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陳思「チベット事件についての討論ノート」

2008/05/16 00:00
 今年4月16日分の記事にて、梁文道氏のチベット論を紹介しましたが、そこでは在野の学者である陳思氏について触れられていました。その梁文道氏のチベット論を日本語に訳されたブログ主さんが、今度は陳思氏のチベット論を日本語に訳されました

 今年の3月のチベット情勢の緊迫化以降、さまざまなチベット論を読んできましたが、そのなかで梁文道氏のチベット論はとくに優れたものであり、チベット問題についての自分の勉強不足を改めて痛感するとともに、不勉強な自分がこれ以上チベット問題を論じることが空しくなってしまったので、梁文道氏のチベット論を紹介した記事を掲載した後は、チベット問題についてこのブログでは取り上げませんでした。

 チベット問題についての勉強不足は一ヶ月経過した現在も変わっていないので、この記事でチベット問題について独自の見解を強く主張するというわけではないのですが、陳思氏のチベット論も優れたものだと思いますので(ダライ=ラマ14世を理想主義者として描きすぎのようにも思いますが)、宣伝の意味で取り上げることにしました。もっとも、このような過疎ブログで宣伝しても効果はあまりなさそうですが、まあそれでも、宣伝しないよりはましでしょう。


 チベット問題のような国外の問題への関心は、日本国内では一過性のもので終わることが多く、たとえばかつて日本でも熱心に報道されたバルト三国の問題は、現在の日本ではほとんど関心を持たれていません。もちろん、ソ連邦から独立するという形でバルト三国の問題は一応解決し、今では三国とも北大西洋条約機構と欧州連合の一員なのですから、関心が低下するのは仕方のないことかもしれません。しかし、こうした問題にたいしてすぐに関心を失ってしまうと、大事なことを見逃してしまう恐れもあるのではないか、と思います。

 チベット問題は、残念ながら早期に解決する見通しが立っていないので、日本でもバルト三国の問題よりは関心が長く続くでしょうが、問題が長引くだろうからということだけではなく、中国政府がチベット問題で展開している論理は、日本にとってバルト三国の問題よりもずっと関連が深いだろうという意味でも、注目し続ける必要があるでしょう。もっとも、中国にとってチベットと日本の地位には大きな違いがある、ということは大前提としなければなりませんが。


 チベット問題に詳しい日本人は少ないでしょうから、私もそうですが、「識者」の見解にどうしても強い影響を受けてしまいます。そのさいに重要なのは、「識者」の質を判断することで、大して学識も思考力もないのに、中国嫌いの感情からやたらとチベットを持ち上げ、中国を「過激」に批判していないか、見極める必要があると思います。

 たとえば、東田さんがブログで徹底的に批判されている勝谷誠彦氏は、チベット問題をよく取り上げていらっしゃるようですが、チベット問題についての勝谷氏の言動に問題が多いことは、東田さんのブログの最近の記事でよく分かります。
http://blog.livedoor.jp/manguhsai/archives/699009.html
http://blog.livedoor.jp/manguhsai/archives/705597.html
http://blog.livedoor.jp/manguhsai/archives/711906.html
http://blog.livedoor.jp/manguhsai/archives/714328.html

 日本人がチベット問題に関心をもつのはよいのですが、日本のテレビや雑誌などで取り上げられるチベット論のなかには、勝谷氏のそれのように低水準なものもあるでしょうから、私のようなチベット研究者ではない視聴者・読者は、できるだけ多くの「識者」から情報を得て、判断することが必要なのだと思います。
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梁文道氏のチベット論と平野聡氏のチベット問題についての解説

2008/04/16 00:00
 「香港リベラル派知識人のチベット論」と題したブログの記事で、梁文道氏のチベット論について知りました。同氏のチベット論には日本語訳もあり、私はその日本語訳を読んだのですが、たいへん興味深い内容で、色々と教えられることも考えさせられることもありました。私は漢語を解しませんので、断言はできないのですが、おそらく原文そのものもさることながら、日本語訳も素晴らしいのでしょう。

 チベット問題について勉強不足の私には、梁文道氏の見解の妥当性を的確に判断できるだけの見識はとてもありませんので、素朴な感想といった水準にとどまるのですが、上記の記事における「幅広い知見と民族和解に向けた真摯な態度に満ちた出色のもの」との評価は、おおむね当を得ているのではないでしょうか。おそらく、チベット問題についての、中国、とくに漢民族と、欧米の国民との間の意識の乖離の一因は、今まさに近代社会の最中にある中国と、ポストモダン社会に突入した欧米との違いにあるだろうと思うのですが、この問題については今後も検証が必要です。

 チベット問題については、日本人がそれを我事としてとらえ、自らを省みる契機とする分には問題ないのですが、日本も欧米も民族問題で(現代の視点・価値観からは)間違ったことをしてきたではないか、などといって相対化を図るのは、不毛と言うべきだと思います。これは、日本の侵略とそれによる被害を指摘されて、中国も大躍進や文革などで大惨事を招来してしまったではないか、などと相対化を図る日本人と同じ論理だと言うべきでしょう。


 平野聡氏のチベット問題についての解説「チベット騒乱と中国」は、NHKの『視点・論点』での発言を文章化したもののようです。「NHKが承認した場合を除いて、NHKトップページ以外へのリンクはお断りいたします」とのことですので、お読みになりたい場合は、NHKのトップページから「平野聡」で検索なさってください。平野氏の著書や朝日新聞に掲載された論考を読んだことのある私にとっては、とくに目新しい話ではなかったのですが、平野氏のチベット論・近現代中国論が簡潔に紹介されており、平野氏の見解を手っ取り早く知るには便利と言えるでしょう。

 ただ、平野氏のチベット論にたいしては痛烈な批判がなされているので、注意が必要だとは思います。ダイチン=グルン(いわゆる清朝)によるチベットの支配について、それがどれだけ実効的だったのか疑問だったので、これまでこのブログでは「支配」と表記してきたのですが、やはり学界の主流的見解は、実体的な支配・被支配関係、あるいは領域支配には否定的とのことで、検証を行わないままダイチン=グルンによる「統合」の存在を所与のものとして扱う平野氏の見解は、現代中国の民族支配にたいする大きな正当性を付与する危険性がある、と指摘されています。また、ダイチン=グルンの複雑な性格、チベットとの複雑な関係について、私のような素人が一般向けの本を何冊か読んだだけで理解するのは難しいことも、改めて実感しました。
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イラクをめぐる争乱による被害

2008/04/09 00:01
 イラン・イラク戦争から湾岸戦争、さらにはイラク戦争とその後のイラクの混乱状態により、イラクはたいへんな被害を受けました。人命・経済についてはもちろんのことですが、文化遺産にもたいへんな被害があったように思われます。

 イラク戦争後の博物館の遺物の略奪は日本でも大々的に報道されましたが、イラクにあるメソポタミア文明などの諸遺跡にも、かなりの被害が出たはずです。イラク戦争より12年前の湾岸戦争の前に、世界の考古学者たちが、遺跡が多く残っている世界最古の文明の地を戦場とすることに反対する、との声明を出しましたが、どれだけの効果があったかとなると、はなはだ疑問です。
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最近の「チベット」情勢についての平野聡氏の見解

2008/03/27 21:02
 本日付の朝日新聞「私の視点」に、今年3月4日分の記事で取り上げた『興亡の世界史17 大清帝国と中華の混迷』(講談社、2007年)の著者の平野聡氏の“「中華民族」国家造り 限界”と題する見解が掲載されました。主な点を列挙すると次のようになります。


●少数民族の経済発展と中央政府への信頼感の確保に自信があるなら、中国政府は外部からの懸念にも応える開かれた対応をとり得るはずだ。中国政府が恐怖政治で抗議を封じ込めるなら、対立の根はさらに深まるだろう。

