藤田覚『天皇の歴史06 江戸時代の天皇』

 『天皇の歴史』全10巻の第6巻として、2011年6月に講談社より刊行されました。天皇は、江戸時代初期には経済的に弱体化し、実質的な政治権力をほとんど喪失しましたが、幕末になってその政治的権威は向上し、明治の大日本帝国体制へと移行していくことになります。この変化がいかにして生じたのかという観点から、江戸時代の歴代の天皇の事績が、幕府との関係を中心にして、具体的に叙述されていきます。本書を読むと、中世の騒乱のなかで中止されるにいたった数々の朝議の再興に、江戸時代の天皇が熱心に取り組んでいたことと、江戸時代における各天皇と幕府との関係は、天皇が最初から幕府に服従しているのではなく、かなり緊張したものだったことも珍しくないことがよく分かります。

 幕末における天皇の政治的権威の上昇の前提として、名分論では天皇の地位が将軍より上である、との認識が、江戸時代の知識人の間では常識だったことが指摘されています。さらに、大規模な戦乱のない時代に、幕府が自らの権威の保証として官位などの点で朝廷への依拠を強めたことも指摘されています。朝廷の官位による序列化は、いかに実質的には幕府が武家の官位任命権を有し、官位の上下による差はあるにしても、天皇の臣下という点では将軍も各大名も同列だということになり、幕府の威勢が衰えた時に危険ではないか、と懸念されます。荻生徂徠や新井白石は、江戸時代中期の時点でこうした懸念について言及しており、それが現実化したのが幕末でした。

 幕末、皇位にあった孝明天皇は、公武合体派や尊王攘夷派(幕末の政治的立場を明快に区別できるわけではありませんが)などさまざまな立場から担がれることになり、それが天皇の政治的権威の上昇をもたらすことになります。大日本帝国体制は、こうした状況を前提としているとも言えますが、本書では、孝明天皇が過激な尊攘派である公家や長州藩の一部を切り捨てたことにより、治世末期にはその政治的権威が失墜したことも指摘されています。しかし、孝明天皇個人の政治的権威は失墜したとはいえ、天皇という地位そのものの政治的権威が失墜したわけではない、とも言えるでしょう。江戸自体の天皇については、一般にはよく知られておらず、私も本書を読んで得るところがかなりありましたし、はっきりとした問題意識のもと、分かりやすい叙述となっていますので、これまでに刊行された『天皇の歴史』のなかでは、もっとも読み応えがありました。

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この記事へのコメント

Gくん
2011年07月08日 23:28
こんばんは!管理人さん
大河ドラマの記事など拝読しております。
このシリーズ、管理人さんの記事で教えてもらいました。本記事の最後のところから、江戸時代の天皇・朝廷についても知りたくなりました。
2011年07月08日 23:56
本書はかなり読み応えがあり、このシリーズのなかでもお勧めです。
Gくん
2011年07月09日 22:56
早速のお返事ありがとうございました。

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