菊澤律子「ことばから探る人の移動」『人類の移動誌』第5章第1節

 印東道子編『人類の移動誌』初版第2刷(関連記事)所収の論文です。本論文では、言語学から人類の移動史をどのように推測できるのか、解説されています。オーストロネシア語族の事例から言語の系統分類がどのように推定されるのか、また、それと人類の移動とがどのように関わっているのか、という解説になっているわけです。オーストロネシア語族研究の前史として、16~17世紀のオランダの文献におけるマダガスカルと熱帯アジア・太平洋の島々の言語との類似性の指摘があり、19世紀の草分け的な研究に続き、20世紀前半になって本格的な体系的研究がなされたそうです。

 言語の分岐過程の検証とそれに基づく系統樹の構築は、形質や遺伝子に基づく系統樹の構築とよく似ています。言語においてこのような検証が可能なのは、発音と意味の結びつきの間に必然性がなく、発音の変化が体系的であり、同条件下の発音すべてに同じ変化が起きる、という事実に基づいています。また、異なる言語同士の接触による相互の影響も、人類の移動を考察するさいに重要な手がかりとなります。この場合、両者の接触度合や政治・経済・文化力の優越関係などにより、一方の言語が他方の言語に吸収されたり、両者のいずれとも異なるピジンやクレオール言語が発達したり、基本語彙には影響が及ばず文化語彙のみ影響を受けたりする、といったさまざまな事例が想定されます。

 ただ、本論文は言語学から人類の移動を考察するさいの限界も指摘しています。言語の系統分類は何千年という期間での言語分岐の軌跡であり、現在の言語に残されていない細かな分岐や融合は反映されない、というわけです。言語の系統分類に基づく人類の移動経路は、大きな流れの概要と言うべきもので、個々の出来事の詳細や規模を説明するものではありません。このような限界はあるものの、言語学が人類の移動の様相を復元するうえで、参考になることは確かでしょう。


参考文献:
菊澤律子(2014)「ことばから探る人の移動」印東道子編『人類の移動誌』初版第2刷(臨川書店)第5章「移動を検証する多様な技術」第1節P264-277

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