●今回の悲劇的な対立の奥底にある問題は、近代中国における「中華民族という名の単一民族国家」造りの限界が露呈したことである。

●清末の中国ナショナリストは、日本を手本に単一民族国家を志向し、チベットやモンゴルにたいする仏教排斥や漢語教育を断行したが、それが流血の事態を招き、両民族は次第に独立を志向していった。

●その後の中国は「五族協和」・「統一多民族国家」へと自己像を修正し、少数民族が漢民族の主導下で列強の侵略に共に抗しながら経済建設に進めば、「中華民族という名の単一民族意識」を共有しうると考え、今日に至っている。

●だが漢民族中心の発想は、毛沢東時代の「社会主義化」の美名の下、チベット人の自主性の否定と社会・文化的な壊滅的打撃をもたらし、逆に「チベット人意識」が強まった。

●近年の「西部大開発」は、沿海部などからの外部資本にチベット人が従属する構図を強めた。観光業の爆発的拡大は仏教寺院に喧噪をもたらし、漢民族観光客とチベット人との摩擦を深めた。

●第二の宗教指導者パンチェン・ラマの生まれ変わりの選出過程に端を発する、中国政府とダライ・ラマとの関係悪化により、チベット人は踏み絵に等しいダライ・ラマ批判を強いられている。

●チベット人は、「中華民族の一体性を創出する」という名の下で繰り返される苦境への抗議の声を上げたのであり、その抜本的解決は、中国が現在のような抑圧を続ける限りあり得ず、中国とチベット人が率直に対話して共存の道を探るしかない。

●しかし、統治の論理や行政区画の変更は、「類似の問題」を抱える新疆ウイグル・内モンゴル両自治区、さらには台湾にも波及する可能性がある。最悪の場合、国土の半分を失いかねない事態を中国は恐れている。


 専門家の見解だけに、歴史的経緯も踏まえた現状分析には聴くべきところがあると思います。しかし提言については、かなり疑問が残ります。中国とチベット族が率直に対話して共存の道を探るしかないとのことですが、一方で、統治の論理や行政区画の変更により、最悪の場合、国土の半分を失いかねない事態を中国は恐れているとも述べられています。

 これでは、中国がチベット族と「率直に対話し」、その結果として「チベット問題」の「抜本的解決」がなされる可能性はほとんどないと言っているのも同然でしょう。提言については、実現性の低い建前論に終始しており、奇麗事を並べているだけといった感があります。もっとも、発行部数の多い大新聞に掲載される見解となると、そのようにならざるを得ないところがあるので、仕方のないところでしょうか。

 また、チベット族の間の温度差について触れられていないのも気になりますが、紙幅が限られているだけに、これは仕方のないところでしょうか。チベット族の老人がラサでの「暴動」を糾弾しているとの報道もありますが、直接的な被害を受けなかったチベット族のなかにも、同様の感情を抱いている人は少なからずいるだろうと思います。もっともその感情は、中国政府への積極的支持ではなく、チベット族が中国政府に抗議をしたり「暴動」を起したりしても、中国政府の抑圧政策が厳しくなるだけだ、との判断に由来するものだろうと思いますが。
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「近代化」と「幸福」の問題

2008/03/24 07:16
 このところ、「チベット問題」が日本でも大々的に報道されていますが、それに関連した興味深いブログの記事を見つけました。けっきょくのところ、いくら近代化して経済発展したとしても、その恩恵を受けられない人はいるものですし、恩恵を一定水準以上受けていたとしても、必ずしも「幸福」だとは限らないわけです。また、近代化・経済発展の陰で、犠牲になる人々もけっして少なくありません。

 これらは日本などのいわゆる先進諸国でも散々社会問題として言われてきたことで、中国政府がいかに近代化・経済発展を誇示したとしても、同様のことが中国やそのチベット自治区にも言えるのでしょう。もちろん、その程度や様相の違いということも問題であり、おそらくチベット族居住地域では、漢族にたいするチベット族の反感という形で不満が鬱積しており、それ故に反政府行動が絶えないものと思われます。また、そうした反感を扇動する勢力が存在するとしても、そもそも不満がさほどなければ、扇動の効果はあまりないでしょう。

 もっとも専門家ではない私は、中国政府の政策のどこがチベット族に反感を抱かれているのか、またチベット族の不満はどの程度のものなのかということについて、色々とおぞましい情報も耳にしてはいますが、確実な情報・見解を提示できるわけではありません。しかし、チベット族居住地域で長年にわたって「暴動」がたびたび起きているということは、中国政府の統治に重大な問題があると推測する根拠になると思います。ただ、まだ常識論的な感想の域にとどまっていることは否定できません。

 同様のことは新疆ウイグル自治区にも言えるのでしょうが、「チベット問題」では、リチャード=ギア氏をはじめとして、欧米の有名人が色々と中国政府を批判する発言を繰り返しているのにたいして、新疆ウイグル自治区の問題があまり注目されず、よく知られていないのは、上述の記事で指摘されているように、ウイグル族(近代の産物としての性格がひじょうに強い概念です)の大半がムスリムであり、欧米では同情されにくいからなのだと思います。こうした状況を改善するには、できるだけ言論の自由を維持することが必要なのでしょう。
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「チベット」と「中国文明」の関係(3)

2008/03/19 00:02
 前回の記事にたいして、子欲居さんからトラックバックをいただきました。この記事はその返信ですが、このブログのこれまでの記事で主張したいことはおおむね述べてきましたので、今回は手短に私見を述べることにし、私のほうも、この問題についてはとりあえずこの記事で最後にするつもりです。

 「東アジア世界」を「中国漢字文明の影響交流圏」とする見解は、「東アジア世界論」についての私見(前編後編)とあまり変わらないのですが、私との違いは、「影響交流圏」をどう定義・評価するか、ということでしょう。前近代の「チベット」が「中国文明」から影響を受けなかったとは私も考えていませんが、「中国」も「西アジア」や「南アジア」などから影響を受けているわけで、総合的に判断した場合、「チベット」を「東アジア世界」とする根拠は弱いというのが私の見解です。なお、前近代の「チベット」に「中国文明」に対する思慕の念はとくになかった、とこのブログで私は何度か述べましたが、これは「反発」ということではなく、関心の低さや大した価値をもたなかったということを念頭においての発言でした。

 「中国」の定義は難しく、したがってその範囲の確定も難しいわけですが、基本的にこの概念は、漢字を核とした文化と分かちがたいものだと考えています。その意味で、たとえばキタイ帝国(遼)にしてもモンゴル帝国にしてもダイチン=グルン(清)にしても、「中国史」の範疇に収まる存在ではなく、もっと広い範囲で考察すべき対象なのだと思います。まあこの問題について、私がまだ勉強不足なのは否定できないので、今後もさらなる勉強が必要であり、そのうえで考えが変わることもあるとは思います。
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「チベット」と「中国文明」の関係(2)

2008/03/17 00:03
 前回の記事にたいして、子欲居さんからトラックバックをいただきました。この記事は、その返信です(以下、引用箇所は青字)。

 まず、「チベット」と「中国」および「インド」との関係です。言語学的には、おっしゃるように「チベット」と中国大陸との近縁性が認められるのでしょうが、ご指摘のようにミャンマーの事例もありますので、歴史的な地域的区分の決定的根拠にはならないと思います。数の数え方にしても、決定的な要因にはならないと思います。

 私が主張したいのは、「チベット」が「インド文化」と「中国文化」のどちらからより強い影響を受けたかということではありません。「東アジア」や「南アジア」や「西アジア」などと対置し得る地域区分の概念として、「内陸アジア」や「北アジア」やもっと広範な「中央ユーラシア」などがあり、前近代における「チベット」は「内陸アジア」もしくは「中央ユーラシア」と区分するのが妥当なのではないか、ということです。

