『イリヤッド』でとくに面白かった話

 『イリヤッド』を1話単位で見ていった場合、私がもっとも面白いと思ったのは9巻所収の72話「ゼウスの洞窟」で、次に面白いと思ったのは13巻所収の100話「参商の如し」です。

 72話「ゼウスの洞窟」は、主要人物で登場したのがグレコ神父だけで、主人公の入矢も含めて「入矢側」の人物がまったく登場しないという、全123話の『イリヤッド』の中でも異例の話でした。靴磨きの少年とテルジス博士との関係と、それによって浮き彫りにされたグレコ神父の心情が描かれ、ヒューマンストーリーとしてたいへん面白い出来になっていました。また、『イリヤッド』の歴史ミステリーとしての側面では最大の謎である「人類の禁忌」について、重要な手がかりが提示されたという意味でも、たいへん面白い話でした。

 100話「参商の如し」は、表題にもなった故事を上手く使い、過去の呂信と始皇帝・現在の呉規清と呉文明という二組の異母兄弟を対比させつつ、物語が展開していきます。秘密結社の一員である張老人は、不仲な関係を意味するとされる「参商の如し」という故事について、兄弟は本当に仲が悪かったのだろうか?と疑問を呈していますが、連載が完結した今となっても、私には「参商の如し」の真の意味が分かりません。

 呂信は異母弟の始皇帝の命で不老不死の薬を探し求め、その過程で、おそらくフェニキア商人から、アトランティスの場所を記した地図の入った壺を購入します。『秦始皇伝奇』には、始皇帝が呂信を殺すさい、「吾は神となり不死となり現世を治むる・・・・・・兄は死して冥界の王となれ・・・・・・吾甦る時、冥界の王の許しを乞わん」とありますが、始皇帝が呂信を殺した理由、および両者の真の関係については、どうもよく分かりません。

 それでもなんとか推測してみると、兄弟の間には信頼・愛情があったけれども、呂信が人類の禁忌まで知ったことが、始皇帝が呂信を殺した理由なのかな、と思います。その場合、人類の禁忌を知った呂信を、秘密を守るために始皇帝が仕方なく殺したとも考えられますが、人類の禁忌を知った呂信が、始皇帝にアトランティス探索を止めさせようとした結果、始皇帝が呂信を殺したとも考えられます。

 呂信が不老不死の薬の探索中にアトランティスにまつわる秘密を知ったとすれば、人類の禁忌と不老不死とに関わりがありそうです。人類の禁忌とは、人類に不老不死はあり得ず、それは個人単位だけではなく、種・集団という単位でもそうなのだ、ということなのかもしれません。

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この記事へのコメント

2008年07月27日 22:29
ご無沙汰しております。「参」(しん)と「商」とは、それぞれ星の名前で、それぞれオリオン座の三つ星とサソリ座だそうです。両星を同時に見ることが出来ないことから、古人は「会いがたい」ことの比喩として常用したと言います。
有名?なところで、杜甫の「衛八処士に贈る」という詩に、「人生あい見ざること、ややもすれば参と商とのごとし」とあります。
2008年07月28日 05:01
これはお久しぶりです。

「参商の如し」については、『イリヤッド』の連載時にちょっと調べてみたのですが、出典がよく分かりませんでした。

この故事の原型は始皇帝兄弟のことだというのは作中での創作でしょうが、杜甫の詩に見えるということは、遅くとも唐代にはさかのぼることになりますね。

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