『天智と天武~新説・日本書紀~』第1巻(3)鹿狩り

 まだ日付は変わっていないのですが、3月16日分の記事として掲載しておきます。(1)「乙巳の変前夜」
http://sicambre.at.webry.info/201303/article_6.html
(2)「乙巳の変」
http://sicambre.at.webry.info/201303/article_14.html
の続きです。

 乙巳の変の後、物語は一気に5年間進みます。650年秋、中大兄皇子と豊璋たちは狩に出かけ、中大兄皇子の近親の女性たちとその侍女たちは宴を楽しんでいました。女性の宴は実に楽しそうだな、と中大兄皇子が豊璋に話しかけ、まったくです、と豊璋が答えます。ところが、女性たちの輪の中から男性の声が聞こえてきて、図々しい奴だと思った中大兄皇子は、近づいて誰なのか確認しようとします。女性たちの輪の中にいたその男性が中大兄皇子の方を向くと、中大兄皇子は驚愕します。その男性は蘇我入鹿そっくりの顔をしていました。ここで第2話は終了となり、なかなか上手い引っ張り方だと思います。

 この後、一時舞台は710年に移ります。平安京では、藤原不比等が書記官を集めて日本版の『史記』となるような史書(『日本書紀』のことでしょう)の編纂を命じます。不比等がある書記官に、645年6月12日に何が起きたか尋ねると、その書記官は乙巳の変だと即答し、そこまではよかったのですが、その後、天智帝と不比等の父が手を組み蘇我入鹿を暗殺した事件だ、と説明します。すると不比等が、暗殺?と問い質し、その書記官は慌てて誅殺と言いなおしますが、そのような認識の甘いことでは役に立たないので明日から出仕しなくてよい、と不比等はその書記官に言い渡します。

 他の書記官が声を潜めて語っている内容から、710年の時点では、百済の王子であった豊璋が藤原鎌足と呼ばれていることや、入鹿が聖人であったことも官人には知られているようですが、不比等を恐れて誰も「真実」を声高に主張できなくなっているようです。不比等がどのようにこんな巨大な権力を握ったのか、作中ではまだ明かされていませんが、これも謎解きの一つとして今後大いに楽しめそうです。不比等は書記官たちに、真実は常に勝者のもので、敗者はそれを覆す力も言葉も持たないのであり歴史を作れるのは勝者のみだ、と訓示します。

 『日本書紀』編纂の過程では、不比等の圧力に心を病んだり、不比等に抵抗して投獄されたりした者もいました。ある書記官は、入鹿についての記述の書き直しを不比等に命じられて悩んでいました。入鹿はもっと極悪非道でなければならない、と注文をつける不比等にたいして、その書記官は平伏します。自分は年をとったので時間がなく、『日本書紀』の完成まで生きていられるか分からないので、これ以上自分の意に染まないものを書いて手間を取らせると、お前の時間のほうが早くなくなるかもしれない、歴史とは藤原の都合のよいように作られるべきなのだ、と不比等は書記官を脅迫します。その書記官は不比等の圧力により精神に変調をきたしてしまいます。

 作中の文章にて、「藤原家はその名の通り、天皇家に寄生し繁殖している藤の木そのもの。絡みつかれたものは養分を吸い取られ、枯れてしまう。この国の真の勝者・・・・・・そして、歴史の・・・・・・所有者よ・・・・・・・・・!!」と語られていますが、近年の関裕二氏の著書で主張されているらしい(関裕二氏の著書は、最初期のものを二冊読んだだけなので、ネットで得た情報からの判断ですが)反藤原氏史観と通ずるものがあるように思います。この点でも、この作品と関裕二氏の見解との共通点があるように思うのですが、作者からは関裕二氏の見解を参考にした、という説明はないようなので、私見は邪推に留まっています。

 ここで物語は650年秋にさかのぼり、本編?に戻ります。入鹿そっくりの青年を見て驚愕した中大兄皇子にたいし、その青年は大海人と名乗ります。女性たちが自分よりも大海人のほうにすっかり魅了されているのを見た中大兄皇子は、面白くありません。騒ぎを聞きつけて前大君(天皇)の宝皇女(皇極天皇)が現れ、大海人を見て懐かしさと思慕と驚きの入り混じったような表情を浮かべ、大海人に近づこうとします。すると宝皇女の息子である中大兄皇子が、まだ懲りていないのか、と母の宝皇女を威嚇し、宝皇女は怯えます。

 宝皇女の侍女らしき者が大海人に笛を渡し、この場に来る時のように笛を吹くよう願い出ると、大海人は快諾します。中大兄皇子はこの様子を見て、月皇子が自分に聴かせるために竹笛を練習している、とかつて入鹿より聞いたことを思い出し、大海人が攻め殺したはずの月皇子ではないかと疑心にかられ、ますます動揺します。中大兄皇子は豊璋に、大海人の素性を調べるよう密かに命じますが、豊璋は動揺した様子を見せず、大海人はまるで入鹿の生き写しですな、と中大兄皇子に冷静に言います。大海人は月皇子かもしれない、と動揺を隠せない中大兄皇子にたいして豊璋は冷静で、手配は済ませているので狩の最中に大海人を殺してしまえばよい、と中大兄皇子に進言します。

