この研究では、極端な利他主義者は、彼らの社会的距離の認識が誤っているわけではなく、一般的な人々と比較して、見知らぬ他人の幸福に価値を見いだすのだろう、と示唆されています。この結論は、利他的行為の動機は、近縁者を助けたいという願望あるいは互恵行動にある、というじゅうらいの見解と対照的です。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用です。


究極の利他主義者

 見知らぬ人に自分の腎臓を提供する人は、一般の人々と比べて、他者の幸福に対する関心が強いことが、今週オンラインで掲載される論文で報告される。今回の研究では、そうした極端な利他主義の基盤を理解するための知見が得られ、犠牲の大きい利他的行為を、友人や家族を越えて見知らぬ人々へも拡張しうる心理学的機構の存在が示唆された。

 腎臓を見知らぬ人に提供する行為は、痛みを伴い、犠牲が大きく、標準的ではなく、極めてまれであり、利他主義の典型例とみなすことができる。ヒトの利他主義傾向を高める要因は何なのか、またその寛大さは、他者への純粋な共感から生まれるのか、それとも利己的な動機に由来するのかといった疑問に対する答えはいまだ得られていない。

 Kruti Vekariaたちによる研究において、腎臓を見知らぬ他人に提供した21人と、マッチする対照者39人の参加者たちはまず、自身の知る100人を親密さに従って、〈血縁者〉、〈友人〉、〈知人〉、〈見知らぬ他人〉のいずれかに分類した。次に参加者は、評価後の個々の人たちのそれぞれに対してどれだけの金銭を与える(もしくは与えない)かを決める「金銭割り当て課題」を行った。この課題によって、参加者による他者に対する親密さの認識(社会的距離)と、参加者による他者の幸福への価値づけ(社会割引)が測られる。課題の結果、極端な利他主義者(自分の腎臓を見知らぬ他者へ提供した人々)は、社会的距離については対照者集団と同様に評価するものの、自分と距離のある他者へ多くの金銭を配分することが判明した。研究チームはこの結果を受けて、極端な利他主義者は、彼らの社会的距離の認識が誤っているわけではなく、一般的な人々と比較して、見知らぬ他人の幸福に価値を見いだすのだろうと示唆している。この結論は、利他的行為の動機は、近縁者を助けたいという願望にある、あるいは互恵行動にある、という従来の考えと対照を成す。

 同時掲載のNews & Views記事ではTobias Kalenscherが、「ナショナリストの抱く保護主義、またポピュリストの抱く個人主義がはびこる昨今の風潮からすれば、今回の研究の結果は未来への希望につながる」と述べている。



参考文献:
Vekaria KM. et al.(2017): Social discounting and distance perceptions in costly altruism. Nature Human Behaviour, 1, 0100.
http://dx.doi.org/10.1038/s41562-017-0100
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長谷川眞理子、 山岸俊男『きずなと思いやりが日本をダメにする 最新進化学が解き明かす「心と社会」』

2017/04/23 00:00
 これは4月23日分の記事として掲載しておきます。集英社インターナショナルより2016年12月に刊行されました。本書は著者二人の対談で、一般読者層にもたいへん読みやすくなっていると思います。あとがきにあるように、編集者の力量が優れている、ということなのでしょう。さすがに第一人者同士の対談だけあって、じゅうぶん読みごたえがありましたし、教えられるところが多々ありました。

 本書の基調は、人間を特定の環境に適応してきた進化の産物と把握していることです。人間の認知は長期にわたる狩猟採集生活への適応として進化してきたものであり、農耕開始以降の大規模な集団での生活に適応できるだけの進化的時間を経過していない、というわけです。心は「空白の石板」ではなく、たとえば人間の情動には生得的なものもある、という進化学的な知見を前提として、社会を設計していかねばならない、と本書は強調しています。少子化などの社会問題は「心がけ」で解決するものではなく、制度設計が重要ですが、人間の頭脳は進化の産物なので、どんな制度設計も可能というわけではありません。

 人間には他人の心理・意図を推論する能力が備わっているものの、それはあくまでも想像でしかない、ということも本書では強調されています。本書は、破滅へといたる社会の暴走、たとえばアメリカ合衆国との戦争へと突入した日本社会の心理状況についても、そのような観点から説明できるのであり、真珠湾攻撃に喝采した人々が多くいたことも、一方で真珠湾攻撃を知って日本の敗北まで考えた人もいたことも、矛盾するものではない、と指摘しています。歴史の解明にしても、進化学的な観点が必要なのだな、と改めて思った次第です。

