6万年前の線刻

 南アフリカの西ケープ州にあるディープクルーフ岩陰で発見された、6万年前頃の線刻のある大量のダチョウの卵殻についての研究(Texier et al., 2010)が報道されました。オンライン版での先行公開となります。これらの卵殻はハウイソンズ=プールト文化期のもので、抽象的な線が意図的に彫られていることから、象徴的思考の証拠だと解釈されています。さらに注目されるのは、2種類の標準的な文様が彫られた貝殻が大量に発見されていることで、規格化された彫刻が行われていたことを示しており、散発的な証拠ではないことから、象徴的思考の考古学的指標としてはかなり強力な証拠になるのではないか、と思います。これらの卵殻は水筒として用いられ、その文様は、使用していた集団を明示していたのではないか、と指摘されています。こうした集合的な同一性と個々の表現な明確な伝達は、当時のアフリカ南部の人類に、現代人と重なる社会的・文化的・認知的能力があった有力な証拠になる、と思われます。

 象徴的思考を含む現代的行動は、5万年前頃に遺伝子の突然変異により突如として一斉に始まった、とする見解(神経学仮説)には、根強いものがあります。その前提として、サハラ砂漠以南のアフリカの後期石器文化と、ヨーロッパ・西アジア・北部アフリカの上部旧石器文化とを、人類史のうえで画期的な飛躍とする見解(創造の爆発論)があります。近年では、さまざまな考古学的証拠から、現代的行動とされるものは、サハラ砂漠以南の中期石器時代に散発的に出現していた、とする見解が有力になりつつありますが、この研究もそうした傾向を強めるものであり、意外な感はありません。しかし、大量の規格化された生産が確認されたという意味で、じゅうような研究成果だと言えるでしょう。注目されるのは、この論文の著者の一人がリチャード=クライン博士ということで、神経学仮説の代表的論者であるクライン博士も、とくに年代について、自説の大幅な修正の必要を痛感しているのかもしれません。

 一つ気になったのは、上記の報道の末尾の解説で、どこかで読んだ記憶があるなと思ったら、私が以前執筆した文章の要約でした。自分の文章をネットで公開している以上、どこかで引用される可能性はあるので、引用自体についてとやかく言うつもりはないのですが、上記の報道の引用には不適切なところがあり、困惑しています。創造の爆発論の前提として、ヨーロッパにおける中部旧石器時代から上部旧石器時代の大変化があるのは間違いないのですが、創造の爆発論を前提とする神経学仮説においては、サハラ砂漠以南のアフリカの後期石器文化がそれ以前の中期石器文化とは一線を画すものとされているだけに、ヨーロッパだけではなくアフリカにも言及してもらいたかったものです。アフリカ南北部におけるビーズの作製・埋葬・儀式との要約にはかなり問題があり、生物圏としてはアフリカの延長上にあるとも言えますが、レヴァントとアフリカは明確に区別してもらいたかったものです。また、上記報道の要約では、ビーズの作製・埋葬・儀式が揃って確認されているかのように解釈されるかもしれませんが、後期石器時代や上部旧石器時代よりも前の明確な埋葬が確認されているのは、今のところサハラ砂漠よりも北だけであり、サハラ砂漠以南のアフリカでは発見されていません。以前執筆した文章では明確には述べていませんでしたが、現代的とされる行動がこのように個別・散発的に出現することは、神経学仮説への反証になると思います。


参考文献:
Texier PJ. et al.(2010): A Howiesons Poort tradition of engraving ostrich eggshell containers dated to 60,000 years ago at Diepkloof Rock Shelter, South Africa. PNAS, 107, 14, 6180-6185.
http://dx.doi.org/10.1073/pnas.0913047107

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