ネアンデルタール人の言語能力

 ネアンデルタール人の言語能力についての研究が、『ネイチャー』ニューヨークタイムズなどにて報道されました。この研究では、言語能力に関わるとされるFOXP2遺伝子が、スペイン北部のエル=シドロン洞窟出土の二人分のネアンデルタール人男性の人骨から採取された核DNAにあることが判明した、とされています。FOXP2遺伝子の変異と言語障害(文法を理解できなかったり、言葉を発するために必要な口の動きを制御できなかったりします)の可能性が指摘されたことから、FOXP2遺伝子は言語能力に関わっているのではないか、と推測されています。

 FOXP2遺伝子は、現代人にもっとも近縁な現存生物であるチンパンジーにもありますが(マウスにもあります)、チンパンジーのFOXP2遺伝子と現代人のそれとは、アミノ酸が二つ異なります。この違いが、現代人の言語能力にじゅうような影響を与えたと考えられてきました。現代人に認められるこのFOXP2遺伝子の変異は、この20万年間に起きたことと推測され、現生人類の起源、もしくは行動学的現代人の起源の問題と関連づけられ、リチャード=クライン博士らの「創造の爆発論」を、遺伝学の分野から支えるものとされてきました。

 そのため当初は、ネアンデルタール人のFOXP2遺伝子は、現代人型ではなくチンパンジーのような「先祖型」に近いのではないか、と研究チームは予測していました。しかし、現代人に認められる変異はネアンデルタール人にもありました。これが意味することを理解するのは難しく、言語能力はFOXP2遺伝子だけに依存するものではないので、ネアンデルタール人に言語能力があったか否かまだ確証がない、と神経学者のサイモン=フィッシャー博士は指摘します。

 研究チームは、ネアンデルタール人にも現代人型のFOXP2遺伝子があることについて、ネアンデルタール人と現生人類との混血の可能性と、ネアンデルタール人のDNAが現代人のDNAに汚染された可能性を想定しています。ただ研究チームは、ネアンデルタール人骨から無菌状態でサンプルをとり、すぐに冷凍するという汚染対策をしていたことも述べています。

 また研究チームは、すでにネアンデルタール人と現代人とで異なっていると判明しているDNAの領域を数箇所検査し、分析したDNAがネアンデルタール人のものであることを確認しました。しかし、10月16日分の記事で紹介した論文を執筆したウォール博士は、汚染の可能性を完全に排除するのはたいへん難しい、と指摘しています。

 クライン博士は、考古学的記録を根拠として、5万年前頃に現生人類(解剖学的現代人)に神経系の突然変異が起き、象徴的思考や現代人のような複雑な言語活動が可能になるなど、現生人類の認知能力が飛躍的に向上し、現生人類(解剖学的現代人)は真の現生人類(行動学的現代人)となり、急速に発展して世界各地に拡散していったのだ、とする「創造の爆発論」を主張していました。

 現代人に特有のFOXP2遺伝子の変異は、この20万年間に起きたことであるとするじゅうらいの研究は、クライン博士の研究にとって都合がよかったのですが、ネアンデルタール人にも現代人型のFOXP2遺伝子が認められるとする今回の研究は、「創造の爆発論」にとって都合の悪いものでした。クライン博士は、この研究結果には失望したが、自分の見解は変えない、と述べました。


 以上、この研究についてざっと述べましたが、現代人のDNAによる汚染の可能性もあるので、現時点では判断の難しいところです。かりに試料に汚染がなく、現代人とネアンデルタール人のFOXP2遺伝子が同じだとしても、上述したように言語能力はFOXP2遺伝子のみに依存するわけではないでしょうから、ネアンデルタール人の言語能力について断定するのは時期尚早でしょう。この研究は、ネアンデルタール人の言語能力の判定については曖昧なままとなりましたが、ネアンデルタール人と現代人の特定の遺伝子を比較する道を切り開いたという意味では、意義深いものになったと言えるように思います。

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