ウルツォ文化と中部旧石器~上部旧石器時代への移行

 ウルツォ文化(ウルツィアン)と中部旧石器時代から上部旧石器時代への移行、およびウルツィアンの担い手であるネアンデルタール人(ホモ=ネアンデルターレンシス)について論じた2つの研究(Peresani., 2008A、Peresani et al., 2008B)が公表されました。まだ要約しか読んでいませんが、そのうちの一つの研究(Peresani., 2008A)はブログの記事で概要を知ることができました。

 これらの研究よると、イタリア北東部のフマーン洞窟は考古学的には11層から成り、上部の1~2層はオーリナシアン(オーリニャック文化、上部旧石器時代)、3~4層はウルツィアン、5~11層はムステリアン(ムスティエ文化、中部旧石器時代)ということです。ムステリアンとウルツィアンの担い手は、ネアンデルタール人だと考えられています。ウルツィアンはシャテルペロニアン(シャテルペロン文化)との類似性が認められており、中部旧石器文化から上部旧石器文化への移行的性格を示すことが指摘されています。

 オーリナシアン以前の4~11層の年代は、電子スピン共鳴法と熱ルミネッセンス法により、42800~32500年前と推定されます。ムステリアン層で発見された動物化石が示唆しているのは、当時のフマーン洞窟周辺は、湿度が高く適度に寒冷な、おそらくは高山性の環境下にあるということで、フマーン洞窟の住民であるネアンデルタール人は、動物を定期的に狩っていたと思われます。なお、ウルツィアン期のフマーン洞窟には、ずっとネアンデルタール人が居住していたわけではないようです。

 このような気候的傾向は初期上部旧石器時代まで続き、フマーン洞窟における中部旧石器時代から上部旧石器時代への移行は、穏やかな気候的条件下で進展したようです。また、ウルツィアンがイタリア半島以外にも拡大していたことも判明しています。

 こうしたことから、現生人類(ホモ=サピエンス)の急速な拡散に直面したネアンデルタール人が後退していった結果としての、地理的に限定されたウルツィアンという想定を見直す必要が出てきます。ウルツィアンの技術はムステリアンのそれとはかなり異なっており、ネアンデルタール人がこのような技術を採用した理由について、今後のさらなる研究の進展が期待されます。


参考文献:
Peresani M.(2008A): A New Cultural Frontier for the Last Neanderthals: The Uluzzian in Northern Italy. Current Anthropology, 49, 4, 725-731.
http://dx.doi.org/10.1086/588540

Peresani M. et al.(2008B): Age of the final Middle Palaeolithic and Uluzzian levels at Fumane Cave, Northern Italy, using 14C, ESR, 234U/230Th and thermoluminescence methods. Journal of Archaeological Science, 35, 11, 2986-2996.
http://dx.doi.org/10.1016/j.jas.2008.06.013

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