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みんなの「社会科学」ブログ


子供は外国語を話す相手でも声の調子から感情を認識できる

2018/06/15 16:28
 子供が外国語を話す相手の感情を認識できるのか、検証した研究(Chronaki et al., 2018)が公表されました。この研究は、外国語の経験のない子供57人と若年成人22人に感情音声認識課題を実施しました。この課題では、声優が、怒り・幸福・悲しみ・恐怖・中間状態のいずれかを表現した声で疑似文を読み、被験者はそれを聞いて読み手の感情を判断します。課題は、被験者の母国語(英語)とスペイン語・中国語・アラビア語の3外国語で実施されました。

 その結果、子供たちは、母国語の場合に感情声音をより正確に認識できるものの、外国語の場合でも感情声音を認識できる、と明らかになりました。また子供たちは、幸福や恐怖を表現した声よりも、怒りや悲しみを表現した声をより正確に認識できました。この課題では無意味な内容の疑似文を用いたため、感情の認識は、言語的側面ではなく発声的側面に特異なものだ、と指摘されています。さらに本論文は、他人の声を聞いて、何を言っているかではなく、声音(音の高低・音量・リズム)から感情を認識する能力は小児期から備わっており普遍的ではあるものの、社会・文化的規範を背景として母国語の方が正確な感情の認識ができるという「内集団優位性」も見られる、と指摘しています。

 また本論文は、感情音声の認識能力が、小児期から青年期よりも、青年期から成人期の間に大きく向上することを明らかにしました。これは、青年期が感情認識技能の発達にとって重要な時期であることを示唆しています。声の調子から感情を認識できる能力は、人類進化史においてかなり古い起源を有するというよりも、他の動物にも現代人と似たような能力は備わっており、ひじょうに古い進化的起源を有するのではないか、と思われます。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用です。


【人間行動】子どもは外国語であっても、その声の調子から相手の感情を認識できる

 子どもは、声音から相手の感情を認識でき、母国語の方が正確に認識できるが、外国語であってもそうした感情を認識できるということを示した論文が、今週掲載される。

 今回、Georgia Chronakiたちの研究グループは、外国語の経験のない子ども(57人)と若年成人(22人)に感情音声認識課題を実施した。この課題では、声優が、怒り、幸福、悲しみ、恐怖、中間状態のいずれかを表現した声で疑似文を読み、被験者はそれを聞いて読み手の感情を判断する。課題は、被験者の母国語(英語)と3つの外国語(スペイン語、中国語、アラビア語)で行われた。

 その結果、子どもたちは、母国語の場合に感情声音をより正確に認識できるが、外国語の場合でも感情声音を認識できることが分かった。また、子どもたちは、幸福や恐怖を表現した声よりも、怒りや悲しみを表現した声をより正確に認識できた。今回の課題では無意味な内容の疑似文を用いたため、感情の認識は、言語的側面ではなく発声的側面に特異なものだとChronakiたちは考えている。また、Chronakiたちは、他人の声を聞いて、何を言っているかではなく、声音(音の高低、音量、リズム)から感情を認識する能力は、小児期から備わっている普遍的な能力だが、社会・文化的規範を背景として母国語の方が正確な感情の認識ができるという「内集団優位性」も見られるという考えを示している。

 またChronakiたちは、感情音声の認識能力が、小児期から青年期よりも、青年期から成人期の間に大きく向上することを明らかにした。これは、青年期が感情認識技能の発達にとって重要な時期であることを示唆している。



参考文献:
Chronaki G. et al.(2018): The development of cross-cultural recognition of vocal emotion during childhood and adolescence. Scientific Reports, 8, 8659.
https://dx.doi.org/10.1038/s41598-018-26889-1
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協力行動と不確実性の許容との関係

2018/06/13 16:07
 協力行動と不確実性の許容との関係についての研究(Vives, and FeldmanHall., 2018)が公表されました。心理学と経済学においてこれまで、リスク(将来的な結果のそれぞれの発生確率が分かっている場合)と多義性(将来的な結果のそれぞれの発生確率が分かっていない場合)という2種類の不確実性が明らかになっています。この2種類の不確実性に対する耐性には、個人差のあることが知られています。

 この研究は、女性106人と男性94人から構成される計200人のボランティアの被験者を対象として、一連の実験を実施しました。最初の実験では、被験者が単独でギャンブルゲームを行ない、リスクと不確実性に対する各人の耐性が評価されました。次の実験では、被験者が他のプレーヤーらと協力すべきかどうかを決めるソーシャルゲームを行ないました。協力行動は協力する双方のプレーヤーの利益になる可能性がありましたが、協力者が裏切られて損をするリスクを伴っていました。

 以上の実験の結果から、多義性に対する耐性と向社会的行動の量は正の相関関係にある、と明らかになりました。どの程度報われる可能性があるのかを分からなくてもリスクを負うことに前向きな人ほど、他人と協力したり、他人を信頼したりしやすい、というわけです。これに対して、リスクに対する耐性と社会的意思決定の間に関連は認められなかった。この研究は、人間が他人を信頼するかどうかの決定と勝つ確率の分からないギャンブルとを同視しており、多義的な不確実性に対する耐性という性格特性が、社会的行動を促進する上で役立っている、との見解を提示しています得。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用です。


【心理学】不確実性を許容する心が協力行動を生み出す

 どの程度報われる可能性があるのかを分からなくてもリスクを負うことに前向きな人ほど、他人と協力したり、他人を信頼したりしやすいという考えを示した論文が、今週掲載される。

 心理学者と経済学者はこれまでに、リスク(将来的な結果のそれぞれの発生確率が分かっている場合)と多義性(将来的な結果のそれぞれの発生確率が分かっていない場合)という2種類の不確実性を明らかにしている。この2種類の不確実性に対する耐性には、個人差のあることが知られている。

 今回、Oriel FeldmannHallの研究チームは、合計200人(女性106人、男性94人)のボランティアの被験者を対象として、一連の実験を実施した。最初の実験では、被験者が単独でギャンブルゲームを行い、リスクと不確実性に対する各人の耐性が評価された。次の実験では、被験者が他のプレーヤーらと協力すべきかどうかを決めるソーシャルゲームを行った。協力行動は協力する双方のプレーヤーの利益になる可能性があったが、協力者が裏切られて損をするリスクを伴った。以上の実験の結果から、多義性に対する耐性と向社会的行動の量は正の相関関係にあることが判明した。これに対して、リスクに対する耐性と社会的意思決定の間に関連は認められなかった。

