『週刊新発見!日本の歴史』第31号「江戸時代4 元禄の政治と赤穂事件」

 今日は3本掲載します(その一)。この第31号は、3代将軍家光の死から7代将軍家継の死までを対象としています。この第31号の特徴は、江戸時代後期の事象・印象を江戸時代前期に当てはめることによる、歴史認識の歪みを指摘していることです。江戸幕府の正統性を担保し、大政奉還の前提となった言説である大政委任論が主張され始めるのは寛政の改革の頃だった、と指摘されています。江戸時代前期において幕藩体制を正当化していたのは天道委任論であり、その前提として戦国時代に天道思想が流行していたことがある、というのがこの第31号の見通しです。

 天道委任論と中華地域の天の思想との類似性も指摘されています。天道委任論でも天譴論が説得力をもって語られ、5代将軍の綱吉も天変地異をたいへん気にしていました。ただ、日本では将軍が天の祭祀を行なわなかったことも指摘されています。天道委任論は天譴論を含むものでもあり、天道委任論が民衆にまで浸透するなか、天災にさいして天譴論的な政治批判が広がり、打毀しの正統化になったことにも触れられています。また、こうした近世前期の政治秩序を支える根拠とされた書物のなかには、『東照宮御遺訓』や『本佐録』のように偽書があったことも指摘されています。

 4代将軍の家綱から新井白石の正徳の治までは「文治政治」と呼ばれてきました。しかしこの第31号は、その「文治政治」の内実について読者に注意を喚起しています。江戸幕府の基幹となる思想は儒教であり、とりわけ朱子学が幕府の正統教学として採用された、との理解は現在では否定されており、朱子学が大きな意味を持ってくるのは寛政の改革の頃からであるし、江戸時代前期の政治の根幹は儒教にあったのではない、というわけです。こうした儒教重視の歴史観は『徳川実紀』の影響によるもので、林家の史観を引きずっているところがある、と指摘されています。

 生類憐みの令の見直しについては、すでに一般層にも浸透しつつあるように思います。この第31号では、生類憐みの令と服忌令の画期性が強調されています。有名な犬の保護に限らず、あらゆる生命に将軍の慈愛を及ぼそうとした生類憐みの令と、親族の死・血・出産の穢れを規定した服忌令は、殺生を業とする武士にとって自己否定でもあり、大きな転換だった、というわけです。また、天道委任論が前提となり、為政者たちは自己の評判を気にするようになり、それは出版文化の隆盛とも密接に関連したものだったことも、指摘されています。

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