『天智と天武~新説・日本書紀~』第76話「吉野の再会」

 『ビッグコミック』2015年11月25日号掲載分の感想です。前回は、天智帝(中大兄皇子)が行方不明になった真相を息子の大友皇子が確認に行こうとするところで終了しました。今回は、大友皇子が吉野を訪れる場面から始まります。吉野は麗しいので、祖母の斉明帝(宝皇女、皇極帝)が離宮を建てたのも納得できる、これが遊興であればどんなによかっただろうか、と大友皇子は呟きます。大友皇子にとっては何とも憂鬱な吉野行きですが、大友皇子はともかく叔父の大海人皇子(天武帝)に会うべく、吉野宮を訪れます。

 大海人皇子の家臣から、大友皇子が訪れたと報告を受けた鸕野讚良皇女(持統帝)は焦ります。しかし、大友皇子の供は軽装の二人だけで、大海人皇子を討伐に来たとは思えない、と家臣が報告すると、鸕野讚良皇女は落ち着いたようです。しかし、都では大海人皇子は天智帝を殺害したと噂されているので、真の目的は分からない、と家臣が言うと、鸕野讚良皇女は家臣を鋭く睨み、家臣は怯えます。鸕野讚良皇女は、大友皇子を呼ぶよう命じます。

 鸕野讚良皇女は大友皇子と会い、大海人皇子に会ってどうするつもりなのか、と尋ねます。大海人皇子は天智帝を殺害した謀反人と噂されており、このままでは自分が大海人皇子を討たねばならないが、潔白ならば無用な騒ぎを避けられるだろうから、確かめに来た、と大友皇子は答えます。すると鸕野讚良皇女は、大海人皇子は近くの社にいる、と大友皇子に教えます。社にこもる時の大海人皇子は丸腰なので危険なのでは、と懸念する侍女にたいして、それで落命するのならば、夫の大海人皇子もそれまでの男ということだ、と鸕野讚良皇女は冷たい感じで言い放ちます。

 大友皇子は一人で社を訪ね、叔父の大海人皇子を探しますが、大海人皇子は現れません。自分は叔父上の潔白を信じているので真実を話してもらいたい、自分は玉座もいらない、叔父上と戦いたくないのだ、と大友皇子が必死に訴えると、木陰から大海人皇子が現れます。大海人皇子は、自分に近寄ろうとする大友皇子にたいして、近寄るな、と厳しく命じます。これから真実を話すので聞くように、と大友皇子に言った大海人皇子は、天智帝との間で何があったのか、大友皇子に告白します。

 大海人皇子はいきなり、天智帝を殺した、と打ち明けます。大友皇子は動揺し、和解してくれるものと思っていたのに、今になって復讐ですか、と大海人皇子に尋ねます。結果的には復讐になるが、すべては天智帝と自分が望んだことだ、と大海人皇子は答えます。天智帝はずっと、かつて殺した蘇我入鹿のように殺されたかったのだと、自分も天智帝もやっと気づいたのだ、と大海人皇子は説明します。なおも大友皇子は大海人皇子に食い下がり、天智帝の遺体はどこにあるのだ、と尋ねます。大海人皇子は、それは言えない、と答えた後、私だけのものだ、と呟きます。この呟きは大友皇子には聞こえませんでした。

 言えないということはやはり殺していないのだろう、叔父上はそんなことのできる方ではない、となおも大友皇子は食い下がります。しかし大海人皇子は、自分はすでに都では天智帝殺害の大罪人であり、皆がそなたの仇討を期待するのだから、そなたは何としても仇を討たねばならない、それが大君(天皇)の息子に生まれた運命であり、誰にも変えられないのだ、と大友皇子を冷たく突き放します。それでもなお、叔父の大海人皇子を慕い泣き出す大友皇子にたいして、大海人皇子は近づき、僧形となったことを見せます。もう自分はそなたの叔父ではなく、そなたの父を殺した仇であり、帝位を争う政敵なのだから、手加減は不要、私がそなたの父にしたように、全力で私を討て、と大海人皇子は大友皇子に告げ、姿を消します。

 大友皇子はその場で長い間泣き崩れ、供の二人が心配して見に行こうとしたところで、やっと戻ってきます。大友皇子はすっかり落ち込んだ様子で、供の者の問いにもまったく答えようとしません。失意のなか吉野から立ち去る大友皇子を、大海人皇子と鵲が樹上から密かに見ていました。大海人皇子は鵲に、兵を集めて戦う準備を始めるよう、命じます。長年にわたって蒔いた種がやっと実を結ぶ時が来ました、今の朝廷に不満を持つ豪族・農民が多数集まってくるでしょう、と鵲が言い、立ち去る大友皇子を大海人皇子が樹上から見つめているところで、今回は終了です。


 今回は、壬申の乱へと向かう流れがはっきりと描かれました。大海人皇子は、自分を慕い何とか戦いを避けようとする甥の大友皇子を突き放し、帝位への野心とそのために大友皇子と戦うことを明言し、大友皇子は大きな衝撃を受けたようです。今回、最後に鵲が語ったように、大海人皇子はこれまで、天智帝主導の朝廷の苛政に不満を抱く人々を取り込むよう努めており(第54話)、その意味では、大海人皇子は以前より政権奪取の野心を抱いていた、と解釈できるかもしれません。

 しかし、斑鳩寺(法隆寺)で異父兄の天智帝と対峙した(第71話)後の大海人皇子には帝位への野心が見られず、天智帝との個人間の「心の対決」というか決着に執着していたように思えました。その意味で、大海人皇子が帝位への野心を明言した今回の展開にはやや違和感もあるのですが、天智帝を殺害した以上、父である入鹿の名誉を回復するには、自分が謀反人として討伐されるわけにはいかないので、政権奪取の決意を固めた、ということなのでしょうか。あるいは、天智帝との決着を優先したものの、決着がついたので、以前から抱いていた政権奪取の野心を実現すべく行動に移った、ということでしょうか。

