総合討論「旧石器考古学からみた旧人・新人交替劇」

 まだ日付は変わっていないのですが、12月5日分の記事として掲載しておきます。西秋良宏編『ホモ・サピエンスと旧人─旧石器考古学からみた交替劇』所収の総合討論です(関連記事)。最初に論点整理と問題提起がなされています。まず、「旧人・新人交替劇」の年代です。ここでは、「新人」たる現生人類(ホモ=サピエンス)が新しい石器群をもって各地域にいつ進出したか、ということが問題とされています。西アジアでは南レヴァントやアラビア半島で現生人類の進出が10万年以上前までさかのぼりそうで、他の地域と比較して飛びぬけて古くなっています。しかしここでは、南レヴァントもアラビア半島もアフリカと同じ地域として把握し、現生人類が西アジアから各地にどのように拡散したのかが重要だ、と指摘されています。

 そのさいに問題となるのが、南アジアにおける8万年前頃の石器群の担い手をどう考えるのかです(関連記事)。現時点ではそうした石器には人骨が共伴していないので、ここでは判断が保留されています。年代についてのまとめでは、南アジアの事例を保留すると、世界中ほとんど同時期の50000~45000年前頃に、西アジアから一気に現生人類が拡散した、と想定されています。ただ、(当時はサフルランドの一部だった)オーストラリアへの人類の進出が5万年前頃だとすると、北回りよりも南回りの方が早いのかもしれない、とも指摘されています。もっとも、南回りが先という有力視されている仮説については、確たる根拠がないことも指摘されています。

 次に、世界各地における「旧人・新人交替劇」の過程についてです。年代についてと同じく、ここでもアフリカというよりは西アジアから現生人類がいかに拡散したかが問題とされています。まず、ヨーロッパ~中国北部までの北ユーラシアにおける上部旧石器時代初期の石器の類似性が指摘されています。ヨーロッパのボフニシアン・西アジアのエミラン・中国の水洞溝技法も含めて、ルヴァロワ技術から出現した石刃石器群ではないだろうか、というわけです。ルヴァロワ技術を応用して石刃を生み出した現生人類が北ユーラシアに拡散した、という見通しです。

 一方、南ユーラシアについては上手く整理できない、と率直に述べられています。南アジアにおける上部旧石器時代初期の石器群がどの石器群と技術的につながるのか、定かではない、というわけです。さらに、いわゆるモヴィウス線以東になると、そうした南アジアの上部旧石器時代初期の石器群が消え、剥片インダストリーやチョッパーやチョッピングトゥールが主体的となります。ユーラシアにおける南北の違いは、西アジアにおける出発点が二つあったためなのか、との問題提起がなされています。

 中国・朝鮮半島・日本列島にどこから現生人類が入ってきたのかという問題については、石刃石器群が見られることから、北回りだろうと示唆されつつも、判断は保留されています。さらに、「交替劇」の原動力についても言及されています。現代人的行動が拡散よりも先なのか、拡散に当たっての適応としての現代人的行動だったのか、二者択一とは限らないかもしれませんが、問題提起がなされています。また、中国や朝鮮半島では「交替劇」がはっきりしないとされているように、東アジアやシベリアにおいて石器群の連続性が示唆されていることにも言及されています。

 「旧人」と「新人」の混血および石器群の混合との関係についても問題提起がなされています。混血したらすぐに石器が混じるというわけではなく、どのような接触があったかが問題となる、というわけです。たとえば、男性だけが石器を作り、婚姻のさいには女性が嫁入りするという社会であれば、どのように混血しても石器は変わらないでしょう。大量に混血して、石器の作り手が集団間を往来するような接触がないかぎり、石器技術が混じることはないだろう、というわけです。以上で論点整理と問題提起は終わりで、以下は討論の内容についてです。


 北ユーラシアにおける上部旧石器文化の拡散については、論点整理と問題提起にて指摘された、45000年前頃に急速に拡散したという想定を地理的に広く検証すると面白いのではないか、と議論がまとまっています。

 南ユーラシアにおける上部旧石器の拡散については、現時点で5万年前をさかのぼる確実な考古学的・形質人類学的・遺伝学的証拠はないものの、その可能性は否定できない、と改めて指摘されています。また、南アジアに4万年前頃に出現した幾何学石器を現生人類出現の証拠とみなすと、それがオーストラリアでは失われることの説明をつけにくいように、現時点では南ユーラシアにおける「交替劇」の過程には不明な点が多い、ということが改めて確認されています。

 南アジアに4万年前頃に出現した幾何学石器の分布については、環境との関係が指摘されています。幾何学石器が確認されているのは、サヴァンナや熱帯雨林のような森林的要素の残っている地域です。イランから中央アジアへと続く砂漠や草原地帯とは環境が異なっており、それが石器技術の違いに現れている可能性が示唆されています。

 環境による石器技術の変化については、「交替劇」の時期の前後における南アジアと東南アジアの石器の違いと関連して、熱帯のスンダランドとサヴァンナのサフルランドも環境が大きく異なることも指摘されています。こうした環境の変化が、石器の違いに現れているのではないか、というわけです。寒冷なタスマニアで発見されているスクレイパーは、北ユーラシアで見られる石器とよく似ていることが傍証とされています。

 上部旧石器時代初期の北ユーラシアと南ユーラシアにおける石器の違いについて、在地の先住民の技術が影響しているのではないか、との見解も提示されました。ヨーロッパや西アジアではネアンデルタール人(ホモ=ネアンデルターレンシス)などの先住民がルヴァロワ技術を有していたのにたいして、南アジアではハンドアックスが比較的新しい時代まで残っていた、というわけです。

