『天智と天武~新説・日本書紀~』第61話「即位決断」

 『ビッグコミック』2015年4月10日号掲載分の感想です。今回も掲載順序が悪いように思われ、そのうち打ち切りになるのではないか、と心配です。単行本の掲載話数から考えると、少なくとも67話までは続くのでしょうが、65話あたりから急展開となり、67話か68話で完結ということがないよう願っています。前回は、中臣鎌足(豊璋)が息子の定恵(真人)の死を悲しんでいるところで終了しました。今回は、定恵が殺害された晩に、中大兄皇子(天智帝)が女性を侍らせてたいへん上機嫌に酒を飲んでいる場面から始まります。

 上機嫌に笑いながら酒を飲んでいる中大兄皇子に、さっきから何がそんなにおかしいのか、と女性が尋ねます。聞きたいのか、と中大兄皇子に問われた女性は、甘えたような感じで教えて、と言います。すると中大兄皇子は、よくできた手足が邪魔な泥を払って前よりずっと使えるようになって戻ってきたし、恩着せがましい奴の鼻も明かしてやった、と答えて大笑します。この「恩着せがましい奴」とは、大海人皇子(天武帝)のことなのでしょう。中大兄皇子が侍らせている女性は妻の一人のようですが、誰なのかは明示されていません。顔も口調も能天気な感じの女性で、おそらくはモブキャラなのでしょう。中大兄皇子がタメ口で話しかけてくる女性に怒った様子を見せないのはやや意外でした。中大兄皇子は女性にはそうした態度で接しているのかもしれませんし、あるいはそれだけ上機嫌だったためなのかもしれません。

 その頃(明示されていませんが、そうだと思います)、大海人皇子は、蘇我倉山田石川麻呂とその遺志を継いだ大海人皇子の依頼により新羅の仏師が制作した蘇我入鹿を模した仏像(現在では法隆寺夢殿に安置されている救世観音像)の前にいました。鎌足が進んで愛息の定恵を差し出すとは考えていなかった大海人皇子は、自分の甘さを反省します。定恵は自分が居場所を教えたために殺害されてしまった、と大海人皇子は後悔していました。中大兄皇子と鎌足とのつながりの強さを改めて確認した大海人皇子は、それならそれでやりようがある、と言い、厳しい表情を浮かべて借りを返す決意を固めます。

 年が明けて666年(西暦は厳密な換算ではなく、1年単位での換算です)、後飛鳥岡本宮では中大兄皇子のもと重臣たちが集まって会議が開かれていました(後の太政官会議に相当するのでしょうか)。666年のどの時点なのかというところまでは明示されていません。すでに近江の大津への遷都は決まり、都の造営が始められている、という状況のようです。近江遷都の責任者らしき人物(重臣の一人なのでしょうが、誰なのか明示されておらず、おそらくはモブキャラなのでしょう)が、宮の造営には少なくとも3年を要すると報告すると、中大兄皇子は激昂します。

 唐や新羅を手こずらせていた強国の高句麗の宰相である淵蓋蘇文(泉蓋蘇文)が死に、高句麗はあっという間に滅ぼされるだろうから、唐の標的は新羅となり、やがては我が国となるだろう、と中大兄皇子は危機感を露にします。淵蓋蘇文の死亡年には複数説あり、『日本書紀』では664年11月とされています。中大兄皇子は、唐の侵攻に備えて近江の大津への遷都を決めたのだ、と改めて遷都の意図を説明します。唐に攻め込まれても、東西へ抜ける道の交わる大津ならば、琵琶湖(琵琶湖との名称の成立・定着は飛鳥時代よりもずっと下るようですが)から船で北へと逃げることもできる、というわけです。

