大河ドラマ『風と雲と虹と』第41回「貞盛追跡」

 承平7年12月14日(937年、正確にはユリウス暦938年1月17日)、良兼・源扶の夜襲を受けた将門は、数で大きく劣るために苦戦します。良兼は娘の良子のいる部屋へと入ろうとしますが、良子は手に槍(槍という言葉はこの時代にはまだないようですが)を持って良兼に向けます。良子を迎えに来たのだ、我が子を討とうとする親がどこにいる、と良子を説得する良兼ですが、自分は将門の妻で豊田丸の母なのだ、と言って良子は良兼に槍を向けます。そこへ将門が入ってきて良兼と斬り合いとなり、良兼を部屋から追い払うなど、将門勢はやや盛り返します。

 やや押され始めたと感じたのか、扶は将門に一騎討ちを求め、一気に決着をつけようとします。将門もこれに応じ、危ういところもありながらも扶を倒します。これで流れは一気に将門側へと傾き、多くの民人が将門に加勢すべく向かっている、と玄明が叫ぶと、情勢不利とみた良兼は退却していきます。良兼・扶連合軍は、80名のうち40名余が討ち取られてしまいます。良兼は良子に槍を向けられたのがよほど衝撃的だったようで、呆然として退却していきます。玄明は、良兼を討ち取ろうと思えば討ち取れたのですが見逃し、将門もそれでよい、と言います。こうしたところが、将門の甘さでもあり美点だとも言えるでしょう。将門は、負傷者は敵味方問わず介護するように指示します。扶はまだ息がありましたが、あなたとは妙な縁だったな、と良子に言って息を引き取ります。

 将頼が石井の館への夜襲を知ったのは、夜が明けてからのことでした。将頼は、岡崎の砦で呑気に働いていた小春丸を捕らえようとしますが、健脚の小春丸は逃げだし、恋人と会います。玄明は、小春丸は行く当てがないだろう、と将頼に言って追いかけません。小春丸は恋人から良兼・扶の夜襲が失敗したことを知りますが、なおも良兼の一の郎党に取り立てられるはずだ、と呑気なことを言います。しかし小春丸の恋人は、良兼が負けたのにそんなことはあるまい、と言います。恋人は小春丸にすっかり愛想を尽かし、小春丸と別れる決意をします。小春丸は、なおも証文をもって良兼の館に行きますが、そこへ蓮沼五郎が現れ、小春丸から証文を受け取ると、ただの白紙だといって証文を破り捨て、小春丸を追い払います。行く当てのない小春丸は、承平8年(938年)1月3日、捕らえられて殺された、との『将門記』の一節が語りにて引用され、小春丸の最期が語られます。

 良兼は、夜襲の失敗後、病に臥せっていました。父の良兼に会いたいだろうな、と将門は良子に尋ねますが、自分の家はここだ、他にはない、と良子は答えます。員経は、良正も病に臥せっており、源家も男子をすべて失っていて、当分は静かになるだろう、と言った後、まだ貞盛・繁盛・佗田真樹がいる、と思い直します。その貞盛は、母の秀子に、将門との和睦を考えていることを相談します。板東の気風は嫌いだと言う貞盛は、自分は板東に合わず、都に行けば万事うまくいくだろう、と言います。人臣最高位にある藤原忠平のお気に入りだと自負している貞盛は、忠平の仲介で将門と和睦し、所領の半分を将門に譲り、残りの半分は将門に管理を委ねるつもりであることを、母に語ります。しかし、貞盛の妻の小督が、貞盛と秀子との会話を密かに聞いていました。

 貞盛は小督・繁盛・真樹を呼び、お前たちは公の力を軽くみているようだが、それは違う、と言います。確かに、板東では豪族の力が強く、公の出店とも言うべき国府の威令が行き届いていないが、それは板東が遅れていることの証ではないのか、と貞盛は言います。では、板東でも公の威令が行き届くようになるのか、と繁盛に尋ねられた貞盛は、当然そうなるべきだと思う、と答えます。お前たちは信じていないようだが、近頃西海では海賊がすっかり鎮まっており、これが公の威令ではなくて何だ、と貞盛は諭します。西が鎮まれば今度は東で公は強力な手を打ってくるだろうが、その時期は近いと自分は考えている、と貞盛は言います。それ故に自分は上京するのであり、それこそが再興の唯一の道だ、現に自分が板東にいても将門には歯が立たない、と貞盛は言います。

 そこへ小督の姉である詮子と定子がやって来ます。貞盛と秀子の会話を盗み聞きしていた小督が呼んだのでした。三姉妹の父の源護が臥せっているという理由で、良兼の妻の詮子も良正の妻の定子も、貞盛の館と同じく常陸の府中にある護の館に来ていたのでした。良兼も良正も病に臥せっているではないか、と貞盛が尋ねると、良正はもう酒浸りですっかり呆けている、と定子は答え、良兼には息子がついているのに、護には自分たち三姉妹以外身寄りがいない、と詮子は答えます。貞盛は、もてなしの準備をするよう小督に言い、なんとか場を取り繕おうとしますが、さすがに詮子は厳しく、上京する貞盛の目的が将門打倒であることに間違いはないか、と貞盛に念押しします。貞盛は、そうだと誤魔化し、母や妻や若い弟を見捨てるだろうか、と言い、詮子の美しさと定子の笑顔を誉め、なんとか場を取り繕います。年老いた夫をもつ詮子と定子は、若く爽やかな貞盛をもつ妹の小督を羨み、小督のほうは、それを意識して誇らしげでした。貞盛は詮子と定子を憎んでおり、もはや妻の小督にも冷たい感情しか抱いていませんでした。