 FeldmannHallたちは、我々が、他人を信頼するかどうかの決定と勝つ確率が分からないギャンブルとを同視しており、多義的な不確実性に対する耐性という性格特性が我々の社会的行動を促進する上で役立っているという考えを示している。



参考文献:
Vives ML, and FeldmanHall O.(2018): Tolerance to ambiguous uncertainty predicts prosocial behavior. Nature Communications, 9, 2156.
https://dx.doi.org/10.1038/s41467-018-04631-9
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原田隆之『サイコパスの真実』

2018/06/10 08:37
 ちくま新書の一冊として、筑摩書房から2018年4月に刊行されました。サイコパス関連の一般向け書籍は少なくないでしょうし、中には大きな話題になったものもあります。しかし、どうも胡散臭そうだったこともあり、これまでサイコパス関連の一般向け書籍を読んだことはありませんでした。しかし本書は、少し読んでみてなかなか面白そうだったので、購入して読みました。期待通り本書は当たりで、長くサイコパス関連の入門書として読まれていくのではないか、と思います。まあ、私はこの問題の門外漢なので、専門家の評価はまた違うのかもしれませんが。

 本書は、高知能で冷酷な凶悪犯などといったサイコパスの通俗的な印象を訂正していきます。もちろん、サイコパスの中に高知能で冷酷な凶悪犯もいますが、それは例外的で、社会全体でサイコパスは1〜3%程度存在する、と推定されていいます。本書は、サイコパスとはそれぞれ程度の異なる複数の特徴から成る多様な存在である、と強調しています。サイコパスが必ず犯罪者になるわけではなく、「成功者」もいれば、社会でそれなりに溶け込んでいる「マイルド」なタイプもいる、というわけです。

 サイコパスの特徴は色々とあり、本書では、対人・感情・生活様式・反社会性の4因子から説明されていますが(ただ、本書で指摘されているように、異なる区分もあります)、中心的なものは、良心と共感の欠如です。また、不安感・恐怖の欠如も重要な特徴です。本書はサイコパスが生まれる要因として、生得的なものと環境的なものとの相互作用を挙げていますが、これまでの研究からは、生得的なものが主因である可能性が高いそうです。サイコパスへの対処は難しく、現時点では決定的な解決策はないようです。本書は、サイコパスの中心的特徴は良心と共感の欠如なので、それを踏まえていない犯罪矯正計画ではかえってサイコパスの再犯率を上げかねず、専門家の間でさえ認識の甘さが見られる、と指摘しています。

 サイコパスがなぜずっと存在し続けているのか、という問題も本書は取り上げており、人類進化史に関心のある私も興味深く読み進められました。不安感・恐怖の欠如したサイコパスは、混乱した状況や、命のかかった手術や、大きな大会などで、冷静に実力を発揮できます。現代では、たとえば医師・指導者・運動選手などは、サイコパスだと優れた業績を残せる可能性があります。また、不安感・恐怖の欠如は、勇気がある、との評価につながりやすいとも言えます。こうした理由から、サイコパスは人類史において淘汰されず、今後も存在し続けるのでしょう。

 良心・共感の欠如したサイコパスは、認知能力に関してはサイコパスではない人々と変わらないので(つまり、認知能力には個体差があり、様々ということです)、規範(法律)や他者への共感が社会で果たす重要な役割を理解でき、そのように装うことができます。生得的に他者に共感できる利他的な傾向の強い人々の多い社会において、能力と環境(運)に恵まれたサイコパスはフリーライダーとして政治権力・経済力・繁殖などの点できわめて大きな利益を得ることが可能なので、狩猟採集社会よりもずっと大規模な社会においては、サイコパスを淘汰することがより難しくなっている、と言えるかもしれません。

 ただ、「有能な」サイコパスが大きな利益を得られるというか、高い適応度となるのは、あくまでも利他的な傾向の強い人々の多い社会においてであり、サイコパスが多数派となれば、少なくとも今のような社会は崩壊し、「有能な」サイコパスが現在得られるような大きな利益を得るのは困難でしょう。確かに、「有能な」サイコパスの適応度は現代社会においては高そうですが、それはあくまでもサイコパス、とくにその中でも「有能な」人の割合がきわめて低いからで、このように特性・形質の頻度に適応度が依存していることは、進化史において珍しくない、と言えるでしょう。


参考文献:
原田隆之(2018) 『サイコパスの真実』(筑摩書房)
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ソ連崩壊後のエストニアにおける能力主義の遺伝的側面

2018/05/05 00:01
 ソ連崩壊後のエストニアにおける能力主義の遺伝的側面に関する研究(Rimfeld et al., 2018)が公表されました。人々の生活レベルや社会経済的地位は、遺伝的要因と環境的要因を組み合わせることで説明できます。この研究は、12500人のエストニア人の遺伝子を、学習および職務上の成績に関する情報と共に解析しました。被験者は、ソ連時代に育ったグループと、1991年以降、すなわちソ連崩壊後の独立したエストニアにおいて、中等教育やさらに上級の教育を受けたグループとに分けられました。国家が独立すると、教育機会や就業機会に関して能力主義が強まるような変化が見られると、一般的には考えられています。

 この研究は、能力主義の強いソ連崩壊後の資本主義社会においては、ソ連時代の共産主義社会と比較して、就学年数や職業的地位に影響を及ぼすことが知られている遺伝子の違いにより、こうした人生の達成度の差異を2倍多く説明できる、と明らかにしました。今回得られた知見から、社会構造や機会均等に生じる大きな変化が、社会的な達成が遺伝要因を反映する度合いに対してどのような影響を及ぼし得るか、示されました。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用です。


ソ連崩壊後のエストニアにおける能力主義の遺伝的側面

 人々の学習および職務上の成績の多くは、ソ連崩壊後のエストニアのような能力主義の強い社会システムでは、ソ連時代と比較して、世代を越えて受け継がれる遺伝要因によって説明されることを明らかにした論文が、今週掲載される。

 人々の生活レベルや社会経済的地位は、遺伝的要因と環境的要因を組み合わせることで説明できる。Kaili RimfeldとRobert Plominの研究チームは、1万2500人のエストニア人の遺伝子を、学習および職務上の成績に関する情報と共に解析した。被験者は、ソ連時代に育ったグループと、1991年以降、すなわちソ連崩壊後の独立したエストニアにおいて、中等教育やさらに上級の教育を受けたグループとに分けられた。国家が独立すると、教育機会や就業機会に関して能力主義が強まるような変化が見られると、一般的には考えられている。