 差別と偏見を分けて考えねばならない、との見解など、本書の見解に興味深いものは多く、その全てに直ちに同意するわけではありませんが、今後調べていきたい、と思わせる問題提起が多く、たいへん有益な一冊になっていると思います。本書はグローバル化する現代社会への対応として、「安心社会」から「信頼社会」への移行を提言していますが、正直なところ、著者二人とは大きく異なり「才能のある強い個人」ではない私は、自分にとってはたいへん難しいことだな、とも思ってしまいました。まあ、たいへん情けない話ではありますが。


参考文献:
長谷川眞理子、山岸俊男(2016)『きずなと思いやりが日本をダメにする 最新進化学が解き明かす「心と社会」』(集英社インターナショナル)
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亀田達也『モラルの起源 実験社会科学からの問い』

2017/04/16 00:00
 これは4月16日分の記事として掲載しておきます。岩波新書(赤版)の一冊として、岩波書店より2017年3月に刊行されました。本書は、人間社会のモラルの基盤を、さまざまな分野の研究成果から検証しています。本書はこれを「実験社会科学」と呼んでいます。実験社会科学とは、経済学・心理学・政治学・生物学など複数の分野の研究者たちが集まり、「実験」という共通の手法を用いて、人間の行動や社会における振る舞いを検討しようとする、新たな学問領域です。

 本書は、人間生活の根本的な基盤は小集団にあり、小集団への適応となる心理・行動メカニズムを進化的に獲得している、という見解を前提として、人間のモラルにはどのような基盤があるのか、検証しています。本書はそのさい、人間と近縁な霊長類だけではなく昆虫をも比較対象として、一見すると人間と共通するような社会行動が存在することを明らかにしつつ、それらの基盤となる仕組みと、人間の社会行動の基盤となる認知メカニズムの違いを検証していき、人間の社会行動の独自性について解説しています。

 本書は、人間社会のモラルの重要な基盤として、多くの動物にも共有される情動的共感と、時として冷たく見えてしまうこともある認知的共感とを挙げています。本書は、情動的共感が人間のモラル形成にさいして重要であるものの、それは内集団にとどまるものであり、広範囲な対象に共感を及ぼすには、認知的共感も重要だと指摘します。内集団とは、たとえば家族や地域や国家などです。また本書は、人間社会のモラルに進化的基盤があることを前提としつつも、単純な遺伝子決定論ではなく、文化的要素も大きいことを指摘しています。新たな規範の創出・制度設計にさいしては、本書で解説されているような諸研究成果を踏まえていく必要がある、と改めて思ったものです。


参考文献:
亀田達也(2017)『モラルの起源 実験社会科学からの問い』(岩波書店)
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加齢によるリスク選好の変化は脳構造の変化に起因する

2017/02/25 00:00
 これは2月25日分の記事として掲載しておきます。加齢によるリスク選好の変化に関する研究(Grubb et al., 2016)が公表されました。ヒトがリスク(予測できない結果)を伴う意思決定を行うさいには、右後部頭頂皮質という脳領域が活動しています。これまでの研究では、この領域の灰白質の量が若年成人のリスク選好と相関していることが明らかになっています。ヒトでは、昔から知っていて見慣れたものを選ぶ傾向は、年齢を重ねるにつれて顕著になります。ヒトは年をとるとリスクのある決定をあまりしなくなるわけですが、その原因が、年を重ねて得られた知恵なのか脳の構造なのかは、分かっていません。

 この研究は、52人の被験者(18〜88歳)による実験を行い、確実な選択肢と不確実な選択肢のいずれかを選ばせました。予想通り、高齢の被験者と若い被験者を比較すると、高齢の被験者の方が確実な選択肢を好み、確実な選択肢を好む傾向は年齢が高くなるほど顕著になりました。この研究は次に、得られたデータをモデルに組み込み、こうした好みの変化を予測する変数として最も適したものを判定しました。その結果、主因子は右後部頭頂皮質の灰白質の量である、と明らかになりました。この結果は、健康な加齢において生じる脳の変化が、これまで考えられていた以上に、ヒトの意思決定のパターンと選好に強い影響を与えていることを示唆しています。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用です。


【神経科学】加齢によるリスク選好の変化は脳構造の変化によって説明できる

 昔から知っていて見慣れたものを選ぶ傾向は年齢を重ねるにつれて顕著になるが、この傾向は、加齢ではなく特定の脳領域の灰白質の変化によってうまく説明できることを明らかにした論文が掲載される。