 次に、清朝が新たに支配地域を拡大できたのは、既に支配下に置いていた漢族地域の経済的優位性を活用できたからだとは考えられないでしょうか?とのご指摘ですが、同様の見解は平野聡『興亡の世界史17』でも述べられています(P163)。しかし、欧米がその経済力を背景として世界各地に領土を広げたからといった、その地域がただちに欧米文明圏として認識されるわけではないように、中国大陸の富を基盤としてダイチン=グルンが「チベット」を「支配」するようになったとしても、文化的な密接さを証明するものではありません。もちろん、政治的には関係が深まったと解釈することもできるわけで、中国が「チベット」を領有する直接の根拠は、この時にまでさかのぼります。しかし、それ以前にまでさかのぼらせるのは、中国政府の建前もしくは「近現代中国ナショナリズム」による「創られた伝統」だと思います。

 現在の広大な領域を有する多民族国家たる中国の成立は、それ相応の歴史的経緯があってのことであり、中国大陸と「チベット」に「交流」があったのも間違いありません。ただ、領域も含めて現在の中国の在り様が、「歴史的必然」であったとまでは思いません。おそらく、ちょっとした情勢の変化により、ベトナムや朝鮮やモンゴル(外蒙古)が中国領になっていたり、現在の中国領で独立国家を樹立していた地域もあったりしたのではないか、と思います。

 現代の分布状況は分かっても、古代の分布状況がはっきり分からない状態では、やはりこれをもって民族移動を論ずるのは、やはり限界があると思います、とのご懸念はもっともで、それは篠田謙一『日本人になった祖先たち』でも指摘されています(P32〜33)。ただ、より大規模な標本の分析、さらには数万年前の人骨にまでさかのぼったDNA解析も増加しつつあり、異なる標本を用いた複数の研究でも大筋では一致していますから、一定水準以上の信憑性があると思います。チベットへの人類の移住がいつからかは私も知りませんが、更新世には人類が存在していたようです(オッペンハイマー『人類の足跡10万年全史』P246)。もちろん、現代の「チベット人」との関係は不明です。


参考文献:
オッペンハイマー,スティーヴン著、仲村明子訳『人類の足跡10万年全史』(草思社、2007年)

篠田謙一『日本人になった祖先たち』(日本放送出版協会、2007年)

平野聡『興亡の世界史17 大清帝国と中華の混迷』(講談社、2007年)
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「チベット」と「中国文明」の関係

2008/03/16 16:03
 前回の記事にたいして、子欲居さんからトラックバックをいただきました。この記事は、その返信です。そもそもの発端・「暴動」の内容・中国政府の対応・死者数など、現在のラサの情勢には不明な点が多く、現時点での断言は避けておきます(以下、引用箇所は青字)。


 さて本題ですが、もちろん、「チベット」が「中国文明」もしくは「東アジア文明」から影響を受けていないということはありえませんし、それは文字の排列法などに認められるのかもしれません。その意味では、「チベット」は前近代においても「中国文明」の「影響圏」にあると言えなくはないのですが、それは「中国」も同様で、「中央ユーラシア」や「南アジア」や「西アジア」から文化的影響を受けているわけです。

 もちろん、宮崎市定博士の意図はそんなことではなく、政治・経済・文化的に「チベット」を「中国」と一体の「東アジア」に含めていることは明らかです(宮崎市定「歴史的地域と文字の排列法」P46〜47)。碩学の見解だけに傾聴すべきところはありますが、やはり「中国史」に引きつけすぎた解釈かな、と思います。

 18世紀半ばにダイチン=グルンは宿敵ジューン=ガルを滅ぼし、「チベット」を含む広大な土地を新たに「支配」するようになったのですが、その過程では、儒学や漢字の優越や、華夷思想にもとづくいかなる価値の強要も意味を成さなかったことはいうまでもない平野聡『興亡の世界史17』P146)のですから、前近代というか中華人民共和国が「チベット」を実効支配する前まで、「中国」と「チベット」との文化的差異はひじょうに大きく、それが現在の「チベット問題」にもつながっているのだと思います。

 次にY染色体のデータ解釈の件ですが、前回の記事には誤りがあったので訂正しておきます(前回の記事も訂正しました)。申し訳ありませんでした。前回、「チベット」も日本列島もハプログループD2の割合が多いと述べましたが、これは私の恥ずべき勘違いで、「チベット」も日本列島もハプログループDの割合が多いと訂正します。ハプログループDにはいくつかサブグループがあるのですが、日本列島ではD2が、「チベット」ではD1が見られます(D2はさらに細かく分類されています)。

 前回の記事では述べませんでしたが、このY染色体のハプログループDは、状況証拠から推測すると、かなり古い時代から日本列島に存在し、「縄文人」も有していた可能性が高いので(篠田謙一『日本人になった祖先たち』P193〜201)、「古代中国」の争乱の結果、D2が日本列島へ浸透したとの想定は、多分無理だと思います。また、ハプログループDが「古代中国」の争乱の結果拡散したとすると、「東南アジア」や華南でも高頻度で見られそうなものですが、そうでないということは、「チベット」と日本列島が、完新世のある時期以降に、「中国」における大規模な人の流れから外れた地域であったことを示しているのだろう、と考えるのがもっとも合理的でしょう。

 別に私は、前近代における「チベット」と「中国」との間に「交流」があったことを否定するわけではありませんが、前近代における地域区分において、たとえば「中国」を「東アジア」に区分するのならば、政治・文化・人の流れといった観点から、「チベット」は「内陸アジア」やもっと大きな区分である「中央ユーラシア」に含めるのが妥当だろう、と考えています。

 「チベット」を中華人民共和国の不可分の領土とする見解は、「チベット」独立と同程度の「歴史的根拠」はあると思いますが、17世紀以前にまでさかのぼって「チベット」を「中国」の一部とする見解は、ダイチン=グルンの「支配領域」を「中国」と読み替えた「近現代中国ナショナリズム」の産物であり、「一国史観」と通ずる多分に虚構の概念だろう、とも考えています。

 なお、数え年と満年齢の件についてですが、ネットでしか確認できなかったので、前回の記事ではあえて触れませんでした。したがって、信用度があまり高くないという前提のうえで述べていきますが、現在インドでは数え年が採用されているようです。子欲居さんの記事にて、ペマ=ギャルポ氏の数え年と満年齢の話を知ったときに私が考えた可能性は、インドでは元々は数え年が採用されていたのだけれども、英国の植民地支配の影響で一時的に満年齢が採用され、その後に数え年に戻ったのであり、インドが一時的に満年齢を採用していたときに、ペマ=ギャルポ氏はインドを訪れたのではないか、というものです。

 満年齢という風習は、ゼロの概念なしには成立しないように思われますので、その意味では、インドでは古くから満年齢が採用されていた可能性があるとは思います。ただ、現在のインドで数え年が採用されているとなると、やはりインドでも元々は数え年が用いられていたように思われます。もちろん、インドの多様性も考慮に入れなければなりません。おそらく数え年という風習は古くは世界各地で見られるものであり、「チベット」における数え年の風習が「中国文化圏」に属することの根拠になるのか、疑問もあります。ただ、数え年という風習の起源や範囲について、私の学識ではとても的確な見解は述べられませんので、やや不確かな情報をもとに、このような可能性も考えられる、と述べるにとどめておきます。


参考文献:
篠田謙一『日本人になった祖先たち』(日本放送出版協会、2007年)

平野聡『興亡の世界史17 大清帝国と中華の混迷』(講談社、2007年)

宮崎市定「歴史的地域と文字の排列法」宮崎市定著、礪波護編『東西交渉史論』(中央公論社、1998年)
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「チベット」と「中国」について

