穀類食の起源

 穀類食の起源についての研究(Mercader., 2009)が公表されました。この研究では、モザンビーク北西部のニアッサ州のンガルエ洞窟遺跡で出土した、中期石器時代の105000年前頃の石器に付着していた、膨大な量のデンプン粒が確認されました。このことから、当時のアフリカ南東部の人類は、モロコシを含むイネ科の穀類に依存しており、それは少なくとも105000年前には始まっていたのではないか、と指摘されています。

 この研究の意義は、更新世末期に始まると考えられ、しばしば現代的行動の開始と関連づけられてきた穀類を調理しての消費が、105000年前までさかのぼる可能性が高いことを示した点にあります。穀類を調理して食すことが、更新世末期以降に始まったと考えられてきた理由は、穀類を食すにあたっての処理の技術的困難さと、植物性の食資源としては、人類史において長きにわたって根・果実・堅果が重視されてきた、と考えられてきたことにあります。しかし、この研究が明らかにしたように、穀類の調理・消費は10万年以上前までさかのぼる可能性が高く、これは、現代的行動の起源を中期石器時代に求める近年の傾向と整合的とも言えます。

 なお、穀類の消費自体は75万年前頃までさかのぼる可能性がありますし、
http://sicambre.at.webry.info/200912/article_20.html
現生人類だけではなく、ネアンデルタール人も穀類を食していたと考えられます。
http://sicambre.at.webry.info/200804/article_31.html
また、この研究とは離れますが、穀類をはじめとした植物資源の加工調理も興味深いのですが、中期石器時代に、植物資源そのものを人間が管理していた可能性も注目されます。
http://sicambre.at.webry.info/200711/article_2.html
もちろん、これを中期石器時代の農耕や栽培とただちに断言することはできないにしても、後の農耕や栽培につながる行為が、5万年前よりもさらにさかのぼる時代にアフリカで始まった可能性は、けっして低くないでしょう。植物資源の管理という発想は現生人類において5万年前以前からあり、さほど珍しくないとすれば、時期に差はあるにせよ、農耕が世界の複数の箇所で独自に始まったことも不思議ではないでしょう。


参考文献:
Mercader J.(2009): Mozambican Grass Seed Consumption During the Middle Stone Age. Science, 326, 5960, 1680-1683.
http://dx.doi.org/10.1126/science.1173966

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この記事へのコメント

kuroneko
2009年12月23日 14:01
石器の種類は分かりますか?つぶして食べたのなら、磨り石石皿セットかチョっピングツールでしょうか、よく残るものですね
2009年12月23日 18:36
すみません、要約しか読んでいないので、石器の種類については分かりません。

国会図書館に行けばよいのですが、しばらくはその時間を作れそうにありません。
Ganesa
2009年12月23日 20:51
いつも興味深い記事を読ませて頂いてまして、本当に感謝しております。 m(_ _)m

つたない素人考えで申し訳ないですが、
10万年より以前から穀物食の調理開始とすると、東アジアにはまだサピエンスが到達してなかった時期からになりますね。
北京原人などのアジアのエレクトス達も穀物を調理出来てたりするのでしょうか?
農耕開始="ムラ"社会発生とかのステレオタイプ的な考え方も変わってきそうで面白いと思います。
いろいろ妄想が広がります。もっと勉強しなくては!

劉禅さまの他の記事も、現在読書中です(遅々として進んでませんが(笑))
何卒、今後ともいろいろ教えてくださいヾ(゜ー゜ゞ)( 尸ー゜)尸
2009年12月23日 23:58
この遺跡では人骨の共伴はないようですが、時期と地域からして現生人類の所産だと思います。

穀物を調理した証拠は、今のところ現生人類以外には認められていないのですが、エレクトス(と推測される人類)は草食獣をかなり巧妙に解体しており、手先はなかなか器用だったと考えられるので、その可能性が多少はあると思います。

ただ、これまでの証拠からすると、エレクトスは穀類を調理していたわけではない、と考えるのが妥当なところでしょう。
Ganesa
2009年12月24日 08:39
丁寧なご返信、ありがとうございます m(_ _)m

