井上寛司『「神道」の虚像と実像』

 講談社現代新書の一冊として、講談社より2011年6月に刊行されました。柳田国男に代表される、「神道(シントウ)は、太古の昔から現在にいたるまで連綿と続く、自然発生的な日本固有の民族的宗教である」とする、現代日本では根強く支持されている見解を、超歴史的な見解として徹底的に批判し、神道という言葉の読みの変遷(ジンドウ・シンドウ→シントウ)などを踏まえて、神道の具体的様相と歴史的変遷をたどった、なかなかの力作だと思います。近代の国家神道の成立過程とその評価をはじめとして、私の見識では本書の主張の是非についてすべてを的確には判断できませんが、色々と教えられるところがありましたし、調べて考える契機にもなりそうですから、読んで得たものは少なくなかった、と思います。

 「太古の昔から現在にいたるまで連綿と続く、自然発生的な日本固有の民族的宗教である神道」との見解にたいする批判は、現代日本では「進歩的で良心的な人々」を中心に、盛んに議論されている「創られた伝統」論ではすっかり常識となっている感があり、その意味では目新しさはありませんが、それぞれの時代の神道を異なる二つの意味合いに区分し、その連続性と変化を指摘し、両者を混同しての柳田国男に代表される神道論を批判していく本書の叙述は、なかなか読み応えがありました。本書の全体的な見通しは、古代における仏教の到来に伴い自覚・再編された祭祀・儀礼体系の一つとしての、独立した宗教とはみなせない段階の神道が、以下のように変遷していった、ということになります(P235)。

●中世
(1)神社祭神としての天皇神話上の神々とそれについての思想的解釈。
(2)カミ祭りのための儀礼体系(神祇道)。
基本は(1)です。中世においてはじめて、神道が独立した宗教として成立しました。

●近世
(1)中世の(1)と(2)を結合した神社祭祀の教義と儀礼体系(神祇道=吉田神道)。
(2)天皇神話の思想的解釈に基づく国家統治の理念=「神の道」。
近世を通じて(2)が優勢になるとともに、(1)もその中に組み込まれていきました。

●近代
(1)皇祖神アマテラスと天皇による国家統治の理念とそのための儀礼体系=「国家の宗祀」。
(2)神社祭祀や神祇信仰そのもの、および(1)の下での教化集団。
(1)を基本とします。

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