2008/03/16 00:00
 昨日の記事にたいして、子欲居さんからトラックバックをいただきました。この記事は、その返信です。外国人がラサの情勢を把握するのは難しく、死者は10人ともされている一方で、最大で100人に達している、との報道もあります。じっさいのところどうなのか、現時点はもちろんのこと、後世になっても把握できないかもしれません。

 現在のダライ=ラマ法王が中国からの「チベット」の独立を要求していないことは、以前から報道されていたのでわりとよく知られていると思いますが、じっさい、現在の国際情勢において「チベット」が中国から独立できる可能性はほとんどなく、少なくとも短中期的には、この情勢は変わらないでしょう。

 中国に支配されるまでの「チベット」社会の評価は難しいところですが、日本軍の特務機関員の証言も含めて、さまざまな資料・観点からの評価が必要なのだと思います。「暗黒社会」との評価については、何と比較しての「暗黒社会」なのかという問題があり、判断の難しいところだとは思います。


 チベットは歴史的には東方の「中国」との因縁がもっとも深いとの見解(宮崎市定「中国周辺史総論」P187〜190)は、碩学の見解だけに傾聴すべきところがありますが、正直なところ、「中国史」に引きつけすぎた見解であるように思われます。宮崎「中国周辺史総論」でも指摘されているように、チベットはインド文明の影響を受け、文字もインド由来のものが用いられていました。

 前近代において、「チベット人」には中国大陸文明にたいする思慕の念はとくになく、18世紀半ばにダイチン=グルンが宿敵ジューン=ガルを滅ぼし、「チベット」を含む広大な土地を新たに「支配」するにあたっても、中国大陸文明が有効に機能したわけではありませんでした(平野聡『興亡の世界史17』P134、146)。

 前近代において文化的には、「チベット」は朝鮮半島や日本列島の大半よりもずっと中国大陸との関わりが浅かった、と言うべきでしょう。政治的には、「チベット」は日本列島の大半よりも中国大陸との関わりが深いと言えるかもしれませんが、朝鮮半島よりはずっと関わりが浅かったと言ってよいでしょう。

 文化・政治的側面以外で、前近代における「チベット」と中国大陸との関わりの浅さを間接的に示しているのが、Y染色体についての研究です。これは昨年3月30日分の記事でも述べましたが、Y染色体の分析において、華北や朝鮮半島では低頻度のハプログループDが、日本列島では3〜4割、「チベット」においては3割ていど認められる、というものです(篠田謙一『日本人になった祖先たち』P193〜201)。

 これは、日本列島と「チベット」との近縁性を示しているというよりは、更新世から新石器時代にかけてハプログループDが広く分布していたユーラシア東部において、おそらくは有史以降の人類集団の大規模な移動により、華北や朝鮮半島ではハプログループDが減少してしまった、ということなのだと思います。「チベット」や日本列島では、そうした人類集団の移動による影響が小さかったのでしょう。人類集団の大きな流れという点では、ある時期以降、「チベット」は中国大陸との動きとは大きく異なる様相を示していたのでしょう。その流れが大きく変わったのは、中国が「チベット」を実効支配してからのことでしょう。

 では、このような「チベット」はどのように位置づけられるべきなのでしょうか。これが難問であることは言うまでもありませんが、現時点では、大きくみると「中央ユーラシア」に区分される、との見解(森安孝夫『興亡の世界史05』P50〜51)がもっとも魅力的であるように思われます。もちろん、さらに詳細な地理的区分が必要になってくるとは思います。


参考文献:
篠田謙一『日本人になった祖先たち』(日本放送出版協会、2007年)

平野聡『興亡の世界史17 大清帝国と中華の混迷』(講談社、2007年)

宮崎市定「中国周辺史総論」宮崎市定著、礪波護編『東西交渉史論』(中央公論社、1998年)

森安孝夫『興亡の世界史05 シルクロードと唐帝国』(講談社、2007年)
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最近の「チベット」情勢と歴史問題

2008/03/15 11:06
 最初に断っておきますと、「東アジア世界論」についての私見(前編後編)でも述べたように、私は中国を中華人民共和国の略称として用いており、通時的な地理的呼称としては中国大陸を用いています。他の方の文章・発言から引用するさいに、通時的な地理的呼称として「中国」が用いられているような場合は、原則として「」をつけることにしています。なお、「チベット」としているのは、中国大陸についてもそうであるように、地理的区分にはどうしても曖昧なところがあるとはいえ、「チベット」の範囲については、とくにそうした性格が強いように思われるからです。以下、本題です。


 中国の西蔵自治区の中心都市ラサの情勢が緊迫し、インドでもこれに呼応した?動きがおきているようですが、中国は情報統制の厳しい国であり、「チベット」問題についてもよく分からないところがあります。こうした情勢の緊迫はこれまでも頻繁にあったものの、情報統制により外国にはあまり伝わらなかったのだけれども、北京五輪直前で中国の諸問題について世界的に関心が高まっているので、情報が漏れて外国にも伝わっているのか、同様の理由で「チベット」の分離独立派などが好機とみて大規模な行動を起こしたのか、あるいはその両方なのか、「チベット」問題に詳しくない私としては、断言の難しいところです。

 この問題で興味深いのは、インドでの中国政府への抗議運動にたいする、「世界のどの国もチベットを独立国とは認識していない。チベットは太古の昔から中国の一部だ」との中国外務省の秦剛報道官の発言です。私の語学力では秦剛報道官の発言を訳すことはできないので、あくまでもこの報道からの推測にすぎないのですが、「太古の昔から」ということは、おそらく18世紀半ば以降のことというわけではないでしょうから、たとえば、「チベット」を「支配」したトゥプト(吐蕃)も「中国」の一部ということなのでしょう。

 トゥプトを「中国」に組み入れること、さらには「チベット」を「中国を中心とした東アジア世界」に組み込むことの問題点については、「東アジア世界論」についての私見で述べましたが、中国政府の公式見解としては、「チベット」も太古の昔から「中国」の一部ということなのでしょう。しかし、中国が「チベット」を領有する直接の「歴史的根拠」は、どんなに古くさかのぼらせても、18世紀半ばにダイチン=グルン(いわゆる清朝)が宿敵ジューン=ガルを滅ぼし、「チベット」を「支配」してから後のことだと思います。

 しかもそれは、近代的国際関係が導入されていない時代の歴史的事象ですから、現代における独立・領有の「歴史的根拠」根拠として主張するのは、多分に無理があると言うべきでしょう。しかし現代国家においても、少なからぬ領土問題がそうであるように、前近代の歴史的事象はしばしば重要な根拠とされます。このような国家の論理は、あくまでも政治的論理と言うべきで、学術上の妥当性とは区別しなければなりません。

 その意味で、学問はあくまでも政治から独立した存在であるべきですが、じっさいにはなかなか理想通りにはいきません。それは、自国の政府からの圧力に屈するというような場合だけではなく、主観的には「良心」にしたがって「研究」をしているつもりである場合にも、じゅうぶん起こり得ます。学問の独立のためには言論の自由が欠かせず、研究者にかぎらず、できるだけ多くの人が言論の自由と多様性の維持に自覚的であることも必要なのでしょう。

 なお、国家の論理は多分に建前でもあるので、秦剛報道官が本気で「チベットは太古の昔から中国の一部だ」と考えているのかというと、疑問もあります。しかし、たとえ個人的な見解としては疑問に思っていたとしても、中国外務省の報道官としてはそのように言わざるを得ない、ということなのでしょう。

