『天智と天武~新説・日本書紀~』「巡り物語」の予想

 まだ日付は変わっていないのですが、6月21日分の記事として掲載しておきます。『天智と天武~新説・日本書紀~』は現在第20話「巡り物語」まで進んでおり、その内容と感想は以下の記事で述べました。
http://sicambre.at.webry.info/201306/article_13.html

 第20話は「巡り物語」と題されていますし、中大兄皇子は豊璋・大海人皇子・額田王・鏡王女を前に自分の心の奥にしまっていたものを語り出し、自分が語り終わったら次はそなたらの番だ、と言っていますので、中大兄皇子の告白が終わったら、豊璋・大海人皇子・額田王・鏡王女が心の奥にしまっていたものを語り出すという展開になるのではないか、と予想しています。中大兄皇子の告白はまだ終わっていませんが、少年時代の自分には居場所がなかった、という心象風景が明かされています。これは、成人後の中大兄皇子の言動と整合的な設定なのではないか、と思います。第20話の最後の台詞から推測すると、中大兄皇子はこの後、父の舒明帝・異母兄の古人大兄皇子との関係を語るのではないか、と予想しています。

 中大兄皇子の告白が終わった後、豊璋・大海人皇子・額田王・鏡王女がどのような順番で告白するのか分かりませんが、それぞれが語りそうな「心の澱み」については、あるていど予想できそうです。ただ、限定された相手が聞き手とはいえ、他の4人を前にどこまで本音を打ち明けられるのか、という問題もあります。実質的な最高権力者である中大兄皇子は、その敷居が他の4人よりもまだ低いだろう、という事情もあるでしょう。ただ、その中大兄皇子といえども、大海人皇子を前に、大海人皇子の父である蘇我入鹿への想いを打ち明けるだろうか、とも思います。

 豊璋が心の奥にしまっているものというと、祖国への強い想いに起因する冷酷な思考、息子の真人(定恵)への愛情なのでしょうが、猜疑心の強い中大兄皇子から守るために真人を出家させて唐へ派遣したという事情があるので、表面上は中大兄皇子への服従の姿勢を見せている豊璋が、中大兄皇子を前にわざわざ語ることがあるだろうか、とは思います。ただ、こうした事情は大海人皇子の説明により中大兄皇子もかなりの程度認識しているでしょうから、豊璋も気にせずかなり深いところまで本音を打ち明けるかもしれません。

 鏡王女が心の奥にしまっているものは、おそらく才色兼備の妹である額田王との比較で、妹にたいする劣等感と妬みがあるのではないか、と思います。額田王はこの5人のなかでもっとも「心の澱み」が少ないだろうと思うのですが、あえて挙げるとすれば、中大兄皇子への配慮から、娘の十市皇女が大海人皇子との間の子であることを公にできず、大海人皇子にも伝えられなかった、ということでしょうか。大海人皇子は中大兄皇子・豊璋と同じかそれ以上に心の奥にしまっているものが多そうで、蘇我入鹿の息子であることはすでに他の4人に知られているので、今更告白するようなことでもないでしょうが、乙巳の変から中大兄皇子・豊璋の前に現れるまでかなり苦労を重ねていたようなので、それと重ね合わせて、父・異母兄・豊璋への想いを告白するのかもしれません。ともかく、次号が楽しみです。

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