高柳光壽「わが国に於ける国家組織の発達」

 現在の日本史学界ではどう評価されているのか知りませんが、以下に引用する(青字の箇所)高柳光壽「わが国に於ける国家組織の発達」の一節は、私にとってじつに魅力的な見解です。

 一体、わが国の歴史に於きましては、よく綱紀の紊乱とか弛緩とかいふことが説かれてをりますが、それは大抵の場合、最初に完全なものがあり、それが不完全になつて来たと考へる風習と申しますか、さふいふ宗教的な考へ方が一般に深く行なはれてをりまして、その考へ方から考へたことが多いのでありまして、事実は弛緩し乃至紊乱する綱紀は最初からなかつたことが多いのであります。この荘園の増加もさやうでありまして、荘園の増加といふことは人口の繁殖、耕地の増加、中央集権の勢力浸潤といふ自然的な歴史的展開であり、決して綱紀の紊乱でも何でもなかつたのであります。

 高柳の批判する宗教的な考え方とは、「堕落史観」とでも言うべきものでしょう。これは、人間の歴史は時代がくだるにつれて悪くなるというものです。このような観念は一神教・仏教・儒教など世界で広く見られるものであり、現生人類の認識としてはありふれたものと言うべきでしょう。なぜ現生人類の間でこのような認識が浸透しやすいのか、私の見識では的確な説明はできませんが、この問題を追及してみると、色々と面白いことが見えてくるような気もします。


参考文献:
高柳光壽「わが国に於ける国家組織の発達」(1970)『高柳光壽史学論文集』(吉川弘文館)

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