 ヒトがリスク(別の言い方をすれば「予測できない結果」)を伴う意思決定を行う際には、右後部頭頂皮質という脳領域が活動している。これまでの研究では、この領域の灰白質の量が若年成人のリスク選好と相関していることが明らかになっている。ヒトは年をとるとリスクのある決定をあまりしなくなるが、その原因が、年を重ねて得られた知恵なのか脳の構造なのかは分かっていない。

 今回、Ifat Levyの研究チームは、52人の被験者(18〜88歳)による実験を行い、確実な選択肢(5ドルが得られる)と不確実な選択肢(5〜120ドルが得られるが、実際に得られる額はランダムな確率で決まる)のいずれかを選ばせた。予想通り、高齢の被験者と若い被験者を比較すると、高齢の被験者の方が確実な選択肢を好み、確実な選択肢を好む傾向は年齢が高くなるほど顕著になった。次にLevyたちは、このデータをモデルに組み込んで、こうした好みの変化を予測する変数として最も適したものを判定した。その結果、こうした好みをもたらす主たる因子が、加齢ではなく、右後部頭頂皮質の灰白質の量であることが判明した。この結果は、健康な加齢において生じる脳の変化が、これまで考えられていた以上にヒトの意思決定のパターンと選好に強い影響を与えていることを示唆している。



参考文献:
Grubb MA. et al.(2016): Neuroanatomy accounts for age-related changes in risk preferences. Nature Communications, 7, 13822.
http://dx.doi.org/10.1038/ncomms13822
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「男脳」「女脳」のウソはなぜ、どのように拡散するのか

2017/02/20 00:00
 これは2月20日分の記事として掲載しておきます。表題の記事がナショナルジオグラフィックに掲載されました。正直なところ、表題を読んだ時には、男女には本質的な違いはないとか、性別を重視すること自体が社会的に構築されたものだとか、性別自体が生物学的に否定されているとかいった言説が展開されるのではないか、とかなり警戒したのですが、以前からの私の見解にひじょうに近いところがあり、かなり同意できる内容でした。もっとも、表題の記事で男女差の事例とされた課題実験も、社会的に構築された性差の構造に起因するものにすぎない、との反論もあるかもしれません。こうした問題に関しては、今後も検証が必要なのだと思います。認知能力と遺伝子との関連が今よりもはるかに解明されれば、もっとはっきりと分かってくることなのでしょう。

 現時点では、「能力」の性差に関して確実に判明していることはあまりにも少ないのかもしれませんが、『私、別に男女の脳に差がないとは全然思ってなくて、絶対あると思ってるんです』との発言には強く同意します。ただ、それは、表題の記事の指摘にあるように、『統計的にはめちゃめちゃ有意なんです。確実に男女差がある。でも、有意だというのと、大きな差があるかというのは別で、男女のヒストグラムがこれだけ重なって、男女の平均の差よりも、個人差の方が大きいよねってくらいのものです』ということでもあると思います。

 『すごく大事なのは、集団Aと集団Bの間に差があると分かった時、それが統計的に「有意」であったとしても、それだけで、集団Aの構成員はこうで、集団Bの構成員はこうだ、とは決めつけられないことだ。集団間にある分布の違いを明らかにすることと、構成員の個々の特性を明らかにすることは全く違うことなのに、しばしば混同される』との指摘は、本当に重要だと思います。これは、性別に限らず、たとえば民族・地域集団間の比較でも言えることでしょう。

 民族・地域集団(一般には、「人種」という用語が広く使われていますが)間で能力に差はない、とするのが現在では「政治的に正しい」こととされているように思います。しかし私は以前から、確証はきわめて困難だとしても、民族・地域集団で「能力」に優位な差のある事例が多いだろう、と考えてきました。ここで問題となるのは、「能力」の定義というか、「能力」の測定条件です。ある能力に関しても、条件(環境)が違えば、結果は変わってくるかもしれません。たとえば、温度・湿度といった気候条件や、生命の危険性の度合いといった条件などです。

