ウイニングポスト7マキシマム2008(Aモード大牧場プレイ1988~1990年)

 前回
http://sicambre.at.webry.info/200809/article_17.html
の続きです。スピード77・サブパラSCSBSSAという期待の牝馬(適性はダート)は、10月2週の京都ダート1400mの新馬戦でデビューすることになりました。馬名はマツケンストーンです。1987年の11月2週に白井調教師が預けてくれと言ってきたので、白井厩舎所属です。7無印や7PKでは、白井調教師のような名調教師とはなかなか知り合えなかったのですが、マキシマム2008では、幼駒の能力が高ければ(スピード75以上?)名調教師が尋ねてくるのかもしれません。

 新馬戦では新馬特性をもっている騎手を乗せることにしていますので、今回は河内騎手に依頼しましたが断られたので、小島太騎手に依頼しました(後に調教師に転身しますので)。マツケンストーンは逃げて2着馬に7馬身差をつける圧勝で、コースポの新馬戦評価では血統3・レース4で、「センス良し」というなかなかの高評価てす。

 マツケンストーンの2戦目は11月1週の東京ダート1400mの500万下条件で、後に調教師に転身する柴崎騎手に依頼しました。この時期にはまだ新馬・大舞台・牝馬・ダートの特性をそろってもっている騎手がいないので、マツケンストーンの主戦はとくに決めず、調教師に転身する騎手をできるだけ多く乗せることにしました。

 ここも6馬身差で楽勝したマツケンストーンは、次に初重賞となる兵庫ジュニアグランプリも3馬身差で楽勝し、全日本2歳優駿に出走します。同期にロジータがいるので、ロジータが出走してきたら負けるかな、と思っていたのですが、さいわいにもロジータは出走してこず、ここも4馬身差で楽勝して初の大レース勝ちをもたらしてくれました。確かにマツケンストーンのスピードは77もありますが、この時点では成長度が86なのにあっさりと勝ちました。全日本2歳優駿は7PKよりも勝ちやすくなっているのかもしれません。

 マツケンストーンは3歳時の1989年にも快進撃を続け、ジャパンダートダービー・JBCスプリント・ジャパンカップダートと勝ち続け、東京大賞典に出走します。東京大賞典にはロジータが出走してきたので、史実補正もあるだろうし勝てないかなと思っていたところ、やはりロジータに負けて2着に終わりました。実力差なのか史実補正のためなのか、やや判断の難しいところです。マツケンストーンに現役を続行させるか悩んだのですが、寿命もあまり残っていませんし、繁殖成績に期待できそうだったので、引退させることにしました。

 マツケンストーンの1歳下のマツケンガイド(スピード73・サブパラSSCASSS・ダート型)も順調に勝ちあがり、全日本2歳優駿を制して3戦全勝で2歳戦を終えます。全日本2歳優駿では調子落ちだっただけにやや不安だったのですが、それでも楽勝しており、やはりマキシマム2008になって全日本2歳優駿は勝ちやすくなっているようです。

 1990年の主力は、このマツケンガイド(3歳)と、マツケンストーンと同期の4歳馬マツケンミンク(スピード70・サブパラSSCCSSS・万能型)です。マツケンミンクは晩成型なので出世が遅れていましたが、3歳秋にオープン入りし、伊藤雄二厩舎に預けた効果なのか、晩成型なのに4歳1月1週の時点で成長度が95もありますし、Cだった勝負根性と柔軟性がAとSにまで成長していたので、今後重賞戦線で長く活躍できそうです。

 マツケンミンクのスタミナは79あるのですが、さすがにスーパークリーク相手に天皇賞(春)を勝てるとは思えないので、ダートと芝の2000m以上のレースを狙わせることにしました。マツケンミンクは、けっきょくGIには出走させませんでしたが、この1年間で重賞を7勝し、期待に応えてくれました。もっとも期待していたマツケンガイドは、JBCクラシックでチャンピオンスターに負けたものの、ジャパンダートダービー・ジャパンカップダート・東京大賞典を勝ち、満票で最優秀ダート馬に選出されました。この馬にはもう1年頑張ってもらうことにします。

 成長型が遅めのマツケンコラム(スピード71・サブパラSCSBSSA)はフィリーズレビューでダイイチルビーに完敗したので、桜花賞を断念してニュージーランドトロフィーからNHKマイルカップへと進んだのですが、ダイイチルビーがオークスに出走してくれたので、運よく両レースとも勝つことができました。


 大牧場プレイでは基本的に介入できない実在馬の動向ですが、1988年の牡馬クラシック戦線は、皐月賞をオグリキャップが、日本ダービーをサクラチヨノオーが、菊花賞をスーパークリークが制しました。7無印では、オグリキャップのレース選択は史実に近かったのですが、7PKからは、オグリキャップはクラシックに出走するようになりました。

 オグリキャップよりもかなり能力を低く設定したサクラチヨノオーが日本ダービーを勝ったということは、やはり史実補正は強力だということでしょうか。それならば、皐月賞でヤエノムテキが勝つように設定していてもよさそうなものですが、ヤエノムテキは皐月賞では11着と完敗でした。どうも、史実補正の基準が曖昧な気がしますが、製作者側の好みが反映されているということでしょうか。菊花賞でのスーパークリークの勝利は、史実補正ではなく距離適性の差なのでしょう。

 1988年の安田記念にはミエスクが出走してきて、ニッポーテイオー以下日本馬を一蹴しました。Aモードの史実期間とはいっても、ときとしてこのように史実に反して大物外国馬が出走してくることがあるので、油断ができません。7ノーマル版では、ドバイミレニアムが宝塚記念に出走してきたことがありました。

 1988年のマイルチャンピオンシップはサッカーボーイが勝ったのですが、このときのサッカーボーイはまだ1000万条件にいて、前週の時点では除外対象となっていました。しかし、サッカーボーイは出走できたうえに勝ってしまいました。これは明らかに史実補正の効果でしょう。まあ能力だけで言えば、サッカーボーイはマイルチャンピオンシップを勝っても不思議ではないのですが、気性を激(超)に設定したためなのか、ここまで1000万条件に低迷していました。イナリワンとヤエノムテキが史実ほどには活躍しないのも、気性を激(超)に設定したためなのかもしれず、サッカーボーイとヤエノムテキとイナリワンについては、気性を激または荒いに設定すべきなのかもしれません。その他の実在馬はおおむね実力通りの戦績で、史実に近い結果となりました。

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