 唐がいつ攻め込んでくるか分からないということで、中大兄皇子は近江への遷都を早くするよう焦っていました。遷都に3年もかけるような悠長な状況ではない、というわけです。中大兄皇子は遷都の責任者に、来年(667年)春までに必ず宮を完成させるよう厳命します。すると遷都の責任者は、若者は防人にとられて人数が不足しており、これ以上厳しくすると工事現場から逃亡する者が後を絶たない、と新都造営を早めることが困難であることを説明します。中大兄皇子が遷都の責任者を叱責しようとすると、それを何とかするのがそなたの仕事だろう、と鎌足が言います。戸籍作り(庚午年籍のことでしょう)のため諸国の各戸を丹念に調べていると、働き手を隠している場合が見受けられるが、徹底的に調べてみたのか、と鎌足に問い質された遷都の責任者は、承知しました、と答えます。

 このやり取りの間、沈黙していた大海人皇子に、そなたは民の味方で遷都に反対していたはずなのに、なぜ何も言わないのか、と中大兄皇子が尋ねます。大海人皇子は、決まったことには従うだけだ、淵蓋蘇文の死で状況は変わった、と答えます。すると中大兄皇子は満足そうに、私に逆らっても無駄だとようやく分かってきたようだな、と言います。その様子を、鎌足は冷静に観察していました。会議の終了後、中大兄皇子と二人きりになった鎌足は、大海人皇子は定恵死後ずっと鳴りを潜めており不気味で、何か企んでいるかもしれない、と中大兄皇子に忠告します。

 しかし中大兄皇子は、大海人皇子が自分に逆らわなかったことで自信を深めたのか、定恵殺害の件で自分の非力を思い知ったのだろうから気にするな、と鎌足に言います。どうか油断しないように、と重ねて鎌足が忠告すると、分かっている、と中大兄皇子は言います。中大兄皇子は話題を変え、来年にも近江大津宮が完成すればとりあえず国の防衛態勢は整うので、次に国政安定に力を入れるためにも、称制をやめて正式に即位し、新しい宮で大君(天皇)は自分だと盛大に知らしめる、と自信に満ちた表情で力強く言います。結局作中では、中大兄皇子の称制期間が長引いた理由は明示されませんでしたが、戦いとその後の防衛態勢の構築で多忙だったから、というのが最大の理由なのでしょうか。

 すると鎌足は、戦の最中に斉明帝が崩御したとはいえ、遅すぎたくらいだ、と言いつつも、民は労役と食封の差し出しに疲れ切っており、遷都に不満な者が多く、鬱憤晴らしのためか放火などが頻発している、と現状を説明し、贅を尽くした即位式では民の反感を買うので、質素であっても厳粛な即位式で民を感服させるべきだ、と進言します。この鎌足の進言にたいして、7年待った自分の即位式だぞ、と中大兄皇子は言って激昂します。しかし鎌足は引かず、時勢をわきまえるべきだ、と中大兄皇子に諫言します。すると中大兄皇子は鎌足に、それは王になり損なった男の嫉妬か、それとも息子を殺された腹いせか、と冷ややかな表情で問いかけ、自分のしたいようにする、と言って鎌足を退出させます。最後に鎌足は、大海人皇子に気をつけるよう、改めて中大兄皇子に忠告します。

 中大兄皇子の叱責と鎌足の進言により、近江大津宮の造営は前よりも進んでいるようですが、その分徴発・監督はさらに厳しくなっているようで、建設に従事している民の間では不満が高まっているようです。民の間では、「鞭打つ者は呪われる~ひとつ鞭打ちゃ手がしびれ~ふたつ叩けば体がしびれ~みっつ叩けば悶え死ぬ~ねずみ三千匹近江へ走る~大津宮はねずみに食われろ」という恨み節が歌われていました。この歌は、『日本書紀』の都の鼠が近江に移動した、との記述からの創作でしょうか。鵲は、近江大津宮の造営が来年には何とか格好のつくところまで進展していることと、役夫たちの恨み節を飛鳥の子供たちまで口ずさんでいることを大海人皇子に報告します。中大兄皇子は派手に即位式をしそうですね、と鵲が言っても、大海人皇子は無気力な様子です。それを見た鵲は、自分の失態により定恵が殺害されてしまい、大海人皇子が中大兄皇子に対抗する気力を失ったのではないか、と責任を感じていました。すると大海人皇子は、ならば責任を取ってくれ、と言って鵲にあることを命じます。明示されていませんが、どうも大海人皇子は鵲に放火を命じたようです。

