『イリヤッド』88話「二つの神様」(11巻所収)

 トルコのイズミールで、スイス人のベームというネアンデルタール人研究の第一人者が熊のぬいぐるみを抱えて、ベンチに座っているところから物語は始まります。サッカーボールを抱えた少年が隣に座ると、ベームは、メリークリスマス、そのボールはサンタからの贈り物かいと英語で話しかけますが、通じません。
 サンタクロースは、3世紀にトルコにいた修道僧である聖ニコラスがモデルと言われるが、発祥の地では知名度が低いみたいだな、と言ったベームは、目的の人物が来たのに気づき、立ち上がります。それは、息子の嫁のミネと、その娘のアイシェ(つまりベームにとっては孫ということです)で、イスラム教徒のミネにメリークリスマスと言ったベームは、熊のぬいぐるみを渡そうとしますが、断られ、「クリスマスは、所詮ここでは異教徒の祭りか・・・・・・」と嘆息します。

 場面は変わり、年が明けて、入矢とベームの二人がトルコ料理店で話しています。ベームは、息子の結婚式でトルコ料理の虜になったのでした。入矢はベームに、ネアンデルタール人について尋ね、ベームネアンデルタール人について説明した後、入矢に、ネアンデルタール人の姿を想像してみたまえ、と言うと、入矢は、ゴリラの真似をします。それ見たベームは、息子も小さいころそういう形態模写をしたものだ、と言います。
 だが、とベームは言い、ネアンデルタール人は60種類以上の石器を発明し、火も炉も使っていた、死者を生ゴミのように埋めたか敬ったかはわからないが、埋葬地から花粉が検出されたのも事実だ、と言います。
 なぜネアンデルタール人が滅びたのか、尋ねる入矢にたいし、ベームは、ネアンデルタール人は強靭で、当時の自然環境での生存には新人よりも有利にも関わらず滅亡したから、種の寿命が終わったからとしか考えられない、と答えます。
 ネアンデルタール人は我々の祖先ではない?と入矢が訊くと、ベームは、完全な別種で、我々の祖先とは数万年間共存したが、意思の疎通もできなかったと思う、と答えます。ネアンデルタール人が新人に虐殺されたとの説は?と入矢が訊くと、面白いが、ネアンデルタール人の骨に殺害の証拠はない、とベームは答えます。

 翌日、入矢とベームはエフェソスを訪れます。そこは、ベームが30年前に、10歳の息子を連れて行った場所でもありました。ベームの息子はエフェソス遺跡に夢中になり、父の影響か、ネアンデルタール人と我々との関係をライフワークとする考古学者になりました。
 エフェソスはアマゾネスの都市という伝説があり、アマゾネスはアルテミスという女神を信仰していました。このアルテミスこそ最古の神で、その姿は雌牛のようであり、人類が最初にたどり着いた神の姿は雌牛だったのだ、とベームは息子から聞いた知識を語ります。
 やがて交易・戦争から人類は男性社会となり、雌牛は雄牛に、さらには人間の姿に取って代わられました。キリストが十字架にかけられたとき、神を「エル」と呼びましたが、「エル」とはフェニキアの雄牛の別名です。

 このように語る入矢にたいし、ベームは、同じ考古学者だからだろうが、君は息子に似ていて、人類の秘密を解くのに夢中だった、と語ります。入矢が、先生も同じでは?と問うと、ベームは、自分の年になると、こういう謎解きも空しくなる、と言い、息子は去年死んだ、と打ち明けます。
 ベームの息子は、中近東の危険地帯で小規模な紛争に巻き込まれて、米軍製の弾丸に命を奪われたのです。ベームは、息子の嫁のミネに、一緒に住もうと説得したのですが、ミネは、キリスト教が優勢なアメリカ製の弾丸が夫の命を奪ったことから、キリスト教の神は許せない、異教徒同士は分かり合えないと言って、娘のアイシェトとともにルコに帰ってしまいました。父の死後、アイシェは笑わなくなりました。ベームは入矢に、学問では人は救えないなあ、と言って嘆息します。
 その晩、入矢とベームはホテルの一室で酒を飲み、語り合います。ベームは、ネアンデルタール人と我々ホモ=サピエンス(新人、現生人類)との関係で最大の謎について言い忘れていた、と述べ、ネアンデルタール人の骨が見つかるのは、中近東・イスラエル・ギリシア・地中海沿岸、何かイメージしないかね?と入矢に訊きます。入矢が、人類最古の文明の発祥地とだぶりますね、と答えると、ベームは、非科学的だが面白いだろう、と言います。

 このやりとりの後、入矢はベームに、お孫さんに贈り物を渡しましょう、と提案し、入矢とベームは、ミネとアイシェに会いに行きます。熊のぬいぐるみを渡そうとする入矢に、異教徒のものだから、と言って断ろうとするミネですが、入矢は、あなたの神様もベーム先生の神様も元は同じなのでは?と問いかけます。
 ミネは、そう思ったときもあったが、やはり分かり合えないので、もらうわけにはいかない、と拒みます。それにたいして入矢は、サンタクロースがキリスト教の聖者なんて、誰が言ったのですか?とミネに問いかけます。
 この問いかけにはベームも驚きますが、入矢によると、サンタのモデルは、トルコ中央部にいたヒッタイトの豊穣神テリピヌで、テリピヌは冬に消え、春に現れるが、消える前に、鹿に乗って人間に袋いっぱいの贈り物を与えた、と言います。