 研究チームは、能力主義の強いソ連崩壊後の資本主義社会においては、ソ連時代の共産主義社会と比較して、就学年数や職業的地位に影響を及ぼすことが知られている遺伝子の違いによって、こうした人生の達成度の差異を2倍多く説明できることを明らかにした。今回得られた知見から、社会構造や機会均等に生じる大きな変化が、社会的な達成が遺伝要因を反映する度合いに対してどのような影響を及ぼし得るかが示された。



参考文献:
Rimfeld K. et al.(2018): Genetic influence on social outcomes during and after the Soviet era in Estonia. Nature Human Behaviour, 2, 269–275.
http://dx.doi.org/10.1038/s41562-018-0332-5
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気候変動と暴力的紛争の関連性を示す証拠の偏り

2018/03/23 06:08
 気候変動と暴力的紛争の関連性を示す証拠の偏りに関する研究(Adams et al., 2018)が公表されました。この研究は、気候変動と紛争の関連性に関する査読論文を分析し、文献に最も多く登場する国々は紛争関連死者数の多い国々であるという傾向を明らかにしました。これに対して、気候変動のリスクに最もさらされている国々、または気候変動のリスクの最も多い国々は、そうした研究で重点的に取り扱われていないか、紛争との関連性の研究が全く行われていませんでした。さらに、気候変動と紛争の関連性についての研究は、英語が公用語になっている利便性の高い旧イギリス領の国々で行われる傾向も認められました。

 気候変動は、最近の暴力的紛争の一部(たとえばシリア騒乱)を説明するために援用されてきました。しかし、この研究では、個別の事例で気候変動が紛争の原因だと断定できる場合であっても、文献にサンプリングバイアスがあることは、暴力的紛争の一般化可能性とその根底にある駆動要因のいずれも解明できていないことを意味しており、暴力を気候条件と環境条件から分離するための政策的介入に対する情報提供という点で、既存の研究の有用性が低下していることが明らかになりました。

 この研究については、気候関連紛争が起こる可能性の高い社会経済的条件と政治的条件を理解する能力と、気候と紛争の関連性のリスクを軽減するための政策的介入への情報提供という2点で、きわめて大きな意味を持っている、と指摘されています。まず、気候変動に対する身体的曝露ではなく紛争の発生率についてサンプリングを行なっているということは、気候変動が暴力を引き起こす可能性のある具体的な社会的・経済的・政治的状況に関する研究者たちの結論が、我々の期待に達していないことを意味しています。次に、気候と紛争の関連性がおもに代表例ではない背景で研究されている、つまり、研究しやすい旧イギリス領の国々で行なわれるのであれば、研究結果を基に気候と紛争の関連性一般を推論する能力が制限されます。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用です。


気候変動と暴力的紛争の関連性を示す証拠には偏りがある

 気候変動と暴力的紛争に関する研究文献に示された両者の関連性は誇張だとし、その理由として、過去に暴力的紛争があった利便性の高い地域で研究が行われる傾向があることを挙げた論文が、今週掲載される。

 Tobias Ideたちの研究グループは、気候変動と紛争の関連性に関する査読論文を分析し、文献に最も多く登場する国々は紛争関連死者数の多い国々であるという傾向を明らかにした。これに対して、気候変動のリスクに最もさらされている国々、または気候変動のリスクの最も多い国々は、そうした研究で重点的に取り扱われていないか、紛争との関連性の研究が全く行われていなかった。さらに、気候変動と紛争の関連性についての研究は、英語が公用語になっている利便性の高い旧英国領の国々で行われる傾向も認められた。

 気候変動は、最近の暴力的紛争の一部(例えば、シリア騒乱)を説明するために援用されてきた。しかし、今回の研究では、個別の事例で気候変動が紛争の原因だと断定できる場合であっても文献にサンプリングバイアスがあるということは、暴力的紛争の一般化可能性とその根底にある駆動要因のいずれも解明できていないことを意味しており、暴力を気候条件と環境条件から分離するための政策的介入に対する情報提供という点で、既存の研究の有用性が低下していることが明らかになった。

 同時掲載されるNews & Views論文で、Cullen Hendrixは次のように述べている。「これらの知見は、気候関連紛争が起こる可能性の高い社会経済的条件と政治的条件を理解する能力と、気候と紛争の関連性のリスクを軽減するための政策的介入への情報提供、という2つの点で極めて大きな意味を持っている。第1に、気候変動に対する身体的曝露ではなく紛争の発生率についてサンプリングを行っているということは、気候変動が暴力を引き起こす可能性のある具体的な社会的、経済的、政治的状況に関する研究者たちの結論が、我々の期待に達していないことを意味している。(中略)第2に、気候と紛争の関連性が主に代表例ではない背景で研究されているのなら、つまり、研究しやすい旧英国領の国々で行われるのであれば、研究結果を基に気候と紛争の関連性一般を推論する能力が制限される」。



参考文献:
Adams C. et al.(2018): Sampling bias in climate–conflict research. Nature Climate Change, 8, 200–203.
http://dx.doi.org/10.1038/s41558-018-0068-2
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渡邉美樹参院議員には「人として大切なものが欠落している」のか

2018/03/20 00:01
 これは3月20日分の記事として掲載しておきます。表題は最近私のネット環境ではよく見かける人の発言で、「正直言って渡辺美樹氏は議員として以前に、人として大切なものが欠落しているとしか思えないのです。そして彼を公聴会で質疑させた自民党に対しても、同じようにしか思えないのです」とのことです。これまでのさまざまな報道からは、渡邉美樹氏が他者への共感を欠いているように思われますが、実のところ私も、強く確信しているとまでは言わないとしても、そうしたところが多分にあるのは多分間違いないだろう、と考えています。

 その意味で、渡邉氏には「人として大切なものが欠落している」と言っても大過ないのかもしれませんが、こうした発言は妥当なのだろうか、と疑問に思ってしまいます。仮に渡邉氏に他者への共感が多分に欠けているとして、それは(ネットで得た情報だけんので確定的とは言えませんが)若い頃の本人の責任ではない苦労が原因となっていたり、生得的なものであったりする可能性も想定されます。ルールを内面化できていなかったり、他者に共感できなかったりする人々(しばしば「サイコパス」と呼ばれます)は現代社会において一定の割合で存在し、それはかなりのところ生得的ではないか、と思います。

 そうした生得的な性質にたいして、「人として大切なものが欠落している」と言ってしまってよいのか、私は今では躊躇します。もちろん、生得的だから認められねばならない、と言ってしまうと自然主義的誤謬で(関連記事)、快楽殺人さえ擁護されかねないなどといった危険性はあるのですが、生得的な性質への少なくともある程度以上の配慮や尊重のない社会は本当に恐ろしいと思います。その意味で、他者への共感が多分に欠けているような人物にたいして、「人として大切なものが欠落している」と公言してしまうことには大いに疑問が残ります。