 今後の「チベット」情勢ですが、本気で「チベット」独立を支持している大国は存在しないようですし、青蔵鉄道の開通で中国政府による武力弾圧がますます容易になりましたから、「チベット」の独立は少なくとも短中期的にはないでしょう。なお、中国政府による「チベット」の「近代化」を強調し、その前提として、「チベットの旧体制」において農奴たちが苦しめられており、中国統治以前のチベットが暗黒社会であったかのように強調する見解もあるようですが、そこには誇張があるかもしれず、冷静な評価が必要だろうと思います。一方、中国政府による「チベット弾圧」を告発する言説において主張される、さまざまな抑圧・残虐行為の実態についても、冷静な評価が必要でしょう。
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「東アジア世界論」とその問題点(2)
文字数制限にひっかかったので、2回に分けました。(1)の続きです。 ...続きを見る

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2008/03/12 00:03
「東アジア世界論」とその問題点(1)
 この10日間ほど、ずいぶんと前に執筆した文章を中心として、1日5本ずつ記事を掲載しましたが、今日からは以前のように原則として1日1本ずつ更新していきます。挨拶はこれくらいにして、以下、本題に入りますが、文字数制限にひっかかったので、この(1)と(2)の2回に分けます。 ...続きを見る

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2008/03/12 00:02
中野正志『万世一系のまぼろし』(追記有)
 朝日新聞社が刊行している朝日新書の一冊として、2007年1月に刊行されました。著者は元朝日新聞社の論説委員とのことで、カバーでの宣伝文句は「女系天皇容認の立場から、男系説を徹底検証」となっています。天皇制廃止論者の私は、皇室典範改正の議論にさほど熱心ではありませんでしたが、それでも一歴史ファンとしての興味はあり、新聞・雑誌・掲示板などで双方の意見を読んだこともありますし、議論が下火になってから、雑感を述べたこともあります。そうした関心から、『万世一系のまぼろし』を購入したというわけです。 ... ...続きを見る

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2008/03/11 00:02
戦後日本における欧米化と東アジア世界についての雑感
 戦後日本において欧米化、とくにアメリカ化が進行したことは現代の日本人の常識となっていますが、敵国としてはげしく戦ったアメリカ合衆国の文化・技術・諸制度などをかくも容易に受け入れたことについては、過去にこだわらず、優れたものを素直に受け入れて自分のものとする日本民族の特性だ、といったような説明がなされています。 ...続きを見る

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2008/03/11 00:01
失敗の歴史
 対米開戦を決断した戦前の日本や、衛生管理の問題点・粉飾決算を隠蔽しようとした企業など、後世・外部からはどう見ても失敗・露見しそうなことをやってしまう集団は、無能な人間が集まっているかのように思われるかもしれませんが、企業・国家を問わず、巨大な集団となるとさまざまなしがらみがあり、後世・外部からは信じられないような失敗をしてしまうことは珍しくないのだと思います(小集団・個人でもそうした失敗は珍しくありませんが)。 ...続きを見る

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2008/03/09 00:00
小島毅『靖国史観−幕末維新という深淵』
 ちくま新書の一冊として、筑摩書房より2007年4月に刊行されました。靖国神社の起源が歴史的経緯の中で説明され、靖国神社が水戸学的価値観のうえに誕生し、その価値観が日本の歴史からすると新しいものであること、さらには靖国神社を誕生させた明治維新の評価や日本人・日本国家のありようについてまで論じられています。 ...続きを見る

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2008/03/07 00:01
田島英一『弄ばれるナショナリズム−日中が見ている幻影』
 朝日新聞社が刊行している朝日新書の一冊として、2007年1月に刊行されました。中国におけるナショナリズムや中国・漢人という意識の形成、さらにはそれら相互の関係などを、19世紀にさかのぼって論じ、現代の中国人の意識や、日中関係にまで踏み込んだ内容となっています。 ...続きを見る

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2008/03/06 00:02
黒田勝弘・市川速水『朝日vs.産経 ソウル発』
 朝日新書の一冊として、2006年12月に朝日新聞社より刊行されました。黒田氏は産経新聞ソウル支局長で、市川氏は朝日新聞前ソウル支局長です。様々な問題についてもそうなのですが、朝鮮半島問題でも論調が対照的とされる両新聞のソウル支局長同士の対談という興味深い企画です。内容も、全体的にはたいへん興味深かったのですが、「韓流」についての両記者の評価には疑問が残ります。 ...続きを見る

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2008/03/06 00:01
歴史の共通認識の難しさ(日本と韓国について)
 一昨年(2006年)12月9日、韓国の趙己淑・前大統領府首席報道官(当時)が、土下座して謝罪したという報道がありました。この報道は、黒田勝弘・産経新聞ソウル支局長によって日本でも紹介されました。 ...続きを見る

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2008/03/06 00:00
歴史と国際情勢の予想
 中華人民共和国の分裂を予想する見解というか願望は、日本では主流ではないとはいえ、さほど珍しいものではありません。そのさい、過去の中国では分裂は珍しくなかったのだ、という歴史が根拠として持ち出されることがあります。 ...続きを見る

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2008/03/05 00:01
夫婦別姓問題をめぐる歴史認識と今後の社会
 夫婦別姓問題をめぐる議論とそこでの歴史認識について、今年2月5日分の記事と今年2月14日分の記事にて述べましたが、その後も少しずつこの問題について調べています(以下、青字が引用箇所です)。ネットで検索してみて改めて思ったのは、夫婦別姓容認論の側には、日本における夫婦同姓は明治以降の根の浅いもの(創られた伝統)との見解が根強くある、ということです。 ...続きを見る

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2008/02/27 00:01
「構造改革」についての議論と織田信長
 「信長の改革と構造改革はうり二つ」と題した森永卓郎氏のコラムがあります(引用箇所は青字)。「構造改革」にたいする森永氏の立場は、たとえば堺屋太一氏とは対極にあると言えるでしょうが、その歴史認識は、今年1月11日分の記事にて取り上げた堺屋氏のそれとほぼ同じものだと言えるでしょう。 ...続きを見る

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2008/02/13 00:00
織田信長と小泉元首相
 小泉内閣のメールマガジン(2001年10月4日付)に、「織田信長の猛烈な行革と規制緩和」と題する堺屋太一内閣特別顧問(当時)の特別寄稿が掲載されています(青字が引用箇所)。 ...続きを見る

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2008/01/11 00:00
中朝戦争?
 今年になって、中国と北朝鮮が数年後に戦争をするというコピペが出回っていますが、元ネタは佐々木敏氏のメルマガです。 http://www.akashic-record.com/index.html  中朝戦争が直接扱われてはいませんが、じゅうような背景として描かれたのが佐々木氏の小説『天使の軍隊』です。小説という形式ですが、中朝戦争後の中国の分裂という予測が書かれており、以前このブログでも雑感を述べたことがあります。 http://sicambre.at.webry.info/200708... ...続きを見る

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2007/11/29 00:00
皇室典範改正論議とY染色体をめぐる問題
 皇室典範に関する有識者会議が設置され、皇位継承法を主眼とした皇室典範の改正が盛んに議論されたのは小泉内閣後期のことでした。この議論は秋篠宮妃の懐妊により下火になり、2006年9月6日の秋篠宮妃の男子出産により、ほとんど終息してしまった感があります。 ...続きを見る

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2007/11/23 15:54
福田首相が民主党に連立政権を打診するも民主党は拒否
 昨日の自民・民主の党首会談において、福田首相が小沢代表に連立政権協議を打診しましたが、民主党は即座に役員会を開催して拒否することを決めました。今の日本は国難と言ってよい状況にありますし、現実的な選択肢も限られていますから、現在のような膠着した国会状況だと、大連立もありだろうとの考えもあるでしょう。 ...続きを見る

