実松克義『アマゾン文明の研究』

 現代書館より2010年2月に刊行されました。副題は、「古代人はいかにして自然との共生をなし遂げたのか」です。以前テレビで、アマゾン流域の「モホス文明」が紹介されていましたが、それは、著者が主体的役割を果たしたモホス・プロジェクトの途中までの成果をテレビ局(TBS)が映像化したものでした。この番組を見たときは、モホス「文明」と言えるのか、疑問を持ち、どうも納得がいなかったことを覚えています。その後もプロジェクトは続き、その成果が活字化されたということで、読んでみることにしました。また、ヨーロッパからの本格的な侵略が始まるまで、アマゾン流域は未開の地だった、とする見解への批判は、『1491 先コロンブス期アメリカ大陸をめぐる新発見』を読んで知っていましたが、
http://sicambre.at.webry.info/200801/article_27.html
 本書でその具体例をさらに詳しく知ることができるのではないか、という期待もあって読んでみる気になりました。

 本書では、日本とボリビアの合同学術調査であるモホス・プロジェクトの2009年までの成果が紹介され、モホス「文明」の事例を中心として、アマゾン「文明」の特徴・意義が主張されています。モホス・プロジェクトは2009年に第一段階が終了したばかりで、今後まだ調査が続くことになっています。じっさい、本書でも強調されているのですが、モホス「文明」をはじめとするアマゾン「文明」は、これまで軽視される傾向にあり、他の著名な「文明」と比較して、研究の蓄積が不充分であることは否めません。本書を読んでも、不明なところがまだ多いというか、新たな謎がさらに増えているといった感じで、アマゾン流域での15世紀末以前の人類の活動については、今後の研究の蓄積を待たねば、評価が難しいだろう、と思います。

 その意味で、本書でのモホス「文明」をはじめとするアマゾン「文明」の評価には、やや先走ったところがあるかな、との危惧もあります。とくに、自然との調和・共生をアマゾン「文明」の特徴と強調しているところには、疑問を感じます。自然と対立し、自然を征服しようとする西洋「文明」という通俗的見解を前提として、西洋「文明」に基づく現代社会のさまざまな環境危機へのアンチテーゼとして、ヨーロッパ以外の先住民族に自然との調和・共生という価値観・観念を見出し、賞賛する主張は、日本では珍しくありませんが、本書にもそうした傾向が認められるように思います。

 そもそも、自然と対立し、自然を征服しようとする西洋「文明」という通俗的見解にも慎重な検証が必要だと思いますが、ヨーロッパ以外の先住民族に自然との調和・共生という価値観・観念を認められるものなのか、という問題にも研究の蓄積と慎重な検証が必要でしょう。じっさい、ヨーロッパから大量に征服者・入植者が到来する16世紀よりも前の1300年頃までには、モホス「文明」は衰退しているようです。けっきょくのところ、モホス「文明」も自然破壊により衰退したという可能性も考えられます。もちろん、これは現時点での証拠から推測される見解であり、1300年頃までのモホス「文明」の衰退という見解も、今後の研究の進展により否定される可能性もあるでしょう。

 本書に否定的な見解を述べましたが、まだ他の「文明」と比較して研究の蓄積が乏しいとはいえ、モホス「文明」を主としてアマゾン「文明」についての近年までの研究成果が紹介されており、ひじょうに読み応えがありました。本書で強調されているように、アマゾン流域が未開発の地だという見解はもはや葬り去るべきでしょうし、農法をはじめとして、15世紀以前より存在するアマゾン流域の技術に、現代人の学ぶべきところが多いのも確かでしょう。今後の研究の進展がひじょうに楽しみな地域である、と思います。

 「文明」の用法については、テレビの特集番組を見たときから違和感がありましたが、本書での「文明」についての見解を読むと、少なくとも著者が「文明」という用語を使うことについては、納得できるところがありました。「文明」という用語は、西洋社会の優位性を示す象徴的概念として日本では用いられてきましたが、人間の社会はすべて複雑な文化と制度を有し、優劣をつけること自体が無意味なのだから、一つの文化が文明である一方で、他の文化がただの文化であることはありえず、もし「文明」という概念が有意ならば、それは人間の過去の文化の総体なのだ、との考えから、本書では仮称としてアマゾン「文明」とされており、歴史上のすべての「文明」と同様に、曖昧で多義的な表現とのことです。私も、「文明」と「文化」の違いについて的確な説明・区分が難しいことから、最近では「文明」という用語を使わないようにしています。

 本書を読んで改めて思ったのは、アマゾン流域にかつて大規模な自然の改変を行なった文化が存在したとしたら、現在のアマゾン流域における先住民の祖先集団の多くは、大規模な社会を構築した経験を持つ可能性が高くなるわけで、アマゾン流域の現在の先住民族の生活様式をもって、たんに過去からの継続だ、と考えるのは危険だ、ということです。これは、アマゾン流域だけではなく、他の地域についても当てはまることだ、と思います。じっさい、本書では、現在は小規模な先住民族集団に、大規模な社会を築いていた時代の遺産と思われる、複雑な社会制度が存在することが指摘されています。テレビ番組で取り上げられたことにより、日本でもすっかり有名になったヤノマミ族についての、「1万年以上、独自の文化・風習を守り続けている」との評価も大いに疑問です。また、他の地域にも言えることですが、アマゾン流域でもヨーロッパの影響はやはり大きく、ヨーロッパ勢力との接触以前における、この地の思想・価値観を復元するのは容易ではない、ということも改めて思い知らされました。

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