 ある夜、中大兄皇子が妻の一人らしき女性(冒頭に出てきた女性とは別人です)と寝ているところに使用人が参上し、近くで火災が起き、風向きによってはこちらに広がるかもしれないので、二人とも別棟に移るか、帰宅するよう進言します。中大兄皇子が女性の邸宅を訪れていたのだとすると、中大兄皇子が帰宅する、ということでしょうか。しかし中大兄皇子は面倒くさそうに、余計な世話だ、寝かせろ、と言って再び寝ます。女性は、あっちの空が赤くて怖い、と言って親族や友達のことを心配します。額田王様の屋敷は確かあの辺りよね、と女性は言いますが、すでに寝入った中大兄皇子は気づかないようです。この女性も、今回冒頭の女性と同じく、モブキャラなのでしょう。

 額田王邸では、近くでの火事ということで、人々が慌ただしく動いているようです。額田王は大海人皇子との間の娘である十市皇女を探しています。十市皇女は、使用人たちと火事の様子を窺っていました。額田王は十市皇女を見つけると、こんな時刻に抜け出すとは、と言って注意します。自邸に火が回ってくるのではないか心配だ、と言う十市皇女を額田王は抱きしめます。そこへ大海人皇子が現れ、よかった無事だ、と言って安堵した表情を浮かべます。おそらく大海人皇子が鵲に指示しての放火なのでしょうが、火事は思いがけず広がることもあるので、心配になって駆けつけた、ということなのでしょうか。

 十市皇女は相変わらず父の大海人皇子を慕っているようで、大海人皇子が駆けつけて来てくれたことを喜びます。大海人皇子と額田王が見つめ合うなか、額田王の使用人らしき男性が、二軒向こうの物置が少し燃えただけですぐ鎮火しそうだ、と報告します。もう安心だ、と言った大海人皇子は帰ろうとし、十市皇女は困惑・失望しているようです。額田王は、大海人皇子のその様子に何か悟ったのか、大海人皇子を引き留めて、自邸に入って話をするよう勧めます。まだ夜明けには時間がある、と額田王が大海人皇子に言うところで、今回は終了です。


 今回は、「国際情勢」や遷都・戸籍の作成といった「内政問題」が描かれ、いかにも歴史漫画といった感じで、なかなかよかったと思います。それと絡んで本作の主題である中大兄皇子と大海人皇子との「兄弟喧嘩」も描かれたのですが、今回はもっぱら大海人皇子が中大兄皇子に心理戦を仕掛けようとする形で話が展開していきました。中大兄皇子は、定恵の件に関して大海人皇子を出し抜き、自分の思い通りに殺害できたことに満足し、浮かれているようです。白村江の戦い後に大海人皇子に地方豪族の不満処理対策を任せて油断していたら、大海人皇子の声望が高まって殺せなくなったというのに、相変わらず甘いところのある中大兄皇子です。もっとも、こうした甘さが、冷酷で自己中心的で激情的な中大兄皇子の魅力になっているところもあるのでしょう。

 一方の大海人皇子も、定恵の件に関しては甘さを見せましたが、それでも気力を失うことなく、反撃に転じたようです。果たして大海人皇子が何を意図して額田王を訪ねたのか、次回を読まないと分かりませんが、額田王の方も、大海人皇子は何か目的があって自分を訪ねてきたのだ、と察したようです。単純に考えると、大海人皇子は、今では中大兄皇子の妻の一人である額田王との密通、あるいはそう周囲に思わせることにより、中大兄皇子の猜疑心を煽って精神的打撃を与えようとしているのかもしれません。ただ、中大兄皇子の方は、大海人皇子から大切な人を奪って精神的打撃を与えようという意図で、額田王を大海人皇子から奪い、額田王にたいしてさほど執着しているようには見えませんから、精神的打撃は小さいかもしれません。