 東南アジアについては、フローレス島の事例から、「原人」と更新世現生人類との石器形態がさほど変わらないという見解が紹介されています(関連記事)。ただ、石器文化の基本形は変わらないにしても、現生人類になると、刃部を研磨した石器が出現したり、石材が少し変わったり、火を焚いた痕跡が多く見られたり、狩の対象が変わったりといった要素が付加される、とも指摘されています。

 続いて討論は、現代人的行動が拡散よりも先なのか、拡散に当たっての適応としての現代人的行動だったのか、という問題に移ります。まず、10万年前をさかのぼりそうなレヴァントやアラビア半島南部への現生人類の進出(後者は前者とは異なり、担い手が現生人類とは確定していませんが)は、温暖な時期のものでアフリカの環境の延長線上にあり、技術革新と直結させることはできないだろう、と指摘されています。ただ、この見解は拡大解釈との指摘もあります(関連記事)。

 では、現生人類拡散の起点である(かもしれない)5万年前頃のエミランのような石刃技術はじゅうらいと違っていたのか、との問題が提起されます。エミランの起源になるかもしれないのが、6万年前頃までさかのぼるエジプトのタラムサンで、ルヴァロワ技術に類似した石刃技法ですが、石刃の生産性が高いとされています。ただ、この技術が現生人類の拡散を促す適応性を有していたと言えるのか、現時点では不明だ、とも指摘されています。

 ここで、新たな観点からの意見が提示されます。人間は真似る生物であり、たとえばヨーロッパ人がアメリカ大陸に侵出すると、先住民のトウモロコシ作りを真似ます。同じ技術が続いていたからといって、新たな人類集団が来なかったとは限らないが、新たな人類集団が来たら新しい技術は来るものであり、何かの技術が終わるかよりも始まるかの方が重要なのではないか、というわけです。つまり、ある地域における技術的連続性を人類集団の連続性と解釈してよいのか、との問題提起です。考古学的証拠だけでその担い手たる人類集団を議論することの危険性が改めて指摘されています。

 この問題提起と関連して、「交替劇」の範囲をどこまで広げられるのか、との指摘がなされています。異なる石器技術を有する「新人」同士の接触も「交替劇」と言えるのか、との疑問です。日本列島においては「交替劇」があったのではないか、との報告(関連記事)にたいして、それは「新人」同士の接触だったのではないか、と疑問が呈されています。

 これにたいして、日本列島ではなくレヴァントの事例が紹介されています。レヴァントでは、上部旧石器時代初期にルヴァロワ技術に類似した石刃技術たるエミランが出現し、その後も石刃技術を主体とする伝統が、アハマリアン→ケバランへと移行しながら継続的に広い地域で見られます。一方、これと異なる石器技術として、レヴァント地方オーリナシアンやネベキアンなどがあります。この解釈の一つが、それぞれ異なる現生人類集団が拡散した先で新技術を獲得し、移動して他の地域に新たな技術をもたらした、というものです。

 まとめとして、石器がなぜ変わるのかが問題だ、と指摘されています。石器の変化が種もしくは亜種間の「交替劇」という大きな違いなのか、石器の細かな違いにすぎないのか、峻別する必要がある、というわけです。ただ、それが難しいことも改めて指摘されています。これにたいしては、石器だけではなく、骨角器や装身具なども考慮しつつ判断していく、という方針が改めて表明されていますが、日本列島のように、「交替劇」かもしれない期間にほとんど石器しか発見されていない地域では、「交替劇」だったのか否か判断するのが難しいことも、率直に認められています。


参考文献:
総合討論(2013)「旧石器考古学からみた旧人・新人交替劇」西秋良宏編『ホモ・サピエンスと旧人─旧石器考古学からみた交替劇』(六一書房)P183-195

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この記事へのコメント

kurozee
2013年12月05日 18:12
考古学者は遺物がないとモノが言えないですし、さらに化石人骨が共伴していない場合、石器の形態分類だけで荷担者を確定することは難しい。では化石人骨があるとしても、形質人類学的な判断だけでは間違うこともある。そこでmtDNAなどで系統判断をするわけですが、これはこれで系統分類法やその解釈にもいろいろな難点があるようです。
そんな事情からか、この総合討論も「わからない」の連発で、かなり歯切れが悪いと初めは思っていました。最近の遺伝子系統学者などに比べると日本の考古学者はけっこう慎重な方が多いようで(石器ねつ造事件のせいでしょうか)、でも、そのことは正しい学問的態度だと言えなくもありません。
その「わからなさ」を裏付けるような研究が昨日(2013年12月4日)のNature電子版で報告されました。
スペイン北部のシエラ・デ・アタプエルカにある、シマ・デ・ロス・ウエソス洞窟で採集された人骨から取り出したミトコンドリアDNAをベイズ法で系統分析した結果、予想に反してネアンデルタールではなく「デニソワ人」と近縁であるとわかったそうです。
http://www.nature.com/nature/journal/vaop/ncurrent/full/nature12788.html
これが確かなら、パプア人祖先と交雑した可能性のあるデニソワ人に近いホミニンがヨーロッパの西端にいたわけで、旧人・新人交替劇が予想以上に複雑な様相を呈してきているわけです。総合討論で「よくわからない」と連発されていたことの理由が分かったような気がしました。
2013年12月05日 21:41
旧石器捏造事件は、今でも日本の考古学者に大きな影響を及ぼしているように思います。本書に見られる慎重な姿勢もその表れなのでしょうが・・・。縄文時代以降が専攻の考古学者だと、また意識も変わってくるのかもしれませんが。

「骨の穴洞窟」の人骨のミトコンドリアDNAについては、記事にて述べました。
http://sicambre.at.webry.info/201312/article_9.html

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