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2007/11/03 00:00
福田内閣発足
 衆参で首班指名選挙の結果が異なるという予想通りの事態になりましたが、ともかく福田内閣が昨日発足しました。すでに自民党の役員人事は一昨日に決定されましたが、伊吹文部科学相の幹事長就任は意外でした。安倍内閣の改造から一ヶ月弱ということで、多くの大臣は留任するのではないかと予想されていたのですが、文科相と防衛相以外は再任となり(横滑りも含む)、予想通りとなりました。麻生前幹事長支持派の法相や経産相が再任となったのは意外でしたが、その他では、とくに意外な人事ではなかったように思います。 ...続きを見る

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2007/09/26 07:58
自民党総裁選結果
 麻生幹事長クーデター説など、胡散臭い話の飛び交った総裁選でしたが、事前の予想通り、福田元官房長官が330票を獲得し、197票の麻生幹事長を圧倒しました。ただ、派閥談合との印象を避けようという意図が働いたためか、麻生幹事長の得票が予想よりも多くなりました。麻生幹事長は善戦したと言うべきで、福田新総裁が麻生幹事長を冷遇することは難しくなったと言えるでしょう。国会会期中、しかも代表質問直前の安倍首相の辞任により、その後国会が休会状態になっているなか、自民党の総裁選が行われていたわけで、安倍首相はもち... ...続きを見る

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2007/09/23 16:06
安倍首相辞任表明
 昨日、安倍首相が辞任を表明し、安倍政権は1年にも満たない短命内閣になってしまうことになります。内閣改造から二週間ちょっとのことで、安倍首相は10日に所信表明演説を行なったばかりであり、昨日は衆院の代表質問に出席の予定だったのですが、その直前での辞任表明になりました。テロ特措法の問題など、今後の見通しが厳しそうなので投げ出したといった感じです。 ...続きを見る

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2007/09/13 00:00
遠藤農水相辞任
 遠藤農水相は、自身が組合長を務める農業共済組合の補助金不正受給問題の責任をとり、昨日午前に辞任しました。後任は若林前環境兼農水相で、改造をしたばかりの安倍内閣にとって、大きな痛手となってしまいました。二人つづけて問題のおきた農水相の人事については、安倍首相も細心の注意を払ったはずなのでしょうが、どうも詰めの甘いところが見られます。 ...続きを見る

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2007/09/04 00:04
自民党役員人事と内閣改造
 すでにウィキペディアに掲載されていますが、大きな驚きのない人事だったように思われます。どのような人選だろうと、「お友達内閣」だの「旧来の派閥重視」だのといって叩かれることになったでしょうが、結果的には党内の実力者にかなり配慮した人事になったかな、と思います。とはいっても、谷垣派からの入閣はなく、福田元官房長官の要職就任もありませんでしたから、挙党一致体制とはいかないように思われます。安倍首相としては、次の衆院選をにらんだ党役員人事と内閣改造なのでしょうが、次の衆院選までもつか、きわめて怪しいで... ...続きを見る

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2007/08/28 00:00
赤城農相辞任・朝青龍関の処分
 先日の参院選での自民党大敗の要因の一つとなってしまった赤城農相が、辞任に追い込まれました。事実上の更迭と言うべきで、さすがに、安倍首相もかばいきれなかったということなのでしょう。それにしても、安倍内閣では対応の遅さが目立ちます(まあ確かに拙速も困りますが)。安倍首相の決断の遅さ・指導力への疑問も、参院選での自民党大敗につながったように思われます。 ...続きを見る

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2007/08/02 00:00
参院選結果
 議席数は、 自民党・・・37 民主党・・・60 公明党・・・9 共産党・・・3 社民党・・・2 国民新党・・・2 新党日本・・・1 無所属・・・7 となりました。 ...続きを見る

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2007/07/30 21:58
参院選公示
 当初の予定より一週間遅れましたが、参院選の選挙活動が始まりました。私の住む東京では、自民と民主が2人、公明・共産・社民が1人ずつ候補を立て、その他の党派・無所属の候補者が13人となりますから、定数5にたいして20人が立候補したことになります。自民・民主・公明の現職の当選はまず確実で、残る2議席を、自民・民主・共産の新人候補と、無所属の有力候補とが争うといったところでしょうか。 ...続きを見る

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2007/07/12 19:03
宮澤喜一元首相死去
 宮澤喜一元首相が昨日午後1時16分、老衰のため87歳で亡くなりました。数年前にテレビ番組で見たときには、かなり老けたなあという印象を受けたので、とくに驚きはありません。ご冥福をお祈りいたします。その教養・語学力は政界でも随一だったかもしれませんが、正直なところ、政治家としてはあまり評価できる人ではなかったように思われます。バブルの発生から崩壊まで、政界で重要な地位にありましたが、政策通との一部の評価は過大だったと言うべきで、日本経済の低迷の重要な責任者の一人だったように思われます。 ...続きを見る

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2007/06/29 00:00
英国のブレア首相の退陣表明
 英国のブレア首相は、先月10日、6月27日に首相の座を退くと表明しました。ブラウン財務相が次期首相になることが確実視されていますが、労働党の退潮傾向は否めず、10年に及んだブレア内閣とは異なり、ブラウン内閣は短期政権になりそうです。私の記憶にある最初の英国の政権はサッチャー内閣ですが、それ以降、英国では長期政権ばかりで、地味な印象のあるメージャー政権でも6年半近く続きました。ブラウン内閣は、私がはじめて経験する英国の短期政権となりそうです。 ...続きを見る

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2007/06/09 09:00
サミット開幕
 ドイツのハイリゲンダムでサミットが開幕しました。安倍首相とサルコジ大統領にとっては初参加となりますが、安倍首相にとっては、これが最後のサミットにもなる恐れがあります。世界は難問山積ですが、サミット参加国のような影響力の大きい大国には、大国に相応しいだけの責任を果たす義務があり、その点をしっかりと自覚して行動してもらいたいものです。まあ、私なんかが言うまでもないことではありますが。 ...続きを見る

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2007/06/07 19:29
松岡農水相自殺
 昨日、松岡農水相が議員宿舎で自殺しました。不透明な事務所費や緑資源機構の談合問題など色々と疑惑が報道されていて、追い詰められての自殺ということになるのでしょうが、松岡農水相の事務所関係者が5月18日に自殺したとの報道もあり、そのようなさまざまな問題を抱えての自殺だけに、色々と勘繰る人もいることでしょう。真相解明の障壁になるという意味でも、自殺を選択したのは残念なことです。ご冥福をお祈りいたします。 ...続きを見る

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2007/05/29 00:00
フランス大統領選
 サルコジ前内相がロワイヤル元環境相を破り、フランスでは第二次大戦後生まれ初の大統領の誕生となりました。知日派のシラク大統領への対抗心からか、相撲は知的なスポーツではないだとか、東京は息がつまり京都も何が素晴らしいのか分からないだとかいった発言がありますが、このような対日観がそのまま国家同士の関係に反映されるとも思えず、日仏関係に大きな変化はないでしょう。じゅうような変化があると思われるのは対米関係で、サルコジ前内相は親米派とされるだけに、米仏関係がシラク政権期より良好になる可能性は高いでしょう... ...続きを見る

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2007/05/08 00:05
エリツィン前ロシア大統領死去
 昨日、エリツィン前ロシア大統領が76歳で亡くなりました。大統領在職時の後期より、いつ亡くなってもおかしくないな、という感じではありましたが・・・。ご冥福をお祈りいたします。ゴルバチョフ政権下で改革派として頭角を現しましたが、私がエリツィン前大統領の存在を知ったのは、保守派の圧力によりモスクワ市の党第一書記を解任された頃だったと記憶しています。 ...続きを見る

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2007/04/24 20:53
国民投票法案
 現在参院で審議中ですが、法制度の不備を改善するという意味で、国民投票法の制定には賛成です。ただ、最低投票率を設けていないのはどうかと思うので、現在の法案には反対です。国の根幹を決める問題ですし、有権者の過半数という規定を設けるのがよいと思うのですが。 ...続きを見る

