Thomas Suddendorf『現実を生きるサル 空想を語るヒト』

 トーマス=ズデンドルフ(Thomas Suddendorf)著、寺町朋子訳で、白揚社より2015年1月に刊行されました。本書は、人間と他の動物を隔てる「ギャップ」は何か、ということを検証します。本書は、人間と他の動物とのギャップは心(知的能力)にあるとし、さまざまな分野での先行研究を引用し、再検証しています。具体的には、言語や先見性や文化や道徳性などです。そうした比較では、人間と他の動物、とくに現生種では人間と最も近縁な大型類人猿(その中で最も人間と近縁なのがチンパンジーとボノボ)がよく取り上げられています。

 そうした諸々の先行研究においては、同じ分野でも、人間と他の動物(とくに最も近縁なチンパンジーとボノボ)との違いについて、評価が分かれることは珍しくありません。人間と他の動物との違いを強調するのか、それとも類似性を強調するのか、あるいはその中間的な立場を主張するのか、見解が分かれることが多く、私のような非専門家は判断の迷うところです。本書は、そうした諸々の先行研究を丁寧に解説しており、たいへん有益だと思います。

 本書はどちらかというと、人間と他の動物との心の違いを強調する傾向にあります。ただ、その方が自説に都合がよいからではなく、個々の見解にたいして慎重な姿勢で判断しているからであり、この慎重な姿勢は、本書全体を貫いています。じっさい本書は、人間と他の動物との心に違いがあると主張することが多いのですが、現状ではまだ検証が不足しており、今後の研究の進展では見解が変わってくる可能性を随所で認めています。

 本書の終始慎重な姿勢での検証を読んでいくと、人間と他の動物、その中でもとくに近縁な大型類人猿とは、認知メカニズムに関して共通の基盤を多く有するものの、やはり決定的に違うところもあるな、との印象を受けます。本書は、両者の決定的な違いは、人間のみが「入れ子構造を持つシナリオを心のなかで生み出す際限のない能力」と「シナリオを構築する他者の心とつながりたいという抜きがたい欲求」を有することにある、と主張しています。

 この二つの決定的な違いが人間の思考・行動面での柔軟性・多様性の要因になり、現在のような人間社会が形成されるにいたった、というわけです。一方で本書は、現代人と現生の他の動物とにこうした大きな違い(ギャップ)があるのは、チンパンジーやボノボよりもさらに現代人と近縁な人類系統、たとえばネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)が絶滅したためである、とも指摘しています。本書は人類進化史も概観し、現代人と他の動物とを大きく分かつ二つの特徴がいつ出現したのか、先行諸研究を検証していますが、現時点ではまだ確定的なことは言えない状況のようです。

 本書は、人間と他の動物との認知メカニズムの違いと類似性について、多くの先行研究を引用して一般向けに分かりやすく解説し、終始慎重な姿勢を崩しません。専門家による一般向け書籍として、優れていると思います。また、本書は参考文献の一覧が充実しており、たいへん有益です。すでに読んだ文献もありますが、多くは私が未読の文献なので、気になったものは読んでいく予定です。索引もあればもっとよかったのですが・・・。


参考文献:
Suddendorf T.著(2015)、寺町朋子訳『現実を生きるサル 空想を語るヒト―人間と動物をへだてる、たった2つの違い』(白揚社、原書の刊行は2013年)

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