『天智と天武~新説・日本書紀~』第28話「和平案」

 これは10月15日分の記事として掲載しておきます。『ビッグコミック』2013年10月25日号掲載分の感想です。前回は、大海人皇子が朝鮮半島へと向かう船の中で鬼室福信の真意を知り、大海人皇子の影武者を務めていたことを中大兄皇子に暴かれ、それを大海人皇子の使用人たちにも知られた鵲が、大海人皇子の使用人たちに責め立てられているところで終了しました。今回は、大海人皇子が朝鮮半島の弖礼港に到着する場面から始まります。大海人皇子は、百済残党軍の指導者とも言える鬼室福信と正式に交渉するためには、まず新羅の武烈王(金春秋)に合わなければならない、と考えていました。

 大海人皇子は、新羅の王城たる月城に向かいます。大海人皇子の姿はみすぼらしいので、新羅の警護兵からは武烈王の命を狙う百済の残党だと誤解されます。その頃、月城では武烈王が息子の金法敏(後の文武王)と話していました。武烈王は体調がよくなく、もう余命が短いことを悟っているようで、次の王となる金法敏に全てを任せるようにしています。百済の残党相手に手こずっていることを懸念する武烈王にたいして、百済残党軍の将が倭に行き派兵を要請したという報告が入っている、と金法敏は伝えます。倭が参戦すると厄介だな、と武烈王は懸念します。

 そこへ家臣が現れ、大海人と名乗るみすぼらしい男が武烈王に面会を希望している、と伝えます。武烈王は、すぐ連れてくるよう命じます。大海人皇子は手を縛られた状態で武烈王の前に連れて来られます。武烈王は、大事な客人だからすぐに縄をほどくよう命じます。衣服を与えられた大海人皇子は、武烈王に宿願が叶ったことを祝しますが、まだ完全ではない、と武烈王は言い、浮かれた様子ではありません。

 大海人皇子は本題を切り出します。倭が百済残党軍の将軍である鬼室福信から、百済王子の豊璋の返還と援軍を乞われたことを、大海人皇子は武烈王と金法敏に伝えます。何と答えたのか、と金法敏に問われた大海人皇子は、王子たる豊璋の返還は断る理由がなく、援軍に関しては、今のところ返事を濁しているものの、実権を握る中大兄皇子がたいへん積極的だ、と答えます。

 百済が滅んだ時、唐軍がどれほどいたのか、と大海人皇子が尋ねると、金庾信が現れ、水陸合わせて13万人、新羅軍と合わせて18万人だ、と答えます。金庾信は大海人皇子が立派に成長したことを喜びつつ、なかなか百済残党軍を一掃するには至らない、と率直に認めます。今度は唐のために勇猛な高句麗と戦わねばならない、と金法敏が嘆くと、13万人もの兵を出してもらったのだから仕方ない、と武烈王は言います。

 予想を超える唐軍の兵力に、倭が百済残党軍に加勢したところで勝てる相手ではない、と大海人皇子は率直に認めます。ならば、倭の朝廷にそのことを伝え、参戦を回避するよう説得してくれないか、と金庾信は大海人皇子に提案しますが、大海人皇子は断ります。武烈王は咳き込み、大海人皇子は武烈王の身を案じますが、続けてくれ、と武烈王は言います。武烈王の体調が悪いので、一刻も早く事態を収拾しなければならいのにあっさり断るとは見損なった、と金庾信は大海人皇子に言います。

 説得できるのならここまでは来ない、と言った大海人皇子は、戦そのものを終わらせるしかない、と存念を述べます。それができないから、と言って金法敏は激昂しますが、大海人皇子は冷静に、百済残党軍に新羅が奪った土地を帰すよう、提案します。この提案に、さすがに武烈王・金法敏・金庾信も一瞬絶句します。百済を滅ぼすために唐の皇帝に侍り、人脈・情報を必死でつかみ、服装を唐風に変えることまでしてやっと百済を滅ぼせたのだ、と言って興奮しながら大海人皇子につかみかかる金法敏にたいして、大海人皇子は冷静に、わずかでも国土の一部が戻り、百済を復興できれば、残党の無駄な抵抗はなくなる、と答えます。

 すると武烈王は、四分の一なら構わない、と言います。その後、大海人皇子は病床の武烈王を見舞います。自分の提案を受け入れていただき感謝しています、と言う大海人皇子にたいして、最終的には皆が納得して決めたことだが、百済残党軍がこの条件を受けいれるだろうか、と武烈王は懸念します。自分が使者として赴き、必ず話をまとめてくる、と言う大海人皇子にたいして、焦るな、上手くいかないこともある、いや上手くいかないことばかりかもしれない、と武烈王は忠告します。大海人皇子は、どんな悲しみも乗り越えられる、その「時」が必ず訪れる、という武烈王の教えを忘れておらず、信じて待っています、と答えます。

 660年11月、雨の降るなか、大海人皇子は月城を出発して百済残党軍首脳部のもとへと向かいます。金法敏・金庾信は、雨があがってからにしてはどうか、と気遣いますが、一刻も早く書状を渡したい、と大海人皇子は言います。大海人皇子は百済残党軍の抵抗拠点である任存城に到着し、矢を射かけられつつも、堂々と倭の皇子だと名乗り、新羅の武烈王から書状を預かってきたので、鬼室福信将軍に会いたい、と大声で伝えます。