 どうも、大海人皇子が以前より自分を慕っている大友皇子にたいして冷淡であることも含めて、大海人皇子の真意をつかみにくいところがあります。大海人皇子としては、政権奪取のためには大友皇子の率いる近江朝廷と対決せねばならないわけですが、蘇我赤兄をはじめとして重臣たちが自分を討伐しようとしても、近江朝廷で最も政治的地位の高い大友皇子が自分に宥和的な方針でいると、近江朝廷と対決するには自分が一方的に反乱を起こすしかないので困る、ということなのでしょうか。

 大海人皇子に突き放された大友皇子の心情はまだ語られていませんが、その様子から大きな衝撃を受けていることは間違いないでしょう。ただそれでも、大友皇子が直ちに大海人皇子との戦いを決意するのかというと、そうではないのかもしれません。今回は671年(西暦は厳密な換算ではなく、1年単位での換算です)12月のことと思われますが、壬申の乱の勃発はその半年ほど後のことなので、作中では、それは大友皇子の迷いのためだ、という話になるのかもしれません。

 今回、大海人皇子は天智帝を殺害したと大友皇子に告白したものの、天智帝は自分だけのものなので、遺体がどこにあるのかは言えない、と大友皇子の問いに答えています。大海人皇子はこれまで何度か、天智帝は自分のものだと告白しており、その意味では、大海人皇子が天智帝を殺害したことは確定した、と言えるかもしれません。しかし、以前に大海人皇子が額田王と語り合っていたように(第62話)、大海人皇子が天智帝から大事な息子である大友皇子を奪おうとしているのだと考えると、天智帝は実はまだ生きており、大海人皇子が大友皇子に冷淡なのは、政権奪取のためというより、大友皇子が奪われる、つまり殺害されるところを天智帝に見せつけるため、とも考えられます。

 ただ、天智帝から大友皇子を奪おうとする大海人皇子の計画は、斑鳩寺での天智帝との対峙の前のことですし、天智帝は入鹿のように殺されたかったのだ、との大海人皇子の告白は、斑鳩寺での対峙以降の天智帝の心理描写からも真実だと考えられますので、やはり天智帝は大海人皇子に殺されたのかな、とも思います。本作の主人公はやはり天智帝と大海人皇子ですので、天智帝の最期とその遺体がどこにあるのかは、作中で明示してもらいたいものです。

 今後の展開との関連で注目されるのは、鸕野讚良皇女の思惑です。これまで鸕野讚良皇女はほとんど空気で、唯一の見せ場だったと言えそうな額田王相手に凄んでみせたことも(第62話)、物語の本筋とはあまり関わらなさそうでした。しかし今回はじめて、鸕野讚良皇女は本筋に大きく関わってくることを予感させました。鸕野讚良皇女は夫の大海人皇子さえ突き放すような冷酷さを見せており、藤原史(不比等)を重用し、大海人皇子の悲願だった蘇我入鹿の名誉回復を阻む道を選択してしまった、という今後の展開を予感させます。

 もっとも、これは邪推かもしれず、これまでの額田王への嫉妬からも窺えるように、鸕野讚良皇女は大海人皇子を深く愛し、信頼しているので、大友皇子に殺されるはずはないと確信しているだけだ、とも解釈できるかもしれません。ともかく、これまでほとんど空気だった鸕野讚良皇女の存在感が高まったのは何よりなのですが、大海人皇子との関係がほとんど描かれていないために、大海人皇子が吉野に鸕野讚良皇女を呼んだことが意外に思えてしまうくらいなのは残念です。

 もちろん、『日本書紀』の記述から、鸕野讚良皇女が大海人皇子とともに吉野に赴く、という展開になっても不思議ではないというか、当然なのですが、本作はひねった展開にしてくるので、鸕野讚良皇女は吉野に赴かないというか、もう登場しないのではないか、とさえ予想していました。鸕野讚良皇女が主人公の『天上の虹』並とまでは言いませんが、これまでに鸕野讚良皇女の政治的才能や、大海人皇子が政治面で鸕野讚良皇女を信頼しているような場面が描かれていれば、よかったと思うのですが。

 今回は、鸕野讚良皇女が今後の展開に大きく関わってきそうだと予感させる内容でしたから、鸕野讚良皇女の息子の草壁皇子なども今後再登場し、大海人皇子(天武帝)の後継者の地位をめぐる争いが、藤原史の台頭と絡めて描かれると嬉しいのですが、主人公はあくまでも天智帝と大海人皇子ですから、そこまでは描かれないでしょうか。ただ、蘇我入鹿の名誉が回復されず、けっきょく大悪人として史書に記載されてしまった経緯は説明されるでしょうから、天武朝と天武帝没後の話もそれなりに描かれるのかもしれません。

 このところずっと、年末発売予定の単行本第9集で完結するのではないかと不安だったのですが、今回の展開からは、壬申の乱は丁寧に描かれると期待できそうなので、どうやら少なくとも単行本第10集までは続きそうです。壬申の乱では、大友皇子の妻で大海人皇子の娘である十市皇女の動向が注目されます。十市皇女は父の大海人皇子を慕っていますが、夫が父により自害に追い込まれるわけですから、心に深い傷を負うことになりそうです。それと十市皇女が若くして死ぬことが関連づけられて語られるとよいのですが、さすがにそこまでは描かれないでしょうか。

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