 権力勾配や非対称性などを持ち出して、実業家として成功した国会議員なのだから、その程度の発言は当然許容されるべきだ、との見解もあるかもしれません。しかし、強者と弱者という構造は全体的には堅牢だとしても、個人単位で見ていけば案外脆いものであり、安易に個人を必要以上に叩くことには疑問が残ります。それはやがて、社会を殺伐とさせて、自分や自分が支持する個人・組織に跳ね返ってくることも充分考えられます。戦間期ドイツにおけるナチスの台頭も、敵対的な勢力への過激な発言や暴力が横行し、それらを容認してしまった社会風潮に一因があると思います。まあ、こんなことを言うと、「トーンポリシング」だと批判されそうですが。ただ、渡邉氏のような人物にたいして、つい「人として大切なものが欠落している」と言ってしまうのも普遍的心理であり、正直なところ私も、自分と直接的な関わりがあれば、自分を抑えられるか、確信を持てません。

 人類史において、フリーライダー的な性向を抑制する社会選択が強力に作用し続けてきたのに、ルールを内面化できていなかったり、しばしば「サイコパス」と呼ばれるような、他者に共感できなかったりする人々が現代社会において一定の割合で存在するのは、一見すると不可解です。しかし、人間の発達した認知能力により、ルールを内面化できていなかったり、他者に共感できなかったりする人々も、ルールや他者への共感が社会で果たす重要な役割を理解できるので、ルールを順守したり、そのように装ったりできます(関連記事)。

 利他的な傾向の強い人々の多い社会において、能力と環境(運)に恵まれたフリーライダーは、政治権力・経済力・繁殖などの点できわめて大きな利益を得ることが可能なので、狩猟採集社会よりもずっと大規模な社会においては、フリーライダーを淘汰することがより難しくなっている、と言えるかもしれません。その意味で、今後も渡邉氏的な人物が大きな社会的影響力を有する状況は変わらないでしょうから、渡邉氏的な人物の「暴走」を抑制する仕組みの構築(もちろん、完全だったり永続的だったりする仕組みは存在し得ないわけですが)が精一杯の対応と言うべきなのでしょう。

 しかし、今後遺伝子研究が進んでいく過程で、「サイコパス」と呼ばれるような人物に育つ可能性の高い遺伝子群が特定されるかもしれません(とはいっても、遺伝子と環境の複雑な関係は簡単には明らかにならないでしょうが)。では、大規模な社会では排除の難しい「サイコパス」を排除してもよいものなのか、といった議論も今後提起されるかもしれません。「サイコパス」に向いている職業があるとも言われているように、「功利的」判断から「サイコパス」の排除に反対する見解もあるかもしれませんが、これは「望ましくない性質」を排除する優生学的発想であり、優生学の問題点を考えると、「サイコパス」の排除は、せいぜい、上述した「暴走」を抑制する仕組みの構築に留めておくべきでしょう。

 優生学は、現実主義者(気取りの人)にとっては真理なのかもしれませんが、自然主義的誤謬というだけではなく、「功利的」観点からでさえ問題だと思います。現代社会では生存の危険性を高める形質には、かつては不利ではなかったか、有利でさえあったものも少なくないようです(関連記事)。生物の諸形質に関する「優秀・劣等」や「有利・不利」などという二分論的な評価は、多分に環境依存的と言うべきでしょう。これは、善悪などといった価値観に関しても同様です。この場合の環境とは、自然的なものだけではなく人為的なものでもあり(自然と人為という安易な二分法の問題はさておくとして)、その意味でも、特定の環境への過剰な適応を目的にしているとも言える優生学の危険性は明らかだと思います。

 まあ、私は自覚的な「反リベラル」傾向の強い人間なので、「リベラル側」の「多様性」や「寛容」の尊重を強調する傾向には不信感を抱いていますが、だからといって、特定の生得的な性質を安易に排除してしまうのは、取り返しのつかないたいへん恐ろしいことだと思います。もっとも、自覚的な「反リベラル」傾向が強いとはいっても、公文書での元号のみの使用がすっかり定着していることに批判的で、「反リベラル」や「保守」に徹することのできない中途半端な人間で、原理主義的な振る舞いはできそうにありませんが、私のような中途半端で平凡な人間が社会では圧倒的に多いだろう、と開き直っています。
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人間の協力の進化

2018/03/09 00:00
 これは3月9日分の記事として掲載しておきます。人間の協力の進化に関する研究(Santos et al., 2018)が公表されました。弱肉強食の世界で利他主義がどのように進化したのか、解明する探求で生まれた全てのスキームの中で、間接互恵性は最も複雑なものとされています。間接互恵性とは、行為者が、後に第三者から報酬が与えられることを期待して、離反者を罰して自らがコストを背負う場合があるというもので、これには道徳的な選択が必要であり、第三者の応答は行為者および離反者の評判によって左右されます。そのため、間接互恵性は、既知のすべての協力機構の中で最も複雑で認知的に困難なものであり、評判および地位が絡むために、最も人間的なものとされています。

 間接互恵性に基づく規範と種々の選択肢がきわめて複雑なため、人間の思考力では妥当な時間枠内でそれらを計算することはできない、との見解もありますが、人間はそうした選択を容易に行なえます。個人の過去の評判を無視するモデルにおいては、個人が主観的な規則に従う能力が重要になる場合が多く、評判を「良い評判」か「悪い評判」のいずれかに、そして行動を二者択一へと単純化します。この研究は、そうしたモデルに過去の評判を組み込み、間接互恵性の状況で第三者が直面する選択をシミュレートし、協力を促進する関連規範における重要なパターンを見いだして、最大の協力を導く選択は、必ずしも最も複雑なものではないことを明らかにしています。このパターンに適合する規範のうち、複雑さが最小で最も大きな協力(90%超)を導くものは、過去の評判に基づいて判断しておらず、判断プロセスにおける「複雑さのコスト」を考慮すると、この規範の相対的な成績はとくに明らかでした。

 この高度の協力と低い複雑さとの組み合わせは、複雑な環境でも単純な道徳原理で協力を引き出せることを示唆しています。「重要なのはあなたが行なうことと、あなたが行動するときの相手の評判だけである。善人は助け、そうでなければ助けることを拒絶しなさい。そうすれば我々はあなたに優しく接するが、そうしなければあなたは罰せられるだろう」という「厳しい判断」ですら、下から2番目の複雑さにすぎず、言語習得前の幼児でさえ行なっている、というわけです。このような間接互恵性がどのような環境で進化してきたのか解明するには、自然人類学・考古学・古環境学などの学際的な知見が必要となるでしょう。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用です。


