細川重男『頼朝の武士団 将軍・御家人たちと本拠地・鎌倉』

 まだ日付は変わっていないのですが、9月13日分の記事として掲載しておきます。歴史新書の一冊として洋泉社より2012年8月に刊行されました。細川氏の著書については以前にもこのブログで
『北条氏と鎌倉幕府』
http://sicambre.at.webry.info/201104/article_13.html
と『鎌倉幕府の滅亡』
http://sicambre.at.webry.info/201106/article_16.html
を取り上げたことがありますが、本書には、『北条氏と鎌倉幕府』でも見られた、くだけ過ぎというかふざけていると受け止められてもおかしくない箇所が少なくありません。しかし本書の場合、諸文献に見える頼朝とその御家人たちの会話を、当時の雰囲気が出るように意訳しようとする意図があり、本書の解釈が妥当なのか、私には自信をもって判断することはできませんが、この試み自体は悪くないように思います。そもそも、おそらく私も含めて少なからぬ人は、古文献に見える当時の人々の会話を、古語ということで当時の実態以上に厳かなものと考えているのかもしれません。

 本書では、鎌倉幕府草創期の頼朝の時代の鎌倉殿(将軍)と御家人との関係の、後代と比較しての特異性が強調されています。『鎌倉幕府の滅亡』で指摘されたような、中期以降の整備された制度と家格秩序は草創期の幕府にはなく、鎌倉殿たる頼朝と個々の御家人とが「情」により直接的に結びつき、頼朝という個人と鎌倉という場を中心に、主人の頼朝と各御家人、および各御家人間が情義的に結ばれていました。それは緩やかなものであり、一方で当時の(東国)武士の実態を反映して、残酷なところもありました。本書では、「残虐とほのぼの」・「物騒とゆるさ」の共存と表現されています。

 挙兵の直前まで、頼朝本人も含めて当時の誰も予想できなかったであろう鎌倉幕府の成立を可能としたのは、頼朝と各武士との「情」による結びつきで、流人時代に少なからぬ人々の「情」により流人としては比較的恵まれた生活を送ってきた頼朝は、「情」により人々が動くことをよく理解しており(もちろん、所領などの経済的利害も大きな意味を有したのですが)、頼朝の個性こそ、鎌倉幕府という形で武士団をまとめあげたのだ、と本書では指摘されています。鎌倉幕府草創期があまりにも人物の個性を強調して述べられている、との批判もあるかもしれませんが、頼朝の「大逆転劇」を理解するにあたって、本書のような考察は重視されるべきだろう、と思います。『北条氏と鎌倉幕府』および『鎌倉幕府の滅亡』と同じく、読みやすく面白い一般向け解説になっていると思います。

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