山田正紀『流氷民族』

 ハルキ文庫の一冊として、角川春樹事務所から1999年に刊行された小説です。1970年代に『SFマガジン』に掲載され、『氷河民族』と改題されて文庫化されていたのですが、1990年代末になって再度改題されて(というよりも、雑誌連載時の題名に戻ったと言うべきですが)文庫化されました。吸血鬼伝説を人類進化と絡めて描いているという情報をネット上で得て、興味をもったので読むことにしました。

 吸血鬼伝説を扱ったSFでは、名作『石の血脈』を読んだことがあり、本書ではどのように吸血鬼伝説が説明されるのか、興味をもって読み始めたのですが、『石の血脈』よりも「現実的」に説明しようとする姿勢があるように思われました。もっとも、じっさいにはありえそうにないことですが。

 さて本書の内容ですが、主人公が自動車を運転中に、突然飛び出してきた少女をはねてしまったことから物語が始まります。この少女の体温は異常に低く、普通の人間には考えられないような血液組成をしていたため、主人公による謎解きが進んでいきます。サスペンスとしてはなかなか面白く、次の展開が気になってあっという間に読み終えたのですが、吸血鬼伝説の真相はさておくとしても、アウストラロピテクス=アフリカヌスの登場以前に、通常人?と分岐したとする「流氷民族」の進化史における位置づけが、当時の知見でも無理が感じられたのが残念でした。

 その他の作中における人類進化の知見では、人類の起源を1500万年前頃とし、アフリカヌスを残忍な殺し屋とする設定が現在では間違いとされますが、1970年代にあっては、こうした見解が小説に採用されてもおかしくはありません。今読むと違和感のあるところもありますが、執筆当時の時代背景を考えると、おおむね無理のない設定だと言えるでしょう。


 興味深いのは、現在では地球温暖化が大問題とされているのに、本書では地球の寒冷化・氷河期の到来が危惧されていて、「流氷民族」をめぐる通常人?内部の対立も、それが原因になっているということです。環境破壊とノストラダムスの詩や聖書を強引に結びつけていた五島勉氏も、1980年代前半までは、寒冷化を危惧するような内容の予言関連本や小説を執筆していて、本書の執筆された1970年代には、現在の地球温暖化ほどの危機感ほどではないにせよ、地球の寒冷化が人類の未来を脅かすものと一部の人々にみなされていた、ということなのでしょう。小説も含めて文字記録というものは、当時の価値観にそって書かれるもので、当時の価値観に少しでも迫ることが、その文字記録を理解するのには必要だという当然のことを、改めて思い知らされた小説でもありました。

 現在ではほとんど問題視されることのない地球寒冷化ですが、これはまったくの杞憂というわけではなく、地球史という観点からは、おそらく今後世界的に寒冷化が進み、人類も大きな影響を受けるだろうと思います。では、現在問題視されている地球温暖化は間違いなのかというとそうではなく、おそらく地球寒冷化が数千年~1万年という単位での変動なのにたいして、現在の地球温暖化は数百年単位での変動でしょうから、人類がまず対処すべき問題としては、地球温暖化のほうが優先されるのは当然でしょう。

 もっとも、地球規模での気候の変化といった大規模で長期的な観察の要求される事象は、数百年単位とはいえ現代科学の苦手とするところと言えますから、地球温暖化についての疑問が絶えないのも、仕方のないところでしょう(もちろん、経済・既得権といった他の問題も絡んでいるわけですが)。じっさい現状では、地球温暖化の仕組みがほぼ完全に説明されているわけではなく、地球温暖化が今後どれだけの被害をもたらすのか、現在の地球温暖化阻止策がどれだけ有効なのかということについて、まだ確証がないと言うべきでしょう。

 気温変動だけについていえば、地球温暖化よりも遠い将来の地球寒冷化のほうが、人類にとって打撃は大きいだろうと私は考えていますが、人類のような大型生物がこれだけの数にまで増えたことは、おそらく地球史上なかったはずで、しかも現代人の地球資源の利用度は過去のどの生物よりもはるかに高いでしょうから、地球温暖化が人類にとってたいへん深刻な問題になる可能性もけっして低くないだろう、とは思います。

 地球温暖化のような環境問題は、確証が得られたときにはすでに手遅れになっているという可能性がけっして低くないので、見切り発車でさまざまな対策を講じるのは仕方のないところでしょう。もちろん、間違いが判明すればただちに修正する必要がありますが、厄介なのは、それまでの地球温暖化対策そのものが既得権になってしまい、なかなか修正されない場合もあるかもしれない、ということです。

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