人間行動学:協力の進化における社会規範の複雑さと過去の評判

人間行動学:協力の複雑さ

 弱肉強食の世界で利他主義がどのように進化したのかを解明する探求で生まれた全てのスキームの中で、間接互恵性はおそらく最も複雑なものである。間接互恵性とはつまり、行為者が、後に第三者から報酬が与えられることを期待して、離反者を罰して自らがコストを背負う場合があるというもので、これには道徳的な選択が必要とされ、第三者の応答は行為者および離反者の評判によって左右される。種々の選択肢が極めて複雑であるため、人間の思考力では妥当な時間枠内でそれらを計算することはできないと考える人もいるが、人間はそうした選択を容易に行う。これはどうしてなのか。今回著者たちは、間接互恵性の状況で第三者が直面する選択をシミュレートし、最大の協力を導く選択は、必ずしも最も複雑なものではないことを明らかにしている。「重要なのはあなたが行うこととあなたが行動するときの相手の評判だけである。善人は助け、そうでなければ助けることを拒絶しなさい。そうすれば我々はあなたに優しく接するが、そうしなければあなたは罰せられるだろう」という「厳しい判断」ですら、下から2番目の複雑さにすぎず、言語習得前の幼児でさえ行っていることなのだ。



参考文献:
Santos FP, Francisco FC, and Pacheco JM.(2018): Social norm complexity and past reputations in the evolution of cooperation. Nature, 555, 7695, 242–245.
http://dx.doi.org/10.1038/nature25763
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レッテル貼りの作用

2018/01/20 00:00
 これは1月20日分の記事として掲載しておきます。レッテル貼りの作用に関する研究(Mace et al., 2018)が公表されました。「魔女である」と名指しするといった、個人を仲間外れにするような否定的なレッテルには、人間社会において長く広範囲に及ぶ歴史があるものの、その社会的な機能はよく分かっていません。魔女のレッテルは、レッテルを貼られた者が信用できない人、あるいは協力的でない人であるという印をつけるために使われていると示唆する研究もあれば、そうしたレッテルは、競争相手の意志をくじくように機能していると指摘する研究もあります。現時点では、どちらの説が正しいかを判断するための定量的なデータはほとんどありません。

 この研究は、中国南西部に住むモソ族の5つの村の800世帯を対象に、インタビューおよび贈り物を使う実験を実施しました。モソ族では、世帯主である女性およびその娘たちは、周囲の人々によって、超自然的な力を備えていて、食中毒に関わる者であると見なされると、「zhu」と呼ばれます。この研究は、世帯間の社会的相互作用を視覚的に再構成することで、「zhu」と非「zhu」にはっきりと分けられる世帯間の社会的ネットワークの存在を見いだしました。zhuの世帯は多くの場合、近親結婚が避けられ、また非zhu集団との間において農作業の協力がなされません。zhuの世帯はむしろ結婚や労役交換を、小規模なサブネットワークの中で優先的に互いにやりとりしています。

 この研究が、zhuの世帯が経済ゲームにおいて他の世帯と同程度に協力的であることを見いだした点は重要です。なぜならば、この結果から、「zhu」というレッテルが「協力的でない、あるいは信頼できない世帯である」という印をつけるために用いられているのではないことが、示唆されるからです。この研究は、魔女であるというレッテル貼りは、家系の繁栄や資源の確保に関して、競争相手の名を汚すことで競争上の優位性を得るための方法として進化してきた可能性がある、と示唆しています。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用です。


社会的相互作用を構造化する魔女

 中国南西部のある村落では、魔法の使い手(中国語で「zhu」と呼ばれる)のレッテルを貼られることが、結婚の相手、協力の対象、世帯間の取引などに影響を及ぼし得ることが、今週掲載される論文で明らかになった。このようなレッテル貼りは、競争相手となり得る者に対して悪意を示すように機能している可能性がある。

 「魔女である」と名指しするといった、個人を仲間外れにするような否定的なレッテルには、人間社会において長く広範囲に及ぶ歴史があるが、その社会的な機能はよく分かっていない。魔女のレッテルは、レッテルを貼られた者が信用できない人、あるいは協力的でない人であるという印をつけるために使われていると示唆する研究もあれば、そうしたレッテルは、競争相手の意志をくじくように機能していると指摘する研究もある。現時点では、どちらの説が正しいかを判断するための定量的なデータはほとんどない。

 Ruth Mace、Ting Ji、Yi Taoたちの研究グループは、中国南西部に住むモソ族の5つの村の800世帯を対象に、インタビューおよび贈り物を使う実験を行った。モソ族では、世帯主である女性およびその娘たちは、周囲の人々によって、超自然的な力を備えていて、食中毒に関わる者であると見なされると「zhu」と呼ばれる。研究グループは、世帯間の社会的相互作用を視覚的に再構成することで、「zhu」と非「zhu」にはっきりと分けられる世帯間の社会的ネットワークの存在を見いだした。zhuの世帯は多くの場合、近親結婚が避けられ、また非zhu集団との間において農作業の協力がなされない。zhuの世帯はむしろ結婚や労役交換を、小規模なサブネットワークの中で優先的に互いにやりとりしている。今回、研究グループが、zhuの世帯が経済ゲームにおいて他の世帯と同程度に協力的であることを見いだした点は重要である。というのも、この結果から、「zhu」というレッテルが、〈協力的でない、あるいは信頼できない世帯である〉という印をつけるために用いられているのではないことが示唆されるからである。

 研究グループは、魔女であるというレッテル貼りは、家系の繁栄や資源の確保に関して、競争相手の名を汚すことで競争上の優位性を得るための方法として進化してきた可能性があると示唆している。



参考文献:
Mace R. et al.(2018): Population structured by witchcraft beliefs. Nature Human Behaviour, 2, 39–44.
http://dx.doi.org/10.1038/s41562-017-0271-6
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水資源保全対策における文化の違い

2017/11/18 00:00
 これは11月18日分の記事として掲載しておきます。水資源保全対策における文化の違いに関する研究(Castilla-Rho et al., 2017)が公表されました。地下水は、気候変動に直面する世界の食糧安全保障と、数百万世帯の農村生活の維持に重要です。農業のための水資源の濫用は世界中で深刻に懸念されていますが、地下水利用者による保全政策への遵守を促すものが何かということについては、ほとんど分かっていません。地下水保全のモニタリングおよび執行は長い時間とコストを要し、政治的に困難な側面があります。文化によって異なる考え方を理解することは、費用効果の高い管理法の立案において重要です。

