『天智と天武~新説・日本書紀~』第21話「中大兄の深層」

 これは6月29日分の記事として掲載しておきます。『ビッグコミック』2013年7月10日号掲載分の感想です。前回は、中大兄皇子が幼少の頃の自分には居場所がなかった、と告白するところで終わりました。父の舒明帝にも母の斉明帝(皇極天皇、宝皇女)にも疎まれており、自分の居場所はどこにもなかった、と告白する中大兄皇子にたいして、その話に蘇我入鹿はいつ登場するのか、と大海人皇子は尋ねます。すると中大兄皇子は、懐かしそうな表情を浮かべながら、入鹿だけは渇いていた自分の心を潤してくれた、と言って少年時代を回想します。

 どこにも居場所のなかった葛城皇子(中大兄皇子)は、すっかり心の歪んだ少年になっていました。葛城皇子は、蛙を捕えては、死ね!みんな死ね!と言いながら小刀で突き刺して殺すものの、それでも気分は晴れず、つまらない、と生意気そうな表情で言います。すると、そこに入鹿が現れ、動くな、と言って葛城皇子の方に矢を向けます。怯えて動けない葛城皇子の横を矢が通り過ぎ、葛城皇子の側にあった木に突き刺さります。そこには毒蛇がおり、入鹿は葛城皇子を毒蛇から助けようとしたのでした。入鹿は、とっさのこととはいえ葛城皇子に矢を向けた非礼を詫び、葛城皇子に近づきます。そこには、葛城皇子が殺した蛙の死骸があり、葛城皇子は気まずそうな表情で入鹿を見ますが、入鹿は葛城皇子を叱ることはなく、これから狩りに行こう、その短刀でもっと大物を仕留めよう、と誘います。

 葛城皇子は入鹿に狩りや学問などを教わり、葛城皇子にとって、入鹿は優しくて頼もしく、兄であり父であり、恋の対象でした。そんなある夜、葛城皇子は目が覚めて厠に行こうとして、母の宝皇女と入鹿が愛し合っているところを目撃してしまいます。しかも、宝皇女の女官たちの話も耳に入ってしまい、葛城皇子は月皇子の実父が入鹿だと知ります。その晩、葛城皇子は声を殺して泣きました。翌朝、葛城皇子が月皇子のいる部屋に近づくと、月皇子の世話をしている宝皇女の女官が欠伸をしていました。眠いだろうから休むとよい、月皇子は自分が見ているから、と葛城皇子は女官に言いますが、女官はその申し出を断ります。自分には任せられないのか?と葛城皇子に問われた女官は対応に困り、少しだけということで葛城皇子に子守を任せて部屋を出ます。

 葛城皇子はすやすやと眠る月皇子を見ながら、入鹿に狩りを教わったことや、入鹿と母の宝皇女が愛し合っていたことを思い出します。葛城皇子は夢遊病のような表情を浮かべていつしか小刀を取り出し、小刀に見入られたようになっているところを女官に見つかり、月皇子は泣き出します。女官は慌てて月皇子を抱えて部屋を去り、その日のうちに月皇子は蘇我本宗家に預けられました。大海人皇子は小さく笑い、女官が戻らなければ自分はこの世にいなかったのですね、と言って、それが心の奥にしまっていたことですか、と中大兄皇子に問いかけます。

 すると中大兄皇子は、なぜ手に剣を握っていたのか、未だに分からない、と言います。自分はただ、この世の汚れに一切まみれていない無垢な寝顔に見入っていただけなのだ、と言った中大兄皇子は、この恐ろしさは分かるまい、真に美しいものを見ると何をするか分からない自分がいる、いったいどうしたいのか、何を望み、どこまで行けばその恐怖は消えるのか、自分はただ知りたいだけなのだと、乙巳の変で入鹿の首を斬り落とした後、入鹿の首を抱えて涙を流したことを回想しながら告白します。自分の話はこれで終わりだ、と言った中大兄皇子は、次に鏡王女に語るよう促しますが、自分は心のうちにしまったものなどない、と鏡王女は言って困惑します。

 すると大海人皇子が、その後の月皇子の話をしましょう、と言います。大海人皇子が語ろうとするのは、月皇子の幼少時ではなく、乙巳の変で父を殺されて家族も邸宅も焼き尽くされた後のことで、それは面白そうだ、と中大兄皇子は言います。乙巳の変後、大海人皇子は逃亡中に鵲という少年と出会い(この経緯は、9話「月皇子」にて描かれています)、鵲の住む山里に案内されました。そこは大海人皇子の父方の祖父である蘇我毛人(蝦夷)が造った隠れ里でした。月皇子が鵲と出会ったのも、ただの偶然ではなかったわけです。その山里の人々は、都で起きたことをすべて把握しており、有事には兵となるよう組織されていました。大海人皇子が、誰もが死んだと思っていたであろう自分がそこで訓練に明け暮れ、2年ほど経った頃、ある人物が自分を訪ねてきた、と告白するところで今回は終了です。