 その様子を見ていた大海人は、自分を狩る計画でも立てていたのか、と中大兄皇子・豊璋に問いかけ、大海人に入鹿を重ね合わせている二人は言葉に詰まりますが、大海人はすぐに冗談だと言って笑い出します。しかし、中大兄皇子は図星だと言って大海人に矢を向けます。周囲の女性たちが心配するなか、矢を向けられても大海人は動揺せず、中大兄皇子は目標を鳥に向けて見事に射落とし、賞賛されます。大海人の度胸を誉めた中大兄皇子は、大海人を狩りに誘います。いつもの狩では面白くないので、森にいる鹿をどちらが先に仕留めるか賭けよう、というわけです。何を賭けるのかと中大兄皇子に問われた大海人は、何もないので身体を賭けると言い、負けたら中大兄皇子の奴隷になることを約束します。大海人は、勝った場合には中大兄皇子の乗る馬を欲しいと言い、中大兄皇子は気色ばみますが、どうせ大海人は死ぬのだから、器の大きいところを見せるように、と豊璋に宥められます。大海人はさらに、勝ったら都に住まわせていただきたい、と中大兄皇子に申し出ます。自信がありそうだな、と言う中大兄皇子にたいして、滅相もない、と大海人は答えます。

 いよいよ狩りが始まり、中大兄皇子は大海人を先に行かせ、後ろから大海人を射ようとしますが、その瞬間に大海人の姿が消え、中大兄皇子は驚愕し動揺します。後に大海人から語られるのですが、大海人は馬の腹に身体を回していたのでした。中大兄皇子が大海人を探していると大海人が現れ、先に鹿を仕留めたことを告げます。激怒した中大兄皇子は、もう一度勝負を挑み、再び大海人を射ようとしますが、またしても大海人は中大兄皇子の視界から消え、動揺した中大兄皇子は誤って毒を塗った鏃で自分の指を傷つけてしまいます。森には大海人を殺すべく豊璋の手配した刺客が潜んでいましたが、大海人の配下?の鵲(この場面が作中での初登場となります)に阻まれます。

 毒が回ってきた中大兄皇子の意識はしだいに朦朧としてきて、トラウマとなっている出来事が脳裏に浮かびます。その回想場面では、中大兄皇子と豊璋が古人大兄皇子およびその二人の息子と対峙しています。古人大兄皇子は大君の座に就くよう要請されても固辞し(作中ではこの経緯は描かれていませんが、乙巳の変直後のことと思われます)、野心がないことを示すために出家して吉野に隠遁したのですが、中大兄皇子と豊璋は古人大兄皇子を追いつめます。出家・隠遁しても許してくれないのか、と問いかける古人大兄皇子にたいして、さすがに中大兄皇子も躊躇します。しかし豊璋は、中大兄皇子の異母兄である古人大兄皇子は、入鹿の叔母を母としており、禍根を断つためにもその息子ともども殺すべきだ、と進言します。

 古人大兄皇子の二人の息子を殺した中大兄皇子にたいして、古人大兄皇子は手を合わせて涙を流し、韓人の豊璋が鞍作臣(入鹿)を殺したのだろう、と問いかけます。『日本書紀』に採録された、乙巳の変のさいの古人大兄皇子の有名な発言はこの時のものだ、という設定なのでしょう。幼い頃、古人大兄皇子と楽しく魚捕りをしていたことを思い出した中大兄皇子は悲しそうな表情を浮かべますが、ついに古人大兄皇子の首を刎ねます。すると、古人大兄皇子の首だけではなく入鹿の首も空中に浮かび、中大兄皇子は恐怖にかられます。そこで中大兄皇子は目覚め、宝皇女は安堵します。この古人大兄皇子と中大兄皇子の場面は、事実そのものというよりも、事実を反映した夢と考えるべきなのでしょう。

 大海人の説明によると、毒が回って意識朦朧となり中大兄皇子が落馬しそうになったところを鵲が救い、薬草から作った解毒剤で手当てしたとのことです。豊璋が手を差し出すと、一人で立てるわと言って中大兄皇子は苛立たしく立ち上がり、冷静さを装って鵲に礼を述べます。そんな中大兄皇子にたいして、大海人は余裕のある態度で皮肉っぽく、自慢の腕がありながら毒矢に当たるとはよほどのこと、と言います。すると中大兄皇子は激昂して大海人に掴みかかり、お前は怪しげな術を使う鬼の類か、と詰問します。すると大海人は、いつもの狩では面白くないというので馬の腹に身体を回しただけのことで、森で失神している三人(の刺客)も狩を面白くするためだったのだろう、と冷静に答えます。中大兄皇子は激昂し、大海人を突き放して豊璋とともに立ち去ります。

 そこへ中大兄皇子と遠智媛の娘である大田皇女が現れて祖父の仇を討ってもらいたい、と大海人に依頼し、大海人は笑顔で答えます。この鹿狩の話では、大海人が中大兄皇子を終始圧倒し、大海人はこの時の印象から、中大兄皇子のことを権力欲が強いだけの人物と考えているようです。この見解が間違っているだろうということは、第13話「大見得」
http://sicambre.at.webry.info/201302/article_27.html
や第14話「孝徳置き去り」
http://sicambre.at.webry.info/201303/article_13.html
からも分かるのですが、この時点では、大海人は中大兄皇子と豊璋が何者なのか、はっきりと知っているのにたいして、中大兄皇子は大海人が何者なのか、確証を得ておらず、攻め殺したはずの月皇子ではないか、と疑心暗鬼の心理状況だっただけに、仕方のないところでしょうか。この鹿狩りの話は、中大兄皇子・豊璋と大海人との心理的駆け引きと、狩りでの中大兄皇子と大海人との攻防、さらには古人大兄皇子が登場した回想場面など、見どころが多く、たいへん楽しめました。

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