 この研究は、農民による灌漑のための地下水利用を、地下水の汲み上げの抑制が必要な3地域(オーストラリアのマレーダーリング盆地、アメリカ合衆国カリフォルニア州のセントラルバレー、インド・パキスタン国境付近のパンジャーブ地方)を対象にモデル化を行ないました。さまざまな地域における協力および法令遵守に対する社会的態度に関するデータを集めた結果、パンジャーブ地方のような協力的とされる文化においては強い懲罰的な手段が有効であるものの、マレーダーリング盆地やセントラルバレーのように個人主義がより強いとされる文化では、懲罰的な手段はそれほど有効ではない、と明らかになりました。

 この研究は、地下水の保全に対する社会規範を変化させる最も有効な介入法は、ロールモデルとなる法令遵守者の数を集団中に増やすことである、と明らかにしましたが、社会における受け入れの規模を変えるために必要な法令遵守者の数は地域差が大きい、とも指摘しています。この研究は、同様のモデルは水産物や森林といった他の共有天然資源にも適用できる、と指摘しています。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用です。


水資源保全の文化を理解する

 水資源の保全法に対する人々の反応に文化の違いがどのように影響するかということと、そうした知見を踏まえて各国の文化に適した有効な介入手段を見つける方法が、今週のオンライン版に掲載された論文で報告されている。

 地下水は、気候変動に直面する世界の食糧安全保障、および数百万世帯の農村生活の維持に重要である。農業のための水資源の濫用は世界中で深刻に懸念されているが、地下水利用者による保全政策への遵守を促すものが何かということについてはほとんど分かっていない。地下水保全のモニタリングおよび執行は長い時間を要し、コストを要し、政治的に困難な側面がある。文化によって異なる考え方を理解することは、費用効果の高い管理法の立案においてカギとなる。

 Juan Carlos Castilla-Rhoの研究チームは、農民による灌漑のための地下水利用を、地下水の汲み上げの抑制が必要な3つの地域(オーストラリアのマレー・ダーリング盆地、米国カリフォルニア州のセントラル・バレー、インド・パキスタン国境付近のパンジャーブ地方)を対象にモデル化を行った。さまざまな地域における協力および法令遵守に対する社会的態度に関するデータを集めた結果、協力的な文化(パンジャーブ地方)においては強い懲罰的な手段が有効であるが、個人主義のより強い文化(米国やオーストラリア)においては、懲罰的な手段はそれほど有効ではないことが分かった。研究チームは、地下水の保全に対する社会規範を変化させる最も有効な介入法は、ロールモデルとなる法令遵守者の数を集団中に増やすことであることを見出したが、社会における受け入れの規模を変えるために必要な法令遵守者の数は地域差が大きい。研究チームは、同様のモデルは、水産物や森林といった他の共有天然資源にも適用できると結論している。



参考文献:
Castilla-Rho JC. et al.(2017): Social tipping points in global groundwater management. Nature Human Behaviour, 1, 640–649.
http://dx.doi.org/10.1038/s41562-017-0181-7
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無神論者にたいする偏見

2017/11/10 00:00
 これは11月10日分の記事として掲載しておきます。無神論者にたいする偏見に関する研究(Gervais et al., 2017)が公表されました。この研究は、宗教性のひじょうに強い社会(アラブ首長国連邦やインド)から世俗性のひじょうに強い社会(中国やオランダ)まで、5大陸13ヶ国の3000人を対象に、不道徳な行為と無神論を結びつける認識について調べました。この研究は、無神論者にたいする偏見の程度を定量化するために、調査参加者たちに動物への虐待が高じてスリルを求めて殺人に及ぶ「モラルに反する人物」について書かれた文章を読ませました。この研究は、参加者の半数にたいして、罪を犯したその人物が(1)教師か(2)宗教心のある教師のどちらの可能性が高いか、残りの半数には、(1)教師か(2)神の存在を信じない教師のどちらの可能性が高いか尋ね、各群の回答者がどれほどの頻度で(2)より(1)を選択したかを測定しました。

 その結果、参加者はきょくたんな不道徳性を、信仰者の指標としてよりも、無神論者の指標としてほぼ2倍多く見なしていること(フィンランドと、程度は低いもののニュージーランドの2ヶ国を除く)と、自身を無神論者と認める参加者たちも、無神論者にたいして同様の偏見を抱いていることが明らかとなりました。この研究から、無神論者にたいする道徳上の直感的な疑念は、普遍的とまでは言えないにしても、文化の壁を越えて広く認められ、世俗的および宗教的な社会を問わず、さらには信仰者の間にも無神論者の間にも認められることが判明しました。また、宗教と道徳性の関係をめぐる科学的および一般的な認識にはかなりの多様性があることも明らかになりました。この研究は、中心となる道徳的直感は宗教とほぼ無関係に現れたようではあるものの、道徳性と宗教の間には避けがたい結びつきがあるとする一般的な見方は、ひじょうに根強いことを示唆しています。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用です。


無神論者でさえ、「モラルのない人はおそらく無神論者である」と直感的に推測する

 信仰心の厚い人も神の存在を信じない無神論者も、連続殺人などの極度に不道徳な行為を犯す者はおそらく無神論者だろうと直感的に推定することが、今週オンライン版に掲載される論文で報告される。研究では、無神論者に対するこうした偏見が、対象とされた13の宗教的な国および世俗的な国の大半で認められることが明らかとなった。この結果は、多くの国であからさまな宗教性が否定されつつある状況であっても、長年に及ぶ人類の宗教経験が、「道徳性には信仰が必要である」という払拭しがたい思考を強めてきたことを示唆している。

 Will Gervaisの研究チームは、宗教性の非常に強い社会(アラブ首長国連邦やインド)から世俗性の非常に強い社会(中国やオランダ)まで、5大陸13か国の3000人を対象に、不道徳な行為と無神論を結びつける認識について調べた。無神論者に対する偏見の程度を定量化するために、研究チームは調査参加者たちに、動物への虐待が高じてスリルを求めて殺人に及ぶ〈モラルに反する人物〉について書かれた文章を読ませた。そして参加者の半数に対しては、罪を犯したその人物が(1)「教師である」か、または(2)「宗教心のある教師である」のどちらである可能性が高いかを尋ねた。また残りの半数には、(1)「教師である」か、または(2)「神の存在を信じない教師である」のどちらである可能性が高いかを尋ねた。そして研究チームは、各群の回答者がどれほどの頻度で(2)より(1)を選択したかを測定した。