 このように考えれば、「能力」は無数と言ってもよいくらいの種類があり、条件(環境)により「優劣」が変わってくる場合も少なくないだろう、と考えられます。生物の諸形質に関する「優秀・劣等」という二分論的な評価は多分に環境依存的であり、その環境とは自然的なものだけではなく人為的なものも含まれますから、環境が容易に変動することを考えると、特定の環境への過剰な適応を目的にしているとも言える優生学の危険性は明らかだと思います(関連記事)。また、表題の記事の指摘と関連しますが、多くの能力は、集団間の差よりも集団内の個人差の方がはるかに大きいものになるでしょう。その意味で、「**(たとえば黒人や女性や特定の民族集団)に(高等)教育は無駄だ」というような議論があるとすれば、それは根本的に間違っていると思います。

 ただ、個人単位ではなく社会的な単位での比較となると、やはり「能力差」が重要なのだ、との見解もあるかもしれません。たとえば「経済発展」などの社会的な事象に関しては、ある特定の「能力」の集団間のごく僅かな差が決定的な要因になり得ることもあるのだ、との見解も提示されるかもしれません。特定の条件(環境)では、あるいはそうした事例もあり得るのかもしれず、たとえば、それがネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)と現生人類(Homo sapiens)との「交替劇」の要因になった可能性は、現時点では排除できないと思います。まあ、これは現生人類内部での比較と同列に扱うわけにはいきませんが。
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不正を続けると不正への脳の感受性が低下する

2017/02/16 00:00
 不正直な行動と脳の感受性に関する研究(Garrett et al., 2016)が公表されました。この研究は、18〜65歳の80人に参加してもらい、第1被験者に1ペンス銅貨入りのガラス瓶の画像を見せて銅貨の数を見積もらせ、その数を第2被験者に伝えさせる、という実験を行ないました。この研究は、(1)第2被験者が不利益を受けて第1被験者が利益を得る、(2)第1被験者も第2被験者も利益を得る、(3)第1被験者が不利益を受けて第2被験者が利益を得る、(4)第1被験者だけが利益を得て、第2被験者は影響を受けない、(5)第2被験者だけが利益を得て、第1被験者は影響を受けないというように、ガラス瓶の中身に関して不正直になることが誰の利益になるのかという観点から条件を変えていきました。

 その結果、検査を数回続けると、第1被験者が利益を得る条件(第2被験者が不利益を受ける場合と第2被験者も利益を得る場合)では、第1被験者が不利益を受けて第2被験者が利益を得る場合と比較して、第1被験者の不正直が増大していました。さらに、不正直の測定レベルと不正直の測定レベルの増大幅は、第1被験者だけが利益を受ける場合の方が第2被験者だけが利益を受ける場合より大きくなっており、こうした結果が私利私欲によるものと示唆されています。

 この研究は、機能的磁気共鳴画像法(fMRI)を用い、一部の被験者が一つの条件による実験に参加した時の脳活動を測定しました。これらの被験者の場合、自分の利益になる不正直に対する脳の右半球と左半球の両方の扁桃体(感情を誘発する事象に対して感受性を持つ脳領域)の応答が時間の経過に伴って次第に低下していきましたが、自分が不利益を受ける不正直ではそのようなことがありませんでした。

 特定の検査において自分の利益になる不正直に対する被験者の扁桃体の応答が低下することは、その被験者について、その後の検査で自分の利益になる不正直が増大する量を予測する際に利用できる可能性がある、と指摘されています。この研究で得られた知見は、詐術のいろいろな側面と関連している他の脳領域が原因になっているとは考えられず、自分の利益になる不正直において扁桃体が特権的な役割を果たしていることが示唆されています。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用です。


脳が不正直に適応して不正直の程度が次第に増していく

 自分の利益になる不正直な行動を繰り返すと不正直に対する脳の感受性が低下することを報告する論文が、今週のオンライン版に掲載される。今回、管理された実験条件下で不正直の増大を誘導して、測定する研究が行われ、正直からの少しの逸脱が繰り返されるうちに逸脱が雪だるま式に大きくなり、かなりの程度の不正直になってしまう“slippery slope(転落への坂道)”が生物学的に説明されている。

 今回、Neil Garrett、Tali Sharotの研究チームが行った実験には80人の成人(18〜65歳)が参加し、第1被験者に1ペンス銅貨入りのガラス瓶の画像を見せ、銅貨の数を見積もらせ、その数を第2被験者に伝えさせた。Garrettたちは、 (1)第2被験者が不利益を受けて第1被験者が利益を得る、(2) 第1被験者も第2被験者も利益を得る、(3) 第1被験者が不利益を受けて第2被験者が利益を得る、(4) 第1被験者だけが利益を得て、第2被験者は影響を受けない、(5) 第2被験者だけが利益を得て、第1被験者は影響を受けないというようにガラス瓶の中身に関して不正直になることが誰の利益になるのかという観点から条件を変えながら実験を行った。