なるほど、エレクトス系は恐らく調理まではしてなかっただろう、なのですね。
本文にある「植物資源の管理」は、何となく、通常の"縄張り"意識が変化した
ものなのかなぁ、と思いますが、「調理」は、食物を加工して食するという行動は、現生人類からであるというのは、ほぼそうであるのですね。
10万年より以前というと、サピエンスが拡散を始めたか始めてないか位・・・でしたっけ? (;^_^A

すいません、こんな何となくな無根拠質問にお付き合い頂いて、ありがとうございます m(_ _)m
もうちょっと、自分でも文献読んで見ます。今のうちに読んでまとめておかないと、どんどん書き換わっていって、何がなんだか分からなくなりそうですね(笑)
2009年12月24日 20:08
サピエンスの拡散については、現代の非アフリカ人の主要な遺伝子源となった人々ということで言えば、10~5万年前頃に始まった可能性が高いでしょう。

ただ、10万年前以前にも東南アジアあたりまで進出したサピエンスがいた可能性は高いと思います。
kuroneko
2009年12月25日 02:07

サルもいしころと台石でつぶしたり割ったりしてるのがいますから、穀物の種類がうまくわかれば、たとえば、特徴的な皮の部分が残ってるとかだと、いいのですが。幸島のサルは、麦をやると、浮かして食べてましたね。穀物はナマでも食べてると思うなあ。問題は、集めてるか、確かに石器か、です。
2009年12月25日 07:01
穀類をすり潰しているのではないか、との観点から石器を検査しなおせば、これまで考えられていたよりも多くの調理例が見つかるかもしれません。

穀類を生で食べていたことは、かなり古い時代からあったかもしれませんね。
kuroneko
2009年12月29日 20:55
まだ、該当の論文に接していないのですが、石器にでんぷんがついてるイコール人類の所産となるには、共伴している他の石器が重要かと思います。先に申しましたように、サルも磨り石石皿セットは使うので、あちこちで類例が出る、他の人工物が共伴することが確認できないと、穀物を利用したのは人類、とはならないでしょう。文中の調理というのは、劉さんの訳でしょうか、「調理」とは考古学的には火を使った意味です。ストーンボイリングやアースオーブンの痕跡があるのでしょうか。実際には何と書かれているのか、興味がありますね。
2009年12月29日 21:21
要約に出てくる“culinary”を調理と訳したのですが、調理が考古学的には火の使用を意味するという認識はなかったので、問題のある表現だったかもしれません、すみません。要約でも他の報道でも、火の使用について示唆されているわけではありません。

どのような石器なのかという問題も含めて、人類の所産なのか確信するためには、やはり全文を読まないといけませんね。
kuroneko
2009年12月29日 22:19
なるほど、アブストを読むと、思わせぶりな記述ですね。ソルガムが出た、というより、草のタネを利用していてその中にはキビ属が含まれる、のようですね。調理・料理と言い切ってるので、出土状態がアースオーブンの構築礫なのかもしれません。しかし、「中石器の石器」(トウール)ですから、敲打痕が一定の場所にあるなど器種が認定出来るのかもしれません。ところで、SCIENCEは普通の本屋にはなかなか無いんです。買おうかと思ったんですが、、、他の報道でもあったんでしょうか。モザンビークでも検索してみましょう。
kuroneko
2009年12月31日 00:24
教えていただいた朝日の報道を見ました。石器はたたき石と磨り石のようですね、黒いのは焦げてるのだろうか。70個もあるということなので、地球研の佐藤先生の言われるように、あとは、周辺の植生や環境、人類とのかかわりが重要ですね。花粉分析が有効なのではと想像しています。やはり「料理」とカッコつきの記事でしたね。ヒトが調理して食べた、調理の痕跡と断定するには、まだ、という意味です。来年もよろしく。
2009年12月31日 22:03
やはり、まだ断定するには時期尚早なのですねぇ。

この件も含めて、今年も色々とご教示いただき、ありがとうございます。

来年もよろしくお願い申し上げます。

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