藤田覚『日本近世の歴史4 田沼時代』

 『日本近世の歴史』全6巻の第4巻として、2012年6月に吉川弘文館より刊行されました。田沼意次は、賄賂政治家とも革新的政治家とも言われ、その評価が両極端に分かれやすい歴史的人物と言えるかもしれません。ただ、各日本史教師によって異なるのかもしれませんが、20年以上前に私が高校生だった時の日本史の授業では、田沼意次は革新的な政治家として高く評価されていました。本書でも、田沼意次の革新的な側面が取り上げられていますが、一方で、田沼時代に賄賂が横行したという伝統的な見解が否定されるわけではなく、田沼時代には民間の意見を取り上げて政策を実行することが盛んであり、それも賄賂の横行する背景になっていたことが指摘されています。

 本書では、幕府と諸藩との利害が対立することも少なくなかったことや、ある藩の政治改革が全国に伝わって政治改革の手本となるなど、諸藩が分立するなかで日本国内において情報の交換・拡散があったことや、藩校・寺小屋が盛んになっていき、日本国内の知の在り様が変容していったことなどが取り上げられており、近代以降の歴史を知っている人間の視点からは、田沼時代は近代の胎動期として把握できるのではないか、とも思います。著者の田沼時代についての評価は冒頭で述べられており、以下に引用しておきます(一部漢数字は算用数字に改めました)。

 田沼時代は、近世の歴史のなかで、軍事警察的な威圧を背景にした権力的な抑圧が相対的に弱く、厳格な身分秩序による抑制もまた弱まった時代であった。そのなかで、斬新な発想と知識や技術をひっさげて、「山師」とよばれた人びとが幕府政治でも活躍した。それは、わずか600石の旗本が57000石の城持ち大名に出世し、老中にまでなって幕府政治を牛耳った田沼意次に代表される。その意味で、田沼時代は「山師」の時代だった。政治権力と身分秩序による抑制が比較的弱い穏和な時代を背景にして、現実の政治、経済、社会から新たな発想や知識を求められたこともあいまって、学問や芸術の世界でも「山師」的な新たな試みがなされ、その結果、多様な文化が族生し多面的に発展していった時代である。おそらく、近世人がもっとものびやかな、もっともゆったりした空気を吸った時代だったのではないか。以上が著者の田沼時代観であり、それを本書で叙述していくことになる。

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