野口淳「南アジアの中期/後期石器時代─「南回りルート」と地理的多様性」

 これも11月25日分の記事として掲載しておきます。西秋良宏編『ホモ・サピエンスと旧人─旧石器考古学からみた交替劇』所収の報告です(関連記事)。南アジアは、北側がヒマラヤ山脈の高山帯、西側が北アフリカ・西アジアから続く乾燥した砂漠地帯と急峻な山地帯、東側が起伏の激しい丘陵・山地帯と深い森林によって区切られており、南側が広大なインド洋に面しています。こうした地理的環境から、南アジアやその東方の東南アジア・サフルランドへの人類の拡散は、南岸沿いに行なわれたのではないか、と想定する見解が有力視されています。しかし、南アジアにおける人類の移住・拡散については、内陸部の大河川沿いが重要だったのではないか、との見解も提示されています。南アジアの生態環境は、乾燥地帯・比較的湿潤な森林地帯など多様です。

 遺伝学的研究成果からは、南アジアが非アフリカ系現代人の故地だと推測されており、現生人類(ホモ=サピエンス)の拡散・「交替劇」の解明において重要な役割を果たす地域になりそうです。しかし、本報告で指摘されているように、南アジアでは3万年前以降の現生人類の人骨と20万年前頃とされるナルマダ人骨を除くと人骨が発見されておらず、旧石器研究についても、研究者が少なく不明なところが多いようです。そのため、南アジアにおける現生人類の拡散・「交替劇」についてはまだ推測するのもなかなか難しい、というのが現状のようです。このように限界が明らかなのですが、以下、本報告で紹介された南アジアの旧石器時代の研究についてまとめてみます。

 南アジアの旧石器時代は前期・中期・後期(下部・中部・上部)に区分されています。下部旧石器時代は、インド南部のアッティランパッカム遺跡で150万年前頃までさかのぼると報告されているそうです。これはアシューリアン石器群で「段階2」となります。パキスタンではリワート遺跡で180万年前頃までさかのぼる「段階1」の石器群が報告されているそうですが、その存在・年代などをめぐって議論が続いているようです。南アジアのアシューリアン石器群は、12万年前頃かそれ以降まで続くとされており、他地域と比較して遅くまでアシューリアン石器群が残っているのが特徴です。アシューリアン石器群の担い手はナルマダ人のような「古代型」人類だろう、と本報告は推測しています。

 南アジアの中部旧石器時代は25万年前頃に始まり、後期アシューリアン石器群は中部旧石器時代石器群と共伴する、との見解も提示されているようです。南アジアでは、断片的な単独資料を除くと、パキスタン南部の表面採集資料以外で、ルヴァロワ技術が明確に認められる石器群はまだ確認されていないそうです。

 南アジアの上部旧石器時代は細石器によって特徴づけられ、装身具も伴います。この担い手は確実に現生人類だろう、というのが本報告の見解です。現時点では、南アジアにおける細石器の年代は暦年代で38000年前頃までさかのぼるそうです。この細石器がアフリカ南部の中期石器時代の資料と一致するとして、南岸経由での現生人類の急速な拡散を想定する見解も提示されています。しかし、遺伝学的成果にも基づくこの仮説の6万~5万年前頃という出アフリカの想定年代と、南アジアにおける細石器の出現年代との間には1万年以上の開きがあるし、38000年前よりも前に東南アジア島嶼部やサフルランドに現生人類は進出している、と本報告は指摘しています。

 南アジアにおける「交替劇」と関連づけられることがあるのが、74000年前頃のトバ大噴火です。南アジアでは、トバ大噴火による火山灰層(YTT)がはっきりと確認されます。このトバ大噴火により、旧人と現生人類との「交替劇」が起きた、との見解が提示されています。しかし、異なる見解も提示されています。インドのジュワラプーラム遺跡では、YTTの下部で125000年前頃までアシューリアン石器群が続き、その後に中部旧石器時代の石器群が出現します。この中部旧石器時代の石器群はYTTの上部まで続き、大きな変化は見られません。その後、38000年前頃に細石器が出現します。そのため、トバ大噴火は南アジアでは人類に大きな影響を及ぼさず、アフリカ南部の中期石器時代の石器群と似ているジュワラプーラム遺跡の中部旧石器時代の石器群の担い手は現生人類で、トバ大噴火を生き抜いたのだろう、との見解が提示されています(関連記事)。

 南アジアにおけるトバ大噴火の影響をどう評価するのか、議論は続いているようです。気候や植生では大きな変化があった、との見解が有力視されているようですが、トバ大噴火の起きたスマトラ島では、オランウータンがトバ大噴火後も生き延びていることから、トバ大噴火そのものは大型動物には大きな影響を及ぼさなかった、との見解も提示されているようです。現生人類の拡散との関連で言うと、遺伝学的研究では、現生人類の出アフリカは1回のみで、南アジアへの進出はトバ大噴火後という見解が主流のようです。ただ、現生人類の出アフリカの年代は13万~8万年前頃までさかのぼる、との遺伝学的見解も近年になって提示されているそうです。

 南アジアにおいて確実に現生人類の所産と考えられる細石器がどこに由来するのか、本報告は他地域の考古学的成果を参照して検証しています。南アジアの西側にあたる現在のイラン領では、ザグロスオーリナシアンの細石器群が暦年代で4万年前頃に出現していますが、これは南アジアの細石器とは技術的に異なるとされています。ただ、最近になって報告された、イラン南西部で発見された暦年代で4万年前頃の稜柱形細石核の細石器群との関連については、再考の余地がありそうとのことです。ただ、東南アジアやオーストラリア大陸では、完新世になるまで細石器が確認されていないので、細石器技術を有する現生人類集団のユーラシア大陸南岸経由での東方への拡散という仮説について、本報告は慎重な姿勢を崩しません。

 本報告は、南アジアの旧石器時代の地域的多様性についても指摘しています。パキスタン北部のリワート55遺跡では、5万~4万年前頃の石刃状剥片の石器群が発見されており、細石器は共伴していません。パキスタン北部のサンガオ洞窟では、4万年前頃の石英製のスクレイパー(削器)を伴う石器群が報告されています。インド北西部ラージャスターン州の16R遺跡では、石刃状剥片と削器を伴う26000年前頃の石器群が報告されています。これらの地域で細石器が出現するのは1万年前以降とのことです。本報告は、こうした石器技術の多様性が人類集団の系統の違いに由来する可能性だけではなく、異なる環境への適応だった可能性も想定しています。

 シベリアや中央アジアについてはまだ少しは予備知識がありましたが、南アジアについてはジュワラプーラム遺跡を除いて知識がほぼ空白状態だったので、本報告は私にとってたいへん有益でした。今後しばらくは、本報告が私にとって旧石器時代の南アジアの基礎知識となりそうです。南アジアの旧石器時代については不明な点が多くあるようですが、それだけ発展の余地があるということでしょうから、今後の研究の進展に大いに期待しています。


参考文献:
野口淳(2013)「南アジアの中期/後期石器時代─「南回りルート」と地理的多様性」西秋良宏編『ホモ・サピエンスと旧人─旧石器考古学からみた交替劇』(六一書房)P95-113

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  • 総合討論「旧石器考古学からみた旧人・新人交替劇」

    Excerpt:  まだ日付は変わっていないのですが、12月5日分の記事として掲載しておきます。西秋良宏編『ホモ・サピエンスと旧人─旧石器考古学からみた交替劇』所収の総合討論です(関連記事)。最初に論点整理と問題提起が.. Weblog: 雑記帳 racked: 2013-12-04 20:28