 入矢はアイシェに熊のぬいぐるみを渡し、ゴリラに似せてネアンデルタール人の真似をします。その様子を見て、ミネはありがとう、と言い、夫は昔、ネアンデルタール人をゴリラにたとえて、ネアンデルタール人を侮辱するな、といってお義父さんにしかられたそうですね、と言います。
 ベームは、ネアンデルタール人は直立歩行をし、今ここにいても、ちょっと変な顔だなと思うていどで、我々と見分けがつかないのであって、やはりゴリラではなく人間なのだ、と言います。
 入矢は、息子さんはネアンデルタール人と我々が分かり合えたと考えていたのでしょう?と問いかけると、ベームは、息子はネアンデルタール人の神様が新人に与えた影響を力説していた、と答えます。
 ベームの息子によると、ネアンデルタール人の遺跡からは、なぜか熊の頭蓋骨が大量に見つかっており、ネアンデルタール人は熊の姿の神様を拝んでいたが、世界最古の神であるアルテミスの語源「アルト」は、熊座もしくは熊だということです。入矢は、人類にとって最初の神の姿は熊であり、それを思いついたのはネアンデルタール人ではないか、と推測します。もっとも、ネアンデルタール人の熊信仰については、すでに60話(8巻所収)で、アーサー王伝説との関連で入矢が述べていますが。
 入矢が再びネアンデルタール人の真似をすると、ついにアイシェが笑います。入矢は、「ミネさん、ネアンデルタール人と我々だったわかりあえたかもしれない。異教徒同士だって・・・・・・」と言い、ミネが「はい・・・・・・」と答えるところで88話は終了です。

 88話は、熊のぬいぐるみを重要な小道具として用い、アトランティスにまつわる謎とからめつつ、異教徒同士の義父とその息子の嫁との葛藤と和解、孫娘の心の傷の回復を描くという、歴史ミステリーとヒューマンストーリーの融合した『イリヤッド』らしい物語で、かなりの傑作といえると思います。
 ただ、現在ではほとんど否定されているネアンデルタール人の熊信仰など、88話にかぎらず『イリヤッド』では、ネアンデルタール人やクロマニヨン人についての描写にはかなりの創作が認められます。

 アトランティスにまつわる謎は、ネアンデルタール人についての話が中心です。ソロモン王の壺に入っていたのがネアンデルタール人の骨で、72話「ゼウスの洞窟」
http://sicambre.at.webry.info/200607/article_15.html
などからしても、どうやら、ネアンデルタール人と現生人類、とりわけそのなかでもクロマニヨン人との関係が、「山の老人」が必死になって隠蔽しようとする、「人類がぜったい知るべきではない、太古の呪われた秘密」の核心であり、その秘密はけっきょくのところ、神の正体についてのものなのではないか、と思われます。
 88話では、ネアンデルタール人は熊の姿をした神を信仰しており、それは現生人類に受け継がれたこと、最古の文明の発祥地とネアンデルタール人の生息地が重なっていることが示唆されています。
 これがどういうことなのか、現時点では断言はできませんが、テンプル騎士団の伝説が、この問題を考える参考になりそうです。

 グレコ神父への疑念をただすための「山の老人」の幹部会で、ある幹部より、テンプル騎士団がアトランティスにまつわるソロモン王伝説に興味をもち、ソロモン神殿を探索したが、完全に秘密をつかむ前に、「山の老人」により殲滅させられた、と語られます。
 入矢によると、テンプル騎士団がソロモン神殿で発掘したのは、バフォメッドと呼ばれる誰かの丸い頭部という説が有力で、このバフォメッドとは、レイトン卿によると、知恵の源という意味です(8巻より)。入矢は、このバフォメッドがネアンデルタール人のことではないかと推測しています(9巻より)。
 つまり、ネアンデルタール人が知恵の源というわけです。これは現生人類が、ネアンデルタール人より神の信仰という行為を引き継いだことを意味するのではないかと思われます。
 この推測を前提として、72話で描かれた洞窟壁画をどう解釈すべきなのかと考えと、どうにもよく分からないのですが、ネアンデルタール人にはシャーマンとしての資質があり、ネアンデルタール人のお告げにしたがうと、大猟になるなど利益のあった現生人類は、ネアンデルタール人の神を自分たちも信仰するようになり、さらにはネアンデルタール人を知恵の源として崇めるようになったのかもしれません。
 また、「山の老人」が恐れているという『旧約聖書』の記述とは、アダムとイヴが知恵の樹の実を食べて楽園を追放されたという、失楽園伝説のことを指しているのかもしれません。つまり、「知恵の樹の実」=「知恵の源」=ネアンデルタール人であり、かつての信仰の師で、後には神として崇めるようになったネアンデルタール人を現生人類が食べてしまったことこそ、「山の老人」が必死になって隠蔽し続けてきた秘密なのかもしれません。

 これでようやく、『イリヤッド』11巻の雑感を述べ終わったのですが、うーん、9回にもなるとは、相変わらず長すぎですなあ(笑)。

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