勝俣鎭夫「バック トゥ ザ フューチュアー」

 『日本歴史』第704号(2007年1月号)の特集は「日本史のことば」で、さまざまな史料上のことばや学術用語などが取り上げられ、考察されています。その中で興味深いものについては、今後このブログで紹介していくことにしますが、まずは冒頭の勝俣鎭夫「バック トゥ ザ フューチュアー」について述べることにします。

 この論考で取り上げられているのは、「サキ」と「アト」という言葉の時間的な意味合いの変遷と、その変遷の背景にある人々の観念の変化についてです。空間的位置・順序がある地点の前方にあることを意味する「サキ」は、古代より過去を指す言葉としても用いられてきましたが、ある時期より未来を指す言葉としても使用されるようになり、現在ではこちらの用法が過去を指す用法を圧倒しています。

 一方「アト」は、空間的位置・順序がある地点の後方にあることを意味し、古代より未来を指す言葉としても用いられてきましたが、ある時期より過去を指す用法として使用されるようになります。言語の特徴としてよく恣意性が指摘され、その意味でこのような用法の変化は珍しくはないと言えますが、ではこうした変化はなぜおきたのか、というのがこの論考の主題です。

 まず、この変化がいつおきたのかということですが、中世には「サキ」が未来を指すような用例はなく、キリスト教の宣教師たちによる史料などから、16世紀にそのような変化が始まり、17世紀後半には一般的になったと推測されています。ただ、勝俣氏も認めるとおり、「サキ」が未来を指す用法の起源については、まだ検証がじゅうぶんとは言えないところがあり、この点は今後の研究に期待したいところです。

 さて、このような変化が何を意味しているのか考察するさいに手がかりとなったのが、論考の題名の由来となった有名な映画で、この映画の題名はホメロス『オデュッセイア』に由来します。英訳『オデュッセイア』の「この人だけが前の方にあるものと、背後にあるものとを見る」という一節の訳注には、「古代ギリシアでは過去と現在が(われわれの)前方にあるものであり、したがって(われわれが)見ることのできるものであり、(われわれが)見ることのできない未来は、(われわれ)の背後にあるものと考えられていた」とあります。もう少し敷衍すると、「われわれはすべて背中から未来へ入って行く」、つまり‘Back to the Future’です。

 これは、空間的位置・順序がある地点の前方にあることを意味する「サキ」が過去をも意味し、空間的位置・順序がある地点の後方にあることを意味する「アト」が未来をも意味した、古代・中世の日本社会の観念・歴史認識にも通ずるものであり、このような観念はアフリカや南米にも見られることから、どうも世界各地で一般的に認められるものである可能性があります。それは、未来を背に、過去と現在を眼前においた姿勢での視覚的体験より生み出された観念であり、人々が実感し得る社会的共通感覚を基礎にして形成された社会的時間認識でした。

 近世の日本社会での、「サキ」と「アト」という言葉におけるじゅうらいの意味とは正反対の新たな意味の出現は、こうした伝統的な観念の変化によるものだったと推測されます。新たな観念は、過去ではなく未来に向き合うという時間認識の姿勢であり、西欧近代社会において明確な形で成立した近代的時間観念と同じ認識の方向性を示すものでもありました。こうした変化がいかなる直接的契機によるものか、勝俣氏は現時点では答えられないとされていますが、この問題は今後の研究の進展に期待したいところです。

 勝俣氏は戦国時代を日本史の一大転機とする研究者として知られていますが、私も一時期は勝俣氏の影響を強く受け、戦国時代を日本史の転換点とする考えのもと、ネット上で見解を述べました。今ではそうした考えに慎重になっていますが、それでも勝俣氏には教えられるところはひじょうに多く、この論考で取り上げられた時間観念・歴史認識の変化については、今後も考えていこうと思います。

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