『天智と天武~新説・日本書紀~』第86話「創作された聖人」

 これは4月10日分の記事として掲載しておきます。『ビッグコミック』2016年4月25日号掲載分の感想です。前回は、蘇我入鹿の怨霊を封じるために、入鹿の分身として創作された皇子に「聖徳太子」という名前を送るよう、淡海三船が光明皇后(安宿媛)と聖武天皇(首皇子)に進言したところで終了しました。今回は、三船が「聖徳太子」の意味を光明皇后と聖武天皇に説明する場面から始まります。天平年間より怨霊信仰があり、「徳」が諡号につく天皇は、「御無念な生涯」を送ったので、怨霊化しないように「徳」の字が贈られたのだ、とする井沢元彦説が採用されています。この件に限らず井沢説には疑問点がたいへん多く、このブログでも言及したことがありますが(関連記事)、今は再び論じるだけの気力がないので、省略します。

 三船は、人間としての品性があまりにも素晴らしいので神にまでなってしまった聖なる有徳者という意味だ、と「聖徳太子」という名前について解説します。聖武天皇は三船の案に直ちに賛同し、光明皇后は感動した様子で涙を流し、蘇我入鹿に「聖徳太子」という名を贈ると決めます。行信と三船は天皇・皇后夫妻の御前から退出しますが、天皇と皇后から信頼を得て怨霊鎮魂のすべてを任されるとはたいへんな名誉だ、と三船は興奮しています。しかし行信は冷静で、これからが大変だ、と言います。行信は、自分は法隆寺(斑鳩寺)の再建と八角円堂建立に注力するので、そなたは『日本紀(日本書紀)』の書き換えに尽力せよ、と三船に言います。三船は無邪気な感じで、これも叔父上の長年にわたる仏教・歴史研究の賜物ですね、と言いますが、行信の表情は複雑です。

 ここで、舞台は721年(西暦は厳密な換算ではなく、1年単位での換算です)にさかのぼります。この時点で行信は27歳とされているので、数え年だとすると、695年生まれということになります。行信は徹夜で完成したばかりの『日本紀』を書写していました。もうすぐ朝のお清めだ、と他の僧侶に伝えられても、行信は何も言わず、黙って立ち去ります。この二人の僧侶の話から、行信が仏教を学ぶうちに歴史に興味を持ち、書庫にこもって毎日『日本紀』を書写していることが分かります。

 行信は老僧(行信の師匠なのでしょうか)に、蘇我入鹿について尋ねます。仏教への理解を深めるためにさまざまな書物に接していると、入鹿の名を目にすることが多いのに気づいたから、と行信は説明します。自分の知っている入鹿は『日本紀』にある通りの悪人だが、仏教に関しては違う、と行信が言うと、入鹿は仏教に造詣が深く、仏教を広めた人だ、と老僧は答えます。入鹿はなぜ仏教を知りながら私欲に走り、天皇にまでなろうとしたのか、と行信に問われた僧侶は、20歳頃に一度だけ天武天皇(大海人皇子)を見かけたことがあるが、その姿は気品に満ち、目映いばかりだった、と答えます。ここで40代後半と思われる天武天皇の姿が描かれます。高齢の僧侶はさらに、その時近くにいた老僧が、天武天皇は父の入鹿に生き写しだと呟いた、と行信に言います。老僧は行信に、心で見て感じよ、真実と言えるものはそこにしかない、と教えます。

 行信は九州の朝倉宮周辺にまで赴き、その土地の人々に話を聞きます。そこで行信は、斉明(皇極)天皇の葬儀に現れた鬼は蘇我入鹿だったとか、入鹿は無実の罪で殺されたので化けて出たとか、斉明天皇の死は息子である天智天皇(中大兄皇子)が朝倉の社の木を切ったからだとか、斉明天皇は入鹿の霊に連れ去られたとか、天智天皇が母である斉明天皇を殺したとかいった話を聞きます。そんな話を聞いた行信の夢に、入鹿らしき人物が現れます。行信は飛鳥に赴き、蘇我本宗家の邸宅跡と法隆寺(普通は飛鳥には入らないと思いますが・・・)を訪れます。法隆寺で入鹿を象った仏像(現在では法隆寺夢殿に安置されている救世観音像)を見て衝撃を受けた様子の行信に、法隆寺の僧は、天武天皇の父の姿を映した観音像で法隆寺の秘仏だ、と説明します。行信は入鹿を象った仏像の前で、すべて分かっていると心中で呟き、安らかに眠り、人の夢に出てこないよう、祈ります。

 過去を回想していた行信に、自分は覚えています、と三船は語りかけます。行信は三船に、自分の過去を語っているのでしょうか。三船の話から、行信は光明子が皇后になった時、不吉な予感がするから準備を怠るな、と言っていたことが分かります。自分が必死で祈りを捧げて入鹿の霊を抑えていたのに、藤原の者どもが分をわきまえず、非道な振る舞いをしたから入鹿の霊の怒りを買ったのだ、下手をすれば我々にも祟りが及ぶ、と行信は三船に説明します。一刻も早く、我々の考えた筋書通りに祟り神たる入鹿の霊を封じるのだ、と行信は三船に命じます。