 承平8年2月、将門に気づかれないよう、貞盛は東山道経由で密かに都へと向かいますが、貞盛一行の規模は小さくはなく、その一行の様子を、下野の佐野のあたりで藤太とその郎党の佐野八郎が見ていました。八郎は貞盛の郎党の一人を知っており、一行の主らしき若い男性が貞盛であることに藤太は気づきます。藤太は将門に、貞盛が都へと向かっているようだ、と書状にて知らせます。将頼は、藤太ほどの人物もいよいよ将門に懇親を求めてきたのだな、と言いますが、はたしてそうなのか、将門は確信が持てません。いつものように朝廷に工作に出掛けたのだろう、と員経が言うと、将門も同意します。追いかけて討とうという将頼を将門は制止し、貞盛は自分の手で討つ、と言います。将門は、藤太の心が気にかかっていました。自分の予感にすぎないかもしれないが、藤太は自分のことをよく知っているような気がする、と将門は言います。坂東の豪族ならだれでも将門のことを知りたいと思っている、と言って員経は笑いますが、将門は依然として藤太の心が気にかかっています。しかし、それはともかくとして、将門は貞盛を捕らえるべく出立します。

 将門は、国境を越えての追捕となるため、国府をはばかって軽装で向かいます。員経は、下野の佐野のあたりを通りかかったとき、藤太の領地だと将門に言い、将門は、礼を言わねばならないが、帰りのことにしよう、と言います。その様子を、民人の姿をした八郎が見ていました。八郎は、将門勢は行動が早く、戦慣れしており、碓氷峠を越えたあたりで貞盛に追いつくのではないか、と藤太に報告します。将門は貞盛を討てるかな、と藤太に問われた八郎は、確かなことだと思う、と答えます。

 藤太に何か考えがあるように思った八郎は、藤太に尋ねます。藤太は、将門に会ったことはないが、将門のことをなぜかよく知っているような気がする、と言います。武蔵から将門のことを聞いているからでしょうか、と八郎が尋ねると、それもある、と藤太は答えます。藤太は、将門には大きな傷がある、と言います。八郎がその意味をはかりかねていると、欠けていると言ったほうがよいか、と説明します。将門には、板東の主になるためには欠けているものがある、と藤太は言います。八郎には藤太の言わんとしていることが分からず、将門の心だ、と藤太は言います。

 将門の心が弱いということなのか、と八郎が尋ねると、どうも将門の心は暖かいらしいのだ、と藤太は答えます。それが傷なのでしょうか、と八郎が尋ねると、なくてはならないものは冷たさなのだ、と藤太は答えます。将門は民人に愛されているそうだな、と藤太が尋ねると、八郎は肯きます。藤太は、畏れられねば、と言います。殿は将門に、民人を愛し、民人を無慈悲に扱った国府の役人を叩き殺したご自分の若い頃の姿を、鏡を見るように見いだしているのではないか、と八郎は藤太に尋ねます。藤太は、今自分が鏡を見れば、四十路も半ばにさしかかった姿が映るばかりだ、と言います。藤太は、様子を見守ることにしますが、もし将門が貞盛を討ち取ったら、将門につくことをゆっくり考えてみよう、と言います。藤太の登場場面でよく流れる音楽が今回も流れていたのですが、これは藤太のテーマということなのでしょうか。将門や純友のテーマ(と思われる曲)が明るく勇壮な感じなのにたいして、こちらは不気味な感じの曲です。貴子のテーマ(と思われる曲)にも暗い感じの曲がありましたが、これは不気味な感じはさほどありませんでした。

 その頃、将門は貞盛を追いかけ、険しい碓氷峠を進んでいました。今回はこれで終了となりますが、相変わらず見所が多く、感心しています。夜襲では、扶の最期もなかなかよかったのですが、良兼の悲哀がとくに印象に残りました。良兼役の長門勇氏は、したたかで冷酷なところもあるものの、身内には甘く、老いの寂しさを漂わせている、という良兼を好演していると思います。あまり出番がなかった小春丸も、しっかりと人物像が設定されて、話が描かれたあたりは、原作の功績もあるのかもしれませんが、よく出来た脚本だな、と感心します。貞盛と源家三姉妹とのやりとりも、それぞれの個性を活かした脚本となっており、演技もしっかりとしているということもあり、安心して見ていられます。

 今回の最大の見所は藤太と八郎との会話で、藤太の人物像がかなり明らかになるとともに、将門の悲劇的な最期を示唆する内容にもなっていました。藤太は、若い頃は将門と同じく暖かい心で民人を愛し、民人のために府の役人を殴り殺すほどの熱血漢だったのですが、現在の藤太は、その頃の自分を若気の至りと切り捨てており、板東の主になるためには、暖かさではなく冷たさが、民人に愛されるのではなく畏れられる必要がある、と考えています。これは将門の特徴をよくとらえており、将門が再起できた理由であるとともに、けっきょくは挫折してしまった結末への説明というか伏線になっているのでしょう。

 藤太は、将門が貞盛を討てるような冷たさを持っているならば、将門に従う決意もしているようですが、このときの発言から、かなり自尊心の高い人物であることも窺えます。これまで、貞盛が将門と対照的な人物として描かれてきましたが、貞盛の場合、根本的なところで将門と異なる人物であるのにたいして、藤太は、将門と本質的なところで似ているもの、現在はすっかり異なる人物である、というように描かれています。この対比もまた、面白いものです。

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