仲田大人「日本列島旧石器時代の文化進化」

 西秋良宏編『ホモ・サピエンスと旧人3─ヒトと文化の交替劇』所収の論文です(関連記事)。本論文は日本列島における旧石器時代の技術革新を検証しています。日本列島における確実な年代の人類の痕跡は38000年前頃までさかのぼる、との見解を本論文は前提としています。それ以前の人類の痕跡についても議論されていますし、それがなかったというわけではないのですが、確かな根拠のある痕跡としては、現時点では38000年前頃以降のものしか認められない、というわけです。

 本論文は、黒曜石の広範な移動(100km~200km)から、38000~30000年前頃にもすでに、日本列島においては「現代人的行動」が見られる、と指摘しています。黒曜石は、化学的な分析により原産地の推定が可能です。本論文がとくに注目しているのは、日本列島から行くには航海が必要な神津島の黒曜石が広範に出土していることで、航海が繰り返されていたことは「現代人的行動」の証拠になる、と評価しています。

 本論文は、日本列島における旧石器時代の画期は3万年前頃である、との見解を提示しています。3万年前頃よりも前は、地域的多様性に乏しく文化の変化が緩やかだったのにたいして、3万年前頃を境に文化の変化が速くなり多様になった、というのが本論文の見解です。本論文はこの要因を、遺跡数の分析などから、人口の増加・集団規模の増大と考えています。社会的な要因が文化の移行もしくは交替にとって重要である、というわけです。

 この日本列島における3万年前頃を境とする文化変化の速度の違いと関連して、各文化の担い手はどの系統の人類だったのか、という問題を本論文は提起しています。3万年前頃以降の日本列島の文化の担い手は、現生人類であった可能性がかなり高い、とする本論文は、3万年前頃以前の文化の担い手については、現生人類だけではなかったかもしれない、との見解を提示しています。38000年前頃の石器群には、現生人類ではない系統の人類が担い手だったと考えられるユーラシアの石器群と類似したものがあるからです。日本列島では土壌の問題から更新世の人骨はたいへん少ないのですが、この問題の解決には新たな人骨の発見が必要となります。


参考文献:
仲田大人(2015)「日本列島旧石器時代の文化進化」西秋良宏編『ホモ・サピエンスと旧人3─ヒトと文化の交替劇』(六一書房)P81-93

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