小野昭「日本における旧石器時代研究の枠組みと現状」

 明日(11月9日)からしばらく留守にするかもしれないので、とりあえず来週分までまとめて更新することにします。これは11月13日分の記事として掲載しておきます。

 2年前の日本語論文(小野., 2011)です。日本における旧石器時代研究の現状についての認識・提言が述べられていますが、旧石器捏造事件の影響が甚大であったことを改めて思い知らされます。この論文で著者は、「立川ローム層X 層の段階を日本列島における最初の人類の居住と位置づける」という自身の仮説に拘泥することはなく、「反証条件を明示して明確な仮説として骨太に問題提起し,決定論を排することで,日本における旧石器時代研究の現状における枠組み問題を明瞭にすることができる」と主張しており、肯けるところが多々あります。

 この論文は、旧石器時代研究の枠組みがどのように形成されてきたか、という問題を日本に限らず世界的な視野で整理しているので、その点でも興味深い指摘がありました。たとえば、旧石器時代も含めて日本の考古学研究が第二次世界大戦後に日本国内に限定した状況で始まらねばならず、それ故に研究対象としての日本列島と帰属する国民国家とを混同する傾向が長く自覚化されずにきたので、悠久の先史時代にまで延長された「日本人の起源」という課題が設定されてきた、と指摘されています。これを日本の特異点と指摘する筆者は、対照的な事例としてフランスとドイツにおける先史時代研究を挙げています。フランスではクロマニヨン人がフランス人の起源とは言われませんし、ドイツではシュタインハイム人もハイデルベルク人もドイツ人の起源とは言われない、というわけです。

 また、石器時代研究の枠組みの形成についても概観されており、それがヨーロッパ基準のものであることが改めて指摘されています。ただ、この論文では、だからといってヨーロッパ基準の石器時代の区分が特殊地域的というわけでもなく、東南アジアとオーストラリアを除けば,多くの地域でヨーロッパの基準が適用できるか、あるいはその基準で対応関係をつけられる、とも主張されています。また、学説史への言及として、ソ連およびその後継者たるロシアにおける旧石器時代研究の枠組みの変遷について簡潔に述べられているのも、私がこの問題に無知だっただけに、教えられるところが多く、興味深いものでした。以下に、その一節を引用します。

 ソ連邦ではロシア革命以後,伝統的に前期・後期の2期区分が使われてきた(Boriskovskii, 1984)。ネアンデルタールからホモ・サピエンス(新人)への進化が内的・連続的に理解されていた学史的段階で,新人の成立と石器の製作技法の革新である石刃技法の成立がおよそ3 万年前で,ここが人類史における分水嶺であると理解されていた。後期旧石器時代に入って人類の生物学的淘汰が終わり,それ以後は社会法則が完全に支配するという理解に基づけば,前期旧石器,中期旧石器の区分は後期のそれと比べれば画期性において一段低位の区分であった(渋谷,1968)。したがって後期旧石器以前は前期旧石器として大括りしていたのである。ソ連邦の場合,前期と後期は単に時間上の2 分ではなく,背後の社会に対する歴史学的解釈を伴った区分であった。ソ連邦崩壊後は次第に2期区分から前・中・後の3期区分に回帰し,現在はこれが支配的になっている。


参考文献:
小野昭(2011) “現代人の起源”Anthropological Science (Japanese Series) Vol. 119: 1-8.
http://dx.doi.org/10.1537/asj.119.1

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