 検査を数回続けると、第1被験者が利益を得る条件(第2被験者が不利益を受ける場合と第2被験者も利益を得る場合)では、第1被験者が不利益を受けて第2被験者が利益を得る場合と比べて第1被験者の不正直が増大していた。さらに不正直の測定レベルと不正直の測定レベルの増大幅は、第1被験者だけが利益を受ける場合の方が第2被験者だけが利益を受ける場合より大きくなっており、以上の結果が私利私欲によるものということが示唆されている。

 今回の研究では、機能的磁気共鳴画像法(fMRI)を用いて、一部の被験者が1つの条件による実験に参加した時に脳活動の測定が行われた。これらの被験者の場合、自分の利益になる不正直に対する脳の右半球と左半球の両方の扁桃体(感情を誘発する事象に対して感受性を持つ脳領域)の応答が時間の経過に伴って次第に低下していったが、自分が不利益を受ける不正直ではそのようなことがなかった。特定の検査において自分の利益になる不正直に対する被験者の扁桃体の応答が低下することは、その被験者について、その後の検査で自分の利益になる不正直が増大する量を予測する際に利用できる可能性がある。以上の知見は、詐術のいろいろな側面と関連している他の脳領域が原因になっているとは考えられず、自分の利益になる不正直において扁桃体が特権的な役割を果たしていることが示唆されている。



参考文献:
Garrett N. et al.(2016): The brain adapts to dishonesty. Nature Neuroscience, 19, 12, 1727–1732.
http://dx.doi.org/10.1038/nn.4426
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社会規範の違反の程度と応答

2017/02/08 00:00
 これは2月8日分の記事として掲載しておきます。社会規範の違反の程度と応答に関する研究(Balafoutas et al., 2016)が公表されました。この研究は、ドイツの駅で軽微な違反行為(コーヒー用の紙コップのポイ捨て)と重大な違反行為(コーヒー用の紙コップと何かが入っている紙袋のポイ捨て)を演出し、800回以上の試行によって旅行者の反応を記録しました。これらの試行で、違反の大小はポイ捨てをした者が叱責される可能性や叱責の程度に影響を及ぼしませんでした。

 一方、同じ場所で独立して実施されたアンケート調査では、対照的な観察結果が得られました。こちらの調査では、重大な違反に対する回答者の否定的感情が強くなり、重大な違反の方がより厳しく叱責されるべきだと回答者が感じている、と明らかになりました。しかし、こうした反応を示した回答者は、現実の状況下でこの違反行為を罰することには消極的であることを認めており、その理由として、社会規範の違反の程度が大きくなるにつれて、違反者による報復のリスクが高くなると考えられることを挙げました。

 社会規範の違反があった場合、違反の程度の大小で人間の応答は変わらず、重大な違反行為に対する処罰を軽微な違法行為より厳しくすべきだという考えは、違反者による報復に対する恐怖が増すことで相殺されていたのではないか、というわけです。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用です。


【人間行動】社会規範の強制がうまく行かない理由

 社会規範の違反があった場合に違反の程度(例えば、ゴミのポイ捨ての程度)が大きい場合と小さい場合で人間の応答が変わらないことを明らかにした論文が、今週掲載される。重大な違反行為に対する処罰を軽微な違法行為より厳しくすべきだという考えは、違反者による報復に対する恐怖が増すことで相殺されていたことが今回の研究で示唆されている。

 今回、Loukas Balafoutasたちは、ドイツの駅で軽微な違反行為(コーヒー用の紙コップのポイ捨て)と重大な違反行為(コーヒー用の紙コップと何かが入っている紙袋のポイ捨て)を演出し、800回以上の試行によって旅行者の反応を記録した。これらの試行で、違反の大小は、ポイ捨てをした者が叱責される可能性や叱責の程度に影響を及ぼさなかった。

 旅行者の行動の観察結果と対照的だったのが、同じ場所で独立して実施されたアンケート調査で、重大な違反に対する回答者の否定的感情が強くなり、重大な違反の方がより厳しく叱責すべきだと回答者は感じていることが判明した。ところが、こうした反応を示した回答者が、現実の状況下でこの違反行為を罰することには消極的であることを認め、その理由として、社会規範の違反の程度が大きくなるにつれて違反者による報復のリスクが高くなると考えられることを挙げた。



