深井雅海『日本近世の歴史3 綱吉と吉宗』

 『日本近世の歴史』全6巻の第3巻として、2012年2月に吉川弘文館より刊行されました。将軍でいうと、5代綱吉・6代家宣・7代家継・8代吉宗の時代が扱われています。3代家光・4代家綱と病弱な将軍が続いたので、綱吉と吉宗が積極的に政治を主導した、との印象が強く残ります。幼少で将軍に就任して夭折した家継の印象はさすがに弱いのですが、在任期間の短かった家宣は、前代の綱吉の路線を修正したことや、新井白石の起用などもあり、印象が強く残ります。本書の扱う時代は全体的に、幼少の家継を除くと、「鉱山バブル」がはじけて財政が悪化していったなか、財政再建を重要な目標として、将軍が側近を重用して政治に積極的に関与した時代のように思います。

 もちろん、将軍の関与・側近政治とはいっても、綱吉と吉宗とではその在り様は違うわけで、その点に関する叙述が、本書の主題の一つと言えるかもしれません。綱吉・家宣・家継までは、老中上座・老中格という格式の高さを誇った側用人が、将軍と老中・若年寄とを取り次いで「老中政治」を主導するという体制でした。しかし吉宗は、側用人を一旦廃止し、旗本役の側衆のなかに御用取次を新設しました。この御用取次は将軍と幕閣との取り次ぎ役ではありましたが、格式が下がったことにより、同じ旗本役の実務官僚にも接触できるようになり、「老中政治」が形骸化したのではないか、と本書では指摘されています。

 また本書を読むと、綱吉は理想主義的な政治家であるとの印象を受けますが、おそらく、まだ戦国時代の殺伐とした遺風が残っているなか、綱吉は文治政治への転換を積極的に進めようとしたのであり、生類憐みの令も、そうした文脈で解釈すべきなのだろう、と思います。綱吉の政治は、理想主義者らしく現実を無視したところが多分にあり、次代の家宣によって修正されることもありましたが、基本的には時代の流れを認識したものであり、方向性は妥当だったように思います。もちろん、この文治政治による安定が、軍事技術などを停滞させ、幕末の危機の要になったことも否定できないでしょうが、安定した政治・社会による経済・文化の発展が、日本の近代化の大前提になっていることも、否定できないだろう、と思います。

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