 その結果、参加者は極端な不道徳性を、信仰者の指標としてよりも、無神論者の指標としてほぼ2倍多く見なしていること(フィンランドと、程度は低いもののニュージーランドの2か国を除く)、そして自身を無神論者と認める参加者たちも、無神論者に対して同様の偏見を抱いていることが明らかとなった。今回の研究から、無神論者に対する道徳上の直感的な疑念は、普遍的とまでは言えないにしても、文化の壁を越えて広く認められ、世俗的および宗教的な社会を問わず、さらには信仰者の間にも無神論者の間にも認められることが判明した。また、宗教と道徳性の関係をめぐる科学的および一般的な認識にはかなりの多様性があることも分かった。今回の研究は、中心となる道徳的直感は宗教とほぼ無関係に現れたようであるものの、道徳性と宗教の間には避けがたい結びつきがあるとする一般的な見方は非常に根強いことを示唆している。



参考文献:
Gervais WM. et al.(2017): Global evidence of extreme intuitive moral prejudice against atheists. Nature Human Behaviour, 1, 0151.
http://dx.doi.org/10.1038/s41562-017-0151
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タイトル 日 時
フェイクニュースや作り話が広まる理由
 これは11月8日分の記事として掲載しておきます。フェイクニュースや作り話が広まる理由に関する研究(Qiu et al., 2017)が公表されました。これまでの研究では、ソーシャルネットワークの構造と、人の注意力の有限性の組み合わせが、急速に伝播するミーム(伝達され得る情報やアイデアの断片)が出現する十分条件だと示されていました。情報の質が、どの情報が急激に伝播するかを決めることは当然のように思えますが、ソーシャルメディア上におけるフェイクニュースの誤った情報の伝播についてはそうではないことが... ...続きを見る

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2017/11/08 00:00
不公平にたいする感受性と鬱病の関係
 これは10月13日分の記事として掲載しておきます。不公平にたいする感受性と鬱病の関係についての研究(Tanaka et al., 2017)が公表されました。過去の研究では、富の不平等な分配(経済的不平等)が、うつ病をはじめとする精神疾患の増加に寄与することが示唆されていましたが、その背後にある神経機構は不明でした。この研究は、仮想的なパートナーからバーチャル・マネーを受け取るコンピューターゲーム(最終提案ゲーム)をプレイ中の健常者の脳活動を測定しました。ゲームにおいてパートナーとプレイヤーは... ...続きを見る

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2017/10/13 00:00
ISとその対立集団の兵士が戦争に参加する動機
 ISとその対立集団の兵士が戦争に参加する動機に関する研究(Gómez et al., 2017)が公表されました。ISは2014年夏にその勢力をイラク全土に大きく広げました。ISの戦意の高さについて提案された理由の一つは、IS兵士が「熱烈な行為者(Devoted Actor)」として行動するためというものでした。IS兵士は、譲ることのできない神聖な価値(物や金銭による補償との交換を拒絶する価値)を守ろうとする時に、自ら進んで大きな犠牲を払って過激な行為へと向かうのではないか、というわ... ...続きを見る

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2017/09/14 00:02
序列を維持する心
 序列を維持する心に関する研究(Xie et al., 2017)が公表されました。これまでの研究では、経済ゲームにおいて人は不平等な支払いを拒否することが報告されており、平等を強く望む心は、文化の違いを越えた社会規範であると示唆されていました。しかし、そうした証拠にもかかわらず、所得の不均衡は依然として解消されておらず、他の要因の関与の可能性が疑われていました。この研究は、さまざまな文化を対象に一連の経済ゲームを実施し、序列が2人の人間への支払いを等しくしたいという人々の意欲にどれほど影響を及... ...続きを見る

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2017/07/15 00:00
保守派とリベラル派の科学書の読書傾向の違い
 これは6月10日分の記事として掲載しておきます。保守派とリベラル派の科学書の読書傾向の違いに関する研究(Shi et al., 2017)が公表されました。自らの政治的信念に合致する狭い範囲の情報にのみ曝される、「反響室」や「フィルターバブル」と呼ばれる現象は、両極端に位置する政党に共鳴するそれぞれの人々の相互理解を妨げる恐れがあることから、政治学において懸念が高まっています。この研究は、世界最大級の二つのオンライン書籍小売業者の購入履歴を解析することで、実験室外において同問題を調べた数少ない... ...続きを見る

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2017/06/10 00:00
テロリストの道徳的判断
 これは6月8日分の記事として掲載しておきます。テロリストの道徳的判断に関する研究(Baez et al., 2017)が公表されました。テロは、一般社会から容認されない行為とみなされるのが普通ですが、テロリストは自らの行為を、「目的は手段を正当化する」という論理により正当化します。しかし、テロリストがこのトレードオフをどのようにとらえて道徳的判断を下しているのか、よく分かっていません。典型的な成人の道徳的判断は、人が行為の意図および結果についての情報を表現して統合する能力に基づいています。多く... ...続きを見る

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2017/06/08 00:00
究極の利他的行為の動機
 これは5月4日分の記事として掲載しておきます。究極の利他的行為の動機に関する研究(Vekaria et al., 2017)が公表されました。腎臓を見知らぬ人に提供する行為は、痛みを伴い、犠牲が大きく、標準的ではなくて極めてまれであり、利他主義の典型例とみなすことができます。ヒトの利他主義傾向を高める要因は何なのか、また、その寛大さは他者への純粋な共感から生まれるのか、それとも利己的な動機に由来するのか、といった疑問に対する答えはいまだ得られていません。 ...続きを見る

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2017/05/04 00:00
長谷川眞理子、 山岸俊男『きずなと思いやりが日本をダメにする 最新進化学が解き明かす「心と社会」』
 これは4月23日分の記事として掲載しておきます。集英社インターナショナルより2016年12月に刊行されました。本書は著者二人の対談で、一般読者層にもたいへん読みやすくなっていると思います。あとがきにあるように、編集者の力量が優れている、ということなのでしょう。さすがに第一人者同士の対談だけあって、じゅうぶん読みごたえがありましたし、教えられるところが多々ありました。 ...続きを見る

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2017/04/23 00:00
亀田達也『モラルの起源 実験社会科学からの問い』
 これは4月16日分の記事として掲載しておきます。岩波新書(赤版)の一冊として、岩波書店より2017年3月に刊行されました。本書は、人間社会のモラルの基盤を、さまざまな分野の研究成果から検証しています。本書はこれを「実験社会科学」と呼んでいます。実験社会科学とは、経済学・心理学・政治学・生物学など複数の分野の研究者たちが集まり、「実験」という共通の手法を用いて、人間の行動や社会における振る舞いを検討しようとする、新たな学問領域です。 ...続きを見る