参考文献:
Balafoutas L, Nikiforakis N, and Rockenbach B.(2016): Altruistic punishment does not increase with the severity of norm violations in the field. Nature Communications, 7, 13327.
http://dx.doi.org/10.1038/ncomms13327
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タイトル 日 時
社会的ネットワークにおける富の不平等と可視性
 社会的ネットワークにおける富の不平等と可視性についての研究(Nishi et al., 2015)が公表されました。富の不平等と富の可視性は、社会における協力行動のレベルや全体的な経済的繁栄のレベルに影響を及ぼす可能性があります。この研究は、オンラインゲームを用いて、この両要因がどのように相互作用するのか、調べました。その結果、プレーヤーが他者の富について知らないかぎり、富の不平等だけでは協力行動も全体の富も損なわれないことが明らかになりました。しかし、プレーヤーの富が他者に見える場合には、不... ...続きを見る

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2015/10/22 00:35
人間の協力性
 人間の協力性についての研究(Peysakhovich et al., 2014)が公表されました。この研究は、1400人以上の被験者の参加した協力ゲーム・規範強制型懲罰ゲーム・競争ゲームの結果から、協力するという決定がさまざまなシナリオにわたって相関するかどうか、検証しました。その結果、さまざまな協力ゲームにおける参加者の意思決定に相関が認められ、ゲームにおける意思決定がゲーム以外の状況下での自己申告に基づく協力の指標および実際の協力の指標の両者と相関していたことも明らかになりました。さらに、... ...続きを見る

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2014/09/25 00:00
社会学と生物学
 昨日このブログにて取り上げた高橋征仁「遺伝子共同体としての家族―マルクス主義フェミニズムからダーウィニアン・フェミニズムへの道」にはたいへん興味深い指摘が色々とあり、昨日の記事では取り上げきれなかった問題もあるので、少し補足しておきます。高橋論文では安藤寿康『遺伝子の不都合な真実─すべての能力は遺伝である』(関連記事)も引用されています。同書では「環境論者」が熱心に批判されているのですが、私はこの問題に疎いので、「環境論者」が本当に遺伝子の影響を軽視したような主張をしていたのか、あるいは「環境... ...続きを見る

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2014/07/19 00:00
高橋征仁「遺伝子共同体としての家族―マルクス主義フェミニズムからダーウィニアン・フェミニズムへの道」
 表題の論文を(高橋.,2013)読みました。ひじょうに興味深い論文で、納得できるところが多々ありました。本論文が社会学の研究者の間でどのように受け止められたのか、社会学に疎い私にはよく分かりませんが、社会学の研究者と会話をする機会があれば、尋ねてみたいものです。社会学に疎い私でも、進化学関連で色々と情報を収集していると、社会学の側に生物学への警戒感が根強くありそうだな、とは感じてきました。本論文は、義務でもないのに、進化や遺伝子という言葉を掲げ、ジェンダー研究や家族社会学の領域に足を踏み入れよ... ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 2 / トラックバック 2 / コメント 0

2014/07/18 00:02
人種・民族の違いと人種差別
 「人種と民族の違いを知っていますか?」という表題のブログ記事が話題になっていたので読みました。「gingin1234」氏の ...続きを見る

ナイス ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0

2012/08/23 20:19
視覚的な人種偏見
 テレビでの非言語的振る舞いが、視聴者の人種的偏見に継続的な影響を及ぼしていることを指摘した研究(Weisbuch et al., 2009)が公表されました。この研究では、人気番組から集めた複数の場面が編集され、特定の登場人物が一場面から取り除かれて、その場面の他の登場人物が、まだ見ぬその登場人物にどのていど好意的に接しているかを評価するよう、大学生のグループに指示されました。学生らは、ゴールデンタイムに放送される人気番組11本の登場人物について、否定的な非言語的行動が白人よりも黒人に対して示... ...続きを見る

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2010/01/26 06:50
指導者選出の基準は顔?
 指導者選出の基準について論じた研究(Antonakis, and Dalgas., 2009)が公表されました。この研究では、指導者選出の基準の1つとして、顔が重要なのではないか、と指摘されています。これは、多くの人の直感的な考えとも一致するでしょうし、常識に近い見解の再確認と言えるかもしれません。ただ、そうしたことをしっかりと実証していくことこそ学問と言うべきでしょう。 ...続きを見る

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2009/03/01 00:00

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