ネアンデルタール人についての評価の見直し

 現生人類のアフリカ単一起源説が優勢になった1990年代以降、ネアンデルタール人の絶滅理由を説明しやすいためなのか、ネアンデルタール人と現生人類との差異や、ネアンデルタール人が現生人類よりも劣っていることを強調する見解が強くなり、私もそうした見解に引きずられて、認知能力などの点でネアンデルタール人と現生人類との間の差は大きく、両者の間の混血もなくて全面的な置換となった、と考えるようになりましたが、2003年以降は考えが変わってきて、どうも1980年代後半以降、ネアンデルタール人は過小評価されており、現生人類との間の混血も、少数例ながらあったのではないか、と思うようになりました。
 もちろん、現生人類のアフリカ単一起源説が優勢になってからも、ネアンデルタール人と現生人類との差異を強調することへの批判はありましたし、両者の混血を想定する研究者もいたのであり、最近も、ネアンデルタール人の低評価の再考につながるかもしれない研究について三つほど報道がありました。
http://dsc.discovery.com/news/2006/08/22/neanderthals_hum.html
http://www.abc.net.au/science/news/stories/s1722109.htm
http://www.eurekalert.org/pub_releases/2006-08/uob-hmw082406.php


 前者は、南カリフォルニア大学の分子生物学部門の、プラグノール氏とジェフリー=ウォール氏による遺伝学の論文で、アフリカ西部とユタ州の北欧・西欧系の135人のDNAを分析したところ、現生人類内だけの通婚を想定すると不可解だが、現生人類以外の人類集団との混血を想定すると理解できる配列があり、現代の欧州系の人々は5%ほど、ネアンデルタール人から遺伝子を受け継いでいる、というものです。
http://dx.doi.org/10.1371/journal.pgen.0020105
 とはいっても、この論文は、ネアンデルタール人のミトコンドリアDNAが現代人には受け継がれていない、という近年の通説を否定してはいません。現代人の核DNAの中に、ネアンデルタール人由来のDNAの痕跡があるのではないか、というわけです。
 この報道でも触れられていますが、この論文は、4年前に発表されたアラン=テンプルトン氏の論文と符合します(テンプルトン氏の論文については、以前ホームページに掲載した下記雑文を参照してください)。
http://www5a.biglobe.ne.jp/~hampton/history083.htm
もっとも、現生人類のアフリカ単一起源説と全面置換を支持していた当時の私は、テンプルトン氏の結論に懐疑的だったわけですが(下記アドレスの雑文を参照してください)。
http://www5a.biglobe.ne.jp/~hampton/history086.htm

 後者は、ブリストル大学のジョアン=ジルハオン教授とそのフランス人同僚による、シャテルペロン文化の再検討です。シャテルペロン文化はフランスからスペインに分布し、上部旧石器文化的要素が強いため、当初は欧州の初期現生人類の文化とされていたのですが、1970年代以降、ネアンデルタール人骨との共伴例が報告され、現在ではネアンデルタール人の文化とされています。
 しかし、シャテルペロン文化には象徴的思考を示す遺物が出土していることから、ネアンデルタール人がクロマニヨン人のオーリニャック文化(もっとも、この文化の担い手がクロマニヨン人とは確定していないのですが、多分間違いないでしょう)から学んだのではないか、あるいは、その象徴的意味を理解しないまま、取ってきた・拾ってきたのではないか、とされてきました。
 これにたいして、ネアンデルタール人が独自でシャテルペロン文化を築いたとの見解もあるのですが、どうも少数派にとどまっているようです。

 しかしこの論文では、
http://www.pnas.org/cgi/content/full/103/33/12643
シャテルペロン文化の基準遺跡である妖精洞窟の再分析により、シャテルペロン文化層(この遺跡ではB1~B5まであります)のB4~5層にあったオーリニャック文化のものと推測されてきた遺物は、ほとんどがシャテルペロン文化の素材によるもので、いくつかのオーリニャック文化の遺物は、それぞれ個別に後世のものが嵌入したものだということが判明した、とされています。
 この結果、他の欧州南西部の事例からも、オーリニャック文化は年代的にシャテルペロン文化よりも後にくるということが言え、ゆえにネアンデルタール人は現生人類の影響なしに独自に象徴的思考などの現代性を発達させたのだ、と論文は結論づけています。
 さらにジルハオン教授は、ネアンデルタール人と現生人類との違いが、じゅうらい考えられていたよりも小さく、上部旧石器文化に見られるような人類の現代性の起源が、ネアンデルタール人と現生人類が分岐した40万年前までさかのぼる可能性も示唆しています。

 上記二つの論文は、1980年代後半以降のネアンデルタール人についての主流的評価をくつがえす可能性を秘めたもので、今後のさらなる検証が期待されます。
 7月21日分で述べたように(下記アドレス先を参照してください)、
http://sicambre.at.webry.info/200607/article_21.html
ネアンデルタール人のゲノム解読が始まりましたので、前者の論文の妥当性については、このゲノム解読によりあるていど判明することになるかもしれません。また前者の論文は、当然のことながら、では東・東南アジアのエレクトスと現生人類との混血は?という関心も呼ぶことになるでしょうから、こちらの詳細な分析についても、大いに期待したいところです。

 後者の論文については、新C14法の開発により、欧州の旧石器時代の実年代が大規模な再検討を必要としている最中だけに、断言はできませんが、この論文の結論が妥当だとすると、ジルハオン教授の示唆にあるように、人類の象徴的思考能力は、通説よりもずいぶんとさかのぼる可能性がでてきます。
 これまで、20万年前をさかのぼるとされる石像などは、そもそも石像ではないか、はるか後世のものだとして、一蹴されてきたのですが、あるいはこうした「怪しげな」遺物は、本物なのかもしれません。
 そうすると、そのような象徴的思考能力が全面的に開花するまで、なぜ長い時間を要したのか、という疑問もでてきますが、これは、文化の蓄積や人口といった諸要素が複雑にからみあった問題なのかもしれません。
 さまざまな要素がからみあって蓄積されていき(ときには、自然災害などでその蓄積の大損失もあったでしょう)、ある限界点を突破すると、急速に開花し、後戻りすることもほとんどなくなる、ということではないかと推測されます。

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