 大海人皇子の方は、今でも額田王に執着しているように見えますが、中大兄皇子に反撃するために非情な決意を固めているようにも思いますから、単に額田王とよりを戻したいという感情だけで動いているわけではないように思います。額田王は、中大兄皇子の妻となることを決めた時には、中大兄皇子の孤独な心情を知り、中大兄皇子を愛するようになったとはいえ、まだ大海人皇子の方を愛しているように見えました。現時点でも、額田王には大海人皇子への愛情は残っているのでしょうが、中大兄皇子と比較した場合にどうなのかというと、まだ分かりません。次回明かされるだろう大海人皇子の意図と絡めて、大海人皇子・中大兄皇子・額田王の「三角関係」も描かれるのでしょうか。

 基本的には通説にしたがって進むでしょうから、大海人皇子の意図が何であれ、667年の近江遷都は確定しているのでしょう。そうすると、大海人皇子が中大兄皇子に反撃しようとしてもさほど効果はなく、近江遷都を許してしまうという大海人皇子の敗北として語られるのかもしれません。まあ、大海人皇子の目的は近江遷都の阻止ではないのかもしれず、上述したように、額田王との密通疑惑で中大兄皇子の猜疑心を煽ることなども含めて、さまざまな可能性が考えられます。近江遷都へといたる過程は、今回のような創作も盛り込みつつ、やや詳しく描かれそうですから、楽天的に考えれば、このところ掲載順序が悪いとはいえ、完結するのは当分先なのかもしれません。

 大海人皇子と額田王との間の娘である十市皇女は第32話以来久々の登場となります。満年齢では、前回の登場時点で9歳であり、今回は14歳もしくは15歳となりますが、外見がさほど変わっていないように見えたのには疑問が残りました。もっと成長させた姿でもよかったように思うのですが・・・。十市皇女はまだ大友皇子と結婚していないようで、今でも父の大海人皇子を慕っているようです。現時点では、十市皇女は心に闇を抱えておらず、聡明で人柄の優れた少女のようで、本作では私のお気に入りの人物の一人です。壬申の乱で父と夫が戦ったさいの、十市皇女の行動や心境がどう描かれるのか、たいへん注目しています。飛鳥時代の創作ものだと、十市皇女と高市皇子との恋愛(片想いであれ両想いであれ)は定番といった感がありますが、本作では高市皇子がまだ1回しか登場しておらず、その容貌からはモブキャラ的な扱いになりそうな予感もあるので、十市皇女の心の揺れは父と夫との間のこととして描かれそうな気もします。

 近江遷都と中大兄皇子の即位後(天智帝)は、後継者争いも焦点になって中大兄皇子・大海人皇子兄弟の心理戦が展開されそうです。中大兄皇子の息子で、皇族(王族)を母とする者はおらず、蘇我氏など中央有力豪族の娘を母とする者も、夭折した建皇子(母は蘇我倉山田石川麻呂の娘の遠智媛)だけです。対照的に大海人皇子には、皇族や中央有力豪族の娘との間に7人もの息子がいました。これは、天智帝没後の皇位継承争いの要因となったのでしょう。また、飛鳥時代後期~奈良時代後期にかけての男性天皇が「天武系」なのも、「天智系」と「天武系」との対立という観念・枠組みが存在したというよりは、天智帝の息子で母方の出自が天皇(大王)に相応しいのは夭折した建皇子しかいなかった、という事情が大きかったのではないか、と思います。

 今後本作において、天智帝の後継者として大海人皇子と大友皇子とが争うようになったさいに、大友皇子の母方の出自の問題がどう扱われるのか、注目しています。もっとも、本作の設定では大海人皇子の父は蘇我入鹿ですから、こちらも出自に問題を抱えています。大海人皇子は、壬申の乱とその後の即位にさいして、母の斉明帝の名誉を守るためにも、公的には中大兄皇子と同じく舒明帝の息子と主張し続け、それが、藤原不比等の意向もあったにせよ、最終的に蘇我入鹿の名誉回復を妨げることになった、という話になりそうな気もします。表題からすると、本作は壬申の乱で完結なのかもしれませんが、これまで2回描かれた奈良時代初期の『日本書紀』編纂の場面のように、天武朝や持統朝や文武朝の様子も時として描かれることを期待しています。

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