 大海人皇子は室内に通され、そこでは鬼室福信が上座に着席しており、他には6人いました。この7人が百済残党軍の首脳部ということなのでしょう。大海人皇子は、山間部にある旧百済領の四分の一の返還を条件に、百済遺民は抵抗をやめ、お互いに先頭を終結する、という武烈王の提案を百済残党軍首脳部に伝えます。鬼室福信は即座に断りますが、首脳部の一人の僧侶の道琛は、武烈王の提案受け入れに賛成します。このまま戦っても敗戦は必至なので、永久に祖国をなくすよりもはるかにいい、現実的に考えればその辺が落としどころだろう、というわけです。

 勝てる見込みは充分にある、と鬼室福信は力説しますが、本当にそうだろうか、と大海人皇子は反論します。お前に意見を求めていない、そもそもなぜ倭の皇子が新羅の使者をしているのか、裏切りだ、と鬼室福信は大海人皇子を罵倒します。すると大海人皇子は冷静に、先に欺いたのはそちらだ、唐軍は13万人もいたそうではないか、と反論します。さらに大海人皇子が、鬼室福信は新生百済の実権を握るためなら王として迎える豊璋を殺してもよいと思っている、と指摘すると、道琛も鬼室福信を問い質します。

 でたらめを言うな、と激昂する鬼室福信ですが、大海人皇子が倭から朝鮮半島へと向かう船の中で使用人に偽装しており、自分の本音を聞いていたことに気づき、言葉に詰まります。皆がどう思っているか、決を採ってみてはどうだろう、と道琛が提案すると、最初は道琛のみが立ち上がりますが、鬼室福信・道琛以外の5人は悩んでいるようで、こそこそと相談を始めます。すると、道琛以外にも3人が立ち上がり、7人中4人が和解案に同意のようですね、と大海人皇子が爽やかに言うところで今回は終了です。

 今回は、大海人皇子が百済残党軍と新羅との和平を実現すべく新羅と百済残党軍を訪れるという話が中心になり、中大兄皇子は登場しませんでした。これは28話目にして初めてのことです。大海人皇子の朝鮮半島への渡航と和平工作は創作ですが、大切な家族を殺されて復讐の念に燃えるという点で境遇の重なる大海人皇子と武烈王との過去の出会いも活かしつつ、なかなか面白い話になっていたように思います。

 もちろん史実では、倭・百済連合軍と唐・新羅連合軍が白村江で戦い、前者が惨敗するわけですから、大海人皇子が蘇我入鹿の息子であるとか、扶余豊璋と藤原鎌足とが同一人物であるとかいった基本設定以外ではおおむね史実に沿っているこの作品でも、倭・百済連合軍と唐・新羅連合軍は戦うことになるのでしょう。すでに武烈王は、大海人皇子の和平工作が失敗するだろう、ということを覚悟しているように見えました。修羅場を潜り抜けてきて経験豊富だけに、大海人皇子よりも先が読めているという感じです。ただ、大海人皇子の才覚に可能性は低いながらも和平の可能性を賭けてみた、というところでしょうか。

 武烈王は史実では661年に死亡するので、今回はすでに体調が優れないところが強調されており、初登場の第22話の頃と比較すると、かなり老けていました。その武烈王の提案は百済残党軍にとって悩ましいところで、所領が四分の一返却されるとはいっても山間部のものです。この作品ではまだ先のことになりそうですが、668年に高句麗が滅亡した後、唐と対立した新羅が高句麗の王族を冊封して高句麗を復興させたというか傀儡政権を樹立し、やがて報徳国の王に任じましたが、この報徳国は684年に新羅に滅ぼされました。

 作中での鬼室福信の考えは詳細に明かされていませんし、もちろん鬼室福信は高句麗の滅亡を知らずに豊璋に殺されるわけですが、旧領四分の一の返還とはいっても山間部なのですから、新羅に生殺与奪権を握られているようなものであり、それならば倭を引き入れて大逆転を図ろう、という考えが百済残党軍首脳部のなかにあっても不思議ではなさそうに思います。一方、唐が介入しているのだから状況が不利なのは間違いないとして、旧領四分の一で山間部だとしても、せめて復興が出来れば、と考える百済残党軍有力者がいても不思議ではなさそうです。

 大海人皇子の和平工作がどのように失敗するのか、また中大兄皇子はどのような言動で自国を唐・新羅連合軍との戦争に導いてくのか、中大兄皇子・大海人皇子兄弟の心理的駆け引きを中心に、なかなか面白い話が期待できそうです。今回、百済残党軍首脳部の一員として道琛が登場しましたが、後に路線対立から道琛は鬼室福信に殺害されます。鬼室福信と道琛の対立もしっかりと描くなど、このところ人間模様がさらに濃厚に描かれるようになったと思います。やはり、白村江の戦いはこの作品第一の山場で、かなり丁寧に描かれることになりそうです。その分、展開が遅くなるでしょうが、創作も交えつつ丁寧な描写が続いているので、不満はありません。

 次号は第16話以来の巻頭カラーとなります。予告は、「なんとか新羅との戦闘をやめさせようと、百済残党軍と交渉を続ける大海人皇子・・・・・・和平を実現できるか・・・?一方、日本では新羅と戦争をしたい中大兄皇子が、着々と母である斉明帝を圧迫し・・・?我が国の運命を左右するのは、どっちだ!?」となっています。29話にして5回目(第1話・第5話・第11話・第16話・第29話)の巻頭カラーとなり、その他に巻中カラーもありますし、このところ話が詳しく描かれて展開が遅くなっていますから、この作品はなかなか人気があり、長期連載がほぼ確定したと肯定的に考えてよいのかな、とも思います。大型書店でも単行本の入荷数が少なかったので、あまり人気がないのかな、と心配もしていたのですが、ともかく、連載が長く続くことを願っています。

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