日本社会における反ユダヤ主義と五島勉氏

 昨日このブログで取り上げた『イスラエルとは何か』では、伝統的なユダヤ教解釈がシオニズムに批判的であることが強調されていました。
http://sicambre.at.webry.info/201207/article_10.html

 その記事でも少し触れましたが、かつてユダヤ陰謀論が流行した日本において(今でも根強いものがある、と言えるかもしれませんが)、同書の意義は大きいのではないか、と思います。日本社会において反ユダヤ主義が浸透するにあたって、もっとも大きな影響力を及ぼしたのは宇野正美氏の1980年代の一連の著作でしょうが、同じく1980年代に刊行された五島勉氏の一連の著作の一部も、大きな影響力を及ぼしたのではないか、と思います。五島氏については、ノストラダムスの予言がおもに批判対象となっていますが、日本社会への悪影響という観点からは、反ユダヤ主義を煽った(煽ったわけではない、と五島氏は弁明するかもしれませんが)ことのほうがはるかに問題かもしれません。

 宇野氏の一連の著書については、中学生か高校生の頃に一冊読んだくらいで内容をほとんど忘れてしまいましたが、反ユダヤ主義的な五島氏の著作や翻訳本については、わりと読んでおり記憶に残っています。それらやネット上の反ユダヤ主義的な言説は、もちろんそれぞれ力点・見解が異なりますが、ユダヤを一体的なものとみて、他集団を見下して邪悪な目標のために統一的に行動している、というところは大枠で一致しているように思います。これが誤りだということは『イスラエルとは何か』に詳しく、その意味で同書が日本で広く読まれることを願っています。

 五島氏もそうですが、反ユダヤ主義によく見られる傾向として、知能の面でユダヤ人をひじょうに高く評価することが挙げられます。五島氏の描くユダヤは、おそろしいまでに高知能な集団で選民意識がひじょうに強く、日本人など他集団を殺したり奴隷としたりすることに良心が痛まない、邪悪な存在とされています。これは、田中宇氏などとも通ずる一種の超人信仰だろう、と私は考えています。
http://sicambre.at.webry.info/200803/article_38.html

 五島氏は、第二次大戦後の進駐軍の横暴を直接体験したということもあってか、反欧米的なところがあり、それは私の読んだ五島氏の著作を貫く基調となっています。五島氏の認識では、ユダヤと欧米は一体的なものであり、それが人類の「文明社会」を主導してきた、ということになっています。以前は、五島氏の著作にてユダヤと欧米が一体のものとして議論が展開されることに違和感があったのですが、『イスラエルとは何か』を読んで以前よりも整理できたことは、五島氏をはじめとして現代日本社会の反ユダヤ主義者のいうユダヤとは基本的にシオニズムのことであり、それが多分に戯画化されている、ということです。

 『イスラエルとは何か』で指摘されていましたが、シオニズムは近代ヨーロッパのナショナリズムに源泉があり、伝統的なユダヤ教(解釈)を否定したという側面が多分にあります。その意味で、五島氏が自らの考えるユダヤなるものを「欧米文明」と同一視するのも当然なのかな、と思います。現代日本社会において反ユダヤ主義が浸透したのは、反ユダヤ主義がユダヤをシオニズムに代表させて議論を展開したので、パレスチナにおけるシオニズムの悪行への反感という、少なからぬ日本人のもつそれ自体はまっとうな感情に訴える強い力を有していたからなのでしょう。

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  • 日本社会における反ユダヤ主義補足

    Excerpt:  先日、日本社会における反ユダヤ主義と五島勉氏についての記事をこのブログに掲載しました。 http://sicambre.at.webry.info/201207/article_11.html Weblog: 雑記帳 racked: 2012-07-19 00:00