田中史生『越境の古代史』

 ちくま新書の一冊として筑摩書房より2009年に刊行されました。弥生時代~10世紀にかけての、アジア東部における広域的な「交流」の様相を、日本列島を中心として多面的に描き出そうとした意欲作だと思います。ただ、王権の交流に限定されない多面的な交流を描き出そうとする意欲はよいのですが、考古学的成果よりも文献のほうに圧倒的に比重が置かれていることもあり、とくに6世紀以前の交流については、著者の意図がじゅうぶんに実現されたとは言えないように思います。とはいえ、日本と新羅とのネットワークが強い影響を及ぼしていたことや、7世紀以降の帰化人と故地に帰還することもあった6世紀以前の渡来人との違いや、それとも関連する日本列島への知の導入の在り様の違いなど、興味深い指摘が少なからずあり、なかなかの良書と言ってよいだろうと思います。また、本書の以下のような指摘(P222~223)は、見通しとしてはたいへん魅力的だと思います。

 結局のところ、かくも様々な不安定要素を抱える国際交流の世界にあって、そのあり方や歴史を規定する要因は、政治的関係から個々の人間関係にいたるまで、極めて多様で多層的で複合的であった。倭国の時代、国際交流に必要なインフラの整備を倭王権に頼りながら、そのなかで越境的に結ばれた個々のネットワークが倭王権の外交を振り回したのも、同じことである。だから、海域を活動の舞台とし、様々な地域と関係を結んだ交易者たちが、海域と接する一国政治から解き放たれていたというわけではないし、政治的に管理された“交易港”が健在だからといって、政治的管理が基本的に貫徹していたと判断することもできない。古代人は、互いをつなぐ驚くほど多様な社会的装置を持ち、それを駆使し、使い分けて、越境的なネットワークを動かし、ネットワークを変形させていた。そのネットワークは、どこの国の歴史にも専属せず、それでいて様々な国の歴史の影響をまともに受ける。しかもそのネットワークは、ある地域の社会変動をすぐさま別の地域へと運び、各地の歴史を連鎖の歴史へと導く。私たちがこのダイナミックな“つながり”に目を向けるとき、あらゆる歴史が“私たち”の前に開かれるはずだと思うのである。

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