 今回は、中大兄皇子の心の奥が明かされるとともに、乙巳の変から鹿狩りまでの大海人皇子の動向も描かれ、この作品の空白部分が少なからず埋められたという意味で、重要な話と言えるように思います。舒明帝と古人大兄皇子について語られなかったのは残念でしたが、この後どこかで両者について語られるとよいな、と期待しています。中大兄皇子が入鹿に愛憎の入り混じった複雑な感情を抱くようになった経緯は、今回でほぼ明らかになりました。中大兄皇子が、入鹿への恋慕を大海人皇子にも打ち明けた真意はよく分かりませんが、もはや大海人皇子を恐れることも、大海人皇子に振り回されることもない、との自信からでしょうか。入鹿への恋慕以外にも、中大兄皇子が自分の心の奥を語ったのも、もはや実質的な最高権力者として地位を固めた、という自信からなのかもしれません。

 大海人皇子の告白はまだ途中ですが、乙巳の変から鹿狩りまでの大海人皇子の動向が一部明かされました。大海人皇子が暮らしていた山里は、祖父の蘇我毛人が造った隠れ里だったことが明かされたのですが、中大兄皇子も豊璋もまだ知らないだろうこの話を、なぜ大海人皇子が二人もいる座で告白したのか、現時点ではどうも意図がよく分かりません。大海人皇子が隠れ里で暮らすようになって2年ほど経過した頃、大海人皇子を訪ねてきたというある人物が関わってくるのでしょうか、この人物が誰なのか、現時点ではほとんどまったく見当がつきません。

 予告は「中大兄と豊璋を震撼させる“人物”の正体が次号、明らかに・・・!?」となっているので、中大兄皇子と豊璋にとっても予想外の人物ということなのでしょうが、その人物は大海人皇子を訪ねてきたわけですから、大海人皇子が何者なのか、知っていたということなのでしょう。そもそも、大海人皇子が隠れ里で何と名乗っていたのか、現時点では不明なのですが、隠れ里の人々は都で起きたことを把握していた、とのことですし、そもそも毛人が造ったのですから、隠れ里の一部の人々が、入鹿に似た少年がいる、とその人物に伝えたのかもしれません。

 ほとんどまったく見当がつかないのですが、あえて大海人皇子を訪ねてきたその人物を推測すると、中大兄と豊璋を震撼させるわけですから、単純に考えて、中大兄も豊璋もすでに故人と認識している人物なのかな、とも思います。ただ、これまでの描写からすると、舒明帝や毛人や古人大兄皇子が実は生きていた、ということはなさそうなので、それ以外の人物になりそうです。色々と考えてみて思い浮かんだのは、毛人の妹が母と伝わる山背大兄王です。上宮王家滅亡事件で死んだと思われていた山背大兄王が実は生きており、聖徳太子=蘇我入鹿という設定のこの作品において、厩戸王が聖徳太子として語られるようになったことに、山背大兄王が重要な役割を果たしたということではないか、と妄想しました。

 ただ、現時点ではこの作品において上宮王家滅亡事件は一切語られておらず、そもそも上宮王家が存在していたのか否かさえ、明かされていません。仮に、作中でも上宮王家滅亡事件はあったという設定だとしても、これまでの作中の描写からして、蘇我入鹿や皇極帝がその首謀者とは考えられません。ただ、上宮王家滅亡事件の首謀者が中大兄皇子だと考えると、乙巳の変の前から中大兄皇子が朝廷で恐れられていた、という描写と整合的になるように思います。もっとも、これまで作中では上宮王家はまったく言及されていませんから、この予想というか妄想は的外れに終わりそうに思います。

 もう一人思い浮かんだのが古人大兄皇子の娘である倭姫王で、古人大兄皇子の母も山背大兄王と同じく毛人の妹ですから、その縁で毛人に縁のある場所に匿われていて、大海人皇子を訪ねてきたのかもしれません。ただ、古人大兄皇子の二人の息子を殺すよう、豊璋は中大兄皇子に進言しましたが、古人大兄皇子の娘も殺すよう進言したわけではありませんし、中大兄皇子と豊璋が、倭姫王が生きていることを大海人皇子の告白で初めて知ったとしても、二人を震撼させるほどのことかな、とも思います。けっきょく、隠れ里にいる大海人皇子を訪ねてきたのが誰なのか、自信のある推測はできませんでした。

 今回は謎解きが進展して面白く、次回も、隠れ里にいる大海人皇子を訪ねてきたのが誰なのか、大海人皇子から明かされるでしょうから、たいへん楽しみです。おそらく、その人物が大海人という名前と関わっているのではないか、と予想しています。また、大海人皇子の告白の後に豊璋の告白もあるのではないか、と期待しています。中大兄皇子とその後の大海人皇子の告白が、今後の展開にどのような影響を及ぼすのか、現時点では予想しにくいのですが、物語の展開の必要上、主要人物の過去と心情を明かすための舞台を設けた、ということ以上の意図があるように思われるので、その点も今後の楽しみです。

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