人類最初のアメリカ大陸への移住についての新見解

 アメリカ大陸の移住についての研究報道されました。じゅうらいの研究はミトコンドリアDNAの一部の分析が主だったのにたいし、この研究では、アジアとアメリカの623人分のミトコンドリアDNAの完全な塩基配列が分析され、系統区分されています。以下、この研究の概略です。

 3万年前頃のシベリアのヤナ川左岸遺跡・15000年前以降のアメリカ大陸の遺跡という考古学的データと、20000~15000年前のアメリカ大陸への初移住という遺伝学的データとは、整合的ではありません。この不整合が示す二つの仮説は、次のようになります。
(1)先住アメリカ人の祖先集団は、最終氷期の最寒冷期前にベーリング陸橋に到達し、アメリカ大陸に進出する15000年前まで、生態学的障壁のために地理的に孤立しました(ベーリング陸橋潜伏モデル)。
(2)先住アメリカ人の祖先集団は15000年前までベーリング陸橋に到達していませんでした。近年になってアジアの巨大な祖先集団から派生し、15000年前以降にアメリカ大陸へ絶え間なく進出した(直接的植民モデル)。

 ミトコンドリアDNAの完全な塩基配列の分析の結果、この研究ではじゅうらいの研究とは異なり、C1b・C1c・C1dという三つの下位集団をはっきりと確認できました。これら三集団はアメリカ大陸に広く分布していますが、アジアには存在せず、およそ16600~11200年前頃に共通祖先を有するものと思われます。

 同様の分岐年代は、アメリカ大陸の他の主要なハプログループA2・B2・D1にも認められます。またこの他に、D4h3とC4cという下位集団も確認できました。D4h3はアラスカからフエゴ諸島まで存在し、10300年前のアラスカの人骨でも確認されましたが、C4cはコロンビアの先住民から発見されただけで、現在ではほとんど残っていません。

 こうした分析から導かれる結論は、次のようになります。
●アメリカ先住民の祖先集団は、アメリカ大陸に進出する前に、アジアの集団と異なる変異を蓄積するだけのじゅうぶんな時間、ベーリング陸橋にとどまっていました。
●アメリカ先住民のハプログループは、北から南へと入れ子構造を示しているのではなく、一律に南北に分布しています。これは、ベーリング陸橋にとどまった後の、最初の北米から南米への移住は、迅速なものであり、漸進的ではなかったことを示すとともに、北東アジアとアメリカ大陸の最初の考古学的記録と合致します。
●こうしたアメリカ先住民のミトコンドリアDNAの分析が示唆しているのは、急速な移住が、地域的なハプロタイプの発展を伴った長期間の地域的孤立の後に生じた、ということです。

 またこうしたデータは、もっと最近のベーリング陸橋経由の遺伝子交換を示しています。とくに、シベリアのみで発見されているD2bと、最北のエスキモー・チュクチ・アリュートと、北米のアサパスカ族で発見されているD2aからなるD2は注目されます。D2aは、民族史的に近縁なベーリング陸橋のエスキモー・アリュートに共有されているのにたいして、D2bはツングース・トルコ・モンゴルという相互に近縁ではない言語集団に拡散しています。異なる言語集団の母系祖先の近縁な関係が示しているのは、それらの祖先集団の地理的分布が、更新世から完新世の移行期に重なっていたためかもしれませんし、もっと最近の遺伝的浮動のためかもしれません。

 アサパスカ族以外のアメリカ大陸の集団にD2が存在しないのは、最初のアメリカ大陸への移住後に、D2が多様化したためかもしれません。エスキモー・チュクチ・グリーンランドやカナダのイヌイットで発見されているものの、他の先住アメリカ人集団では発見されていないハプログループD3もまた、最近になってアメリカ大陸周縁に到達したのかもしれません。

 その他で注目されるのは、先住アメリカ人集団に見られるハプログループA2の下位系統で、これは南部および西部シベリアの集団でも発見されており、ベーリング陸橋から西部シベリアへの移動という可能性が高そうです。

 けっきょくのところ、この研究が示唆しているのは、上記の仮説二つのうちの(1)であり、これは常染色体上の塩基配列の繰り返しである‘D9S1120’座の研究とも一致します。シベリアのヤナ川左岸遺跡の年代が3万年前頃とされているので、先住アメリカ人集団の祖先は、15000年ほどベーリング陸橋にとどまった後、アメリカ大陸に急速に進出したことになります。


 以上、ざっとこの研究について見てきましたが、ベーリング陸橋にアメリカ先住民の祖先集団がとどまっていた理由については、今後の考古学や古気候学の研究の進展にも期待したいところです。ただ、シベリアへの人類の移住年代とベーリング陸橋への移住年代はかなり異なる可能性がありますし(もちろん、後者が新しいということです)、アメリカ大陸の最古の遺跡の年代については、今後15000年前よりもさらにさかのぼる可能性がけっして低くないと思いますので、この研究で示されたベーリング陸橋潜伏モデルが、多数の支持を集めて通説となる可能性は低いように思います。


参考文献:
Erika Tamm, Toomas Kivisild, Maere Reidla, Mait Metspalu, David Glenn Smith, Connie J. Mulligan, Claudio M. Bravi, Olga Rickards, Cristina Martinez-Labarga, Elsa K. Khusnutdinova, Sardana A. Fedorova, Maria V. Golubenko, Vadim A. Stepanov, Marina A. Gubina, Sergey I. Zhadanov, Ludmila P. Ossipova, Larisa Damba, Mikhail I. Voevoda, Jose E. Dipierri, Richard Villems, and Ripan S. Malhi.(2007): Beringian Standstill and Spread of Native American Founders. PLoS ONE, 9, e829, 1-6.
http://dx.doi.org/10.1371/journal.pone.0000829

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