関雄二編『古代文明アンデスと西アジア 神殿と権力の生成』

 これは6月15日分の記事として掲載しておきます。朝日選書の一冊として、朝日新聞出版より2015年8月に刊行されました。本書はアンデスと西アジアの事例から、完新世に社会がどのように変容・複雑化していったのか、検証しています。社会が変容・複雑化していった考古学的指標として本書が重視しているのが神殿です。本書にはアンデスと西アジアに関する複数の論考が所収されていますが、じゅうらいの経済を重視した唯物史観的な神殿・都市形成論を見直そうとする方針が貫かれています。じゅうらいの史観とは、農耕が始まり余剰生産が高まるにつれて社会が複雑化すると共に階層化していき、神殿を核として権力が形成されていった、とする経済を重視したものです。

 これに対して本書は、アンデスと西アジアにおいて、余剰生産物の備蓄される前から神殿が建設されていた事例を取り上げ、長期にわたる神殿の更新や神殿の儀式自体が、社会を複雑化・階層化させていった可能性を指摘しています。たとえば、現在大いに注目されている南東アナトリアのギョベックリテペ(Göbekli Tepe)遺跡は、農耕・牧畜の始まる前に建設されたと考えられています。ただ、ギョベックリテペ遺跡を始めとする西アジアの先土器新石器時代の集落は、農耕・牧畜を基盤とする社会が確立すると規模が縮小し、神殿のような公共建造物も見られなくなり、後のウルクのような巨大神殿とは直接つながっているわけではないようです。

 他にも、南メソポタミアとは異なり北メソポタミアでは、神殿を中心とする宗教権力ではなく、世俗権力がまず台頭したのではないか、との見解も興味深いと思います。ただ、都市形成期の古代メソポタミアにおいて、世俗権力と宗教権力とを分離して考察することの妥当性も問われています。神殿遺構の廃棄物から、社会の複雑化・階層化の契機を見いだそうとする見解も興味深いと思います。農耕・牧畜、さらには社会の複雑化・階層化、都市化や権力の出現に関して、今では複数の要因・経路を想定しなくてはならないのでしょう。なお、本書はじゅうらいの経済を重視した唯物史観的な説明を見直そうとしていますが、だからといって唯物史観的な説明を全否定しているわけではなく、有効なところもあるだろう、と指摘しています。

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