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2007/04/20 07:55
日中首脳会談
 安倍首相と中国の温家宝首相との会談が昨日行なわれました。中国との関係を緊密にするのは日本にとっても重要なので、定期的に首脳会談を行なうのも必要です。もちろん、帝国主義・覇権主義国の中国にたいする警戒はあってとうぜんですが、だからといってたんに敵視するだけでは意味がなく、中国の拡張路線抑えるためにも、中国との相互交流も含めて、さまざまな国との外交的努力、さらには国内の諸整備が必要なのでしょう。まあ、言うのは簡単でも、実行はなかなか困難ですが・・・。 ...続きを見る

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2007/04/12 07:50
東京都知事選結果
 石原都知事の三選はほぼ確実だろうと予想していましたが、やはりあっさりと三選を決めました。注目は、得票数と2位の候補者との得票差だったのですが、石原候補は約280万票、2位の浅野候補は約170万票で、予想以上に差が開き、有効投票数に占める石原候補の得票率は5割を超え、石原都知事の強さが改めて証明された結果となりました。私の場合、都知事選の投票はこれで4回目となりますが、いずれも落選候補に投票したことになります。考えてみると、最近は投票した候補者が当選することがあまりありませんなあ・・・。 ...続きを見る

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2007/04/09 07:31
日豪首脳会談
 昨日、安倍首相とハワード首相との間で日豪首脳会談が行なわれ、両首脳が日豪安保共同宣言に署名しました。両国の外相・防衛相による安全保障協議委員会の設置が決定し、テロ対策・災害救援活動・国際犯罪対策での協力、自衛隊とオーストラリア軍との共同訓練などで合意がなされました。 ...続きを見る

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2007/03/14 07:47
浅野史郎前宮城県知事が都知事選への出馬を正式表明
 これで、都知事選は三選を目指す石原慎太郎都知事(自民・公明党が支持)と、浅野前宮城県知事(民主・社民党が支持)の一騎討ちになったと言えるでしょう。ただ、浅野前宮城県知事の知名度は石原都知事と比較するとかなり劣りますし、反石原票は共産党候補にも流れるでしょうから、浅野前宮城県知事が勝つのはまず無理で、どれだけ票差を縮められるかが焦点となるでしょう。  反石原派のなかには、共産党も加わって、浅野前宮城県知事をいわば野党統一候補として担ぎたい、と考えている人が少なからずいるでしょうが、共産党が支持... ...続きを見る

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2007/03/07 07:53
東京都知事選
 東京都民である私は、今年4月の都知事選で石原都知事の対抗馬として誰が出馬するのか、注目しているのですが、筑紫哲也氏が出馬するとの報道が一部でありました。過去2回の都知事選では石原氏に投票せず、次の都知事選でも投票するつもりのない私ですが、有力な対抗馬が筑紫氏では支持する気になれません。 ...続きを見る

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2007/01/23 19:38
年末の挨拶とフセイン元大統領の死刑
 とうとう今日で2006年も終わりです。今年も怠惰に過ごしてしまいましたが、来年は少なくとも今年以上には充実した年にしたいものです。とくに読書量については、ここ数年、以前よりもかなり減少していますので、何とか以前の水準に戻しておきたいところです。  この半年間、このブログをお読みくださった方、さらにはコメントをくださった方には感謝申し上げます。皆様よいお年を。 ...続きを見る

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2006/12/31 13:43
青島幸男前東京都知事死去
 昨日、青島前都知事が74歳で亡くなりました。死者に鞭打たないのは、日本社会というより現生人類の社会に共通する文化のように思われますが(もちろん、例外は少なからずありますが)、一東京都民としては青島氏に文句を言いたいことが少なからずあります。 ...続きを見る

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2006/12/21 18:39
昔ソ連、今中朝
 私が思春期の頃には、ソ連を批判すれば愛国者といった雰囲気があり、ソ連が日本に攻めてくるという設定の架空戦記小説が多数刊行されましたが(五島勉氏の著書にも同様のものがあります)、現在では、中国や南北朝鮮(とくに北朝鮮)を批判するのが愛国者の証といった雰囲気があるように思われます。  もちろん、昔のソ連にせよ現在の中国や南北朝鮮にせよ、日本から見て警戒すべき存在ではあるのですが、国交のない北朝鮮のことはさておき、中には中国や韓国との断交まで主張する人がいて、そこまでいくと、さすがについていけませ... ...続きを見る

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2006/11/14 18:55
南部杯結果と北朝鮮核実験
 盛岡競馬場では交流GIの南部杯が行なわれ、ネット中継で感染しました。カネヒキリが屈腱炎で療養中、アジュディミツオーが不出走とあって、GIで2着が7回という超良血馬シーキングザダイヤにとっては、悲願のGI勝ちの絶好の機会となったのですが、内の窮屈なところに入って直線伸びず、4着に終わりました。  勝ったのは、かしわ記念2着以来となったブルーコンコルドで、こちらも直線で前が詰まったかな、と思ったのですが、よく間を割って抜け出してきました。2着はヒシアトラス、3着はジンクライシス、5着はタイムパラ... ...続きを見る

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2006/10/09 16:18
安倍内閣発足へ
 注目の閣僚人事ですが、官房長官は塩崎恭久氏、外相は麻生太郎氏が留任、財相は尾身幸次氏となりました。留任となった麻生外相とは対照的に、谷垣財相の入閣はなく、一部で予想されていた通り、冷遇されることとなりました。  経産相の甘利明氏、総務相の菅義偉氏など、論功行賞・ベテラン配慮的性格も強い人事となっていて、自民党内の多数がポスト狙いで安倍支持になだれ込んでいただけに、人事ではずいぶんと配慮がなされたように思われます。ただこれでは、安倍支持者の中にも満足しない人が少なからずいるでしょうから、安倍内... ...続きを見る

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2006/09/26 18:40
自民党役員人事
 安倍総裁誕生をうけての自民党の役員人事は、幹事長が中川秀直政調会長、政調会長が中川昭一農水相、総務会長が丹羽雄哉元厚相となり、国会対策委員長は二階俊博経産相となりました。総裁と幹事長が同じ森派出身となるのが異例ですが(小泉総裁・安倍幹事長という例もありましたが)、いわゆる「サプライズ人事」ではなく、予想範囲内だったと思います。閣僚人事も、小泉内閣とは異なり、「派手」なものとはならないのでしょう。 ...続きを見る

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2006/09/25 19:02
自民党総裁選結果とタイのクーデター
 早々と勝負が決まった感があったので、さっぱり盛り上がりませんでしたが、事前の報道通り、安倍官房長官の圧勝となりました。問題は、安倍官房長官がどれだけ票を集められるか、ということだったのですが、安倍官房長官が地方197票、国会議員267票で計464票となり、一回目の投票で、麻生外務大臣の136票、谷垣財務大臣の102票をおさえて過半数を制しました。ただ、安倍陣営が目標としていた7割以上の得票には届きませんでした。来年の参院選までの短命内閣となりそうですが、とりあえず次の焦点は、党三役と内閣の人事... ...続きを見る

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2006/09/20 18:40
米国同時多発テロから5年
 あの悲惨な出来事から、早くも5年となりました。あれから世界が大きく変わったとよく言われますが、日本に住む一生活者の実感としては、さほどの変化は感じません。被害を受けた米国では、愛国心が強調されるようになり、社会の雰囲気が変わったと聞きますが、この間米国に行ったわけではないので、実感がありません。  国際的には、このテロで大きな利益を得た国は中国とロシアで、分離独立傾向の強い少数民族への政策が抑圧として米国などから非難の対象になりがちだったのが、一転して米国からはテロとの正義の戦いと位置づけら... ...続きを見る