 行信は八角円堂(現在の法隆寺夢殿)の建立と、入鹿の霊の鎮魂に注力し、三船は『日本紀』の書き換えを進めます。三船は行信に、加筆した「聖徳太子」の箇所を読んでもらいます。三船は、入鹿の分身たる皇子に、母親が厩(馬小屋)の戸に当たって産気づいたから厩戸皇子と名づけました。唐には西洋から伝わったキリスト教の一派たる景教があり、その神は馬小屋で生まれたとあるのを参考にした、と行信に説明します。行信は三船の創作に満足します(この説は現在では否定されているようですが)。厩戸皇子が病人や飢えた人に施しを行なったことも、釈迦を思わせる、と言う行信にたいして、景教の神(イエスのことでしょうか)も同様で、幼き頃から並はずれた能力を持っていることも洋の東西を問わず成人の特徴なので取り入れた、と三船は説明します。また、この「聖徳太子」は、未来も見通せる人物として描かれていました。

 行信は三船が創作した聖徳太子像に満足したようです。興味を惹く聖人ならば人々にも浸透し、神として崇めてもらえるだろう、というわけです。しかし三船は、「聖徳太子」である厩戸皇子の設定について悩んでいました。厩戸皇子の子孫を自害に追い込んだ人物を誰にするのか、という問題です。前回、行信がこの点で悩んでいる様子がすでに語られていました。行信は悩んだ末、厩戸皇子の子孫を自害に追い込んだ人物を蘇我入鹿と決めます。行信が入鹿を象った仏像に、もう蘇我入鹿ではなく別人に生まれ変わるのであり、誰もが崇め奉る本物以上の徳をもつ聖にしてみせると誓い、三船が驚いているところで今回は終了です。


 今回も謎解きが進み、「聖徳太子」創作の過程がかなり判明しました。行信の過去もかなり明かされましたが、その動機にはまだ不明なところがあるように思われます。行信は天智天皇の曾孫と称しており、三船には叔父と呼ばれていますから、葛野王の息子なのでしょう。つまり、行信は天智天皇とともに天武天皇の曾孫ということにもなります。721年の時点では、行信は入鹿について『日本紀(日本書紀)』の記事以上のことはよく知らないようです。

 行信が入鹿について尋ねた老僧の発言から、『日本紀』完成時点では、天武天皇の実父が入鹿であることはまだ一部で知られていたようです。しかし、行信や聖武天皇や光明皇后の発言から推測すると、この時点で『日本紀』では、というか公的には、天武天皇の父は天智天皇と同じく舒明天皇とされているように思われます。妻だけではなく母も不比等の娘である聖武天皇は、幼いころから不比等の強い影響下で育ったため、自身が入鹿の子孫であるとは知らないのでしょうか。

 行信は、721年の時点では、自身が入鹿の子孫であることを知らなかったように思われます。しかし、行信が葛野王の息子だとすると、葛野王から「真相」を聞いていた可能性も想定されます。行信が入鹿に関心を抱いたのは、単に入鹿が仏教を広めたことを知ったからではなく、自身が入鹿の子孫でもあることを知っていたから、という可能性も考えられます。かりに、老僧から話を聞くまでは知らなかったとしても、その後には、自分が入鹿の子孫でもあることを確実に知っていたものと思われます。そうすると、行信の意図は、もはや国家の立場として入鹿を聖人として称揚することはできないものの、せめて法隆寺の再興と入鹿の分身の創作という形で入鹿の名誉を回復し、天智天皇と入鹿の出会いから始まる、自分の祖先たちの長きにわたる因縁を終結させたい、というものなのかもしれません。

 しかし、天智天皇の曾孫であるというのが行信の詐称だとすると、行信の意図を新たに推測しなければならないでしょう。行信は、仏教について学んでいるうちに入鹿のことを深く知り、本気で入鹿の怨霊化を懸念していたのかもしれません。しかし、三船は行信のことを叔父と信じ、慕っているようですから、詐称の可能性は低いでしょうか。どうも、行信の意図を読みにくいのですが、この後はっきりと明かされるのでしょうか。予告は「次号、怨霊封じ込め開始!!」となっていたので、次号で完結とはならないようです。

 この予告や、行信と三船の扱いが意外と大きいことや、次々回で完結となると単行本第10集は11話収録となることから、単行本で第11集まで続くのではないか、と期待してしまいます。行信が左遷となることや、時代をさかのぼり、天武朝・持統朝の人間模様と藤原不比等(史)が台頭するところなども描かれることを願っていますが、それはさすがに難しいでしょうか。しかし、そこまで描かれなくとも、天智天皇の最期と遺体の安置場所については、しっかりと明かしてもらいたいものです。

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