『1491 先コロンブス期アメリカ大陸をめぐる新発見』(日本放送出版協会)

 チャールズ=C=マン著、布施由紀子訳で、2007年7月に刊行されました。原書の刊行は2005年です。先コロンブス期のアメリカ大陸についての研究成果がまとめられており、アメリカ合衆国などにおける一般的なアメリカ先住民像を書き換えよう、との意欲に満ちた書です。アメリカ大陸史の近年の研究成果を知るために読んだのですが、私が不勉強なこともあり、知らなかった見解も多く、私にとってはじつに読み応えのある一冊となりました。


 本書貫く主題は、先コロンブス期のアメリカ大陸が、一般に想像されているよりもずっと複雑な社会を営み、多数の人口を抱える豊かな地域だったことの強調にあります。そうした豊かさは、欧州勢力のもたらした伝染病により壊滅的な打撃を受け、ニューイングランドやインカなどでは人口が9割以上も減少し、アメリカ大陸の景観・生態系をも大きく変えたのだとされています。

 たとえば、北米の「原生林」は必ずしも太古より存在し続けたのではなく、アメリカ大陸先住民の人口が激減し、人の手が加わらなくなったことによるところが大きく、リョコウバトやバイソンが激増したのも、先住民の人口激減による生態系の変容が原因だったのではないか、とされます。もっとも、激増したリョコウバトとバイソンは欧州からの移住者たちの狩猟の対象になって激減し、リョコウバトは絶滅してしまいましたが。またアマゾンの密林については、一般に考えられているような「手つかずの自然」などではなく、かなり人の手が加わっていることも指摘されています。

 これまでアメリカ大陸先住民は、野蛮と見られたり、その逆に高貴な存在だと考えられたりしてきましたが、そのどちらも、先住民は素朴で単純な社会生活を送っていたことを前提としているという意味で、先住民の主体性を無視したものであり、表裏一体の見解だったとも言えるでしょう。本書では、近年までの諸々の研究成果を引用し、先コロンブス期のアメリカ大陸が複雑で豊かな社会だったことが強調されています。

 もっとも、こうした見解は先コロンブス期のアメリカ大陸にたいする過大評価ではないか?伝染病は本当に先住民社会にとって致命的だったのか?との疑問はあるでしょうし、じっさい、個々の研究成果については異論も提示されています。本書では、そうした異論も紹介されていますし、膨大な参考文献が掲載されていますので、疑問をもった読者は個々の議論について詳しく調べることもできます。こうした点も、本書の価値を高めていると言えるでしょう。

 個々の歴史の見直しも興味深いのですが、本書の論点でもう一つ注目すべきなのは、こうした歴史の見直しが学術上の議論にとどまらず、政治的な議論、とくに環境問題をめぐる議論とも関わっているということです。概して環境保護派は、先コロンブス期のアメリカ大陸には手つかずの自然が多く残されていたという見解を好み、上記のような先住民社会見直し論は、開発派を利することになりかねないとして批判的です。しかし本書では、環境利用にかんする先住民の失われた知恵にこそ、現在の環境問題解決の鍵があるのではないか、とされています。


 上記の他にも興味深い指摘が色々とあり、たいへん素晴らしい内容の一冊になっていると言ってよいと思います。アメリカ大陸史に関心のなかった方にも、ぜひ一読を勧めたい良書です。

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