法螺を吹く

 現在では、「大言を吐く、虚言を言う」といった意味合いで用いられることがもっぱらですが、かつては違った意味で用いられていたようです。以下の青字の箇所は引用文で、引用文中の「この時代」とは戦国時代のことです。

 法螺貝に対する呪術観念にもとづき、善神を呼び集め、邪気を祓う目的でさかんに吹き鳴らされ、その威力を発揮した状態をさす「法螺を吹く」という言葉が、今日の大言を吐く意味に変化したのもこの時代であった。この変化は、法螺貝の呪術性を信ずる社会から法螺貝をたんなる大きな音をだす道具と考える社会への移行を象徴的にしめすものであった。同じく貝の持つ呪性から出発し、呪性の力を秘めたものとして、さまざまな用途にもちいられた貨幣が、たんなる交換の道具として広く使用されだすのも、この時代であった(勝俣.,1996,P3-4)。

 なお、「法螺を吹く」は仏教用語に由来するようで(釈迦の説法の喩え)、この側面からの説明も可能なようなのですが、ネットでしか確認していないので、今回は省略することにします。


参考文献:
勝俣鎭夫(1996)『戦国時代論』(岩波書店)

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この記事へのコメント

2008年05月15日 00:10
やはり、内藤湖南も指摘したように、戦国時代というのは日本史の一大転機なのでしょうね。
2008年05月15日 00:20
実は現在の私は、もっと長い期間での緩やかな変化を想定しているのですが、かつては私も、戦国時代が日本史の一大転機だと考えていました。

この問題については、考えがあるていどまとまったら、ブログに掲載しようと思っています。
2008年05月15日 22:38
私のブログへのコメント有り難うございました。
私も、「緩やかな変化を想定している」のですが、私の場合は正直言って、網野善彦氏の受け売りと言ったところがあり、「応仁の乱」をメルクマールにしてもいいのではないかという考えについては変わっていません。
2008年05月15日 23:55
網野氏の見解は、南北朝争乱期を境として、民族史的な次元での変化が認められる、というものだったと記憶しているのですが、応仁の乱に重点を置いた見解もどこかで述べられているかもしれず、あまり自信はありません。

ともかく、内藤湖南の先駆的指摘を受けて、日本社会が中世に大きく変容したとする点で、網野氏と勝俣鎭夫氏や尾藤正英氏の見解には相通ずるものがあると思います。

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