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2017/04/16 00:00
加齢によるリスク選好の変化は脳構造の変化に起因する
 これは2月25日分の記事として掲載しておきます。加齢によるリスク選好の変化に関する研究(Grubb et al., 2016)が公表されました。ヒトがリスク(予測できない結果)を伴う意思決定を行うさいには、右後部頭頂皮質という脳領域が活動しています。これまでの研究では、この領域の灰白質の量が若年成人のリスク選好と相関していることが明らかになっています。ヒトでは、昔から知っていて見慣れたものを選ぶ傾向は、年齢を重ねるにつれて顕著になります。ヒトは年をとるとリスクのある決定をあまりしなくなるわけで... ...続きを見る

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2017/02/25 00:00
「男脳」「女脳」のウソはなぜ、どのように拡散するのか
 これは2月20日分の記事として掲載しておきます。表題の記事がナショナルジオグラフィックに掲載されました。正直なところ、表題を読んだ時には、男女には本質的な違いはないとか、性別を重視すること自体が社会的に構築されたものだとか、性別自体が生物学的に否定されているとかいった言説が展開されるのではないか、とかなり警戒したのですが、以前からの私の見解にひじょうに近いところがあり、かなり同意できる内容でした。もっとも、表題の記事で男女差の事例とされた課題実験も、社会的に構築された性差の構造に起因するものに... ...続きを見る

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2017/02/20 00:00
不正を続けると不正への脳の感受性が低下する
 不正直な行動と脳の感受性に関する研究(Garrett et al., 2016)が公表されました。この研究は、18〜65歳の80人に参加してもらい、第1被験者に1ペンス銅貨入りのガラス瓶の画像を見せて銅貨の数を見積もらせ、その数を第2被験者に伝えさせる、という実験を行ないました。この研究は、(1)第2被験者が不利益を受けて第1被験者が利益を得る、(2)第1被験者も第2被験者も利益を得る、(3)第1被験者が不利益を受けて第2被験者が利益を得る、(4)第1被験者だけが利益を得て、第2被験者は影響を... ...続きを見る

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2017/02/16 00:00
社会規範の違反の程度と応答
 これは2月8日分の記事として掲載しておきます。社会規範の違反の程度と応答に関する研究(Balafoutas et al., 2016)が公表されました。この研究は、ドイツの駅で軽微な違反行為(コーヒー用の紙コップのポイ捨て)と重大な違反行為(コーヒー用の紙コップと何かが入っている紙袋のポイ捨て)を演出し、800回以上の試行によって旅行者の反応を記録しました。これらの試行で、違反の大小はポイ捨てをした者が叱責される可能性や叱責の程度に影響を及ぼしませんでした。 ...続きを見る

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2017/02/08 00:00
社会的ネットワークにおける富の不平等と可視性
 社会的ネットワークにおける富の不平等と可視性についての研究(Nishi et al., 2015)が公表されました。富の不平等と富の可視性は、社会における協力行動のレベルや全体的な経済的繁栄のレベルに影響を及ぼす可能性があります。この研究は、オンラインゲームを用いて、この両要因がどのように相互作用するのか、調べました。その結果、プレーヤーが他者の富について知らないかぎり、富の不平等だけでは協力行動も全体の富も損なわれないことが明らかになりました。しかし、プレーヤーの富が他者に見える場合には、不... ...続きを見る

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2015/10/22 00:35
人間の協力性
 人間の協力性についての研究(Peysakhovich et al., 2014)が公表されました。この研究は、1400人以上の被験者の参加した協力ゲーム・規範強制型懲罰ゲーム・競争ゲームの結果から、協力するという決定がさまざまなシナリオにわたって相関するかどうか、検証しました。その結果、さまざまな協力ゲームにおける参加者の意思決定に相関が認められ、ゲームにおける意思決定がゲーム以外の状況下での自己申告に基づく協力の指標および実際の協力の指標の両者と相関していたことも明らかになりました。さらに、... ...続きを見る

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2014/09/25 00:00
社会学と生物学
 昨日このブログにて取り上げた高橋征仁「遺伝子共同体としての家族―マルクス主義フェミニズムからダーウィニアン・フェミニズムへの道」にはたいへん興味深い指摘が色々とあり、昨日の記事では取り上げきれなかった問題もあるので、少し補足しておきます。高橋論文では安藤寿康『遺伝子の不都合な真実─すべての能力は遺伝である』(関連記事)も引用されています。同書では「環境論者」が熱心に批判されているのですが、私はこの問題に疎いので、「環境論者」が本当に遺伝子の影響を軽視したような主張をしていたのか、あるいは「環境... ...続きを見る

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2014/07/19 00:00
高橋征仁「遺伝子共同体としての家族―マルクス主義フェミニズムからダーウィニアン・フェミニズムへの道」
 表題の論文を(高橋.,2013)読みました。ひじょうに興味深い論文で、納得できるところが多々ありました。本論文が社会学の研究者の間でどのように受け止められたのか、社会学に疎い私にはよく分かりませんが、社会学の研究者と会話をする機会があれば、尋ねてみたいものです。社会学に疎い私でも、進化学関連で色々と情報を収集していると、社会学の側に生物学への警戒感が根強くありそうだな、とは感じてきました。本論文は、義務でもないのに、進化や遺伝子という言葉を掲げ、ジェンダー研究や家族社会学の領域に足を踏み入れよ... ...続きを見る

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2014/07/18 00:02
人種・民族の違いと人種差別
 「人種と民族の違いを知っていますか?」という表題のブログ記事が話題になっていたので読みました。「gingin1234」氏の ...続きを見る

ナイス ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0

2012/08/23 20:19
視覚的な人種偏見
 テレビでの非言語的振る舞いが、視聴者の人種的偏見に継続的な影響を及ぼしていることを指摘した研究(Weisbuch et al., 2009)が公表されました。この研究では、人気番組から集めた複数の場面が編集され、特定の登場人物が一場面から取り除かれて、その場面の他の登場人物が、まだ見ぬその登場人物にどのていど好意的に接しているかを評価するよう、大学生のグループに指示されました。学生らは、ゴールデンタイムに放送される人気番組11本の登場人物について、否定的な非言語的行動が白人よりも黒人に対して示... ...続きを見る

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2010/01/26 06:50
指導者選出の基準は顔?
 指導者選出の基準について論じた研究(Antonakis, and Dalgas., 2009)が公表されました。この研究では、指導者選出の基準の1つとして、顔が重要なのではないか、と指摘されています。これは、多くの人の直感的な考えとも一致するでしょうし、常識に近い見解の再確認と言えるかもしれません。ただ、そうしたことをしっかりと実証していくことこそ学問と言うべきでしょう。 ...続きを見る

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2009/03/01 00:00

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