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2006/09/11 18:28
自民党総裁選告示
 さんざん言われていた通り、安倍官房長官・谷垣財務大臣・麻生外務大臣の三人の立候補となりましたが、安倍官房長官の勝利はまず間違いなく、安倍政権での人事と、短命に終わりそうな安倍政権の後継が次の焦点となっています。  消費税率引き上げを明言している谷垣財務大臣は立派と言いたいところですが、泡沫候補だから言えるというところもあり、あまり評価はできません。この三人の中なら、麻生外務大臣がもっとも適任だとは思いますが、今回は無理そうで、安倍政権の次を狙っての立候補といったところでしょうか。  勝負が... ...続きを見る

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2006/09/08 18:55
安倍官房長官、自民党総裁選へ正式出馬表明
 出馬前から、次期自民党総裁・内閣総理大臣就任が確実視されている安倍官房長官が、ようやく自民党総裁選への出馬を正式に表明しました。昔の自民党なら、しばしば激しい総裁選となったのですが、小選挙区制導入以降、勝ち馬に乗らないと干される、との恐怖から、なかなか激戦にはなりにくく、自民党の活力が衰退したともいえます。  すでに焦点は、安倍総裁・総理のもとでの人事になっており、幹事長・外相・官房長官は、とくに注目すべきだと思います。もっとも、消費税・年金など小泉政権の残した課題の大きさ、安倍官房長官の資... ...続きを見る

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2006/09/01 20:52
加藤紘一・元自民党幹事長の実家が全焼
 15日午後6時頃、山形県鶴岡市の実家が全焼したとのことです。現場で腹を切って倒れていた男が放火したとみられていますが、意識不明なので、詳細はまだよく分かりません。加藤元幹事長は、首相の靖国神社参拝には反対の立場ということで、靖国参拝を動機と関連づける報道がなされていますが、現場で倒れていた男性が本当に放火したのかという点も含めて、現時点では慎重に報道すべきでしょう ...続きを見る

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2006/08/16 10:10
小泉首相の靖国神社参拝
 首相就任以降、過去5年は8月15日の靖国参拝を控えていた小泉首相ですが、今年は当初の公約通り8月15日に参拝しました。過去5年は反発がより大きいだろう8月15日を避け、退任直前の今年になって8月15日に参拝するあたり、小泉首相の無責任体質がよく表れていると思います。  私としては、過去の経緯はどうあれ、現代の日本にとって、戦没者慰霊の施設として靖国神社は相応しくなく、特定の宗教法人に縛られない施設をその代わりとするのがよいと思いますが、この案には反対が強そうですから、難しいところです。 ... ...続きを見る

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2006/08/15 18:23
安倍官房長官と朝日新聞
 自民党総裁選は、本人の出馬宣言前にもかかわらず、安倍官房長官の勝利でほぼ決まりといった情勢になっており、そのことに危機感をいだいているのか、このところ朝日新聞が、社説などでやたらと安倍官房長官を挑発していますが、その効果もほとんどなさそうです。 ...続きを見る

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2006/08/10 20:43
レバノン情勢の行方
 イスラエルは依然として、レバノンから撤退せず、イスラム教シーア派武装組織ヒズボラへの攻撃を続けていますが、国連の安全保障理事会では、イスラエルとヒズボラの両者にたいして「敵対行為の全面的中止」を求める決議案が提出されようとしています。とはいっても、この決議案が提出されて可決されたところで、紛争が解決されるかというと、疑問です。  ヒズボラの背後にはシリアとイランがいますから、事態が悪いほうに向かうと、第五次中東戦争の可能性も・・・と思いますが、フリーの国際情勢解説者として著名な田中宇氏が、大... ...続きを見る

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2006/08/07 19:39
サミット閉幕
 初のロシア開催となったサミットが閉幕しました。日本にとって最大の関心事といえる北朝鮮によるミサイル発射については、国連安保理の北朝鮮非難決議を支持する、と議長総括に明記されました。  また北朝鮮にたいしては、ミサイル発射凍結の再確認、すべての核兵器と既存の核計画の放棄、6者協議への無条件復帰、2005年9月の6者協議の共同声明の履行、拉致問題の早期解決など人道上の問題の対応なども要求されました。  この他、エネルギー問題(今回のサミットの主題はこちらといえるでしょう)、イスラエル・レバノン... ...続きを見る

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2006/07/18 19:18
国連安保理の北朝鮮非難決議とサミット開幕
 北朝鮮のミサイル発射を非難する決議案が、日本時間16日午前5時に、国際連合安全保障理事会にて全会一致で採択されました。当初の日米案は中国とロシアが拒否し、英仏の妥協案を受け入れての採択となりました。この結果、制裁の根拠となる国連憲章第7章への言及は削除されました。北朝鮮の国連大使は、とうぜんのことながら、この決議案の全面的に拒否する、と述べました。  ほぼ同時にサミットがロシアのサンクトペテルブルクで開幕しました。ロシアのサミット参加やサンクトペテルブルク(旧名レニングラード)という名称にも... ...続きを見る

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2006/07/16 15:57
イスラエルがガザとレバノンへ侵攻
 今月12日にイスラム教シーア派組織ヒズボラがイスラエル兵二人を拉致したことへの報復として、イスラエル軍はレバノンにたいする攻撃を開始しました。ベイルート国際空港の航空燃料施設や、ベイルート・ダマスカス間の幹線道路を空爆し、その後、ベイルート南部にも空爆したことで、商店や民家にも被害が出ているとのことです。また、イスラエルは艦船を派遣してレバノンの海上封鎖にも踏み切りました。イスラエルのオルメルト首相は、レバノンへの攻撃をさらに拡大するよう命じたとのことです。  イスラエルはパレスチナ自治区の... ...続きを見る

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2006/07/14 20:55
北朝鮮がミサイル発射
 北朝鮮が今日午前3時半〜8時20分に6回、午後5時20分に1回の計7回にわたってミサイルを発射し、いずれも日本沿岸から数百キロ離れた日本海に着弾したとのことです。  まだ詳細の不明な点も多々あるのでしょうが、米国の独立記念日に発射を開始したことからすると、日本と米国にたいする挑発との性格が強いのでしょう。ただ、これで北朝鮮の立場がよくなることもなさそうなのですが・・・。  これでまた、ネット右翼・・・ではなくて国士様が勢いづくのかと思うと、うんざりですなあ。北朝鮮に妥協せよなどと安易に言い... ...続きを見る

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2006/07/05 20:57
橋本龍太郎元首相死去
 体調が良くないとは聞いていましたが、まだ68歳の若さでした。橋本内閣の業績としては、中央省庁再編を中心とした行政改革が挙げられますが、その効果はとなると・・・うーん、素人の私には評価の難しいところです。他には、消費税の引き上げがありますが、いつかは引き上げる必要があったとはいえ、あの不況下でやる必要があったのかというと、今でも疑問の残るところです。中国絡みの醜聞もあり、内閣の評判はよかったとは言いがたく、橋本元首相自身も、プライドだけは超一流と揶揄されることもありましたが、小泉首相よりはよほど... ...続きを見る

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2006/07/01 17:32
安倍官房長官と統一教会
 安倍官房長官の地元の事務所が統一教会の関連団体の集会に祝電を送っていたことが分かった、との報道がありました。私のように冷戦時代に思春期を過ごした者(とはいっても、新聞を読むようになったころは、今にしてみるとすでに冷戦末期だったわけですが)にとっては、とくに意外なことではないのですが、私より一回りくらい下の世代ともなると、少々驚いた人もいるようです。  次期自民党総裁の最有力候補とされる安倍官房長の強みの一つは、世論の高い支持にあるわけですが、その主要な理由の一つが、北朝鮮にたいする「毅然とし... ...続きを見る

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2006/06/26 21:01

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