エリザベス=コストヴァ『ヒストリアンI・II』

 高瀬素子訳で、2006年2月に2巻構成で日本放送出版協会より刊行されました。小説ですが、歴史を題材としており、歴史についての雑感もちょっと述べることになるので、読書だけではなく歴史のカテゴリーでも扱うことにします。かなり評判の歴史小説とのことで、以前から気になっていたのですが、他にも読むべき本があったので、刊行されてからかなり経ってから読むことになりました。

 物語は、ある女性が2008年の時点から過去の体験を回想する、という形式で進みます。1972年、16歳だったその女性は、父の書斎にあった本とそこに挟まれていた謎めいた手紙に気づいて読んでしまい、そこからこの物語は始まります。話は、1930年代前半・1950年代前半・1970年代前半という異なる年代の、しかし最終的には一つにつながる三つの物語で構成されています。

 しかし、三つの物語は年代順に語られるわけではなく、1950年代前半→1970年代前半→1930年代前半というように、しばしば年代順を逆転させつつ、それぞれの物語がじょじょに進行していき、1970年代前半の最終場面に収束していきます。年代をしばしば逆転させて物語を進行させるという手法は、『イリヤッド』で慣れているということもあって、戸惑うことなく読み進められました。

 内容は、ドラキュラ伝説を軸にし、しかも吸血鬼の存在と不死が事実とされているという意味ではホラーサスペンスと言えますが、ドラキュラの手がかりとしてさまざまな文献や民間伝承が提示されていて、歴史ミステリー(民間伝承もあるという意味では、歴史民俗ミステリーと言うべきでしょうか)としての性格が強くなっていると思います。そうした史料のどれが本物でどれが創作かというと、私の見識では断言できませんが、虚実とりまぜて史料を提示し、謎解きが進行するという意味でも、『イリヤッド』と通ずるところが多分にあるように思われます。

 こうした背景・構成の作品は、著者の構成力や文章力(この場合は翻訳者も含めてということですが)が優れていないと、ひじょうに読みづらく退屈な物語となるのですが、著者の構成力や文章力はかなり優れているようで、本書を読んでいる間は、次の展開が気になって仕方がなく、夢中になって読み進めました。もっとも、物語なのである程度は仕方のないところもありますが、問題解決の手がかりを提示してくれる人が偶然に次々と現れるあたりは、ややご都合主義的かな、といった感を受けました。

 物語の舞台は、米国・イギリス・フランス・オランダ・ハンガリー・ルーマニア・ブルガリア・トルコなど広範囲にわたっていて、創作だろうというものも含めてさまざまな文献が提示されるとともに、それぞれの地域の歴史的遺産が魅力的に描かれているのも、歴史ミステリーとしての魅力を高めているように思われます。また、トルコ在住者と欧米出身者の、オスマン帝国をめぐる評価の違いがちょっとした議論として描写されているのも、歴史認識の難しさをさりげなく示し、歴史物としてのこの作品の奥行きを深めたものとして、よかったと思います。

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